2007年07月12日

icon生きてはいる

 大変御無沙汰してしまいましたが、生きてはおります。生きてはおるけれど、いばるほど元気というわけでもなく、日々を、そうですな、だらだらと過ごしている。恵美ちゃんが身の回りの世話はしてくれております。
 今日は高尾に行ってきました。墓参りです。

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2005年12月02日

icon茄子頭


 自重、自重、などと呟いておったら、すっかり御無沙汰になってしまった。程好くやるというのは難しいものですな。毎日毎日マックに齧り付いていてはいけない、と御指導戴いた訳で、では、少しくゆったりとした心持ちで臨まないとね。そんな風に思ったものの、毎日ではなく、一日置きなら良いのか……一日置きでは未だ忙しないというのなら、二日置き、三日置きならどうなのか……あるいは、週に一度なら……いやいや、定期的に書こうと思うと、目に見えない圧力が心の何処かに重しとなって……などなどと、考えれば考えるほど頭の中がこんがらがってしまう。それで、結局のところ、不定期に気が向いた時にのんびりやろうじゃないか、ということに決めてはみたのだけれど、そうすると、今日は未だ三日目か。そりゃ、早過ぎるな。なんてことを繰り返しているうちに、すっかり御無沙汰になってしまって、何の為に何をしているのだか判らない始末。老耄の身の上であるからして、支離滅裂なるは仕方がない。ううむ、一体、私は何を言いたいのだろうか。我ながら訳が判らない。流石はぽんこつ頭である。

 近頃は、何をしているかというと、まあ、何も変わらないのであるけれど、食べ物には注意しておりますよ。あれこれと自分で頑張って料理したりもしていますがね。けれども、中々上手くいきゃしない。元々器用な方じゃないしね。長い間人任せで生きてきた訳であるしね。七十の手習いとでも言うのだろうけれど、七十にもなるとあれですよ、新しいことを覚えるのは大変なのであります。尤も、お若い師匠連中のお蔭で、デジタルカメラやマックのことはあれこれと覚えられたけれど、それだって、相当な時間がかかっておる訳だし、実際の作業ものろくさのろくさとしている。だから何だということはないけれどね。ところで、私は何を言いたいのだろうか。我ながら訳が判らない。流石は愡け茄子頭である。

 自重生活が続いて、御酒も、それこそ舐める程度にしかやってないから、調子が出ないのである。ううむ。

 冬空に ヘリコプターの一つだけ

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2005年11月18日

icon荒屋なれど


 入院というのは、初めての経験であった。白内障の手術をした時だって、入院はしなかった。右目をやっていただいて、眼帯をしてのそのそと電車で通って検査を受けた。十日程して落ち着いたところで、今度は左目もやっていただいた、という具合であった。初めて入院してみて、多少なりとも、今までにないものをあれこれと感じましたよ。
 一番大きいのは、幾らおんぼろでも我が家に勝るものはない、ということでありますな。病院というところは、程好く暖かく、ぼうっとしていても、ちゃんとちゃんと三度の食事が出てくる。しかも、栄養にもきちんと配慮が行き届いているのだから、有り難い。尤も、酒は出ません。出ませんよ。個室の、しかも、その中でも、特別室なるものを借りている人であれば、もしかすると、中で飲酒をすることも可能なのかもしれないけれどね。何しろ、あれですよ、寿司屋の出前とエレベーターの中で遭遇したことがあるぐらいですからな。寿司の出前が取れるぐらいなら、酒だって呑めるかもしらん。その特別な個室には電話もトイレも付いていて、来客用のソファまであるてんだから、驚きだ。いや、でも、まあ、今はそんな話ではない。そもそも、私の如き、下々の老耄には縁のない話である。
 それから、看護婦さんの有り難みも尋常ならざるものがある。まあ、私なんざ、栄養失調だの過労だのという、病気とも言えない理由で入院していた訳だから、其れ程、看護婦さんの手を煩らわせるようなこともなかったけれど、彼女たちの笑顔や優しい言葉には随分と救われたように思う。中には、あまり親切ではないように感じられるお嬢さんもおりましたけれどね、彼女たちだって、聖人君子ではない訳であるから、体調が悪かったり、機嫌が悪かったりする日があっても致し方なかろう。それに、殆どのお嬢さんは、実ににこやかな人でありましたよ。いやいや、思い出しても有り難い。頭が下がる。文句などあろう筈もない。

 暖房、食事、看護婦さん、などなどの有り難みは確かにある。けれども、それでも、この荒屋の方が良いのであります。帰ってきてみて、しみじみそう思う。何故でしょうなあ。酒が呑めるというような他愛ない理由もあるけれど、それだけではない。名状し難い何かがあるのでありますよ、我が家、というものには。みなさんだって、そうではないでしょうかねえ。

 荒屋の隙間風さえ懐かしき

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2005年10月06日

iconトラックバックがこつこつと


 一ヶ月ほど前だったろうか。また、訳の判らないトラックバックがやってくるようになった、とここに書きましたな。何がどうということではないのだけれど、気持ちが悪いので、何とかしなくてはいけない、と思ったのであるけれど、対策を取る為には、また文字文字文字文字の海の中をほっつき回って、ここを書き換え……などと、やらねばならないのか、と思ったら、とてもじゃないが、嫌気が差しましてね。結局、諦めている次第。尤も、ただただ諦めている訳ではないのであります。いくつも、トラックバックのスパムというもののことを書いてある方々のものを読んで、簡単そうなものがあれば真似しよう、と読むぐらいのことはしている。まあ、威張るほどのことではないけれど。その中で、禁止IPというものに番号を登録すれば良いのである、というような方法がありました。それを採用させていただき、毎日毎日、新しくやってきたトラックバックの数字を禁止IPのところに書き込んで言っているのであります。そして、それから、妙なトラックバックを削除するという作業を、日々繰り返している。禁止IPというのがどれぐらいの効果があるのか、実は、大変心配になってきているのであります。何故かというと、この一ヶ月間、相変わらず、変なトラックバックが来る。毎日、こつこつこつこつと二、三個の日もあれば、多い時は、八つ、九つなんぞとね。それで、目を凝らして見てみると、確かに、禁止した番号と同じものは来ないのであります。つまり、それなりの効果はある、ということなのだろうと思う。けれども、それでも、毎日、ぽつぽつやってくるのは止まない。どういうことなのか判然としない。今日見てみたら禁止のところには既に二百もの数字が登録されている。なのに、未だ未だやって来る……。
 何らかの実害がないのだから、放っておけば良いではないか、と思われる方がいるかもしれませんがね。心が感じる気持ち悪さというものだって、十分に実害なのでありますよ。外国の、何処の誰だか判らぬ連中に付け回されておるのですぞ。気持ち悪いし、恐ろしいし、ああ、嫌になる。ううむ。

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2005年10月03日

icon杉の木が家の中に


 本日の昼は蕎麦。例の五色蕎麦の中の梅をつるっとやっつけたのだけれど、上品で美味いね。控え目な梅の香りが、正直な感じがして良いですな。付いてくるつゆもさらっとしていて結構であります。蕎麦と梅ですからね、身体にも良いに決まっている。尤も、今更、多少の健康のあれこれを云々するような歳ではないけれどね。
 食後にだらだらと寝転がりながら、テレビを眺める。腹くちく、横になっており、見るともなく見ている訳で、まあ、このままぼんやり昼寝に入ってしまう、というところ。ところが、本日は、少々興味を引かれることが報じられていて、目を閉じずにいた。台風の被害の話である。ただ、残念なことに、半分寝惚け気味であり、しかも、そのまま眠ってしまったが為に、目が覚めた今、話のあれこれの詳細が取っ散らかって混乱すること甚だしき有り様。こんな訳の判らない状況で何かを書こうというのが図々しいのだけれど、そもそも、私のぽんこつおつむなんざ、一年中、大混乱の渦であるからして、それにもう一息勢いが付いたという程度だとも言えるかもしれない。ううむ、愚図愚図と余計な言い訳をしている内に、言い訳自体が混乱してきましたよ。全く以て莫迦である。
 兎にも角にも、颱風の被害があったのだけれど、その中で、御主人が亡くなって悲しまれている御夫人と令息令嬢がいらっしゃったのですが、その御家庭の愛猫が、二十幾日振りに助けられた話なぞがありました。それは御主人が可愛がっていらっしゃった猫だという。ブラウン管のこちら側で眺めている老耄も、何だかしんみりしてしまいましたよ。
 その御家族に限らず、大切な人を失い、家は壊れ、道は壊れ、生活が……というより、生きる世界が滅茶苦茶になってしまった様子には、正に言葉が出ない。声が出ない。息が止まるような気がした。そんな中で、寝惚け頭の私の印象に、最も強く残ったのは、政府の指示により杉の木をたくさん植えていた結果、その杉が災害を大きくしてしまったというようなところでありました。以前に宮脇先生の御本を読んだ時には何となくしか理解していなかったことが一気に判ったような気がしましたよ。お上に方向づけられた杉の植林ではなく、自然の森なら災害から守ってくれる筈だったのでありましょう、と。国は宮脇先生の元を訪ねて、日本の木々をどのように育てていくのが良いのか、相談に行くべきでありましょう。国会議員や官僚連中の腰が重いというのなら、それぞれの区や村や何や彼やの自治体が先生に学ぶべきであります。近頃、颱風や地震が頻発しているように思われませんか。だとしたら、急いで、宮脇先生に弟子入りしてですな、本来あるべき森を育てなければならない。自治体だ何だと言っている場合ではありません。私もまた先生の御著書を拝読させて頂き、老化著しい頭に鞭打ち、少しでも学ばなければいかん。いや、本当です。本当ですよ。

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2005年10月01日

icon昼寝の快楽


 何とも良い天気ですな。ほんわりと暖かい。気温はかなり上昇していたようだが、決して、じりじりと汗をかかせるようなものではなく、さらりとした暖かさとでも申しますかね。お陰様で、昼寝が大変気持ち良かった。ずるずると眠ってしまって、普通だったら、小一時間見当で目が覚めるところ、どうした訳か、気づいたら四時。三時間以上も眠っていたことになる。若い頃だったら、ああ、寝過ぎちゃったよ、と思ったかもしれないけれど、近頃では、そんな気遣いをすることは決してない。寧ろ、纏まった昼寝なんざ有り難いものである。極上の幸せである。結構、結構、余は満足じゃ。快適な昼寝というもの、何ものにも換え難い。そもそも時間が勿体ないなんぞと思うほど、忙しない毎日を送っている訳じゃないからね。こうして、余裕綽々で昼寝を満喫できる幸せ。こんなことが幸せだてんだから、可愛いものですな、私も。
 そう言えば、先日、寝過ぎると早死にする、ということをテレビ番組で言っておりましたな。どの番組だったか思い出せないけれど、一杯調子で漠然とテレビを眺めていた時のこと、七時間だか八時間だかの平均的な睡眠時間を取っている人が最も長生きできる、と。で、例えば、睡眠時間が四時間だとかの極端に短い人々は、勿論、長生きできにくいのだ、と。しかし、その番組が訴えたかったのは、長く寝ればいいというものではない、ということのようであった。うろ覚えだけれど、十時間眠る人は、平均的な睡眠時間の人の二倍ほども死にやすい、というような物騒なことを言うておった。私ですか。私は、そうですな、毎日、合計すれば十時間以上は寝ているでしょう。けれども、そんな脅し文句には屈せず、その後も、たっぷり眠っております。死にやすい、だなんて、曖昧な言葉で脅かそうったって、此方人等、あの世に爪先ぐらいは突っ込んじまっている身ですからね。今更、「死にやすい」なんて言われても、ちいとも怖くはない。ああ、そうですか、てなもんである。しかし、こんなにくどくどしく、怖くないを連発すると、ははあ、あのじじい、内心怖がっているのに痩せ我慢しておるのだな、と思われる方もいるかもしれないけれど、本当に怖くないのですよ。本当に怖くない。いやいや、そんなに重ねて言うのは、やはり、怪しい。じじい、貴様、怖がっておるのだろう。いやいや、拙者、決して怖がってなどござりませぬ。ああ、どう言えば信じていただけるのやら……。

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2005年09月30日

icon美しい、美しい青空


 朝方、寝惚けながら、ぼんやりと水遣りをする。習慣的な動作なので、何がどうと考えることもなく、だらだらずるずるとした作業である。そういう心の籠らない態度で、草花や木、大地といった、自然の種々に相対するのは申し訳ないという気もするけれど、まあ、実際、寝惚けているのだから仕方がない。私の草臥れ脳みそがしゃきっとするまで待っていたら、朝の水遣りは昼飯時になってしまうであろう。それに、すっかり目が覚めたとしたところで、私の頭ときたら、いつでももわっと靄がかかっているからね。困ったもののような、お蔭で何とか日々を送れるという意味ではありがたいような。私にはもわもわしたぐらいのおつむが丁度宜しい。
 しかし、今朝は、美しい空のお蔭で、すーっと目が覚めた。水遣りをして、一息ついて、空を見上げた時、あの青さ、透き通っているようで深い青さというものは、素晴らしいですな。何と表現するのが適当なのだろう。美しさを言葉に置き換えるのは難しい。尤も、美しさに限らず、どんなものだって、ちゃんと言葉にするのは難しいのであります。そう考えると、小説家の人々なんざ凄いですな。あることないことでっち上げて、私なんざ、ついつい引き込まれて、感動してしまう。でも、よく考えると、あれは、嘘な訳ですからね。そう思うと、不思議な気がしますよ。そんなことを言い始めたら、限りがないけれどね。小説家というものを誉めているつもりなのに、悪口みたくなってきた。そういうつもりではないのだけれど。
 その美しさを何とかせんと、写真に撮って、マックに入れてみたけれど、私が見た青さとはちょいと違う気がする。それで、あれこれとまたフォトショップというもので格闘してみたけれど、何だか、どんどん現実から遠ざかるような気がしてね。難しいものですな。そもそも、私の目がどのぐらい忠実に現実を映しているのかというと、自信がない。白内障の手術をして以来、色々な物が大変鮮やかに見えるようになった気ではいるけれど、眼ん玉に映ったものを受け止める側の脳みそがぽんこつですからねえ。ああ、現実とは何なのか。

 秋空の 深く青きを 惚け見る

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2005年09月29日

icon忘れ物


 歳をとるとめっきり物忘れが激しくなるね、というような話題が偶に出ますな。誰を相手にしている時と決まっている訳ではない世間話の類だし、実際、其れ程、深刻な問題となっているのかと言えば、そうでもない。いや、本当は深刻なのかもしれないけれど、自分ではその深刻さに気づいていないだけなのかもしれない。まあ、自分が気づかないなら、それで結構ではないか。それに、振り返り見れば、私は、若い自分から随分ともの忘れてしていた口。どんなに控え目に言ったところで、決して記憶が良かったことなどなかった。小学生時分から、随分と親や先生には怒られたものだし、社会人になってからもあれこれと忘れ物で失敗を繰り返していたのである。それがより激しくなったというだけのことだから、あまり深刻に思わないのでしょうな。例えば、幼少の砌から天才と持て囃され、中学生時分には、既にして、大人顔負けの博覧強記を誇っていた良男くんのような人物が、記憶にがたが来たりすれば、それは大事件でありましょうとも。尤も、彼てえ人間は、逝っちまう直前の床の上でも、素晴らしい記憶力を披露しておりましたけれどね。天才はどんな時でも天才なのであるなあ、と思ったものである。あれも、もう十年以上も前になりますか。寂しいですなあ。そして、私のような、役立たずがのらくらと生き延びている。

 本日は、散歩の途中、近所の広場でみつけた、置き忘れられた野球のボールについて書こうと思っていたのだけれど、気がついてみると、筆の行方は思いも寄らないところに進んでおりました。

 草叢に忘れられたボール。ああ、夏休みが終わったんだなあ、と、散歩の途中では思ったけれど、よく考えれば、夏休みというものは、一と月近く前に終わっているのである。あの忘れ物は夏休みとは関係ないやね。
 思い返せば、遊び道具を何処かに置き忘れたまま家に帰ってきて叱られたことというのも数知れませんよ。遊び疲れているのに、暗い中、空地のあちらこちらを探し歩く破目になって。白いボールの写真を眺めながら、今、急にそんなことを思い出した。あの白いボールの持ち主も家で叱られたりしてやしないかね。まあ、そんなことも、半世紀も経てば懐かしい思い出になるだろうけれど。

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2005年09月28日

icon写真三昧


 例によって例の如く、ぽんこつじじいがカメラを片手に界隈を徘徊する。まあ、散歩なんですけどね。世間では、私のことを徘徊老人と解していたとしてもおかしくはない。
 デジタルカメラとマックという組み合わせは凄いものである。当初、師匠連中に勧められて使い始めた時には、白状すれば、何だか、面倒くさいし、画面を見ていると目がしょぼしょぼしてくるし、こんなことなら、お金がかかったり、日数がかかったりしても、普通の紙の写真の方が余程良いのに、と思っていたものである。紙の写真を畳の上に転がって眺める方がずっと良い、とね。しかし、それはやはり、喰わず嫌いの類とでも言うのか、慣れてしまった今となっては、最早、これ以外の方法は考えられない。そもそも、今の勢いで写真を撮りまくっていたら、紙の写真だったら、早々に破産してしまうに違いない。散歩に出れば、何十枚も撮ります。時には、百枚以上も撮る日だってあるのである。
 勿論、金銭だけの問題ではない。フォトショップというもので画面をあれこれと弄るのも楽しいしね。この電線さえ写っていなければどんなに良かったことか、と思ったら、マックの中で、そこだけ切ってしまえば良いのである。当初は、このあれこれと写真を弄るのにも大変大変大変苦労したものであるけれど、今では、寧ろ、楽しみ。快楽。御機嫌。私が購入したものはフォトショップの中でもエレメンツという下っ端というか、駆け出し向けのものだそうであるから、本物のフォトショップというものを購入したらどんなに凄いことができるのだろう、と何度か思ったけれど、出来ることが凄ければ値段も凄いてんでね。十万円だか何だかということだそうである。そりゃ、要りません。要らないことに決めました。

 散歩に疲れ 見上ぐれば 赤蜻蛉

 この写真だって、元々は蜻蛉はもう少し真ん中寄りに写っていたのであります。尤も、私があれこれ弄ったものが、元のものより増しになったかどうかとなると、それはどうだか判ったものではないけれど。

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2005年09月24日

icon再会・再感動・再涙


 以前に書いたように思うけれど、『母のいない大家族』という番組があります。番組と言っても、ドラマとかそんなものではなく、所謂、ドキュメンタリーというもの。お母さんが家出して、離婚してしまった、御家族のあれこれを伝えるものである。私の、こんな省略した説明では何も伝えられる訳ではないのだけれど、かといって、記憶にあらん限りのものをここに記したとしても、私の力量では伝えられるものに限りがあることは歴然。字数を費やし、うねうねした酷い文章で読む人に苦渋を強いるだけで、何の利もないということになりかねない。この御家庭のあれこれに関しては、みなさんでお調べ戴きたい。何とも無責任なことで申し訳ありません

 その御家族が、昨日、テレビに出演しておられたのであります。そして、今までの放送の断片を流したりして。そして、あれこれとインタビューしたりして。チャンネルをがしゃがしゃやっているうちに、その番組に出会したのだけれど、此の度も感動が胸の奥からずうんと盛り上がってきて、恥ずかしながら、涙が零れました。いやいや、誰に見られている訳でもないのだから、涙が零れたって恥ずかしくないのだけれど、どうしても、ただ、すっと、涙が零れた、とは書けないじじいであります。これは、私だけではないと思いますけれどね。私と同年配、あるいは、年上の男子たるもの、皆、そうなのではないかと思う。勿論、これは、私が思い込んでいるだけのことであって、実際には世間一般には通じないことかもしれないけれど。

 あざみちゃんを始め、あの御子たちを眺めていると、人間というものは、時間とともに自ずと成長していくものなのではない、と思い知らされます。そんなことは、当たり前のことでね、じいさんよ、今更何を言っておるのかね、と思われる方も少なくないでしょう。けれども、そういう当たり前のことをついつい忘れがちなのであります、私という人間は。あざみちゃんの目がくるくるっと動く。その一瞬一瞬に、瞳の奥では、脳みそがぐるんぐるん、ぐるりんぐるりん、と大回転しているのだろうなあ、と。そうして、私が漫然と生きてきた七十余年以上に匹敵する、いや、それ以上のものを、学び、想像し、生きているのだろうなあ、と。何だか判らないけれど、また涙が零れてきましたよ。

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2005年09月22日

icon失礼ですが、どちらへ? 2


 昨日の続きですから、昨日の分を読んでいない方は、昨日の分を先に読まれるが宜しかろうと思います。

 若いお巡りさんが、私のメモ書きを毟り取るようにして、走り去って、その場には、私と年輩のお巡りさんが残された形。「悪く思わないで下さい。まだ若いもので、一所懸命なんですよ」などと仰る。つまり、先の若い人の振る舞いは、同業者の目から見ても、些か無礼だということなのだろう。「私らも仕事ですからね。御協力下さい」とね。漸く、一息ついて、こちらも、はあ、だの、そうですか、などと相槌を打つぐらいのことはできるようになった。「何事ですか」と尋ねると、「いや、何、通常の警備なんですけれどね」とお茶を濁すような口振り。そうこうするうちに、若造くんが駆け戻り、「確認取れましたーっ」と怒鳴る。こんな近いところで、そんな大声を出さんでも良かろうに、と思うほどの声であった。先程のメモを返してくれるのは良いけれど、無言でね。しかも、握り締めて走ったからか、よれよれになっている。此方も、少し落ち着いてきたから、これ見よがしに、よれよれのメモを丁寧に伸ばしたりして見せたが、意に介する風ではない。「御協力ありがとうございました」と年輩の方が、形ばかりの、いやに気の抜けた敬礼をしてみせた。少なからず、気分を害しているもので、「もう行っても宜しいのですな」と嫌みったらしく確認すると、年輩殿は首肯くも、若造くんがいけない。「こういうところに下駄履きなんかで来るから、お互いに手間くっちまうんだよ」というようなことを聞こえよがしに呟きおった。かーっと、頭に血が上ったけれど、何しろ、内心では、ぼーっとしていたせいで下駄履きのまま電車に乗ってしまった、という思いがあるもので、何も言葉が出てこない。ぶつけようのない憤りを胸に、エレベーターに向かう以外に、私に何ができただろうか。

 辿り着いた知人宅で入り口での出来事を話すと、先方、「何が疑われたのかねえ」と大笑い。私の顔を見て「悪人面でもないのにね」と重ねて大笑い。大笑が一段落したところで、説明してくれたところによると、何でも、このマンションの中には後藤田官房長官の事務所だか何だかがあるとかで、年中、厳しい警護が敷かれている、とのこと。「しかし、うちに来る人間で警備のお巡りさんに疑われたのは、君が初めてだよ」と猶も大笑い。私はただただ憮然とするばかり。

 後藤田正晴さんと私との、縁とも言えぬ縁というのはこんな次第であります。結局、私は後藤田さんにお会いしたことどころか、間近く見たこともない訳で、先方にとっては、私なんぞ存在しないも同じですな。兎にも角にも、御冥福をお祈り申し上げる。それにしても、あの若造お巡りさんは、今はどうしているのかねえ。

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2005年09月21日

icon失礼ですが、どちらへ?


 後藤田正晴さんが亡くなられたそうである。私よりも、大分、御年配であるから、ここはやはり天寿を全うされた、と表現するのが適切であろう。兎にも角にも、御冥福を祈る。知人である訳ではないし、ここであれこれ語るほどの何かを知っている訳ではないけれど、ふと昔々のちょっとした出来事を思い出したので、書いておこうと思う。全く縁がなかった、ということでもないのですな。尤も、縁があった、ということではないけれど。

 かれこれ二十年以上も前のことだと思うけれど、とある友人宅を訪ねようと、飯田橋にあるマンションに出向いた時のことである。盛夏という程ではなかったけれど、未だ未だ秋の気配は見えてこないというような時節であったと思う。休日のこととて、開襟シャツ一枚。勤め人時代のことだから、地味な濃いグレーのズボンか何かだったであろう。まあ、珍しい服装ではない。しかし、暑さでぼうっとしていたせいか、あるいは、日頃からぼうっとしている頭のせいか、その日は、下駄履きの侭のこのこと遠路をやって来てしまったのである。下駄履きの人なんざざらにいた時代の名残り……というぐらいの時代のことであるから、まあ、下駄履きはそうそう珍しくはなかった、と思う。けれども、以前にも書いたかもしれないけれど、私としては、電車で出掛けるような折には、しかも、それが洋装の折には、靴を着用するように心掛けていたのだから、何故、その日に限って、下駄履きのまま電車に乗り込んでしまったのか、不明である。やはり、ぼうっとしていたのでありましょう。
 それで、地図を片手に、神楽坂からちょいと折れて、目的の大きなマンションの入り口附近に辿り着いて、やれやれ、と一息ついたところ、左右から、警察官がすーっと寄ってきたのである。そして、私の両脇に立ち、年輩の方のお巡りさんが「失礼ですが、どちらへおいでですか」と問い掛ける。悪いことをしている訳ではないし、疚しいことなどなかったのだけれど、如何んせん、警察というものに縁がなかったところの突然の出来事、あわあわあわあわしてしまってですな、あの、だの、その、だの、ともぐもぐ口籠るばかり。すると、その姿を見た未だ二十代ではないかと思われるような若い方のお巡りさんが「身分を証明できるものを持ってないの」と、居丈高に問い質す口振り。私はますます狼狽して、あたふたするばかりで声が出ない。そこで、手に持っていた地図と知人の住所電話をメモした紙を見せたのであります。すると、若いお巡りさんはメモを毟り取るようにして、小走りにその場を離れたのである。

 ちょいと、長くなったので、続きは明日にでも書くことにします。

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2005年09月20日

icon厚顔野郎


 自分で自分のことを、無駄だ、無駄だ、無駄、無駄、無駄だよ、なんぞと言いながらも、猶もこうして、この、電気消費日記を書いている老耄を、厚顔野郎と呼ばずして何と呼ぶ。何というのか、狡いことを思いつくもので、人間というのは、斯様に矛盾を抱いたまま生きる存在なのである、などという、利いた風な言い訳を申し立てる。いけずうずうしい老い耄れだ。しかしながら、こんなことを書きながらも、段々と鬱々として参りますな。人の生命とは何なのか、人の価値とは何なのか、などなどと、ぼんやりと思いを巡らす。けれども、ちゃんとした結論にはちっとも辿り着けないのである。考えてみれば、有名な哲学者なんぞが、二千数百年も前からあれこれ案じてきたのに、未だに確固たる答えが出ていないような問いなのであるからして、私のように、漠然と齢を重ねてきただけのとんちんかんには、何も判る筈などないのである。こんなときに、信仰の厚い人であれば、神や仏にお縋りし、助けてもらえるのだろうけれど、生憎、私は無宗教者ですからね。縋り付くべき相手がいない。マリが側にいてくれれば、こんな気分も和らいだ筈だけれど、と思うけれど、それは無い物強請りですからね。栓無きこと。いっそ、厚顔野郎として、他人様に嫌われるほどの厚顔野郎として、図々しく生きてやるわい、となれば、それはそれで味だろうけれど、何を隠そう、私、小心者であるからして、こんなところでは、あれこれ述べ立てることは出来ても、日々の生活の中では何も出来ず、何も言えず、ああ、うじうじいじいじしているのであります。

 灯籠の窓から光り覗き見て

 現在の心境というのは、こんなところであります。世間の光が随分と遠く感じられます。

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2005年09月19日

icon無駄というもの


 昨日は、こんな文で締め括りましたよ。

これからは、私は自然派として生き、マックなんぞも捨ててしまい、カメラなんぞも投げ出して……。

こんなことを書いた私であるけれど、結局、また、本日も、こうして、貴重な電気を消費している。私のこんな落書きみたようなものなんざ、余の役になど立つ筈もなく、資源の無駄遣い以外の何ものでもない。昨日は、真剣にそう思っていたのだし、今だって、そう思っている。昨晩、占然菜をつまみに澤乃井をちまちまと舐めながら、あれこれと考えた。ぽんこつの故障気味の頭を捻って考えて、多少なりとも思うところがありました。
 何が無駄か、と考えると、そうですな、つまみを喰うなんざ無駄である。つまみがなくたって、澤乃井てえものは大変美味しいのですからね。しかし、もう一歩進んで考えると、そもそも酒を呑んでいるということ自体が無駄である。呑まなくたって、何も困る訳ではない。そうやって考えると、あれですな、酒に限らず、食事だって全部無駄ではないか、とね。だって、そうでしょう。私なんざ、もう殆ど用済みの人間でしてね。社会のお役には立っておりませんよ。これは卑下して言っている訳ではなく、本当のことであります。確かに、全くの零だとは申し上げないけれど、限りなく、貢献度は無に近い。そう考えると、物を食べるのも、水を飲むのも無駄だということになる。つまり、生きていること自体が無駄だということになる。じゃあ、とっとと死にやがれ、ということになるのだけれど、そうするとそうしたで、後の始末に手間がかかる訳だし、きっと税金なども使って頂く仕儀にもなりそうであるし、あれこれと余所様のお手を煩わすことにもなるだろう。するってえと、死なない程度に細々と辛うじて生きている、というのが、一番世の為になるのかもしれない、などと思う。ううむ。なかなか難しい結論になりました。まあ、そんな結論になったと言いながら、先ずは貴重な紙資源と植物性のインクを無駄に消費して帳面に日記を書き、続いて電気を無駄に消費しながらマックを使ってここのブログに清書しておる訳である。私、自己矛盾を抱えつつ綴る老耄であります。ああ。

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2005年09月18日

icon宙を支配するもの


 本日は、また、いやに暑いですな。家の中にいるとそうでもないけれど、とぼとぼうろうろと散歩をしてきたら、暑いの暑くないの。いやあ、参りました。しかし、町の景色というのは変わるものである。生まれた時から、この界隈に住んでおります。疎開した時期は除くとしても、七十年程も住まっておる訳であるからして、変わるのは当たり前である。何も変わらなかったら、この七十年間、人はそこで何をしていたのだろう、ということになる。変わるということは、人というものがそこにいる限り、避けられぬものでありましょう。しかし、こう、あれこれと思い浮かべてみると、変わらない方が良かったのに、と思うことも多々ある。というより、多くの場合、変わらない方が良かったのではないか、と思える。勿論、これには、じじいの懐古趣味的な心情も少なからず働いているだろうけれど、そればかりとも言えない。
 私は、デジタルカメラというものを手に入れて以来、矢鱈に写真を撮っている。撮りまくっている。町を歩いていて、木を見上げるような写真を撮ろうという時、また、青空に浮かぶ雲を撮ろうという時、そんな時に、ああ、残念、と思わざるを得ない瞬間がある。というのも、あれですな、電線の類。電気だか電話だか、あるいは、テレビだとか何だとか、色々な線が空中を支配している。この一本の木を撮ろうとしても、どうしても、電線が割り込んでくる。低くを飛んでいるばたばたいう軽飛行機を撮影しようとしても、ああ、やはり、電線が割り込んでくる。そんなことで、歯痒い思いをすることも屡々。
 しかし、その一方で、ああいうものがなければ、電話も出来ないし、電灯もつかない。名人戦だって見ることが出来ないし、そもそも、この日記だって書けない訳ですよ、電気とか電線とかそういうものがなかったならば。そう思うと、心中、多少なりとも複雑というところ。しかし、冷静に考えれば、景観ばかりでなく、地球上の様々なところで様々に、人間てえものは、自分たちの利便を図るが為に、自然をぶち壊しているのですよ。その象徴が、あの電線群なのではないか、と。そうだ。これからは、私は自然派として生き、マックなんぞも捨ててしまい、カメラなんぞも投げ出して……。

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2005年09月17日

iconウィンナー珈琲を自作


 昼過ぎに大師匠御来訪。忙しくて忙しくて忙しくて、カレーを作る時間が取れず申し訳ない、というようなことを、例によって、宇宙人ならどうだとかいう妙ちきりんな喩えを織り交ぜながら、玄関先で一騒ぎ。まあ、話は散乱しながらも、要するに、もう少し待ってくれ、とのことでありました。勿論、お待ち致しますよ。というより、それしか法はないのであります。何しろ、私には、あのような本格的なカレーなど作れる筈もなく、また、ハバネロを自力で何とかしてみようなどという勇気もアイディアもないのである。珈琲でも飲みながら、のんびりお待ち下さい、と豆を頂戴した。ラベルを見ると、大師匠のオリジナル・ブレンドとなっている。一体、あの人てえ者は、本当は何をしている人なのでしょうな。もしかして、珈琲豆屋さんもやっていらっしゃるのだろうか。
 折角だから、と近所のスーパーまで買い物に出て、店員のお嬢さんに教えて戴き、フレッシュクリームというものを仕入れてきました。そして、ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる掻き混ぜて、生クリームみたようなものを拵えた。どうだね。なかなか、私てえ人間も根気がある。捨てたものでもないね。そして、珈琲を淹れて、砂糖を三杯も溶かし、その上に、先程のクリーム状のものをぼわんと載せる。はは、大したもんだ。自家製ウィンナー珈琲ですよ。ふふふ。あの喫茶店を思い出しますなあ。散歩の途中で、マリと一緒に一休み。ウィンナー珈琲や本日のストレートというものを飲んだものです。小腹が減っている時なんぞには、フレンチ・トーストを頼んだりしてね。大抵は柔らかいジャズがかかっていましたよ。そうそう、髭のマスターに、今かかっているのは何ですか、などと質問して、レコードの名前を教えてもらったりしてね。其の侭、帰り道にレコード屋さんによって購入し、家に帰って、二人して聴いてみるということも幾度かありました。探してみたら、いくつもそんなアルバムが見つかったけれど、今日はアントニオ・カルロス・ジョビンの『』を聴いております。これはジャズとは言わないのだろうけれどね。懐かしいですな。音楽が懐かしいというより、この音楽とウィンナー珈琲から喚起される様々な思い出がね。何とも、ね。

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2005年09月16日

icon長生きできませんよ。


 夢の中に若先生が出てきた。若先生と言っても、いつもお世話になっている若先生ではなく、髭の若先生である。幸い、ここ五年程お世話になる機会がなく、それ故、お会いしていない。
 夢の中では、対座して酒を酌み交わしている。「どうですか。呑み過ぎには注意しないとね」などとおっしゃる合間に、ぐびぐび呑まれる。こちらも負けじとぐびぐび呑み、「先生ももうお若くもないのだから、呑み過ぎには注意が必要ですぞ」というようなことをぶつけると、「医者の不養生って言葉あるぐらいで、医者というのは不養生でいいんですよ」と豪快にお笑いになる。何度かお見掛けした看護婦さんが出てきて、「お二人とも、いい加減になさいまし」なぞと叱られたりしてね。そんな馬鹿な夢を見た。
 目覚めて、ぼんやりした頭で、何故、あんな夢を見たんだろう、と考える。夢に意味があるかないか、ということは、私のような盆暗には判る由もないけれど、印象的な夢を見ると、何となく、何故、こんな夢を見たんだろう、などと思うのであります。髭の若先生が登場したということは、怪我か何かに注意しろ、というお告げかね、などと。ふと、カレンダーに目をやると、十六日に丸が付いている。ああ、そう言えば、今日は、四週間振りに若先生……こちらは、いつもの内科の若先生であります……のところへ出向く日ではないか。しかも、年に一度の健康診断を受ける日である、と思い出す。夢はこのことを教えてくれようとしたのだろうか。
 兎にも角にも、ざざざっと身支度をして、行って参りました。心電図だとかレントゲンだとか、あれこれをこなす。若先生のお見立てでは、今日の時点で判る範囲では問題はないそうな。去年と同じぐらいだそうである。後は、来週、検便と血液検査の結果が揃ってから、検討しましょう、と。そして、例によって、呉々も呑み過ぎないように、と釘を刺される。惚山さんは無茶のみするみたいだからなあ。そんなことでは、長生きできませんよ、と仰る。はあはあ、承知致しました。少々控えめにやることにしますよ、とお答え申し上げたけれど、内心では、私なんざもう十二分に長生きしていますからね、いくら呑んだってかまやしませんよ、などと思っている。嫌な患者だね。然り乍らも、少しだけ反省して、本日ばかりは、澤乃井は控えめにいきますか。

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2005年09月15日

icon


 連想ゲーム。そんな番組が昔ありましたな。
 柿という言葉から、何を連想するかというと、まあ、勿論、第一に、熟した朱色の柿の実であります。あとは、干し柿てえものもありますな。そうそう、柿茶というものが躰に良いてんで、どなたかに勧められたこともあったね。あの、味気ないやつ。あとは、何だろう。ああ、いつぞやは、日比野くんに柿のゼリーみたようなものを頂戴した。銀座のあけぼののだったかね。上品で抑制の効いた結構なお味でしたよ。籠も渋い色合いでね。何というか、柿色の年季が入って枯れたような、きれいな色だね。あの籠は何かに使いたい。そうは言っても、その侭、埃を被って何年も放ったらかしになる、と。
 そうだ。未だありますよ。柿の葉寿司てえものがある。あれも美味いですなあ。隣の駅の地下で売っている。散歩が行き過ぎて、帰りは電車で帰ろうてんで、乗ったりすると遭遇する。すると、ついつい買ってしまいます。柿の葉で包むなんざ気が利いているね。ああいう、押し寿司の類は、何だか独特の雰囲気がありますな。未だに、京都の商店街の中の寿司屋で喰ったのを思い出しますよ。下駄みたいな板の上に乗っかって出てきてね。あれが、お店で食べた押し寿司の最初で最後。東京にもああいうお店はあるのですかね。よく判らない。
 押し寿司もうまいけれど、江戸前の寿司てえものは、これは、もう美味い。ちっちゃい頃から慣れ親しんでおるし、小食ですから、ちょいとつまみながら呑みたいてえ口の私には最適である。もっとも、店によって随分と差があるけれどね。幸い、南にずるずると下った、そう遠くはないところに、大変素晴らしい店がある。あすこは実に美味いね。ああ、最近食べてませんなあ。尤も、もう少し涼しくなってからの方が良いですな。今日辺り、大分涼しくなったけれど、どうだい、鮨でもつまみに行くかい、ってなほどではない。暑いときには寿司というのは変な気がするけれど、考えてみれば、お寿司屋さんは夏でも営業している訳であるからして、暑いからといって遠慮するのは私だけなのだろうか。
 ああ、話が逸れました。柿の話だったんだけれどね。まあ、何を書いたって良いんだけれど、自分でこうと思って書き始めても、どんどんどこどこ脇へ行っちまうっていうのは、あれですか、矢張り、私という人間が行き当たりばったりの、その場その場をうろうろするばかりの、しだらのない者だからだろうかねえ。

 青柿の落ちて潰れて鳥のもの

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2005年09月14日

icon何故だ


 朝起きると、先ずは、外を眺めますな。天気の具合を見る。次に、大抵の場合、水遣りですよ。それから、うちに入って、新聞を読んだりね、テレビを眺めたりする。気分次第では、カメラ片手に散歩に出る、と。昼が近づくと、さて、何にしようか、と思うものの、どうせ、麺類か奴か何かだから、悩むほどのことはない。稀には、外で食べたりすることもあるけれど、そんな場合も、殆どの場合、福寿庵ですからね。
 食事が済んで、昼寝をしますかね。しない日もあるけれど、大抵は、昼寝をする。本当には眠らなくても、ごろごろする。こんな日常ですか。全く、書いていて厭になりますな、あまりに何もない。まあ、何もないということが、万般、恙無く進んでおる、ということだと思えば、それはそれで結構なことですか。
 合間合間に、本を読んだり、帳面に落書きしたり、マックを弄ったりする訳である。本日も、マックをつけてみて、この、自分のところの日記を見て驚いた。昨日の分がないではないか。何たることだ。一体、どこへ行ってしまったのだろう、と頭を捻る。何故だ。何故なんだ。こいつは、近頃頻々としてやってくるスパムという攻撃の為せる業か、と、びくびくしたり。そして、紙の日記帳を眺めてみて、はっとしたのである。はっとしたのですよ。そこには、昨日、私が書きつけた文章が載っている。けれども、思い返せば、私はそれをマックの中に書き写した覚えがない。何ということか。そして、マックの中に書いていないのだから、昨日の分のブログなど、端からなかったのでありますよ。その時の私の絶望的な心持ちは、どなたにも判らんでしょうなあ。いやあ、底なし沼の汚泥に埋まってしまいたい気持ちとでも申しましょうか。ううむ、つくづく、この、自分の老化した脳みそてえものが嫌になりました。昨日なんざ、少しも忙しくない、どうってことのない一日だったのに、どういう訳だか、ブログを書くのを忘れてしまった。まあ、それはそれで良しとしましょう。けれども、本日になって、「書くのを忘れてしまった」ということすら、忘れてしまっている、という、この、何ですか……ああ、何というのか……兎にも角にも、その愚に、呆然としましたよ。忘れたことを忘れてりゃ世話ない。ああ、どうしよう。明日になって、今度は書いたことを忘れてしまって、何だい、あたしはそんなことを書いた覚えはないよ、なんて、ことになったら。何が何だか判らなくなってきた。私は誰、ここは何処、あなたは誰、お父上、只今帰りました、などなどなどと、脈略のない思考が渦巻く人間になる日もそう遠くないのではないか、と。ああ、恐ろしいことですなあ。

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2005年09月10日

iconトラックバックが大量にやってきた


 ここ数日、トラックバックとコメントが大量にやってくるようになった。しかも、あれですよ、また、例の、スパムというやつである。外国からのね。一時期、あの、Biancaさんのところで学んだ方法でやっつけることができて、大きに感謝していた次第。しかしですな、賞味期限が切れたのだろうか。近頃、毎日ですよ。毎日、ぽろぽろとやってくる。全部英語ばかりでね。こちらの内容なんざ関係ないよう、なんて駄洒落を言っている場合ではないよう。兎に角、online casinoだとかviagraだとかdiamondだとか、ああ、忘れましたが、そんなようなところからどんどん送られてくる。不愉快千万だし、気持ちが悪いし、全く何だって、こんなことをする人が世の中にいるのだろう。もう、マックをつけるのも嫌になる。けれども、ここでこんなものに屈してはいけない、とも思う。そして、また対策を学ぼうと思って、インターネットを検索するのであるけれど、難しいのである。困ります。あれこれと色々な人の対策を読んではみるものの、さて、実際の方法となると、以前と同じように、また文字文字文字の海をさ迷って、書き換えたり、文を足したりしなければならないのでありますよ。そう思うだけで、頭が痛くなり出して、痛み止めだということで、昼間っから呑んでいますよ。スパム・トラックバックというやつのせいで、此方人等、昼間っから呑んだくれでしまっている。こんなことでは躰が持ちやしない。尤も、昼間から呑むのは私の自制心の無さの為せる業ですからね、一概に、スパムを送る人ばかりを責める訳にもいかないかもしれない。いやいや、けれども、連中が気味の悪い攻撃をしてこなければ、昼間から泥酔に及んだりする筈はない訳で、やはり、悪いのはスパムの人たちなのである。どうにかしなければいけないなあ、と思うものの、この酔っ払い具合じゃ、今日はもう無理ですなあ。悪いのは連中だが、私が愚かでだというのも、やはり、紛れもない真実。スパムの気持ち悪さだけでなく、段々、呑み過ぎの気持ち悪さも重なってきましたよ。つくづく、莫迦な老い耄れですなあ。

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2005年09月09日

iconハバネロ37


 ハバネロの橙色に色付いた姿を発見してから、何日だろう。何だい、数えてみたら、未だ二日程ですか。はは、それしか経っていないのか。この老耄の日記を読んでおられる数少ない人々の中には、じいさんがハバネロ喰って大丈夫なのかね、血管が切れちゃったりしないだろうか、などと、期待したり心配したりていらっしゃる方もいるかもしれない。何を隠そう、未だ食しておりません。なかなかに皆さんお忙しくて、大師匠のカレー作りの予定が立たないようなのであります。また、タムゾー先生は、例の、ギグですか、プレス工場とかいうやつですな。あれが近いということでばたばたしていらっしゃる。まあ、世の中で暇なのは私のようなぽんこつじじいばかりなのである。世間の為には結構な話ですな。皆さん、お忙しい。お楽しみはじっくり待つということで。
 本日、仔細に眺めていたら、緑から変色しかけの、頭の方だけが黄色いやつがありました。やはり、小まめに観察すれば、いきなり橙色に出会すというようなことにはならないのである。雨続きで、私の観察態度が雑だったから、突然の橙色に魂消る破目になった訳ですな。こうやって、見てみると、全体がじわじわと変化していくのではなく、頭の方から変色が始まって、次第に全体の色が変わるという仕組みのようですな。私が想像していたのとは、ちょいと違う。こんな細やかな発見も嬉しいものです。今は、そんな発見をここに書きますね。それも嬉しいことなのであります。まあ、元来、そうそう外向的な方ではないから、人とあれこれ喋ったりするのは億劫だ、などと、思ったりもしていたものだけれど、家内を失い、退職し、家でぶらぶらするだけの毎日だとね、買い物にでも出ない限り、誰とも口を聞かないなんてことはざらなのであります。買い物に出たとて、「しめて七百九十八円になります」などと会計ののお嬢さんに言われるのは、会話には数えられない。そんな日が続くと、何となくちょっと喋りたいな、などという気になったりしてね。はは、情けないことを書いてしまいました。まあ、しかし、私なんぞは恵まれておりますよ。恵まれておりますとも。

静夜風 寝冷えとはそろそろお別れ

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2005年09月08日

icon金蛇近影に物思う


 水遣りをしていたら、またもや遭遇しましたよ、金蛇に。地べたではなく葉っぱの上にいる。さっさかさっさか動きが速い生き物だとばかり思ってきたけれど、意外にのんびりしている。そう言えば、先日のバッタをぱくりとやったやつも、銜えてからはのんびりしておりましたな。のんびりというか、微動だにせず、というような。本日の金蛇くんも御同様。カメラを向けてもぴくりともしない。それで、次第に近づいていって、到頭、随分近くから撮影が出来ました。マックに写真を入れてみて、眺めて見ていると、これが、あれですなあ、意外に愛らしいというか、何というか、兎に角、憎めないような顔付き、相貌、面体。眼ん球なんざ、くりくりっとしているじゃありませんか。まあ、しかし、そうは言っても、虫にとっては恐ろしい怪獣なのでありますよ。そういう心持ちで眺めると、今度は、恐竜みたように見えてくるから不思議である。それにしても、一体、この金蛇てえ生き物はいつから地球上に居るのだろう。相当昔でしょうな。人間なんかよりも昔から居る筈ですよ。爬虫類なんだからね。それとも、爬虫類なら人間よりも古いなんてのは素人考えなんだろうか。悲しい哉、知識も知恵も持ち合わせない老い耄れには、これ以上一歩も思考が進められない。少しは本でも読んで勉強すれば良いのだけれど、勉強のためだと思うと本を読むのが億劫になる。だらだらと気の向く侭に読むのは良いのだけれどね。何かこう、目的意識なんぞを持つと、急に気が余所を向くというのか、興が冷めるというのか。天の邪鬼的な心が発動するのであります。こんな性根ですからね、四分の三世紀程も生きてきたってえのに、しだらのない生活を送る、しだらのない人間に成り果てたのみ。情けないことである。
 金蛇を近影したお蔭で、我が人生を省みる破目になるとは思わなかった。

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2005年09月05日

icon水浸し


 今日もまた雨が降っている。颱風十四号の影響なのか否か、私に判る訳もないけれど、アメリカのハリケーン「カトリーナ」に負けず劣らぬ、大きなものだそうで、大事件にならぬように祈るばかり。ニューオリンズでの悲惨な状況をニュースで見聞きして、胸が痛くなる。颱風だというと少々燥ぎ気味になる、自分の根性がつくづく不謹慎で嘆かわしいものであると痛感。恐ろしいものですなあ。
 規模こそ違えど、この辺りでも、昨晩の雨は大変なものでした。叩き付ける雨粒の勢いで、屋根が割れるような音がした。近所の川も氾濫したそうで、川に程近くて低いところでは、道路が水に埋まり、その深さたるや、腰よりも低いものの膝よりは上だというのだから、大変なものである。警察や消防が出動し、通行止めにしたり、交通整理をしたり、と慌ただしく対応していたそうである。朝のゴミ出しで顔を合わせた御夫人の話では、中学校の近くのちょいと道の下った辺りでは非難警告なども出ていたそうだし、事実、床上にまで浸水した御家庭もあるとの由。大変なことである。
 以前に、そうですなあ、恐らく、四十年程も前だったと思うけれど、大変な大水で、我が家のすぐ前のところまで水浸しになったことがありましたな。家内と二人してびっくりどきどき大慌てしたのを思い出す。結局、ぎりぎりのところで、浸水はせず、私のところは被害を受けずに済んだのでありました。そんなことがあったせいで、行政も川の護岸工事をしたのですよ。それで、それから後は、かなりの雨でも溢れることなどなく、大過なく過ごしてきた訳です。ところが、今年になって、もう二度目ですからね。どうなっているのか。最近の雨が今まで以上に強いなんてことがあるのかどうか。それとも、どこか他に事情があるのかね。環六の下だか何だかに大きな地下の池だか何だかを作って、もうこれで水害はありません、などと、都だか区だか吹聴していた筈だけれど、結局、あのせいで、うちの近所辺りに皺寄せが来ているなんてことがあるのだろうか。ううむ。無い知恵、無い情報を巡らせても、当然、何も生まれない。兎にも角にも、罹災した皆さんには御同情申し上げるとともに、こんな時にこそ、行政には活躍してほしい、と思う。取り留めのない、随分と長い独り言になってしまった。笑えもしなけりゃ、泣けもしない。実になることなど何もない。ここまで読んでしまったあなた様、お付き合い戴き、有り難う御座居ます、というより、御迷惑をお掛けしました。いやはや、いやはや。

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2005年09月02日

iconこんな日も


 もう夏も終わってしまうのだなあ、などと、ちょいと沁み沁みとしたような心持ちになって、はや数日。けれども、暑い。非常に暑い。とてもじゃないが、沁み沁みとなぞしてられやしない。朝の水遣りを終えてからは、昼まで、ひたすらごろごろと転がって、扇風機を浴びるばかり。昼になって、何か食べようかと思って、冷蔵庫を覘いてみたが、殆ど何もない。一瞬だけ、買い物に出ようか、という気になったものの、本日の暑さでは買い物も散歩も、外出というものは何も彼も中止にする。素麺だけを食しましたよ。薬味は何もなし。出来合いの蕎麦つゆ。それでも、さらっと美味しく戴けてしまうのは、揖保乃糸が如何に素晴らしいかという証と言って良いのでしょうな。
 午後も、猶もだらだらと転がっていた。ちょいと庭に出て写真をぱちりぱちりとやってみたけれど、気力が全く充実せぬので、すぐに部屋に引っ込み、また、でれんでれんと畳の上をのたくる。扇風機のモーターのぶううん、かたかた、という音が、じりじりと暑い部屋に充満し、いやに大きく聞こえますな。はは。本を読む気もせず、音楽を聴く気もせず、テレビを眺める気さえ起きない。まあ、こんな日もありまさあね、などと、独り言ちてみたりして、全く以て、弛んだじじいであります。
 こんな具合に、てれてれと莫迦げた態度でいても、時間というのは経過するもので、いつの間にか、暗くなっている。それにしても、近頃は暗くなるのが随分と早い。こんなことも夏が終わりつつある証左であることは間違いない。けれども、未だ未だ、大きに暑いという現実があり、私は無気力に転がり続けるのであります。ごろんごろん、とね。どうせ冷蔵庫には陸なものが入っていないことは判っておりますから、本日は、晩飯を割愛し、つまみもなしに一杯始めますよ。まあ、こんな日もありまさあね、と懲りずに呟く。何だか良い響きだね。まあ、こんな日もありまさあね。口癖になりそうですな。

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2005年08月31日

icon全くどうでも良いのだけれど


 ふらふらと散歩をする。いつもは公園だとか川だとか、比較的自然の多い方へ多い方へと足が向くものであるけれど、今日は、どういう風の吹き回しか、通りの方へ出てみようという気になった。そうすると、やはり、目に映るものは、異なりますな。当たり前である。ビルと道路と人、人、人、おまけにもひとつ、人。しかも、人々は急いでいる。のんびりしているのは、二人組の小学生の女の子たちと私ぐらいのものである。見慣れた光景ではあるけれどね、それでも、味気ないですな。尤も、私だとて、勤めていた頃には、御同様、齷齪齷齪していたのでありましょう。自分ではそんなつもりは少しもなかったけれど、きっと傍から見れば、忙しそうに見えたのではなかろうかと思う。
 そんなことを思いながら歩いていると、殊更にのんびりした人が現れた。黒い半ズボンに水色のTシャツ。Tシャツの胸には蝶々が描かれている。足元はと言えば、素足に黒いゴム草履である。のんびりと、というよりも、どちらかと言えば、へらへらと、という風に、私の前方を歩いている。幾つぐらいだろうかねえ。三十代か。四十代位だろうか。若くはない。けれども、じじいという程には老けている風でもなく。私よりも歩みが遅いその御仁、通り沿いの店に吸い込まれていった。一体、何処に入ったのだろう、と覘いてみると、お仏壇の何とかという、有名な仏具店なのである。驚きませんか。半ズボンにTシャツ、草履履きで仏具店ですよ。一昔か二昔か、あるいは、もっと前の流行りだったかもしらんけれど、よく「TPOを弁える」などというような物謂いが流行りましたな。それを思い出した。今の時代は、そんなことは関係ないのかもしれないけれど、仏具店にあの服装のへらへらした人物というのは、何とも似合わない。硝子張りの店の前を通りしなに覘いてみると、制服を着たきちんとした女性と対座して腰掛け、何だか説明を聞いているようであった。硝子にへばり付いて覘いているてえ訳にもいかないので、先へ進んだけれど、あまりに気になったので、決心して、Uターンして戻ってみたのであります。そうしたところ、丁度、出てきましたよ。入り口まで女性に見送られてね。件の男性、店の前で、包みを開き、「へえ、こんな仕上がりなんだなあ」などと呟き、手に取って見ているのが、何と位牌なのである。真っ黒という風でもないから、紫檀か何かだろうかね。引っ繰り返したりして、一頻り眺めたと思ったら、元の包みにざざっと包んで、元来た方に歩き始めたのでありました。鼻歌交じりにですよ。ううむ。胸の奥がこそばゆい。いけないということはないけれど、何とも不思議な光景である。時代なんですかねえ。それとも、あの人だけが、ちょいと変わった人なのか。何だか、一気に半世紀も歳を取ってしまったような気のする午後でありました。

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2005年08月29日

icon最後の炎


 朝の草毟りの際に、それほど暑さに苦しむこともなくなってきた。段々と夏が終わっていくのですなあ。暑くて敵わん、と思っていたのも束の間のことであった。直に、寒いですなあ、ああ、寒い寒い、などと言い出すのである。そんなことを繰り返して七十余年。尤も、幼少時には暑い寒いであまり愚痴は溢しませんでしたか。考えてみれば、学生時分だってそうだね。暑い暑い、寒い寒い、とは言っていただろうけれど、それはそれで楽しんでいたような気がする。
 無駄に長い人生を送っている私ですが、今日、生まれて初めての経験をしました。蚊遣りですよ。あの、蚊取り線香が消える瞬間に立ち合ったのである。あんなものはね、夏場となれば、毎日毎日、ばかみたいに燃しているのだから、燃え尽きる瞬間に出合ったとて、そんなことが珍しいことである筈がないと思うのだけれど、初めてだったのである。もしかしたら、世間の皆さんは、そんなものは何度も見たことがあるよ、と仰るのだろうか。第一、蚊取り線香が燃え尽きるのが何だってんだい、と、そうお思いかもしれない。まあ、そう言われればそうなのであるけれど、私にとっては、生涯において初めての出来事であるし、何というのか、ある種の感動を覚えたのですよ。自らの勤めを全うして消えてゆく姿。最後の炎。燃え尽きて灰になる。今生に悔い無し。あれこれと、言葉を思い浮かべてみるけれど、良い表現がみつからない。兎にも角にも、私は、その最後の瞬間に立ち合えたことに感動を覚えたのであります。ご苦労様でした、という気になった。友人が亡くなったような、そんな気持ちとは全然違うのだけれどね。何だか、改めて感謝したくなったというか。あれだね、ちょこっと近いと言えば、萬年筆のインクの瓶が空になる時の気持ちにも近いかもしれない。尤も、インクの瓶てえものは、作りが悪いからね、最後の一滴どころか、かなりの量が吸い込めずに残ってしまう。まあ、構造上仕方がないのだろうけれど、とても勿体ない気がする。それで、そのインクに書の筆を浸して、落書きしてみたりしてね。それはそれで中々楽しいから良いんだけれど……って、一体、何の話をしていたのだったか……ああ、そうそう、蚊遣りの燃え尽きる姿であった。夏の終わりを象徴するような図であった、などというと、如何にも胡散臭い響きの物謂いだけれど、実際、私には、そんなように思えたのであります。そうは言っても、明日からも、未だ未だ蚊遣りは炊くんだけれどね。

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2005年08月28日

icon影と日向


 午前中、例によって、カメラ片手にのろくさと散歩する。公園で一休みしていたら、いやにくっきりと影が出来ている処があるのに気づいた。まあ、だからどうということはないのである。所詮は影ですからね。光があって、物があれば、影もできましょう。影がなかったら、そりゃ幽霊だてんで、その方が問題だ。だから、影があって良かった、良かった、てなもんだ。不思議なものや話をテレビで観るのは好きだけれど、目の前に幽霊なんぞ出てきてもらいたくはない。尤も、出てきたら出てきたで、存外、悪くない経験かもしれないけれど。
 その、地面に出来た影をぼうっと眺める。暇な人間にしか出来ない業である。そうすると、当たり前のことだけれど、少しずつその影と日向の境が移動していく訳である。そうは言っても、すたすたと進む訳ではないのであって、太陽の動きに合わせて、この境がじりじりじりじりと動いていくのであるなあ、と思いながら、眺めているから、そう見えただけのことかもしれない。はっきりと動きが判るほど、長くそこにいたわけではないですからな。

 荒屋に戻ってからも、何となく、先程の、影と日向のことが気になる。気になるので、それについて、あれこれと思いを巡らしてみるのだけれど、結局、何がどうしてどうなった、というような結論がある訳じゃなし、もやもやした侭なのだけれどね。これで、何か他人様に語れるようなものが湧き出てくるのなら、私も哲学者だとか何だとか、一廉の立派な人物になれたんだろうけれどね。もわもわするばかりで、何も生まれてきやしない。けれども、これはこれでね、悪くないものです。ぼんやりとこんなことを考えながら、呑む澤乃井てえものもね、悪くないものですよ。はは、暢気だね、と。

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2005年08月27日

icon付ける薬のある筈もなし


 天気が良い。散歩に出る。使い古したぽんこつ足も、本日は少しは軽い。それにしても、晴れていても朝のうちは気温が上がりませんな。夏も間もなく終わるのでありましょう。
 散歩しているとよく判るますな、雑草の生長が恐ろしく早い時期なのだなあ、と。背高泡立草というのでしたかね、あの、外来ののっぽの草がありますな。あれなんざ、私よりも背が高いのが幾らでもある。しかしですよ、先日の颱風でばったり折れてしまったものも少なくない。ううむ。それが自然の掟なのだろうけれど、照りつける陽光の下、何本も並んで倒れているのを目にすると、少々切ない気がしなくもない。
 考えてみれば、セニョール・ハバネロだって、同じ運命を辿るところだったのである。ところが、添え竹が支えてくれて、難を逃れたのであります。ありがたい。そういう心で見回してみると、ほほう、確かに、竹というものは丈夫ですな。しっかりものである。狂風に煽られ続けた所為で、傾いでしまっているものもあるけれど、倒れてしまっているというものはないようである。
 そうであった。昨年は、雑草の中の雑草、とでもいうように、笹や竹を目の敵にして、小庭から排除しようと躍起になっていたのであった。彼奴らの根をずっと掘って掘って、隣との境まで掘り捲って、ああ、それでも全部を退治することはできないのだなあ、などと、そんな風なことを思っていたものであります。ところがですよ、この度は、その竹にセニョ殿を救っていただいたような訳であり、竹というものは、あれですな、すうーっと真っ直ぐに伸びるだけあって、正々堂々とした侠気があると申しますか、私に、言わば昨年までの敵に、塩を送ってくれた、ということになりましょうか。
 では、私も、その竹の塩に報いるために、今後は、笹や竹を刈るのを止めようかしら、と思わなくもない。一度はそう思ってみたけれど、あれですな、それでは、却って、竹の顔に泥を塗るとういようなことになるかもしれない。敵に塩を送るという立派な行為だけれども、私がこれを機に竹派に寝返ってしまったら、竹氏の折角の行為は、敵に塩ではなく、敵を懐柔する作戦だったということになってしまう。竹てえやつは何だい、気持ちの良い男だなあ、と思っていたけれど、結局は、ああやって、敵を取り込もうというような嫌らしい作戦だったのだねえ、と、そんな噂が立ってしまうかもしれない。いけない、いけない。そうなのだ、やはり、私は今後も竹や笹をこの荒屋の小庭の世界では雑草と認定し、戦い続けねばならない。そうであってこそ、初めて、竹氏の敵に塩が輝くのであります。
 嗚呼、呑み過ぎてどんどん訳が判らなくなってきた。兎にも角にも、竹氏よ、ありがとう。そして、また正々堂々と戦おう、と、こういうことだろうか。下手の考え休むに似たり。いやいや、酔漢の考えなんざ、休むに似たりどころか、全くの空回り。先程から、からからからから、如何にも空疎な音がする、と思ったら、それは私の脳味噌の音なのでありましょう。老い耄れの酔っ払い、付ける薬のある筈もなし。莫迦である。

投稿者 nasuhiko : 19:20 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月26日

icon颱風一過


 あちらこちらで大変な被害を巻き起こしたようだけれど、幸い、我が家の界隈では、大事は起きていないようである。朝起きたときには、概ね、一過したあとと言って良いような様子でありました。雲一つないどころか、かなりたくさんの雲が出ていたけれど、その向こう側には真っ青な空が覘いていた。そんな朝の空模様をぼんやり眺めていると、胸の中がすうっと、静かに透明になるような心持ちがしたものでしたよ。しかし、はっと我に返る。そうだ。セニョール・ハバネロはどうしただろうか。あれほどの大風、どこかに飛んで行っちまったり、折れちまったりしてはいまいか、とセニョちゃんの元へ小走り。尤も、大人が走り回れるほど広い庭ではない。小走りにというのは、まあ、何というのか、比喩的誇張であります。さて、件のセニョ殿だけれど、いやあ、良かった。添え竹をした甲斐がありました。添え竹くんは、大幅に傾いていたけれど、何とか、その、護衛というのか警護というのか、兎にも角にも、南米からいらっしゃった要人の身を守ることに成功したのであります。この狭い庭の中にも、ばったり折れてしまった草木がある訳だから、恐らく、添え竹がなかったとしたら、ハバネロ殿だとて倒れてしまったに違いない。何しろ、以前にも、途中からぱっきりと折れてしまったことがあるぐらいですから。尤も、あの時のは、虫か蜥蜴でも追い掛けて走り回っていたちび公が激突した所為なのではないかと思われますがね。孰れにせよ、無事で何より。結構、結構。

 午後からは蒸し蒸しと暑い日になった。けれども、それにしたって、とてもじゃないがもう盛夏とは言えないでしょうな。蒸し暑さの中に、仄かに秋の匂いが香りましたよ。

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2005年08月25日

icon颱風様御来訪


 颱風十一号というやつがすぐそこまで来ているという。確かに、突然、ざざーっと降ってみたり、止んでみたり、と、この界隈の空模様も何かと忙しい本日。
 前にも書いたような気がするけれど、颱風の前の静けさ、それから、颱風の最中の雷、叩き付けるような雨、大木をも折らんかなという勢いで吹きつける風、そんなものに触れると、どきどきというのかわくわくというのか、兎にも角にも、非日常に触れる昂揚した気分になる。自分が颱風で痛い目を見たことがないから、こんな暢気なことを言っていられるのだけれど、正直なところ、早くも興奮気味の老い耄れであります。白状すると、ちょいと前から、もう呑み始めている。我が事ながら呆れますな。まあ、颱風が来ようが来まいが呑む訳であるし、ちょいと時間が早まっただけのことだけれどね。先日来、硝子の酒器と猪口で、形だけでも、多少なりともお上品な風で呑むことを心掛けているのだけれど、今日みたいな日は、やはり一升瓶から、湯呑みほどもあろうかというぐい呑みにどぼどぼと注いで、ぐびぐび呑む方が相応しいような気がするから不思議である。実際、そんな呑み方をしているもので、早くも酔いが回ってきましたよ。莫迦である。未だ五時にもなっていない。颱風を肴に呑むなどという、大戯けのこんこんちきの私であります。幾ら酔っ払ったって、最後に苦しむのは自分ですからね、まあ、どうでも宜しい。私の身なぞどうでも良い。そんなことより、あれですな、セニョールは大丈夫だろうか。折角、添え竹をして上向けようとしたところなのに、支える筈の竹諸共、大風に倒されたりしてしまわないだろうか。ううむ。

 ところで、先程、空の様子を見上げようと表に出たら、暫く振りに宇宙面したちび公くんに会いましたよ。尤も、向こうは、まるでこんな老耄には何の用もない、と無視を決め込んでいたけれどね。しかし、あのちび公くんてえやつは、雨の中でも普通にのんびりと歩いておりましたよ。猫というのは、雨を嫌がらないものなのだろうか。些か不思議な光景でありました。

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2005年08月22日

icon新しい下駄


 前の下駄がつんつるになったもので、新しい下駄を購入した。驚きました。何とたったの八百円だったのである。八百円ですぞ。下駄というものも人気がなくなったのだなあ、と思ったものだけれど、どうもそういうことではなく、最後の一つだからだということでありました。最後の一つだと何故安くなるのか、というのは、よく判らない。靴ならば、サイズがあれこれあるので、一足だけ残ったら何かと不便だということはありましょう。けれども、下駄ですからね。尤も、下駄にだってサイズがない訳ではない。しかし、それにしたって、精々が大小。もしかしたら、大中小ぐらいの区別のあるものもあるのかもしれないけれど、私は見たことがない。殆どの場合、下駄なんざ、サイズは一つしかないもの。踵が食み出たって構いやせんのでありますよ、下駄や草履てえものは。
 兎にも角にも、八百円で下駄が買えたということが、私に細やかな幸福感を与えてくれている。けれども、曲がり形にも桐の、鼻緒だってビニールなんぞではない、まともな下駄が、たったの八百円で買えてしまうのは申し訳ない、という気がしなくもない。下駄なんざ不人気で、職人さんたちの手間賃がどんどん下がっちまっているのだろうか。考えてみれば、近頃、下駄を履いている人をとんと見掛けなくなりましたな。ちょいと前までは……と言っても、かれこれ二十年程前までってぐらいだけれど……近所をほっつき歩く程度なら下駄履きって御仁は決して稀ではなかったのだけれどね。若い人が履かないのは解らなくもない。彼らは生まれてこの方一度も履いたことがないのでありましょう。下駄というものは履き心地も良いものだし、一度履けば常用するようになるものだと思うのだけれどね。ところが、どういう訳か、下駄履き経験のある筈の年輩の人ですら、今では下駄を履きゃしない。洋装だからではないか、と推測される方もいらっしゃるかもしれないけれど、洋装に下駄というのも珍しいものではなかったのであります、ちょいと前までは。近所での買い物程度なら、私は今でも洋装でも下駄履きであります。

 私は下駄屋じゃないのだから、下駄を履け、履け、履きやがれ、などと言う心算は毛頭ない。けれども、もし、履いたことがない、という、履かず嫌いでのことであるのなら、そりゃ、下駄にとっても人にとっても不幸な話であるなあ、と、要らぬ心配をしておるのであります。

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2005年08月16日

iconくらくらのふらふら


 大きな地震であった。畳の上でごろりと転た寝をしていたもので、一瞬、何が何だか判らなかった。何とはなしに頭がくらくらするような、つまり、眩暈がするような感じがして、目が覚めた訳だけれど、何分、寝惚けているもので、はっきりしない。棚がぎしぎしと悲鳴を上げて、部屋のあちこちで置き物がかたかた音を立てているのに気づくに及び、漸く、これは地震か、と気づいた私である。で、慌てて、表に駈け出して、安全な場所に避難する……というようなことは、できないものである。
 普段は世のあれこれにうじうじし、くさくさと気を滅入らせるような性格でありながら、何故か地震に関してびっくりはするけれども、あまり動ずることのない私である。ははあ、地震だね、などというように。まあ、これは一種の諦観から来るものなのか。孰れにしてもですよ、大きな地震が来たら、人間てえものは無力なものでしょうな。歩くどころか立つことも侭ならず、揺れが治まってくるのを待つしかないのではないか。お若い人で、身体能力が常軌を逸して優れた人なら、多少は事情は違うかもしれないけれど、たいていの人は、無力なものではないだろうかね。少なくとも、私はそうである。全くの無力である。普段から走ることなどできたものではないし、日によっては膝が痛かったり、腰が痛かったりして、すいすいと歩くことさら能わない訳である。そんなぽんこつに、地面がぐらんぐらんと揺れている際、一体、何が出来ようか。何も出来る筈などない。尤も、身体的に無力でも、頭や心で頑張ることはできる筈だ。本日も、地震だと理解してからは、火は使っていないな、とか、逃げるときには玄関よりは庭が良かろう、とか、財布はあそこ、懐中電灯はあそこ、などと、思い浮かべたりすることはできた。まあ、そう思うことが出来ても、揺れが治まる前に、この荒屋のことだから、ばたんきゅうと潰れてしまわないとも限らないけれどね。そうなってしまったら、考えなんぞ、何の役にも立ちませんな。諦めるしかない。こんな、ある意味でのんびりした気持ちでいるのも、私が十分に齢を重ねているからでしょう。地震にやられなくとも、私の余命など高が知れている。しかも、世の多くの人々の命に比ぶれば、我が命の価値なぞ、相当に軽いものである。これは卑下したり、いじけたりして申している訳ではありません。本当のことです。

 他の人たちはどうか知らんけれども、死に対する恐怖とか不安というものは、私には今はござんせん。この先、どうなろうとも、来るものは拒まず、死ぬるときは、それ、天寿を全うする日と思えますな。こんな風に思うようになったのは、やはり、家内を失ってからであります。自らをどうかしてしまおうなどということは微塵も思ったことはないけれど、未練はない、というか。変な物謂いになってしまいますな。いやいや、私は、これでも非常に日々前向きに生きているのであるけれどね。何だか、地面が揺れて、頭が揺れて、心も揺れているのか、普段から訳の判らない私の文章が、ますます縺れてこんぐらかって、ふらりふらふら、何処へ行く。辿り着くべきところが見当たらぬ有り様。ううむ。

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2005年08月15日

icon空を見上げる


 八月の十五日になると、色々なことを思い出す。思い出させられるのが半分、思い出さずにはいられないのが半分。新聞を読んでも、テレビを眺めても、あれこれと触れられている。そういう報道を見て、日本の至る所で多くの人が様々な想いを巡らすことだろう。私のような年寄りは当然として、若い人たちだって、何かしら感じる筈である。感じてもらいたい。
 みんながみんなそう思うとは限らないかもしれないけれど、やはり、戦争というものはひたすら恐ろしく、ひたすら悲惨なものであり、決して繰り返してはいけないものなのである。このことを次の世代へ、次の次の世代へ、と伝えていかなければいけない。

 元来、私は記憶力が良い方ではない。しかも、年々、頭の中がこんがらがってしまうので、自分でももやもやするばかりで訳が判らないことがたくさんある。しかし、そんな私でも、しっかりと覚えているものがいくつかある。空から焼夷弾がずんずん降ってくる光景。そして、終戦後、米国軍人を初めて間近に見た時の恐怖。焼け野原を眼前にして、半ば呆然とし、半ば昂揚している自分。そんなことどもは、そりゃもう、忘れようがない。忘れようがないどころか、頭の中でどんどん増幅して、実際に見たときよりも強烈なものになってしまっているのではないか、とさえ思う。ああ、やっぱり、私の頭の中はごちゃごちゃの出鱈目なのかもしれない。何が本当のことなのか、よく判らなくなる。

 空を見上げますな。すると、青空が広がっている。この空を見上げている限りでは、ああ、今日は静かで平和な一日であるなあ、と思えるのである。しかしですよ、俄に雲がもくもくと押し寄せて、雷雨が始まることだってあるのである。事実、本日も三時頃だったか、そんな風でありました。随分激しい降りだった。それにしたって、雨なら多少の我慢をすれば済む。けれども、この長閑な青空に突如としてB29がたくさんたくさん姿を現わし、焼夷弾を雨霰と降らせたらどうしますか。どうにかしよう、どうにかしなければいけない、と思うけれど、結局、どたばたするばかりでどうにも出来ないのであります。そんなものなのである。もう戦争をしてはいけません。どんな理由があっても絶対にいけませんよ。

 夏の空 俄に曇り 降りに降る

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2005年08月13日

icon白雨去り


 良いお湿りだというには、少々激しいものであった昨晩。どこすかと雷が鳴ったり、ね。この時期には、叩き付ける雷雨にさえ、一服の涼を感じられるものである。本日はどうかというと、晴天とは程遠いながら、何とも中途半端な空模様。暑さが緩いというだけでもありがたいと思うべきなのかもしれないけれど、雲のもわもわと同様にもわもわして気分も晴れない……と、こんなことを書いていたら、突然、昨夜にも負けぬような、猛烈な雷雨が始まった。ははあ、御天道様は、私の如き者の愚痴までお聞き及びでありましたか。御天道様の前では壁も障子も何の役にも立ちやしない、ということなのだろう。嗚呼、しかし、気持ちが良いですな。思い切り雨が降り、思い切り雷が鳴る。尤も、これが永遠に続くのでは困るのだけれど、どうせすぐに終わるだろうとわかっているから、こんな暢気なことを言っていられる。
 喜んでいるのは、私だけではない。草木も大きに喜んでいるようではありませんか。水に濡れ、正に瑞々しく輝く緑。近頃は、この緑色が地球というか、宇宙というかの、生命の象徴じゃないかいな、と思うことがある。宮脇先生の御本の影響だろうか。情けないことに未だ読み終わっていないのだけれど、素晴らしい本である。こんな枯れ枝じじいでさえ、心を打たれるのだから、感受性の豊かなお若い人々なら、感動も一入であるに違いなく、その感動を胸に、緑の森作りに励む人が増えると良いのだけれどね。NHKも深夜の再放送だなんて、けちけちしないで、夏休みの時期なんだから、お子さんでも見られるような昼間の時間帯に再放送すれば良いのである。何も野球ばかりが夏休みじゃあるまいに。

 白雨去り 瑞々しきは緑かな

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2005年08月11日

icon打ち水


 昨日今日と、比較的暑さがやんわりとしているものの、それでも、相当なものである。まあ、夏なんだから、暑いのは当たり前と言えば当たり前なのであって、暑くなかったら夏ではない。

 植物には水が必要だから、朝方、水遣りをしますな。そして、夕方にも水遣りをする。ハバネロを始めとした草木をいたわり育てるためには、これは大切な日課である。朝夕といっても、正確に何時と決まっている訳ではない。ざっと朝方、ざっと夕刻。大事なのは日中にやってはいけないということである。このことをどこで覚えたのか。マリがやっているのを見て学んだのか、商店街の花屋のおやじに教わったのか、それとも、テレビか何かで見たのだったか。兎にも角にも、夏の昼間に水遣りをすると根腐れを起こすというようなことらしいのである。少なくとも、私はそう思い込んでいるので、日が高い間は地面がどんなに乾いていようと、水は撒きません。しかし、ですな、テレビなんぞで、打ち水で涼を取り、云々などと言っているのを見たりすると、昔々のそのまた昔によく打ち水をさせられていたなあ、ということを思い出し、打ち水をした直後の、涼しい風が流れてくる様が脳裏に浮かび、ここは一番、思いきり庭に打ち水をしようかしら、と思ってしまう。けれども、打ち水はしない。何故ならば、それは根腐れということが起きるからかもしれないからである。そんなことになったら、大変だ。夏の陽射しと高温続きでどんどん元気になってきているセニョール・ハバネロの根が腐ったりしたら、それこそ一大事である。それで、打ち水を我慢する。ううむ。何だろう。理屈では納得している筈なのだが、どうも腑に落ちない。してはいけない、と思うと、ますますしたくなるのが人情てえものでね。ああ、打ち水がしたいなあ、とつくづく思う。このままじゃ、夢にまで出てきそうですなあ。まあ、夢に出てきたって構わないんだけれどね。

 打ち水の夢に出るかな 母の顔

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2005年08月08日

icon怖い話


 夏と言えば怪談の類が定番である。何故、夏には怪談なのだろうか。判然としない。肝試しとか、そんなことと関係があるのかもしれないが、推測に過ぎない。そもそも、私は怖い話は好きではない。怪談に関して、あれこれと思いを巡らしたことはないので、よく判らないのが当たり前なのである。好き好んで、怖い話を見たり聞いたりしたがる人の気が知れませんな。怖い話は苦手だけれども、不思議な話というのは嫌いではない。不思議な話と怖い話の境目というのはすっきりと線が引けるものではないので、不思議な話だなあと興味深くテレビの番組を見ていたら、何だか最後はすっかり怖い話になってしまって、嫌な心持ちがすることがある。幽霊とかそういう話も不思議な話として聞くのは良いけれど、怖い話として聞くのはお断り申し上げる。何を言っているんだか、自分でも判らなくなってきた。一番不思議なのは、この、私の老い耄れた脳みそのもやもやしたところだということか。

 怖い話といえば、先日、良次郎君がやってきて、さんざっぱら蕎麦を喰いましたが、その食後の話。二人して、もう喰えない、腹がはち切れそうだ、とだらだらしながら、扇風機に当たっていた。すると「茄子彦さん、寝るときも扇風機はつけっぱなしですか」と問う。「夜寝るときはそんなことはないけれど、昼寝の時なんざ、つけたまま寝ちまうこともありますな」「そいつは危ない。気をお付けなさい。扇風機の風を間近で浴びたまま寝込むと、心臓がきゅうっと止まって逝っちゃうことがありますからね。ご注意なさった方が宜しい」などと言う。最初は、小噺か何かだと思って、どんな下げが来るんだろうと待っていたのだけれど、そうではなくて、これが、真実、真摯な忠告だったのであります。何とまあ、驚きました。扇風機で死んじまうなんてことがね。急性心不全とかそういう類かね。何だかよく判らないけれど、それから、扇風機をまともに浴びたままだと安心して昼寝もできなくなった。仕方がないので、近頃は、三十分程で自動的に消えるようにして寝ているけれど、この暑い最中に扇風機が止まれば、暑さで自ずと目が醒める。仕方がないので、また、三十分にして寝る。で、暑くて目が醒める。こんなことを繰り返しているから、昼寝をすると、ぐったりしますよ。

投稿者 nasuhiko : 20:04 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月07日

icon男はつらいよ


 ちょいと前から寅さんのシリーズを全作品放送するとNHKが騒いでいた。羽生先生の大事な試合の時には陸に宣伝もしないのに、こんなものは熱心に宣伝するのか、と呆れ果てている。だってそうでしょうよ。寅さんは映画館に行ったり、ビデオやDVDを買ったり借りたりすれば、誰だっていつだって観られるものなのである。それに対して、将棋の大事な試合はその日限りのもので、再放送なんぞもない。そして、次の日には結果を新聞で知らされてしまうのである。なぜ事前にもっともっと宣伝しないのか、実に解せない。NHKというところは、寅さん全作品だなんて、人気取りみたようなことばかりに熱心のようである。不祥事続きで世間から見放されているから、媚びるように人気取りをしたくなる気持ちも判らないではないけれど、羽生先生のタイトル戦を宣伝して放送する方が余程大事だということを肝に銘じてもらいたいものだ。寅さんに恨みがある訳じゃないし、テレビで何作かをぼんやり眺めた程度のもので熱心なファンとは程遠いけれど、嫌いじゃないのであるけれどね。苦言を呈させて頂く。然り乍ら、嫌いじゃないものでね、ついつい、観ましたよ、『男はつらいよ』をね。はは、結局、NHKの手口にまんまと嵌められているような気がしなくもないけれど、作品に罪はない。
 いやあ、それで、どうかというと、良いね。ああ、全く結構である。結構毛だらけ猫灰だらけって、早速、受け売りしたりして、私という人間は何と軽薄なのであろうか。いやあ、それにしても、ああいう気持ちの人は良いですな。東京と言っても、この、三多摩の手前辺りで育ったような、私のような中途半端な人間とは違って、あっちの人たちは本当に気持ちが良いね。落語の世界と繋がっているんだねえ。大きに楽しんだ。いやいや、期待していたのの何倍も何倍も楽しめました。こんなに楽しめるのは、こちらが歳を取って、心に余裕ができたからかねえ。よく判らない。今では、二作目からもずっと見続けようかな、という気になっております。全く以て暢気なじじいである。

投稿者 nasuhiko : 18:55 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月06日

icon青空を見上げる


 間の抜けた青空が広がり、じりじりと太陽が照らす。ちょいと表に出るだけで、くらくらするほどで、帽子を被らずにいるのは危ないかもしれない。世間では疾くに夏休みになっている筈だと思うのだけれど、あれですな、不思議と、子供たちが駆け回ったり、騒いだりしている声は聞こえてこない。如何に元気な小中学生と雖も、この厳しい暑さには太刀打ちできぬということか。まあ、あとは、あの、ボーッとという霧笛みたような音と共に発表される光化学注意報の所為もあるやもしれん。あんな音で脅かされたら、親御さんたちも子供たちを外に出す訳にはいくまい。そもそも近頃の子供たちてえものは、外遊びが好きじゃないのかもしれませんしね。一時期ほどは世間でもあれこれ言われていないけれど、ゲームなんぞの室内遊技ばかりに専心しているのかもしれない。

 本日は八月六日。空を見上げても爆撃機は飛んでこない。ただ青空が広がり、太陽が照りつけ、油蝉がじいじいじいじい五月蝿く鳴いているだけである。あの八月六日の空はどんな空だったのだろうか。そんなことを思いながら、漠然と青空を見上げていたら、涙が零れました。

 油照り 涙を汗に溶かしけり

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