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2005年03月31日

icon流行性感冒に臥す

 高熱を発し、元から盆暗な頭がより一層くらくらし、元からよろよろの足元がますますふらふらな状態。若先生の見立てでは、インフルエンザのA型というものである由。
 長く大人しく、大人しく長く、床に臥しておった次第。本日、辛うじて、マックをつけてみたところ、日記が止まった、すは一大事か、と、私の如き老耄の身を案ずるメールを何通か頂戴し、感涙に噎びて鼻水が止まらぬ有り様。実にありがとうございます。まずは、無事をお伝えしたく、一筆した次第。感謝感激を胸にして、今からまた寝ます。また後日。

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2005年03月26日

icon物騒な御時世なので


 彼此十日ほどになるだろうか、宇宙人の顔をしたちび猫が顔を出さない。やってきたところで、日向でだらだら寝そべっていたり、小鳥を追い回して木に登ったり、人の顔をじろじろ見たりするだけで、特別、愛想が良いわけではなく、辛うじて撫でることはできても抱いたりできるわけでもない。だから、どうってことはない、と思っていたのだが、付き合いが長くなってきて情が移ったのだろうか、暫く顔を見せないと、寂しいような心配なような、妙な心持ちになる。何故、私が余所の家の飼い猫の身を案じなければならぬのか。考えてみると、馬鹿みたいな話だし、そう思うと、少々憎たらしくさえ思えてくる。スパイ猫が末廣の蒲鉾を好むので、それを欠かさぬように気を使って、今では我が家の冷蔵庫の常備品となっている有り様だ。何故、私のような老い耄れが余所様の飼い猫、つまりは、満足な食生活を送っているであろうところの猫の、喰い物の心配をせねばならぬのだろうか。しかも、折角、用意してあっても、敵は気が向いた時にしか来ない。やって来たとしても、満腹なのか、差し出した蒲鉾に見向きもせぬこともあるのである。その時の、拍子抜けした、がっかりした気持ち、どうしてくれよう。独り勝手に盛り上がったり盛り下がったりしているじじいの様は、傍の目には、嘸かし滑稽に映ることでありましょうな。情けない。けれども、この、案ずる心というのは自然に発生するものなのであって、抑えることはできず、やきもきするばかり。まさか今の世に、三味線屋のための猫捕りをしている者もおるまいけれど、車やオートバイが走っている道をうろうろしているのだから、交通事故の心配がある。また、乱暴な小学生が猫めがけて石ころを放る姿を目にしたのは幾度となくある。はたまた、稀にとはいえ、気の触れたものが小動物を虐待して殺したりしている、などという報道があることもある。ちび猫が、どこかで何かの被害に遭っていはしないか、と気にし出せば限りがない。限りがないのだけれども、何となく不安が腹の底できゅうっと塒を巻いているようで、落ち着かない。ちび猫は大丈夫だろうか。心配を紛らそうと、杯を重ねているうちに、不安が増幅されてきて、堪らず、表に出て近所を一周してみたけれど、見当たらない。どうしたらよいのだろう。猫のような気紛れな生き物のことだから、明日になれば、ふらっと現れてくれるに違いない、と思うのだけれど。ああ、ちび猫くんよ、何処に。

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2005年03月25日

iconCD46枚分5


 本日も『ご存じ古今東西噺家紳士録』に嵌まっている老耄である。明治末期の「寿限無」を聞いてみた。考えてみると不思議なことですな。明治時代の「寿限無」ですぞ。今から百年以上前のものなのでありますぞ。文明開化というのは恐ろしいものである。尤も、一番驚いているのは、御当人、三代目蝶花楼馬楽であろう。草葉の陰で目を白黒させているに違いない。
 それにしても、毎日毎日楽しく過ごさせていただき、実に有り難い。ちょいと前までは起きる時には、どっこらしょっと膝や腰の痛みを気にしながらの有り様だったけれど、近頃じゃ、あらよっと、と、まあ、これは言い過ぎだけれども、気分としては、そのように威勢良く起き出すのであります。あまりに嬉しいので、田村師匠にこんなに素晴らしいものがありますぞ、と御報告申し上げた。落語ですか、笑点ぐらいしか知らないんですよ。一度、観に行ってみたいなあ、と仰る。勿論、次回は御一緒致しましょう、と約束した。物の序でに、一枚のCDに46枚分のものが収まる仕組みのことを質問してみたけれど、フォーマットが云々、圧縮率が何とか、音質が悪かったり何だりと……要するに、全く理解できなかった。まあ、そんなことはどうでも良い。それよりも、耳寄りなのは、まだまだこのような代物が世の中にはたくさんあるのだ、ということを教えていただいたことである。
 早速、インターネットを渉猟する。あれこれ興味深いものがあるのだけれど、マックのことが書いてないようなものがあって、不安になる。『江戸明治東京重ね地図』これなんざ面白そうなんだけれどねえ。マックのことが書いてないですからね。果たして見られるのだろうか。ううむ。
 他に候補にしているのは『新世紀ビジュアル大辞典』てえもの。動物の鳴き声が聞け、動く姿も見られるそうな。紙の辞書には出来ない芸当ですなあ。むずむずむずむず興味が湧いてきます。買っちまおうか。ううむ。取り敢えず、澤乃井を引っ掛けて、一休みしてから考え直しますかねえ。

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2005年03月24日

iconCD46枚分4


 未だ未だ『ご存じ古今東西噺家紳士録』に嵌まっている老耄である。朝起きて、あれこれと雑事を片付けて一段落したところで、マックの前に座って、このCDを弄るところからその日が始まる、というような有り様である。今朝は末廣で扇好が演じていた「寄合酒」を五代目の圓生、つまり、私が慣れ親しんだ圓生ではなく、その義理のお父さんに当たる先代の圓生のものを聴いた。軽快な語り口である。デブの圓生と呼ばれていたとあり、実際、写真を眺めるとかなりふくよかな顔をしている。けれども、声は軽やかで正に立板に水という勢い。さーっと流れるように進んで気持ちが良い。昭和初期の録音だと書かれているけれど、そんなものが聴けるなんざ、文明の有り難みにつくづく感じ入りますなあ。しかし、こうなると、生きている方は溜まったもんじゃない。先日の扇好青年(あるいは、中年)の「寄合酒」だって決して悪くなかった。なかなか結構なものでしたとも。寧ろ、大きに誉めたいぐらいである。誉めたいぐらいだったけれども、今、こうして、七、八十年前のものを聴いてみて、どちらが勝っているだろうか、と考えると、ううむ、難しいですな。これからの噺家は大変だ。同時代を生きる、同輩と比較され、先輩や後輩連中と比較され、そればかりでなく、彼ら自身、見たことも聞いたこともない大昔の人々とさえ比較されてしまうのであるから。尤も、お蔭で、勉強の機会が増える、ということも言えますな。ちょいと前なら、師匠に稽古を付けてもらったものを身に付けていくばかりだったろうけれど、今では、一つの話を色々なCDで繰り返し聞き比べたりすることもできるわけで、あれこれ研究して一番自分が良いと思う形を作っていくことが可能になっている、とも言える。尤も、情報が多ければ多いほど良いのか、というと、そうとも限らないでしょうな。余計な雑音に振り回されて、いつになっても何が自分に合っているのか、自分は何を目指しているのか、右往左往するばかりだということだってあるやもしれぬ。難しいですなあ。確かなことは、私のように、楽しむ側にとっては、こんな便利なCDというものがあるのは実に有り難い、ということでござんしょう。いやあ、長生きはしてみるものであります。

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2005年03月23日

icon東京に大地震が来ないのは


 先日の九州での大地震は、専門家も予想だにしないものだったと言う。では、専門家は神戸や新潟や北海道での大きな地震を予想したのか、というと、正確に予想などしていないわけで、結局、地震というものはまさに天変地異、人知の及ばぬものなのだ、ということなのか。
 そろそろ東京に大きな地震が来てもおかしくない、というような、遠回しとは言え、かなり警告色の強い発言をする人々がおりますな。実際、科学的に、とか、統計的に、ということでは、そうなのでありましょう。私のような科学音痴の頓珍漢には判る筈もない話。なのであるけれど、近所の工事現場を眺めていて、ふと、老い耄れた頭に閃いたことがある。東京てえところは、年がら年中工事をしているところ。税金を無駄遣いしたくてしょうがない連中が年度末になるとあっちこっちの道路を掘っ繰り返し始める。税金が誰のもので何に使われるべきか、というような論議は、お若い人々にお任せするとして、三月が近づくと街道から小道まであちらこちらの道という道が工事の穴ぼこだらけになるのは、東京に長い人なら誰でも知っていることでありましょう。
 よぼよぼと覚束ない足取りで散歩していると、目の前にはまた工事現場である。作業服に身を包んだ人が棒を振り振り脇に立っていて、ああだこうだと指図したり、気が良い人だと、すみませんねえ、と頭を下げてきたり。兎にも角にも、歩行者は板切れの上を歩かされたり、黄色と黒の策みたようなもので区切られた狭いところを歩かされたり。自動車は迂回させられたり。全ての工事に意味がないとは言わないけれど、全ての工事に意味があるとも思えない。工事現場に指し掛かる度に、何だか釈然としない気持ちが起こるのを禁じえない老い耄れじじいである。
 ところが、今朝、夢の中で突然の閃きが与えられたのである。私の目に随分年長に見えたのだから、恐らく、百歳は優に超えているだろうと思われる白髪で白髭を伸ばした、がりがりの老人が、杖を振り回しながら、教えてくれたのである。御老人曰く、君のような若造にはわからんかもしらんが、東京に大地震が来ないのは、年中、工事をしておるからなのだぞ。あの、一見無駄な工事の度に、地中に鬱屈したエネルギーを少しずつ放出しておるから、大地震を起こすほどのエネルギーが溜まることがないのである、と言う。本当だろうか。そんな筈はないとは思うものの、万々が一本当だとしたら、地震の専門家に教えてあげた方が良いのではないだろうか。だが、伝えるにしたって、まさか、夢の中で痩せこけた白髭の老人に教わったのだよ、と言うわけにもいかないだろう。ううむ、どうしたものだろう。

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2005年03月22日

icon神風の行方


 この日曜の朝、いよいよNHK杯の決勝であった。早々に起き出して、洗顔などなどの雑事をとっとと済ませ、放送が始まる前から、羽生扇子を片手に、テレビの前で畏まっていた次第。ここ一番で今までにも況して強烈な神風で後押ししようと準備万端。澤乃井で口を清め、試合開始を待つ。あれこれじたばたあたふたしたところで、私が指すわけではないのだけれど、気分としては、臨戦態勢。そして、始まったのであります。ここはイタリアじゃないからね。時間通りに始まるのですよ。
 羽生先生は相変わらずの構え。対する山崎さっぱり青年は些か緊張の面持ちと見えた。淡々と進む中、山崎青年の手が重い。ああ、ほれ、ごらんよ、これも我が扇子の起こす神風の威力さね。青年、時間の消費が甚だ早い。これでは中盤以降は全て一分将棋になってしまいますな。大丈夫なのかね、と相手方のこととはいえ、少々心配になるほどである。孰れにせよ、この老い耄れが振る扇子の神風に押され、羽生先生の優位は揺るぎない。結構、結構、さて、一休み、と緩めた手を杯に伸ばす。と、何だ。何なんですか。え、地震とな。あれ、あれ、あれ。
 あとは皆さん御存知の通り。NHK杯の放送などどこかに吹っ飛んでしまったのである。大事件が起きれば、将棋如きが何ものぞ、と、そう仰るのは御尤も。私も引き下がりましょう、本日ばかりは。羽生先生の優勝相成ったのか、成らぬのか。そんなことは心配していない。優勝したに決まっておりますからな。
 それにしても、日本のあちらこちらで地震が起きる。被害に遭われた方々には何とも申し上げようもないし、お助けするだけの財力もない。何かお手伝いする体力は、勿論、ない。陰ながら、目に見えぬ声援を送るばかりの枯木である。頑張って生きていれば、良いことも悪いことも色々とあるものです。気を落とさずに、次の良いことに向けて、何とか頑張って頂きたい。今は、羽生先生の応援を一休みして、被災者の皆さんに向けて力風をお送りしますぞ。

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2005年03月21日

iconCD46枚分3


 すっかり『ご存じ古今東西噺家紳士録』に嵌まっている老耄である。いやあ、これは素晴らしい代物だ。昼前から、マックの前に腰を下ろして、澤乃井を茶碗で引っ掛けながら、この中に入っている落語を順繰りに聴いたり、経歴を読んでみたり、師匠や兄弟弟子を眺めたりしていると、あっという間に時が経つ。便利で楽しい道具ですなあ。
 CDというものが普及し始めたことのは二十年程前だろうか。出始めの頃は機械も高いし、CDそのものも高いし、レコードに比べて見てくれが何とも味気ないし、何だか気が乗らないね、などと思ったのだけれど、何だ彼んだ言って、そう遅くならぬ内に購入してしまった口である。実は大きな感興は湧かなかったけれど、静かなクラシックを聴く場合に限ってはノイズが少ないという効果の程は歴然であった。けれども、何だか、全体にしゃりしゃりしていて耳馴染まぬような気がしたのも事実である。それで、暫くはCDは買わずにレコードに舞い戻っていたのだが、世間の流行りに押されて、じわじわと移行が進んだとでも言うべきか、ここ十数年は当たり前のようにCDを買い、当たり前のように聴いている。実を申すと、心の何処か奥底に、今でも何となくデジタル嫌いが残っている。要するに、音楽を滑らかな坂道ではなく、階段みたように処理されているとは、何とも理不尽な気がするのである。段と段との間にあったものは何処へ行ってしまうのか、と。まあ、この老い耄れた耳でそのような微細な差異を聞き分けられる筈もないのですがね。考えてみれば、田村師匠など、端からマックで音楽を作っている訳だから、全てがデジタルなのですな。元から階段であるのなら、それはそれで構わないのか。ううむ、何だか訳が判らなくなってきた。無理して無い智慧を絞るからこんなことになるのである。デジタルの問題は放っておこう。

 さて、コンピューターのCDですが、凄いですな。理屈はわからないけれども、兎にも角にも、これだけの膨大な情報がこの一枚のぴかぴかした板切れに収まっているかと思うと、正に隔世の感。SFの世界の話のようである。猫に化けた火星人の一団が、密かにペンタゴンやクレムリンに侵入して、機密情報をCD一枚に収めて持ち帰ろうとする。しかし、彼奴等の宇宙船が地球から脱出しようとするところ、ああ、間一髪、この時ばかりは東西の壁を越えて地球を守る為に手を取り合った地球連合軍が追い縋る。頑張れ、地球連合軍。手を取り合って。猫に化けた火星スパイの軍団を逃してはなりませぬぞ。いざ、いざ、いざ。

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2005年03月20日

iconCD46枚分2


 落語熱が沸きかけている折、丁度良いところに、先日注文した『ご存じ古今東西噺家紳士録』が届いた。早速、開けてみると、都家歌六という人の「思い出の楽我記手帳」という大判の本と古今東西の噺家を載せた大きな系図が入っている。勿論、肝心要のCDが入っているのは言うまでもない。本をぱらりぱらりと繰ってみて、系図をさらりと眺めてから、早速、CDに挑戦する。これはCDと言ってもオーディオのCDとは違うものなのでマックに入れて使うものなのである。何しろ、CD46枚分のものが1枚のCDに入っているという自己矛盾を含んだ存在なのである。コンピューターの世界はまだまだ謎だらけですな。
 兎にも角にも、マックにCDを入れてみると、うぃんうぃんとモーター音の如きものが暫く流れたが、何も起きない。ちょいと待ってみても、やはり何も起きない……と思ったのは、私の間違いでありました。マックの中にちゃんと『ご存じ古今東西噺家紳士録』というものが登場しておりました。それを開いてみて、いくつかある中の「ご存じ噺家紳士録OSX」てえものが私が開くべきものだと見当を付けた。前頭葉の硬化甚だしい老耄の私であるが、私のeマックがOSXというものだということは理解しているのである。師匠や大師匠の指導も無駄にはなっていないわけですな。大師匠には御無沙汰していますけれどね。どうしてますかね。
 さあ、始まりましたよ。突然、画面が真っ黒になって囃子が鳴り出した。おっかなびっくり使い始めたけれど、ははあ、成程、こりゃさして難しくはない。あっちこっちをどんどん押していけば良いだけである。早速、圓生を見てみると「寄席育ち」と「皿屋敷」が聞けるようになっている。どちらも聞いたことがないものである。マックで圓生に耳を傾けるなんざ妙ですな。妙だけれども、これはこれでありがたい。さて、昨日の面々を調べてみよう。扇橋、圓菊のお二人は私よりもちょいと年上になりますか。まあ、そうは言ってもほぼ同年配。ああやって寄席を務めているなんざ立派なものです。扇遊、扇好の両君は四十代。油が乗ってくる良い頃合いだ。なるほどねえ。これは便利な代物だ。文明の利器でも世の中を吹き飛ばしてしまうような恐ろしい兵器の類もあれば、こういう細かいものだとはいえ文化を支えていくものもあるわけですなあ。長生きはしてみるものだ、なんて感想は安易に過ぎましょうけれど、そう言いたい気になる。
 CD46枚分の仕組みはとんとわからないものの、収録されている演目を順番に聴いていくだけでも、当分は楽しめそうである。訳も判らぬうちにコンピューターの荒波に乗り出して良かった。実に良かった。ねえ。

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2005年03月19日

icon末廣亭に行ってきた2


 「百川」の、慈姑の金団を丸飲みにして目を白黒させるところを一所懸命演じている。私としては、もうそりゃ頑張っているんだけれども、お客さんを笑わせるどころではなく、酷いもんだね、何だいあれは、というような白い視線が方々から押し寄せてくる。笑わせているのではなく、笑われている次第。しかも、ばかだね、あいつは、ははは、というような、からっとした笑いではなく、あまりの不出来に失笑を買っているてぇやつだ。正直な話、私は自身の落語人生を放棄してもいいから、ご免なさいって謝って、板を下りちまおうかと思ったほど。あわあわあわあわ口から泡が出てくるだけで、もう次の台詞なんざ出てきませんよ。冷や汗がだらだらだらだら零れ落ち、慈姑の金団を丸飲みしたかのように目を白黒させている有り様……ってところで目が覚めた。
 それにしても、私てえ人間もほとほと単純に出来ている。昨日、寄席で楽しく過ごしたら、その晩には自分が噺家になっているんだからね。呆れるね。それにしても、夢の中で思い出しても圓生の「百川」は良かったねえ。慈姑の場面も良かったし、あの、ひゃあ、だか、ひょぇ、だか、百兵衛が素っ頓狂な声音で返事をするところなんざ、ただ単に莫迦が莫迦に見えるてえ丈でなく、戸惑いや素朴な人柄や何や彼やを内包しているような……って、まあ、落語見ながらそんなことを考える必要はないのだが、夢の中とはいえ、自分で演じてみると、圓生の深さが良くわかるてえもの。あんな人はもう出ないのかね。
 扇好だか扇遊だかが言っていたけれど、近頃では弟子入りしてくる年齢がどんどん高くなっているそうな。大卒なんてものではなく、三十代、中には四十代の人もいるという。本当だろうか。もし、本当だとして、そこに七十代の老人を受け入れる余地はあるだろうか。ないですかね。ないね。何しろ、此方人等、電車に乗れば女子供にも席を譲られる身ですからね。それでも、扇橋の門を叩いてみたらどうなるだろう。扇茄子なんてどうですか。入船亭の扇に茄子をくっつけて扇茄子。扇茄子と書いてセンナシと読む。正に、栓無し。どうしようもない野郎だてぇ意味でね。それにしても、扇橋師匠も弟子が同年配じゃやりにくかろう。兄弟子連中にしたって、七十過ぎたじじいを捉まえて呼び捨てにゃしにくいし、荷物だって持たせられない。一緒に電車に乗って、席が一つしか空いてなかったら年寄りを座らせるしかないわけで。まあ、入船亭一門の平和の為に、入門は諦めますか。

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2005年03月18日

icon末廣亭に行ってきた


 ぽかぽかと良い陽気で、近所では梅が満開。すっかり春めいた気分である。心も軽くなり、お蔭で遠出してみる気になった。遠出と言っても、本当に遠くに行くほどの気力体力が備わっているわけではない。そうだ、末廣に行ってみよう、と思い立つ。電車に乗っちまえば、十分二十分程の距離。老い耄れにはこの程度が丁度好かろう。
 何年振りだかまるで思い出せないのは、脳の老化が著しいというだけではない。実際、恐らく、十年ではきかない筈だ。とぼとぼよぼよぼ歩いて、どうにかこうにか、昼の仲入りに間に合った。久方ぶりであるにもかかわらず、何だか懐かしい感じがしない。妙に小奇麗になっているような気もする。記憶の中ではもう少しおんぼろな印象だったが、おんぼろなのは此方人等の脳みそであって、末廣亭は寧ろ若々しい。不思議だなあ。
 取りは扇橋。流石に萎れた感じがするけれど、考えてみれば、同年配であるからして、向こうから見りゃ、こちらも同じように萎れて見える筈である。ああ、ああ、貧乏たらしい萎れたじじいが見に来てやがらぁ、などと思われていてもおかしくはない。萎れているといえば、圓菊。全体にゆらゆらしているだけでなく、言い損じたり、もごもごと口籠ったり、堂々たる老化振りである。けれども、それが良い味になっているのだから、世の中何が幸いするかわからない。昔は、圓菊なんざどうとも思わなかったのだけれどね。いやいや、なかなか良い噺家じゃありませんか。
 扇好、扇遊という、扇橋門下の二人だが、これがなかなかどうしてしっかりしている。少々軽い感じもするものの、悪くない。扇橋さんも良いお弟子さんを持ったものだ。いや、良い師匠に付いたからこそ、彼らの今日がある、というべきか。

 暫く振りに覗く寄席の雰囲気は結構なものですな。お客さんも通振ったような、ある種意地悪な連中は見当たらず、のんびりと付き合う風でね。良かった。それにしても、中で呑ませてくれないのは困ったものですな。これで、酒さえ呑ましてくれるのなら、毎日でも通いますけどね。
 ああ、何だ彼んだですっかり疲れた。澤乃井を軽く引っ掛けて、今日はとっとと寝ることにしますよ。楽しい夢が見られそうだ。

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2005年03月17日

iconじいさん先生の言葉2


 麻田醫院のじいさん先生の言葉を、突然、思い出したので、折角だから、紹介しようと意気込んで書き始めた昨日、自身の記憶力低下を嘆く文字を重ねているうちに、すっかり件の文言を忘れてしまった、莫迦な老い耄れである。その教訓を活かして、本日は、本題をさっさと書き記そう。
 かれこれ三十年程も前の夏のこと。どうも小さな虫にでも刺されたようで、右足の親指の背の部分、ぽそぽそっと申し訳程度に毛が生えている辺りがぽちっと赤く腫れた状態になった。さして痛くも痒くもなく、そうそう気にせずに放っておいたのだが、眠っている間に掻いてしまったようで、翌朝になって見てみると、瘡蓋状になって、周辺も少々腫れている。それでも未だ、大したことないさ、と放っておくこと数日。中々治らないどころか、少々膿んできているような有り様に突かれ、重い腰を上げて麻田醫院を訪うことになった。
 先代のじいさん先生、眺めたり触ったりした挙句、大したことないなあ、ビタミン剤の塗り物と痒み止めの飲み薬ぐらいで良かろう、との御診断。ちょっとした虫刺されからここまで腫れるのは、何か別に大きな原因があるのではありませんか、と尋ねると、いやあ、そんなことはないよ、と鼻で笑われた。原因と言うならね、君の生活そのものですよ。それが良くないから、虫刺されも良くならない。私の言う通りの生活をしてくれれば、一週間もすればきれいに治ることを請け合いますよ、と仰る。別に難しいことじゃない。だけれど、人によっては難しい、無理だ、と言うんだ、とにやり。何をすれば良いのでしょうか、と尋ねると、刺激物を摂取せず、睡眠をたっぷり取り、あれこれと思い煩うことを止め給え、との御指示。そりゃ如何にも躰に良さそうだけれどね。当時は何だかんだと忙しく、睡眠は足りないし、仕事で責付かれ、ストレスも小さくはなかった筈である。じいさん先生の仰るところ、正に心当たりがあるのであった。しかし、これを改善するのは仕事がある限り、生半なことではなさそうであった。それで、残りの刺激物という部門で何とか頑張るしかないのかな、と思い、尋ねてみる。そうだな、主なところでは、酒、煙草、珈琲かね、と仰る。ああ、ああ、それは私の好物のベスト・スリーではありませんか。当時は煙草を日に百本以上吸っていたのだ。それを断て、とは、あまりにも厳しい、と思って呆然としていたところ、そうそう、食事もね、辛いものは駄目ですよ、と。このじいさんは、私から大好物を全て奪う気なのではないか、と思ったものですよ。どうだい、君ぃ、できそうかね、と尋ねられた私は、無理です、と即答した。そんなことでしょうな。それができるような人は医者には来ないものですよ、ははは、と笑う。だったら、精々、減らすようには心掛けなさい、それから、野菜をたくさん食べるように、と釘を刺されて、帰ってきたのでありました。その日から、なるたけ指示に沿うようにしていたら、実際、二日でほぼ治りました。その後、ビタミンの塗り物を数日塗ったら、もう跡形もなく、きれいになった。大したものだ。
 それに比べて、息子の方はと言えば、すぐに強い薬を出してきましたからね。そりゃ、私としては些か信用できない心持ちになったわけです。じいさん先生、私も嘗てのあなたと同じぐらいのじじいになりましたが、息子さんと私、どちらが間違っていますかねえ。

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2005年03月16日

iconじいさん先生の言葉


 新しいことはどんどん忘れる。しかも、何とも恐ろしいほどの勢いで忘れるのである。鶏は三歩あゆむ間に何でも忘れてしまう、というようなことをどこかで読んだか聞いたかした覚えがあるけれど、私ぐらい老い耄れてくると、頻々として、鶏と似たような症状を呈するもの。何かを取りに席を立つ。三歩進むうちに、はて、私は何故立ち上がっているのであるか、とぼんやり立ち止まる。少々考えたところで何を思い出せるわけではないので、しょうがないから、元居た場所に戻って腰掛ける。すると、ああ、あれだ、あれ、あれ、あれを取りに行こうと思ったのであった……などと、目的は思い出すのだけれど、その目的物の名称が思い出せずに、あれだ、あれだ、と独り言つ。立ち上がって歩き出すものの、思い出せないのが妙に悔しく気掛かりで、立ち止まって思い出そうとするのだが、少々考えたところで何を思い出せるわけではない。何を馬鹿みたいに突っ立っておるのだ、これだから老い耄れは厭だね、などと呟き、元居た処に戻って腰を下ろす。さて、私は何故立ち上がったのであったろうか。そして、私は何故座ったのだったろうか。何故、何故、何故……。
 こんな態とらしい喜劇のようなことを日常的に繰り返しておるのである。お笑いになられるか。殊に、お若い人なれば、そんな有り様を眺めて、あはははははは、じいさん、しっかりしろよ、と大笑なさるかもしれない。けれども、明日は我が身という言葉もありますぞ。まあ、悔し紛れにこんなことを書いているけれど、もしかすると、年寄り全般ではなく、私だけが格別に記憶の低下が著しいのではないか、と、ちと不安になることもある。尤も、仮にそうだったとしても、今更、気に病んだところでどうにもなるものではないのだが。
 片っ端から新しいことを忘れていく一方で、古いことは思ったほど忘れないのが、脳みそてえものの不思議なところ。しかしながら、古い記憶というやつは、鮮明に覚えているつもりでも、細部は自分の都合の良いように曲げていたりするから質が悪い。そうでもしないと、やっていけないのであります。厭なことはどんどん忘れ、好ましからざるものは手前勝手に捩じくり回して心地よい思い出にしてしまう。そうじゃなきゃやっていられないのですよ。厭なこと、不快なことを鮮明に記憶し、心の中に蓄積していたら、どうなってしまうだろう。考えるだに、恐ろしい。人の心なんざそれほど丈夫じゃないですからね、程好く惚けてきて、忘れたり取り違えたりするお蔭で、何とかやっていけるてえものでしょう。

 ところで、私は、じいさん先生のどんな言葉を思い出したのだったでしょうな。回り道をし過ぎて、書こうと思っていた内容がすっかりまた記憶の闇に舞い戻ってしまった。情けない。いやいや、これで良いのである。

投稿者 nasuhiko : 20:10 | コメント (0) | トラックバック

2005年03月15日

icon馬の油3


 ソンバーユという馬の油を塗り始めて、どれぐらいになるだろう。彼此二週間ほどか。毎日毎日、謂わば、人体実験を続けている老耄である。それで、効果の程は如何なものか、ということでありますな。左手だけに塗り、右手と比べれば一目瞭然と思っで始めたことだったのだけれど、気を抜いていると、ついつい右手にも付いてしまうことになる。考えてみれば、左手の甲に塗る以上、右手の掌で広げるわけだから、当たり前と言えば当たり前のこと。それで揉み手などすれば、両手に満遍なく付いてしまったりして。こんなことなら、実験対象を手ではなく、足の甲にでもしておけば良かった、と思わなくもない。
 兎にも角にも、結果、左手の方が明らかにしっとりすべすべしてきている現実がある。おお、何たる絶大な効果だろうか、と手放しで喜ぶべきだろうか。喜んでも良い。勿論、喜んでも良いのだけれど、ふと考えると、では、他のクリームの類を使い続けた場合、どうだろうか、という疑問がそこにある。ううむ。どのようにすれば効果を、他のものと比較しての効果を証明できるのだろうか。固化した脳みそを幾ら揺すってみても方法など浮かぶ筈もない。手の甲をしっとりすべすべにするより先に、固まった脳みそをしっとりすべすべにするクリームが必要な吾輩である。だが、しかし、少なくとも、ソンバーユには私のような老い耄れの手の甲を少なからずしっとりすべすべにする効果があったのは確かな訳なので、取り敢えずはそれで良しとすべきだろう。私は科学者でも製薬会社員でもなく、一介の干涸びた老人に過ぎぬのだから。
 さて、そもそも事の発端となった額の痒みの方であるが、こちらに関しては、一進一退が続いているものの、気がついてみれば、少しずつ前進している、というところだろうか。なんだい、そりゃ大したこたないね、君ぃ、などと仰る方もおりましょう。けれども、劇的に効くわけではない、というところが、何とも嬉しいのである、私にしてみれば。何となれば、もし、これで塗った途端に治ってしまう、などというようなことであれば、それは恐らく、何でしたか、ステロイドだったか何だったか、呼称は兎も角も、化学が生み出した悪魔の薬に決まっていましょうぞ。然れば、副作用があるかもしらん。副作用がない場合でも、繰り返し使用すれば効果が薄れてしまう、というものである筈。ちょっとした症状にはビタミン剤ぐらいしか、わしのところでは出さんのだよ、と、麻田醫院の、先代の、じいさん先生が仰っておられたのを思い出した。然るに、息子の代になってからは……という愚痴は止めておくことにしますか。彼には彼の料簡があるのだろうから、気に入らなければ世話にならなければいいわけで、そして、だから、こうして私は、彼のくれた薬をほっぽって、ソンバーユで老体実験をしておるわけですけれどね。
 孰れにしても、もう少し実験を続けて様子を見ることにしようと思っておる次第。効果の程は、また追って報告させて頂きまする。尤も、みなさん、そんな報告を楽しみに待っているとも思えませんが。

投稿者 nasuhiko : 20:00 | コメント (0) | トラックバック

2005年03月14日

iconその花は


綻び始めた梅を
昨日も眺め
今日も眺める

その花は俺様のものである、と
貴様なんぞに用はないぞ、と
どこからともなく現れた鶫が
胸を張り 天を仰ぐ
左様ですか、では、私は退散致しましょう、と
爪先を翻したところ
小太りの猫が枝を一息に駆け上がる
間一髪 鶫は這々の態で飛び去った

梅の花は鶫のものではなく
ましてや私のものではなく
猫のものでもない……と思ったその刹那
遣り場のないしくじりを振り払うかのように
花に齧り付いたちび猫
ああ その花は誰のもの

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2005年03月13日

icon神風は吹き続ける


 今朝のNHK杯を御覧になった方も少なくないでしょうな。勿論、朝から羽生扇子を持ち出してきて、暑くもないのに煽ぎましたとも。ぱたぱた煽いで、おお、と呟き、ぱたぱた煽いで、天晴れ、と声をかけ、ぱたぱた煽いで、勝利を寿ぎました。羽生扇子の起こす神風は相変わらずであります。
 対戦相手は森内くん。四月からの名人戦の前哨戦だとも言えるわけで、ここで勝ったのはいつにも況して結構なことじゃござんせんか。そんなこと言ってもね、君ぃ、早指しでは参考にならんよ、と仰る方もおりましょうが、勝負だって、人間がやる以上、実力だけではなく、気も重要な要素でしょう。勝った方は気分良く試合に臨める。負けた方は何となく嫌な心持ちがする。そんなものではないでしょうかね。
 解説しているのが、先崎くんというのも面白いところですな。NHKもなかなか人選に優れておると言えましょう。この顔ぶれを見れば、小学生時代の勝負を思い出さない訳がない。ここに村山くんがいれば、益々結構なことだったんでしょうけれど、こればかりはNHKがいくら策を練ろうとも、天に勝つ手管はないわけで、仕方がない。残念なことですけれどね。
 考えてみれば、出発点ではかなり接近していた四人のその後がこんな形で対比されると、何とも切ない気持ちになります。羽生先生は七冠の時代に迫る勢いの上り調子で名人位に挑戦する。受けて立つのが森内名人。その二人が戦っているのを先崎くんは解説するばかり。中倉さんという美人が相手なんだから悪くないよ、なんてことを思う人もいないとは限りませんけれどね。将棋指しの本望はやはり将棋を指すことにあるはず。初手で角の頭の歩を突いたりするような奇抜な着想を持っていた頃の若々しさはなく、外見同様将棋にも少々贅肉がついて、切れがなくなっているのではないか、などと懸念される、近頃の先崎くん。尤も、素人が……しかも、老い耄れのこんこんちきの素人が……何を言おうと栓無きことではあるし、実際、私はずぶの、いやいや、ずぶずぶの素人ですからね。全く以て失礼千万な枯木じじいだ。
 先崎くんが羽生、森内両君に大きく遅れを取っていることに、人生の機微を見る人もいるかもしれない。けれども、私にはそうは見えない。それは偏に村山くんがここにいないことに起因するのであります。村山くんがここにいたら、どうだったろうか。そんなことを思ってみたとてどうにもならないのは明白なのだけれど、それでも、そう思わざるを得ない。この四人は、小学生時代からそれぞれの個性が互いに引き立て合って、極めて印象的でしたからね。テレビで眺めるだけのど素人の私の心の中にも、くっきり像が残っている。

 さてさて、来週は、いよいよ決勝である。如何にも賢そうな顔をした少年、山崎六段との対戦。熱戦で楽しませてもらいたいものだが、孰れにしても、最後には、我輩の振り回す羽生扇子から巻き起こる神風のお蔭で、羽生先生の勝利に終わるのでありますよ。

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2005年03月12日

icon繰り返し繰り返し


 よく毎日続きますね、と言われたりメールを頂戴したりすることが重なった。読んでいただいている上にお誉め頂いているわけで、実にありがたいことである。確かに、傍から見れば、戯けた内容とはいえ、毎日続けるのは労苦に映るかもしれない。実際、労力という点から見れば、それなりの骨折りであるのも事実である。長時間マックをいじっていると、確実に眼はしょぼしょぼしてくるし、腰は痛くなるし、膝もじんじんしてくる。肩は凝るし、手首もかくかくしてくる。そんなようん、コンピューターという不慣れな道具に相対する上での身体的な困憊はあるものの、元来、紙の日記を付け続けてきた私にとっては、毎日書くこと自体は全く苦ではない。
 早い午後だったり夕方だったり、時には朝だったりと、時間は区々であるけれど、兎にも角にも、書きなぐった頁を繰りながら、ばさばさばっさ、ばっさばさばさと取捨選択するところから、毎日このブログは始まるのであります。考えてみれば、大本の出発点は萬年筆とインク、帳面といった、デジタルとは無縁の代物なのですな。そもそも書いている張本人がデジタルよりもアナログ、いやいや、それよりいっそアナクロという方が似つかわしいのだから、当然といえば当然のことかもしれません。
 日記帖を脇に置いて、マックの前に腰掛ける。ああでもない、こうでもない、と一端の編集者気取りである。何だ、この滅茶苦茶な文章は……てにをはから勉強し直してきたまえ……ああ、ああ、これだから妄想老人の文章は厭なんだよ……結局、毎日呑んでばかりじゃないか……などなどと呟きながら、たんたかたんたん、とキーボードを叩いていく。なるたけ当日の出来事を書こうと思いながらも、酒や来客や何だ彼んだの諸事情に応じて、前日や、場合によっては、前々日、更には、それ以前に綴ったものを継ぎ接ぎしたりしているのであります。本当の意味での日記とは少々異なっていますな。まあ、そもそも他人様に見せようてんだから、普通の日記と違うのは仕方ないところ。
 しかし、あれですよ、みなさんも、どんどん日記を書けば宜しい。心の中を去来する思い出や、頭の中でぐるぐる回っている妄想も、紙に綴ることによって、大きに整理されることは間違いない。時をおいて自ら記した文章を読んでみると、心の中だけで逡巡していたあれこれは大なり小なり成長していくのであります。もっとも、妄想なんざ、成長しなくたっていいのだろうけれど。しかし、あれですよ。妄想なんてものは、人間だけの特権です。だから、存分に享受したっていいじゃありませんかねえ。

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2005年03月11日

iconCD46枚分の


 新聞をつらつらと眺めていたら、何とも面白そうなものを発見した。『ご存じ古今東西噺家紳士録』という、膨大な落語のデータベースのような代物である。あれこれの記録もさることながら、何よりも魅力的なのは、256席、CD46枚分の演目が収められているというところ。CD一枚にCD46枚分のものが収まるだろうか。全く以て理不尽な話だが、例によって、コンピューターの世界は謎に満ち満ちているわけで、案ずるよりも買うが易し、ということになりそうである。
 圓生が亡くなってから、何となく落語から遠ざかっていたけれど、急にまたちょいと熱が出てきましたよ。新宿に出て、一杯二杯引っ掛けてから、末廣でも冷やかしてみようか。そんな気になったりしてね。昨日の夜にはそう思っていたんだけれど、今日の雨は随分冷たそうだ、なんてんで、ぐずぐずうじうじしているうちに、すっかり日が暮れてしまった。しょうがないから、本日は寄席は諦めて、濡れそぼつ荒れ庭を肴に澤乃井をやる。どこかに圓生や志ん生のレコードがあったと思うんだけれど、どこへ行ってしまったかね。
 志ん生、文楽、圓生、みんな亡くなってしまいましたねえ。そう言や、志ん朝さんももういない。今は、どんな噺家がいるんだろうね。こぶ平が正蔵を襲名するなんてどこかに書いてあったけれど、あの子の落語なんざ見たことがない。そんな大きな看板を戴いて大丈夫なのかね。余計なお世話ですか。確かに、余計なお世話でござんしょう。気になるんなら、寄席にお運び頂いて、御自分でお確かめ下さいませってね。

 この際だから一つ白状しますよ。ぶすっとしていて面白くない、なんて言われることが多かったもんでね、実は高校生の時分に、家でこっそり落語の練習をしてみていたんですよ。そうすりゃ少しは明るくなって、みんなに溶け込み易くなるに違いあるまい、なんて。今、考えると、中々に純情で、いじらしい話じゃありませんか。ところが、あなた、これが意外と難しくって。相当頑張ったんだけれど、三月と持たずに断念しましたよ。今さらながら、何だか照れ臭いですな。はは、お恥ずかしい限り。

 それにしても、丸ノ内線で何度かお見掛けした圓生師匠は、ちょいと意地の悪そうな、良い面構えをしておりましたなあ。もう生の圓生を見られないかと思うと、熟、残念だ。ばかうまってね、あの顔が突然浮かんできましたよ。今となっちゃ、笑えるよりも泣けますね。

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2005年03月10日

icon交換音楽07


 朝から繰り返し聴いているこの『フラワーズ・オブ・ロマンス』も久下ちゃんのアルバムも、どんどんどこどこ、どこどこどんどん、と、どちらも力強い太鼓が推進力になっているのは同じである。けれども、届いてくるものは大きく異なるのですな。どちらが良い悪いというようなことではなく、端的に、異なる。別物。別世界。
 久下ちゃんの方は、大きに肉感的なものですな。場を同じくしているわけではなく、ただ音響機器を通じて耳にしているだけの私も、思わず参加したい、と、そう思わずにはいられぬような代物。事実、箸で皿を叩いて騒ぐことも屡々。尤も、それは多分に酔いのせいでもありましょうが。
 それに対して、この『ロマンスの花々』の方は、騒がしいのは精神だけ、とでも言うのが良いのだろうか。肉体で接しようと、試しに、珍妙な歌声に合わせて、ああああ、あうあう、などと唸ってみたが、どうもしっくり来ない。唸るより、目を閉じて、心を解き放ち、音と唄声に従って、宇宙をあちらこちらへとさ迷うのが宜しかろう。空想の世界でなら、いくら徘徊したところで誰に迷惑かけるでなし。

 ううむ、それにしても、熟、音楽の世界を言葉で説明するのは難しい。尤も、私の如き素人が……しかも、時代とは遠く隔たった世界の片隅に存する老い耄れた素人が……ああだこうだと語ろうとしていること自体に無理がある。笑止千万。笑止億兆。余計な小理屈を、ずるずるだらだら、ああでもないこうでもない、と書き連ねるより、がんがんずんずん呑んで呑んで呑んだくれて、酔いと音に身を任せるべきなのである。

 堂々巡りの無駄な思索と杯を重ねていたら、良い具合に酔ってきた。おお、そこを行くのはちび公殿ではありませんか。今、蒲鉾を差し上げますぞ。君ら、猫族にとっては、音楽てえものはどうなんだろうね。こういう太鼓のどんどこはどうだい。え、悪くないだろうよ。何々、鈴廣の蒲鉾にはかなわないと申されますか。御尤も、そりゃそうだ。どれどれ、もう一切れお食べなさい。太鼓も良いけれど、鈴廣も良いですな。肴が良いと、澄み切った酒が益々美味い。いや、結構、結構、余は満足じゃ、ふはふは。

パブリック・イメージ・リミテッドの『The Flowers of Romance』 久下惠生の『A Very-Disco Golden Greats of Kuge Yoshio

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2005年03月09日

icon交換音楽06


 師匠から貸していただいたパブリック・イメージ・リミテッドというバンドの『フラワーズ・オブ・ロマンス』を午前中から繰り返し聴いている。前回の交換音楽で嵌まりに嵌まった久下ちゃんの音楽の原点だみたようなことをおっしゃっていたが、ううむ、判るような判らないような。ううむ。
 バンドの名前も、アルバムの名前も、どちらも非常に思わせ振りであり、あれこれと想像してみたくなる。表紙の薔薇を銜えた黒髪の女性は、例えば、スペイン人のようでもあり、アジア人のようでもあり、これまた、あれこれと想像を馳せるには持って来いである。
 繰り返し聴いているせいか、呪術的な何かに捉えられたような気がしてきた。呪術と言っても、アフリカのそれではなく、中近東辺りの匂いがしますな。トルコですか。踊る宗教ですか。いやはや、澤乃井がかなり回ってきたもので、空想に歯止めが効かなくなってきた。御機嫌だ。
 ああ、最初に聴いたときに、身構えていて、損をしましたな。そもそも音楽というのは身構えるべきようなものではない。それに、この音楽は精神の旅路の音楽なのであります。身構えずに、さあ、乗船、乗船。さあ、搭乗、搭乗。少々甲高い声の、そして少々珍妙な節回しの、呪術師の振りをした歌手に引き連れられるまま、私は、こう、何というのか、妄想の世界を飛び回るのであります。ぐるぐるぐるぐる宙を飛び、ぐるぐるぐるぐる目が回る。あははは。老い耄れの、しかも、泥酔者の戯言と、君、笑い給う事勿れ。まずは一献。さあ、あなたも赤い薔薇を銜えなさい。そして、音楽に身を任せ、怪しげな祈祷師に従って旅しようではありませんか。

久下惠生の『A Very-Disco Golden Greats of Kuge Yoshio』 パブリック・イメージ・リミテッドの『The Flowers of Romance

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2005年03月08日

icon交換音楽05


 昨日、福寿庵が昼休みに入るというので追い出されたのが午後二時頃か。言い心持ちで酔っ払っている客、しかも、その中の一人は先代というか実の父親であろうとも、容赦はない。坂本くんちの息子も冷たいものである。まあ、それが現代的てえものなんだろう。飲み足りないのは歴然なので、荒屋に引き上げて、なおも盃を重ねる。師匠のみならず、坂本くんまで一緒にやってきて呑んでいるのだから、何だかおかしいですな。
 田村師匠は相変わらずヘレン・ウォードに御執心のようである。他に何かないか、と言われても、彼女のアルバムはそんなにないのである。さてさて、何をお貸ししようかと、あれこれ、ひっくり返して、女性ヴォーカルものをみつけ出す。ヘレン・メリルとジョー・スタッフォードとリー・ワイリーの三枚を手にして、渡そうとすると「いや、一枚にしてください。三枚も借りちゃ味が悪いですよ。一枚だけを貸しっこしてじっくり聴き込みましょうよ」とのこと。なるほど、そういう考え方もある。最終的に『ナイト・イン・マンハッタン』をお貸しすることにした。「ヘレン・ウォードを近所のこざっぱりとしたお姉さんとすると、リー・ワイリーは同じ近所のお姉さんでももっと色気がありますよ」そんな酔っ払いの説明にしきりに首肯いてくれる師匠が貸してくれたのは、パブリック・イメージ・リミテッドというバンドのものである。「久下のアルバムをいたく気に入られたのですよね。ぼくは、久下の源流は八〇年代頃のこの手の音楽にあると思うんですよ」と酔った勢いで饒舌になっている。ロックを解体したんだ、だの、商業主義がどうのこうの、などなどと小難しい解説していただいたが、酔いも進んでいたので、申し訳ないが、細かいことはすっかり忘れてしまった。
 私たちの会話に、坂本くんがあれこれと横槍を入れてくる。交換日記みたいな具合に交換音楽ってことをしているんだよ、と教えると、ふうん、そりゃ面白そうだな、俺もまぜてもらおうかな、などと言っている。師匠の顔色を窺うと、古びた情報源が増えることは大歓迎のようである。今度、一緒にギグを見に来て下さいよ、などと言っておる。何だか、楽しくなってきたような、面倒臭くなってきたような。自分の特別な仲間を他の人に取られるような、嫉妬に似た感情が少しく身内に湧いたような気のする老い耄れである。はは、莫迦ですな。いや、実際のところは、仲間が増えるのは嬉しいことであります。

The Complete Helen Ward on Columbia』 久下惠生の『A Very-Disco Golden Greats of Kuge Yoshio』 リー・ワイリーの『ナイト・イン・マンハッタン』 ジョー・スタッフォードの『ジョー+ジャズ』 『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』 パブリック・イメージ・リミテッドの『The Flowers of Romance

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2005年03月07日

icon福寿庵にて


 午前も終わる頃合いに田村師匠御来訪。昼が未だだということなので、一緒に福寿庵に出向く。師匠は笊、私は天抜き。冷酒をもらう。殆ど正午に近いとはいえ、午前中から結構なことである。未成年ではないのだし、午後から仕事があるわけではない。余所様に迷惑をかけるわけじゃなし、自分のお金で注文するのだし、事実、品書きにも冷酒と記されてあるわけなのだから、誰に遠慮する必要もない。誰に遠慮する必要もない筈なのに、日が高いうちから呑み始めるのは、何とは無しに気が引けるもの。それが午前中ともなると尚更である。しかし、しかし、である。午前中から、蕎麦屋でやっつける酒はうまいのであります。皆さんも、是非、お試しあれ。何故だか、殊更に美味いのでありますよ。
 昼の忙しい時間を避けてくれた方がありがたい、と言われたこともあるけれど、店側としては、酒飲みは売り上げとしては悪い客ではないそうな。端的に言えば、儲かるんだよ、と。これは福寿庵の先代、つまり、坂本くんの意見である。ただ、昼時のサラリーマンにしてみれば、隣の席に酔客なんぞがいると気に入らない、ということもあるようで、できれば、昼時は避けてくれよ、時間はいくらでもあるだろ、と。そうは言っても、こちらにも腹の都合、咽喉の都合てえものがあるんだから、偶には、昼近くに寄せてもらうことになるのは致し方ない。
 それにしても、早い時間から呑み始めるのに気が引けるのは何故だろう。長年の生活で染み付いた社会通念の故であるとしたら、何ともみみっちいものを身に付けてしまったことであるなあ。いやいや、理由は、やはり、御天道様に申し訳ないから、ということにしておこう。社会通念だの、良識だのって、あなた、そんなものが理由じゃ、幾ら何でもあまりに情けないではないか。
 御天道様に申し訳のない午前中の酒であっても、今日のように、来客があれば、立派な口実ができるので、躊躇がない。どうでもいいことだけれど、呑み助の心にだって多少なりとも葛藤が備わっておるのですよ、葛藤してもしなくても、結局、呑むってことには変わりがないにせよ。
 師匠とああだこうだと語り合って、半時間もしたところ、坂本くんが奥から出てきた。いつぞやは、昼時は避けてくれよ、と言っていた御当人が、私の隣に腰掛けて、呑み始めるのだから、とぼけている。まあ、気楽にやろうよ、などと、師匠に向かってお代わりを勧めている。師匠は自分勝手な酔いどれの老い耄れが二人になって目を白黒させてはいるものの、存外、楽しんでいるようでもある。まあ、こんな日もありまさあね。

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2005年03月06日

iconインベンション


 意外に懲りないものだな、と、我ながら見直したというのか感心したというのか。兎にも角にも、微々たる成長しか見られないにもかかわらず、こつこつこつこつとピアノの練習を続けている。いやいやどうして大したものではないか、と、自画自賛。千里の道も一歩から、継続は力なり、あるいは、ローマは一日にして成らず、学問に横道なし、だとか、意味合いに多少のずれこそあれ、今の私に相応しいような故事成語がたくさんある。そうなのだ。その通りなのである。結局、一握りの天才的な人々を除けば、我々下々の者共はちまちまと努力を重ねていくしかないのである。いやいや、これは否定的な意味ばかりではなく、努力を積み重ねていけば予想を遥かに超えた遠い処にまで辿り着けるものだ、という肯定的な意味でもありますぞ。今は、未だ、片手ずつでよたよたよろよろよちよち歩きの演奏であろうとも、いつかは、一端のバッハになるのだ。そう信じて頑張ろうではないか。
 日々の練習の中で気がついたことが一つある。敬愛する高橋悠治グールドを師と煽いで練習をする、と宣言したのだけれど、実は、それは失敗かもしれない。気の置きようが微妙なのである。勿論、私にある程度の技術や素養が備わっているのであれば、何の問題もないのだろうけれど、如何んせん、ど素人の、しかも、頭も躰も徹底的に古びたぽんこつである。それにしては目標が高過ぎるのだ。彼らの偉大な演奏を繰り返し聴いているおかげで、私の頭の中では、バッハのインベンションとは斯くあるべし、という強い二通りのイメージが出来上がってしまっている。然るに、いざ、自分がピアノの前に腰掛けて練習を始めると、そのギャップに愕然として、ついつい苛立ってしまうのである。何だ、この、下手くそが。貴様など、ピアノを弾く資格はない。止めてしまえ、止めてしまえ。と、心の中で、自らを罵倒したくなったりする訳である。そうなると、もう駄目だ。練習なんてやっていられやしない。どんなに陽が高かろうとも自棄酒と銘打って酒を呑む。尤も、理由がなくたって呑むのだけれどね。
 とにもかくにも、苛々しながら練習したって、良いことなどあるわけがない。演奏する時には、高橋悠治のこともグールドのことも忘れるように努めることにしたのであります。そして、夜、寝床に入ってから、彼らの演奏の何倍もの遅さで、頭の中でインベンションの一番を奏でるのである。ドーレーミーファーレーミードーソーードーーシーードーーとね。これを始めてから、何だか、練習がうまいこといくようになった。苛々も減った。お蔭で挫折することなく今日までちょびちょびではあるけれど、ピアノの日々は続いているのである。

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2005年03月05日

icon神風吹かす


 神風という言葉は、私のような年輩のものにとっては、少々恐ろしい響きの言葉である。けれども、敢えて、こういう強い言葉を使ってみたくなるような気がしたのである。この老い耄れが荒屋で扇子を煽ぐ、煽ぐ。風は、勿論、目には見えぬ。見えぬけれども、壁を越え、町を越え、どこまでも届くのである。昨晩、この風は、新宿を越え、千駄ケ谷に至り、羽生先生を後押しし、その一方で、佐藤康光棋聖を負かす力添えとなったに違いない。恐るべし、我が羽生扇子。まあ、こんなことを言うと、羽生先生は迷惑がるでしょうな。けれども、応援している私としては楽しくて仕様が無い。ここで一杯、二杯と盃を重ねがら、頑張れ羽生よ、羽生よ頑張れ、とゆらりゆらりと扇子で煽ぐ。それだけで、見よ、年末からの快進撃。羽生先生に最近の好調は羽生扇子の齎す神風のお蔭でしょうか、と、誰か尋ねてきてくれ給え。ああ、いや、それには及ぶまい。羽生先生は言下に否定されるであろう。そこがそれ、神風というものよ。人知の及ばぬところで働き掛けているのである。神のみぞ知る。はは。

 勿論、これは老耄の酔いどれた妄想に過ぎない。けれども、妄想結構。誰に迷惑かけるでもなし。今日も今日とて扇子をぱたぱたやりながら、澤乃井をぐびりぐびり、と。四月からは、いよいよ名人位奪還を目指して、子供大会の頃からの好敵手、森内名人との三年連続の対戦となる。

 しかし、あれですな。妄想結構、などと書くと、戸原のばか孫が着ていた不良の服に縫い取られていた「喧嘩上等」という金の刺繍を思い出した。私も今度「妄想結構」という金の刺繍を入れたどてらでも誂えようかしら。いやいや、羽生先生の「泰然自若」の代わりに「妄想結構」と入れた扇子でも作るのが良かろうか。

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2005年03月04日

icon雪景色は


 見事に降りましたな。戸原くんの御母堂に問い合わせるまでもなく、気象庁の予想通り。この一面の雪景色を眼前にして、遠慮なく、朝から一杯、二杯、三杯。こんな時は清酒に限る。そう言えば、澤乃井の春の新酒の案内のビラを酒屋が置いていったのだったが、どこへ行ったのやら。折角のものだから、何本か注文しておかねば。ああ、いかん。また、話がどんどん逸れてしまう。これだから、老い耄れは厭だてんだ。って、朝から、呑んでいるもので、こんな早い時間から支離滅裂でござい。

 窓から眺める雪景色は日本画のようですな。どうしたってこの風景から洋画を思い浮かべたりする気にはなれない。まあ、こんな考えは、私の固化した脳味噌が如何に偏狭かという証でしょうけれどね。白地にところどころ浮かび上がる黒、茶、濃い緑と言った色の組み合わせから日本画を想像するのは、安直に過ぎる、と考える向きもあるかもしれない。それでも、やはり、雪景色には日本酒、というように、雪景色には洋画より日本画を思わせる何かがある……と、言い張ろうと思っていたのだが、つい先日、近所で開かれた日本画展を見てきてびっくりしたことを突然思い出した。

 例によって、デジカメを持って、うろうろと近所を徘徊しておったところ、出会したささやかな日本画家の三人展。何となく魅かれるものがあって、入ってみた。大きくはない三つの展示室に飾られた作品群は強引な主張をするわけではないけれど、しっかりとそこに存った。思いもよらぬ色や構図が目に飛び込んで、ああ、これが現代の日本画なのか、と、ただただ驚嘆した次第。私の思っていた、水墨画や屏風絵に代表されるような世界とはおよそかけ離れたものばかり。中でも、目を引いたのは、池田真弓という作家の作品のあれこれ。白内障の治療の済んだ、澄んだレンズの眼ん球は、彼女の色の美しさに完全に魅了された。青と白が触れては離れ、離れては触れ、水を作る、空を作る、空間を作る。大したものだ。

 日本画のような、伝統的な分野においてさえ、この有り様である。私がぼんやりと生きている間に、世界はどんどん変わっているのだなあ。十年一昔と言うけれど、科学の進歩と共に、世の推移は加速度を増しているようであり、今から、十年後にはこの老い耄れには想像もつかぬような世界になるのだろう。尤も、その頃には、此方人等、既にこの世に存らぬ可能性も高かろうけれど。

投稿者 nasuhiko : 19:13 | コメント (0) | トラックバック

2005年03月03日

icon天気のことは


 今夜は暫く振りの大雪になるそうである。二、三日前には、梅が開いただの、桜の開花も間近だの、と随分と春めいてきたようなことを言っていたのに、桃の節句の晩に、数年振りの大雪でだそうな。テレビではああだこうだと囂しい。なるほど、明日は金曜日なわけで、勤めや学校のある人たちにとっては一大事だろうし、お気の毒様なことである。けれども、此方人等、どこへ出かける用事があるわけではない。矢でも鉄砲でも持ってこい、とは言えないが、雪でも雹でもどんと来やがれ、てなもんである。冷え込みが激しいと、使い古した膝や腰がしくしくと痛むという弱点はあるものの、雪景色は、格好のつまみである。あらゆる騒音や汚れを覆い尽くすように、一面がもわもわとした雪に包まれる。時々、どさりとまとまった雪がどさりと落ちる音がするぐらいで、外は深閑として、部屋のどこかで時を刻む音が妙に気になったり。雪景色を眺めながら呑む酒が殊更に美味いのは何故だろう。きりりと冷えた澤乃井の香りを大きく吸い込んでから、ぐいと呑み込む。喉元から胃にかけてぼんやりと暖かくなって……ああ、まだ、降り始めてもいないのに。

 降り始める前からこんな具合に期待を肴に呑んでいる老い耄れである。いつになったら、降り出してくれるのだろうね。あまり遅くなるようだと、泥酔して寝ちまいますよ。困ったものだ。

 それにしても、近年は気象庁の予想も少しく当たるようになりましたな。これも、民間の予報士などというものが登場して、ささやかな競争が始まったからだろうか。あるいは、データ収集や統計処理の技術が向上しただけのことなのもかしれない。しかし、あれですよ、私たちの同輩の間では、天気は戸原のお袋に聞け、とよく言われていたものです。何だかわからないのだけれど、兎に角、当たる。戸原のお母さんが、今日は降るわね、と言えば、どんな晴天からでも雨粒が滴り落ち、あんたらが学校から帰ってくるまでは降らないわよ、と言えば、どんなに雨雲が集結しようとも決して一粒たりとも降つことがなかったものである。どんな野性が彼女の中に備わっていたのかわからないけれど、彼女が天気のことを口にする度、私たちは畏怖の念に打たれ、崇敬の眼差しで見上げるのであった。いや、こりゃ大袈裟に過ぎますが、まあ、そのような心持ちでいたのである。
 戸原くんの御母堂は今でも頗るお元気である。今晩、何時頃から降り始めるのか、電話して尋ねてみたい欲求にかられるが、いや、何時から雪かなんてことを本当に知りたいわけじゃない。こんな思い出を反芻しながら呑んでいるのが良いのだよ。雪が降ろうと降るまいと、今夜は、戸原くんのお母上に乾杯しよう。

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2005年03月02日

icon馬の油2


 馬の油が躰に良いぞよ、との御助言を頂戴したので、早速、注文しておいた。先週のことだったろうか。今朝、その馬の油が到着した。ソンバーユという代物である。漢字で尊馬油と書かれてあるので、それを強引にカタカナ読みにしたものなのか。何語だか判然としない響きである。外観は普通の化粧品のそれのようでありながら、妙に素っ気ない感じがする。それが飾る為のものと健康の為のものとの差なのだろう。馬てえものを差別するわけではないけれど、やはり、その、何というか、少々生臭いというか、獣臭いのではないか、と些か懸念していたのだけれど、杞憂に過ぎなかった。その白いクリームが完全な無臭かというと自信がなくなるけれど、私の老化した鼻には無臭に感じられるという程度には無臭である。寧ろ、あまりの素っ気なさに肩透かしを喰らったような気がするほどである。
 件の額の痒みの部分に行き成り塗ってみることには、何となく抵抗があったので、取り敢えず、両手に塗ってみた。成程、すいすい吸い込まれていくようである。クリームの類に特有の、べたついた感じはあまりない。論理的な根拠はないものの、何とはなしの好感触を得て、いよいよぱさついてうっすらと赤黒くなっている問題の部分に、少々遠慮がちにではあるけれど、塗ってみた。どうだろう。勿論、塗った途端に何らかの変化などある筈もない。ただ、何となく、するするぬるぬるっとした感じがこそばゆいような気持ち良いような、微妙なところ。即効性を期待しているわけではないし、それは無理な要求でありましょう。兎にも角にも、暫く使ってみることにしますか。しかし、馬の油は万病に効く、という勢いの触れ込みだったのだから、ただ、おでこの痒み対策だけではつまらない。どこか他に使うところはないか、と考えた結果、ちょっとした実験をしてみることにした。左手だけに塗るのである。これを続けていれば、この老いぼれじじいのかさかさの手も、左手だけはつるつるになる筈である。手間もかからず、結果も判別し易い、なかなか気の利いた遊びではありませんか。今日はもう両手に塗ってしまったので、明日から、左手だけに塗ることにしよう。どうでもいいようなことではあるけれど、結果が楽しみですなあ。

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2005年03月01日

iconこの、その、あの、どのミルフィーユ


 以前、六本木のクローバーにミルフィーユがなくなってしまって云々、などと愚痴を零したことがあったけれど、先日、そこを読んで下さった方から、メールを頂戴した。形状も味も変わってしまったけれども、ミルフィーユはありますよ、とのこと。私の不見識な言動が原因で、万が一、関係各位のどなたかに迷惑をお掛けしていたとしたら、平に御容赦願いたい。尤も、ミルフィーユがなくなった、なくなった、とこの老耄日記で騒いだところで、世間に何らかの波風が立つとは思えないのだけれどね。
 それにしても、あれですな、六本木クローバーも罪作りだ。形状も味も違う、ということになると、六本木クローバーのミルフィーユでありながら、私にとっては、六本木のクローバーのミルフィーユではない、ということになってしまう。何を言っていやがるんだ、これだから手前勝手な妄言じじいは嫌だね、とお思いだろうか。正にその通りで、返す言葉はない。ない、と言いながら、なお、懲りずに書くと、私にとっての六本木のクローバーのミルフィーユと言えば、それは飽くまでも、平べったい直方体の角が丸まったような、というのか、蒲鉾を巨大化したとでもいうのか、そんな形状の代物であって、兎にも角にも、私の記憶の中の、あの当時、マリと一緒に食べていた、あのミルフィーユ以外の何ものであってもいけないのである。茶系の巨大蒲鉾を買って帰ってきて、珈琲を淹れて、透明のビニールを左右に捲って、そうですな、二センチメートルほどの幅で切る。すると、マリが、私のはもうちょっと大きくしてね、などと言うから、大奮発して、五センチメートルほどの厚切りを彼女に用意する。いかん、いかん、涙が出てきた。
 味にしたって、あの時のあの味でなくてはいけない。当時のものより現在のミルフィーユの方がおいしい、ということであっても、私としては、それは断固として認めるわけにはいかない。勿論、私は六本木のクローバーを経営しているわけでもなく、そこで働いているわけでもない。実のところ、十年以上も何も購入したことがないし、もう何年もその前を通ったことすらない者である。けれども、私は、こう主張するのである。六本木クローバーのミルフィーユは最高である、と。そして、そのミルフィーユ、あのミルフィーユは、今では六本木クローバーに出向いても手に入るものではなく、この老いぼれた脳味噌の中にだけ存在する、世界で最高の幻のミルフィーユなのである、と。

 しかし、ふと考えてみると、私は、ミルフィーユというものは、あのミルフィーユしか食べたことがない、と気づいた。そんな男が、世界で一番美味いミルフィーユだ、などと断言して良いものだろうか……それは……それは、勿論、良いのである。老耄の妄言を止めることなど誰にもできはしないのだから。

投稿者 nasuhiko : 19:01 | コメント (0) | トラックバック