« 2005年04月 | ホーム | 2005年06月 »

2005年05月31日

iconさようなら、貴ノ花


 貴ノ花が亡くなられたという。昨日の雨は、天の零した涙の粒だったのか。未だ五十五歳という若さである。残念でありますなあ。
 然程相撲に熱狂したことはなく、通り一遍の、当たり前の知識、当たり前の興味しか持ち合わせていない私であるが、貴ノ花だけはちょいと特別な気持ちで見ていたのである。というのも、その昔、この御近所には二子山部屋と花籠部屋があり、お相撲さんを町中で見掛けることも少なくない、相撲の町だった時代があるのである。色々なお相撲さんがおりましたな。総じて、大きくてふっくらとして、何となく愛嬌があるのだけれど、非常に接近して見ると、やはり、一種独特の迫力があって、屡々びっくりさせられたものである。
 貴ノ花が未だ貴ノ花ではなく一少年花田であり、中学に上がるか上がらないかというぐらいだっただろうか、マリと近所を散歩していた際に「ほら、あの子が若乃花の弟なのよ」と教わったことがある。お遣いだったのだろうかねえ。近所にやって来ていたオート三輪の八百屋さんに何か買いに来ていたのである。お節介なおばさんが、「あんた、こんなとこで買い物したりするのかい」と声を掛けたら、照れ臭そうに「はい」と一言だけ答えて、走って帰っていく姿を思い出す。この一件から、私は、花田少年に非常に親しみを覚えるようになったのであります。
 マリが何処で知識を得たのかは判らない。けれども、彼女もテレビ中継は観ていたようであるし、何だ彼んだ言っても相撲というものが今と違って、国民的な人気を誇っていたように思える。あの若乃花の弟というだけで、花田少年は御近所では既に有名な存在だったのかもしれない。あれから何年経ったのだろう。四十年とちょっとかね。角界に名を残す大変立派な成績を収め、前代未聞の人気を誇っただけでなく、二人の息子たちを横綱に育て上げた五十五歳。未だ未だこれから色々な未来が待っている筈だったろうに。私のような役立たずのぽんこつがのらくらと生き延び、彼のような立派な若者が世を去っていく。不平等なものである。尤も、人の生の価値なんざ、長さで計れるものではありません。五十五年と一口に言っても、ぎゅうぎゅうに実の詰まった、しっかりとした五十五年であったに違いない。ううむ、こんな物謂いは何の慰めにもなりませんかね。
 兎にも角にも、御冥福を祈る次第。

投稿者 nasuhiko : 15:42 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月30日

icon雨だね


 朝からずるずるじめじめと雨が降っている。雨が降ってくれれば、水遣りの手間が省ける。省けるなどと書くと、まるで、義務で嫌々やっているのではないかと思われてしまうかもしれないけれど、決して、そういうことではない。そういうことではないのだけれど、朝、起きてぼんやりしている時、日中の陽射しが強い時、夕方、などなど、ふとした瞬間に、ああ、セニョール殿は干涸びていないだろうか、と心配な気持ちが胸を過り、あたふたと庭に出て様子を見る、というようなことが、間々あるわけで、喜んでやっていることであっても、気が休めきれないというようなところがあるのでありますよ。この感覚を御理解頂けるだろうか。
 雨が降っていれば、水遣りの心配をすることなく、日を過ごせるのは良いのだけれど、薄ぼんやりした灰色の空を眺めていると、何だか気が滅入りますな。これから梅雨になる。今週末にも梅雨入り宣言が出るかもしれぬ、などと、天気予報で言っております。雨に濡れると緑は一際美しく輝くし、梅雨てえものが、日本の豊かな自然の一端を支えているものであることは間違いなかろうし、季節の移り変わり無かりせば、どれほど味気無い世の中であろう、とも思う。けれども、雨が続き、どんよりとした灰色の空が続くと、何とはなしにくさくさするのであります。私だけだろうか。いや、そんな筈はない。
 この季節になると、毎年思うことであるけれど、雨の日には何をして過ごすのが良いのだろうか。当然のことながら、若先生に強く勧められている散歩をする気にはなれない。買い物に出るのさえ億劫になって、乾麺の蕎麦や素麺を茹でてするっと食べて済ますばかりになり、雨が続くと食が進まなくなり、中途半端に痩せて、立ち暗みがしたりしてね。いけませんよ、そんなことでは。何かこう気が晴れるような、陽気な方向に心を持っていかないといけません。そうは思うのですがねえ。厭だねえ。

投稿者 nasuhiko : 19:34 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月29日

iconハバネロ15


 今朝になって、セニョール殿のために栄養たっぷりの土をご馳走したのは間違いだったのではなかろうか、という疑念が湧いた。というのも、ここのところ、被害は止まっていたように思えていたのに、本日になってみたら、何と、あちらこちらに穴ぼこが増えてしまっている。おまけに、虫も増えている。土が良くなったら、喜ぶのはハバネロ殿御本人ではなく、他の者共であるとは、思いも寄らなかった。ううむ。田村師匠と二人してえっちらおっちら土を撒いた……まあ、実態としては、殆ど師匠お独りでやって頂いていたようなものだけれどね……結果がこれでは何とも遣る瀬無い。尤も、虫がたくさん集まってきているのは、土の所為だと決まったものでもないけれどね。今までの、黒くて小さい透明の翅のやつだけでなく、黄緑色で翅が透明なものと、薄青っぽいようで翅が白っぽく妙にふわふわした奴もいる。どんどんどんどん虫の種類も数も増えてくる。困った。実に困ったものである。そうそう、真犯人とも目されている蛞蝓に関しては、ちょっとよく判らないですな。直接見かけることはありません。昼間はどこか裏の方に隠れていて、夜になると、しめしめ、じじいめ、漸く寝やがったな。これからが俺様の時間だぜ、と、のそのそと闇の中から這い出してきて、ハバネロくんよ、今日も齧らせてもらいますよ。ひっひっひ、と不気味に笑う。悪党を目の当たりにしながらも、足のないセニョ殿は逃げるに逃げられず、思う様齧られてしまう。何という地獄絵図だろうか。想像するだに恐ろしい。

 殺生を避け、虫喰いで失った以上の栄養を与えるという作戦、もう暫く様子を見なければ何とも言えないけれど、今のところ、成功しているとは言えないようであります。神仏に頼りたいような心境になってきますな。そんなことを呟いている割には、結局、澤乃井に頼ってばかりの、情けない老耄であるけれど。

投稿者 nasuhiko : 20:49 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月28日

iconハバネロ14


 ハバネロ仲間……こんな呼び方をして宜しいのか……と、ああでもない、こうでもない、と、虫喰い問題について話し合った。私と田村師匠は「絶対とは言わないけれど殺生にはかなり反対」派。円嬢は「私には聞かないで」派。大師匠は「君たちに任せる」派」。そういうことなので、何とか殺生からより遠い方法で対策を取ろうという姿勢が明確になったのである。こんな書き方をすると、ちゃんとした会議染みて響くかもしれないけれど、なあに、実際には、わいわいと、雑に世間話をしただけである。昨夕のことだ。
 本日、田村師匠がやたらに大きなビニール袋を抱えて御来訪。何かと思えば、二十八リットルの土であるという。土というのはリットルで数えるものだとは知らなんだ。孰れにしても、御苦労なことである。若いとはいえ、如何にも華奢な、如何にも非力な青年には大変な大荷物であったことでありましょう。その土が何かというと何でも栄養たっぷりのものだという。そう言えば、そんなものがありますな。商店街の花屋でも液体の栄養剤みたようなものだとか土だとか何だとか、その手の代物を売っている。今まで、買おうと思ったこともないし、実際、マリの遺した庭を放置するに忍びなく、ぼんやりと雑草を毟ったりしているだけだった訳で、積極的に何をどう育てるなどと考えたこともなかったので、必要性を感じたこともなかった。
「茄子彦さんもぼくも殺生には反対じゃないですか。だったら、どうするのがいいのかなって考えて、虫にかじられたって、それ以上に栄養があればいい、なんて思ったもので」と仰る。成程、発想の転換ですな。虫退治より、虫に喰われた分以上に余りある栄養を与えようということでありますか。
 早速、二人で作業を開始する。尤も、「二人で」と言ったって、私こそ栄養分をもらった方が良さそうな、今にも倒れそうな枯れ枝じじいである。如何程の役にも立ちゃしない。ちっちゃなスコップを抱えてのろのろと右往左往するばかり。セニョールの周囲にぐるりと溝を掘り、そこに栄養の土をばっさばっさと撒いて、溝の内外をちょちょいと掻き混ぜる、というような具合。その土は、色々な種類の土を混ぜてあるのですな。色が雑多である。大した時間もかからずに仕事を終えて、乾杯ですよ。結局、私は何をしたという訳でもないので、今でも、元気がたっぷり残っておるけれど、二十八リットルを担いできただけで力尽きかけていた師匠は、腰が痛いと仰り、浮かない顔。まあ、けれども、呑んでいるうちにすっかり元気になりましたけれどね。正に、酒は万病の薬ってね。

投稿者 nasuhiko : 18:53 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月27日

iconもはや戦前である?


 驚いたことにミンダナオ島で二人の日本兵が発見されたという。しかも、更に四十人ほどの日本兵が残っているのではないか、とも言われている。今年は、2005年、最早二十一世紀である。元号だって平成だ。つまり、彼らがお仕えした天皇陛下はもういないわけであります。驚愕した。他に何と言って良いのやら、言葉が思い浮びませんな。語るべきことは山程もあるのに、何と言って良いのか判らぬとは、全く、私の老い耄れた脳みそは役立たずだね。これが、澤乃井のことだの、ハバネロのことだのであれば、あれこれと下らぬ文言を無責任に放り出せるのだけれど、こんな
出来事の前では何とも無力なじじいである。

 私自身は戦争に行った訳ではないし、家族の中に戦場に出向いた者はいないし、命を落としたものもいない。東北に疎開させられ、東京者だというだけで多少苛められたりはしたけれど、今になって思えば、立派な社会勉強の一つだったと思える。友達に連れられて畑の西瓜を盗んで食べたときの美味しかったこと、美味しかったこと。いやいや、何とも申し訳ないことをした、と大人としては反省しているものの、良い思い出でもあるのであります。
 こちらに戻ってきたときには、ぼろ家は焼けてしまっていたけれど、辺りを見回してみれば、私の家族が取り立てて不幸だという訳ではないことは、子供の目にも明らかだったのであり、寧ろ、もっともっと辛い目に合われている方がたくさんいた筈である。

 あれから、六十年。昭和三十年頃には最早戦後ではない、と言い囃されたものであった。あの当時、「最早戦後ではない」とどれだけの人が実感していたのかはよく判らないけれど、平成の世、この二十一世紀も五年目になろうという今、殆どの人は今を戦後だなどとは思っていないであろう。私だとて、そうである。戦後どころか、小泉首相の乱暴な外交の所為で、最早戦前なのではないかと危惧することはあっても、いつの間にか戦後だなんて思わなくなっていた。けれども、この間の戦争、ミンダナオ島では未だ終わっていなかったのですなあ。彼らにとってのこの六十年は一体どんなものだったのでだろうか。いくら想像してみようとしても、私の頭の中は空っぽの侭である。兎にも角にも、日本政府には責任ある態度で彼らをきちんと迎えてもらいたいものである。

 今日のような日には、今一度、言っておきたい。もう絶対に戦争をしてはいけません。

投稿者 nasuhiko : 17:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月26日

iconハバネロ13


 先日来、セニョールの葉っぱに一筋の切れ目をつけたものは、ワタアブラムシだと思い込み、あたふたと騒ぎ、心配した田村師匠が天道虫の幼虫を捉まえてきてくれて、と、どたばたしているのは御存知の通り。ところが、ですぞ。その判断は根底から間違っているのかもしれないのであります。ううむ。先日から、少しずつ拝見させて頂いているstylishさんもハバネロを育てていらっしゃるのだけれど、そこで葉っぱをナメクジに齧られたのではないか、と書かれているのである。写真を拝見すると、うちのセニョ殿の被害とは少々違うようにも思えるものの、考えてみれば、あのちっこい蟻巻が、あんなに大きな筋になるほど、一晩で葉を食すことなど出来る筈がないのではないか、と思えてきた。何故、もっと詳細に観察しなかったのだろうか、と悔やまれますな。もしかしたら、うちでも

どーやらナメクジのよう・・・ 通過した後のようなキラキラが・・・

というのを発見できたかもしれなかったと思われるのである。ううむ。犯人はナメクジであったか。嗚呼、蟻巻連中には濡れ衣を着せてしまったことになり、実に申し訳ない。その所為で、天道虫の幼虫が我が小庭に連れてこられたのであり、結果、蟻巻くんたちの生命を脅かすという仕儀に相成ったの訳で、何とも心苦しい次第。けれども、よく考えれば、葉っぱの上にぼんやりとワタアブラムシが居座っていたことを考えれば、あの大きな切れ目には関与していないにせよ、ハバネロの葉っぱに何か仕出かしていたであろう可能性は高い訳ですかね。あれこれ考えると頭が痛くなりますな。兎にも角にも、その後、被害状況が殆ど進んでいないのだから、もう良いではないか、とね。そう思いましょう。そういうことにして、呑み始めますか。

投稿者 nasuhiko : 18:51 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月25日

icon神風吹かし忘れ


 昼に蕎麦を茹でて、笊でつるっとやっつけ、のんびりとお茶を飲みながら、新聞を読むような眺めるような、合間合間にうとうとしたりして、何とも愡け茄子な午後である。そんな具合にぼんやりと枯れ枝らしく過ごしておったのだけれど、嗚呼、何たることか、名人戦で羽生先生がまた負けてしまっている。しまった。しまってしまった。近頃は、ハバネロだの、カバレフスキーだのと、舶来ものにかまけていたせいで、羽生先生の応援がお留守になってしまった。何とも口惜しく、申し訳ないことである。
 自分では将棋を指すことは滅多にない。滅多にないどころか、恐らく、最近五十年程は指していないだろうと思う。ああ、こうやって文字にすると我が事ながら驚嘆しますな。半世紀も将棋を指していない、と書くとどうだろう。嗚呼、私の将棋歴……というより、将棋指さない暦というべきか……も侮れないものである。半世紀もの歴史を持っているのだ。凄いことである……などと、莫迦なことで感動している場合ではない。年末に私が羽生扇子を購入して以来、羽生先生は大変大変好調だったのである。というのも、この老い耄れが扇子を振り振り、羽生頑張れよ、と神風をおこしていたからなのでありますよ。それが、どうだい、この名人戦と来たら、私が応援を忘れたもので、何とも残念な展開になってしまっている。反省して、次戦はゆめゆめ忘れることのなきよう……と、ここまで考えてきたところ、私が忘れてしまうのも致し方がない、ということに気が付いた。悪いのはNHKだの、将棋連盟なのではないか、と。彼らがもっともっと大々的に宣伝をしてくれれば、いくら私が老い耄れてもやもやした頭のじじいであっても、忘れずに見ることが出来る筈である。名人戦なんてえものは、一番大事な大会なのでしょう。だったら、もっと宣伝しなくてはいけない。しないから、私が見忘れてしまうのだし、その所為で、神風が吹かず、羽生先生が勝つことが出来なかったのだ……なんてことを言い出すと、風が吹けば桶屋が儲かるの類で、全く、ぽんこつじじいが無茶な言い掛かりを付けているよ、と、そう噂する声が聞こえてきそうだ。嗚呼、私は一体何を言いたいのだろうか。訳が判らなくなってきた。

投稿者 nasuhiko : 19:41 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月24日

iconこどものための小曲集


 田村師匠にお薦め戴いたカバレフスキー。「こどものためのピアノ小曲集」だなんて、「こども」用で、かつ、「小」曲集という、些か態とらしい日本語名がついておるのですよ。何だか、一人前の大人が手を付けるのはちょいと躊躇われるようなタイトルじゃありませんかね。尤も、私は一人前の大人どころか半人前以下の、言ってみれば、精々が四割人前ぐらいの者であるし、人間は歳を取ると、最後には赤ん坊に戻るてえことをよく言いましょう。私なんぞも七十を過ぎて、大分子供に戻っておるのだからして、これ位で十分。いや、十分なんて物謂いでは失礼に当たる。寧ろ、これでも難し過ぎるぐらいなのであります。
 付録のCDを繰り返し聴きながら、楽譜を眺める。どれにしようかねえ。シャープとかフラットがあれこれ付いているのは厭ですな。まあ、暗記しちまえば同じことなのだろうけれど、どうもね、苦手である。それに、老い耄れていますからね、速いのは困る。尤も、CDと同じように速く必要はないのだろうけれど、出来れば、端からのろいものにしておいた方が無難でありましょう。勿論、曲として、気に入るものじゃないといけないしね。選曲作業も意外に難しいものである。
 ああでもない、こうでもない、とCDを何周か聴いてみて、決めましたよ、この「小さい歌」というやつに。「こども」のためのピアノ「小」曲集の中の「小さい」歌、てんだから、この、往って還って、生まれる前の空っぽに戻る直前の、赤ん坊みたようなじじいには丁度良い。シャープも一つしかないし、ゆったりしているし、静かで物悲しい響きが何とも言えず美しい。良い曲ではないか。
 今日は選曲したというところまでで、一区切りとして、一杯いきますか。いきますかって言ったって、相手がいるわけじゃないけれどね。独り言である。厭だね、じじいの独り言なんざ。まあ、しかし、そうやって、あれこれの行動に言葉で弾みを付けながらやっていかないと、一人限りの家の中は静か過ぎて嫌なものなのである。歳を取って、独りぼっちで暮らし始めれば、まあ、誰だってそうなのではないか。それにしても、何だってまた、こんな辛気臭い話になっちまったんだろう。ああ、厭だ、厭だ。厭だねえ。

投稿者 nasuhiko : 18:05 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月23日

iconカバレフスキーって


 田村師匠来訪。セニョール・ハバネロ登場以来、ちょくちょく顔を出して頂いている。蟻巻の一件があるものだから、心配でもありましょうし、勿論、それだけではなく、成長が楽しみでもあるのでしょうな。私だとて同じこと。水遣りをしながら、葉っぱの裏まで一枚一枚眺める早朝。少しずつ成長しているのだろうけれど、毎日見ているとなかなか判りませんな。ちび公くんみたいに、暫く振りだと、ああ、大きくなったねえ、などと目に見える成長があるのだろうけれどね。
 早速一献、と思ったのだけれど、これから出かける用事があるということで、本日は酒を控えられる師匠である。お茶を飲みながら、正に、茶飲み話。

「カバレフスキーはご存知ですか」と問われる。
「如何にもロシア人みたような名前ですな。何となく聞いたことがあるような気はするのですけどね。画家ですか。それとも、音楽家ですかね」
「作曲家なんですけれど、入門用の面白いものを書いているんですよ。バッハをやめちゃったみたいなので、これはどうかなと思って持ってきてみたんです」と、鞄から楽譜を取り出す。ぱらぱらと、その薄っぺらい楽譜を捲ると、驚いたことに裏表紙のところにCDが付いている。つまり、楽譜だけじゃよく判らない、という、私のようなもののために、参考となる演奏が用意されているということになりましょうかね。いやあ、便利な世の中ですなあ。独学でピアノを嗜もうというような場合に、大きに役立つことは必定であるから、今後、こういう付録付きの楽譜が流行るのではあるまいか。何はともあれ、早速、かけてみる。
「初級者向けとはいえ、現代曲ですから、妙な響きもあちらこちらに出てきますけど、おかしいなと思ったら、CDと比べてみればいいわけですよ」
 成程、確かに、バッハ何ぞの王道とは違って、簡単そうなところでも、不思議な感じのするところがありますな。そんなところが却って興味を引く。二人して楽譜を眺め、CDを聴きながら、あれこれと話し込んでいる内に、カバレフスキーに挑戦してみようではないか、という気になってきましたよ。やりかけのインベンションは放り出すのではなく、脇に置いておくのである。いずれ、又、気が向いた時にね。
「ところで、田村師匠はどのように学ばれたのですか」
「ぼくはピアノをちゃんと習ったことはないんです。独学といいますかね。バンド仲間に教わったり、あれこれ楽譜や本を買い込んでつまみ食いしたり」ふむふむ、そんなことで、あのようにギグを演じられる程の腕前になったというのだから、何とも羨ましい話である。尤も、才能も経験も桁が違うのであるから、羨んでいても栓無きこと。しかも、私に残された時間は、そう多くはない訳であるからして、せっせと練習に励もうではないか。でも、ですね、本日は、既に、些か度を越して聞こし召しておるので、明日からに致しますかね……って、こんな考えだから、何事も埒が明かないのであるけれど、まあ、こういう性分に生まれついてしまったのだから、仕方がないのでありますよ。はは、莫迦なじじいだねえ、とお笑い下さい。御機嫌よう。

投稿者 nasuhiko : 21:51 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月22日

iconハバネロ12


 ハバネロの収穫はいつなんでしょうな。収穫があれば、是田大師匠がカレーをお作りになるのでありましょうな。カレーだけでなく、ハバネロを使った唐辛子料理を次々と作られるであろうことは必定ですか。そうなると、この老い耄れも御相伴に与る可能性も大きにある訳で、ううむ、そう考えると、今から、唐辛子に慣れていかないといけません。そんなことを思って、獅子唐を買ってきましたよ。獅子唐だとて、唐辛子の仲間でござんしょう。偶に、途轍もなく辛い奴が混じっていたりしてね。まあ、そういうのに当たるのも悪くない。ひいひいひいひい、嗚呼、辛い、死んじまうよ……何てえ獅子唐だ、堪ったもんじゃない……なんぞと、悪口雑言を放り出して、涙を流したりしながらも、それでも、まだ食べ止めようとは思わない。次のは、大丈夫かね、なんて、どきどきしたりしてね。齧ってみて、辛くなかったら、ほっとするような、ちょっと残念なような……って、全く以て、莫迦なじじいである。
 兎にも角にも、買ってきた獅子唐を、網の上で炙ってですな、醤油にちょいとつけて抓むわけですよ。大師匠からいただいた醤油はこういう時には、絶大な効果がありますな。あの人は、妙な道楽者ですからね。旨いものを知っていらっしゃる。近藤醸造元だって、教えていただくまで知りませんでしたよ。すっとして、きっぱりとして、良い醤油だね。大したものだ。秋川だとかね、三多摩の奥の方の水は良いんでしょうな。そう言えば、澤乃井だってそうですよ。東京にだって、こんなに美味い酒、美味い醤油があるなんて、世間じゃ知らないかもしれませんな。獅子唐を炙りいの、醤油をつけえの、齧りいの、澤乃井をごくりいの、はは、どうにも御機嫌だね。

投稿者 nasuhiko : 18:41 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月21日

iconハバネロ11:育成法みつからず


 セニョールのお蔭で、また新しい知識を手に入れた。肝心要の正しい育成方法はみつけられないままだけれどね。それにしても、インターネットの世界にはいろいろなことが書いてありますな。あんまり、書いてあり過ぎて、何が何だか判らないことも屡々ある。あれですよ、本日の探索で発見したのは、唐辛子の摂取量の何とも驚くべき実態である。
 唐辛子を大量に摂取する国と言えば、当然のことながら、韓国を思い浮かべる老い耄れである。然り乍ら、日本にも七味だの一味だのてえものがある訳で、何だ彼んだ言っても、結構な量を摂取しているんじゃないかね、などと思っていた次第。実際、この枯木じじいにしたって、蕎麦や饂飩に唐辛子をばさばさ入れるし、キムチや明太子も結構な頻度で食している。焼き鳥にだって七味を掛けますよ。もっとも、塩の時には芥子ですけどね。大蒜味噌も良いね。嗚呼、焼き鳥が食べたくなってきました。焼き鳥で一杯きゅうっとね。涎が出てきた。だが、しかし、今はそんな話ではないのであります。
 どんな話かというと、日本人何ぞ、話にならん、ということですよ。いやあ、魂消ました。タイが世界一の摂取量を誇っているそうですが、なんと、日本の1500倍ですよ。韓国とインドがざっと日本の1000倍ほどである、と。何とも、まあ、恐ろしい話ではありませんか。私が死ぬ気で、普段の四倍の量の唐辛子を摂取するとして、それを毎日毎日、それこそ血反吐を吐きながら、胃に穴を開けながら、一年間続けたとして、漸く、タイの人の一日分の分量にしかならないのですぞ。余りにも差が大き過ぎて、実感がちいとも湧いてこない。正に想像を絶する状態である。タイの人たちというのは凄い人たちなのですね。全く以て恐れ入りました。
 私も唐辛子の摂取量を少しずつ増やしてみますかね。何がいいかね。ああ、そうだ。作り置きのコチュジャンで奴といきますか。あのコチュジャンは美味いからね。チョ先生に感謝せねばならん。そろそろ、こう暑くなってきたところで、あの本から、何か新しいものに挑戦しますかね。

投稿者 nasuhiko : 18:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月20日

iconハバネロ10


 ワタアブラムシ問題が一段落したようなので、ちゃんとした育て方を調べようと思い、インターネットの検索を繰り返す老い耄れである。一時期は、検索をマスターしたような気でいたけれど、私が調べられなかった虫の名前を、師匠がみつけられたということから考えるに、私の検索能力は未だ未だ未熟なのだと思わざるを得ない。頑張るのだ。修業が足りんのである。本日も、かなりの時間、あれこれと入れる言葉を変えたりしながら検索を繰り返したのだけれど、埒が明きませんよ。セニョールの正しい育て方なんぞ、全く判らぬ侭である。検索した先々で、ああ、成程ね、ほほぅ、そりゃ結構ですな、などと、関係ないものをつらつらと読んでいるから、時間がかかってかかって、しょうがない。そのお蔭で、育て方には関係ない知識が増えました。
 ハバネロは原産地はメキシコである由。予想通りにスペイン語圏でしたなあ。つまり、セニョールという敬称は正しいのであります。そうそう、先日、素手で触ってはいけない、というようなことをどこかで見かけましたが、また、今日も恐ろしいことが書かれているのを発見しましたよ。stylishさんというところに書いてあるのですが、調理をするには、マスク、ゴーグル、手袋が必要だ、と。何が何だか訳が判らない。何だって是田大師匠はそんな無茶なものを欲しておるのだろう。実が生る頃には、私も手袋をして庭仕事をしなければならぬのだろうか。ううむ。何ということに巻き込まれてしまったのであろう。まあ、しかし、これも何かの縁であるし、恩義のある方からの頼み事、こういう時にこそ、人としての度量が試される、というか、真価が問われる、というか……兎に角、そんな風に思い込むことにして、世界一辛い唐辛子に立ち向かおう、と、そう思っている。しかし、あれですよ、調理するのにそんな装備が必要だというものを人間が食べても大丈夫なのだろうか。胃に穴が空いたりしやせんか、と懸念致す次第。大師匠のことだから、カレーを作るのでしょうけれどね。どんなことになるのだろう。考えるだけで、手に汗握る、って、汗ぐらいで済めばお安い御用。嗚呼、何だか訳が判らないよ、全く。

投稿者 nasuhiko : 19:26 | コメント (2) | トラックバック

はじめまして!
私もハバネロの育て方が分からない1人です!(笑)
うちでハバネロ・シシトウ・ピーマンを並べて育てているのですが、枝の分かれ方や、つぼみのつく位置など、まったく同じです。シシトウもトウガラシ科ですしね。
私は、本に載っている、シシトウの育て方を参考にしています。畑だったら3本仕立にするそうなのですが、私は思い切ってザックリとカッターで切り1~2本仕立にしました!

投稿者 ゆき : 2005年06月11日 16:54

 私のところのハバネロは、どんどんどんどん虫に喰われ、どんどんどんどん痩せ細るばかりであります。梅雨を乗り越え、真夏の太陽に巡り合えさえすれば、故郷の南米を思い出して元気になってくれるのではないか……と期待しておりますが、嗚呼、未だ未だ夏は遠いですなあ。

茄子彦拝

投稿者 茄子彦 : 2005年06月11日 20:58

2005年05月19日

icon大人びてきましたな


 セニョールが登場して以来、どうしても、早起き、というか、朝早くから庭に出て様子を見たくなる。ささ、今日はどうだろうか、と窺うと、なるほど、あまり変化はありませんな。被害は進んでいないようである。一枚一枚、葉の裏側まで丁寧に睨め回したけれど、蟻巻連の姿はない。良かった、良かった。続いて、天道虫の幼虫くんの方を見てみると、相変わらずのようであるけれど、蟻巻の数が減ってしまって、早晩、食糧危機に陥るのではないか、と懸念される。尤も、大分太っているから、その前に蛹になってしまうのかもしれないけれど。
 一安心して、水を撒き始めたら、草叢から飛び出してきた。おお、ちび公くんか。大方、また、金蛇でも探してあちこち顔を突っ込んでいたのだろう。こちらを向いてにゃあと鳴く。ふふ、私もにゃあと答えてみましたよ。まあ、猫語なんざ判らんので、何となく「近頃、調子はどうだい」というような心を込めてみたのだけれど、通ずる筈はない。しかし、あれだね、暫く振りにだけれど、相変わらずの宇宙人面だね。はは。けれども、随分、大人びてきましたか。猫の歳てえのは、どうやって数えるんだか判らないし、そもそも、ちび公くんの誕生日を知っている訳ではないので、正確なところは判る筈もない。まあ、蜥蜴や虫を追い掛けて、ぴょんぴょこ兎みたように飛び跳ねているのだから、未だ未だ若いのでしょうな。小学生ぐらいかね。こんなところで、立ち話も何だから、と、奥から、鈴廣の蒲鉾を持ってくる。さあ、お食べよ、と差し出すと、喜んで食しておる。ふふ、愛い奴よのう。向こうにしてみりゃ、相変わらず、手前勝手なことばかり呟く、妙なじじいだぜ、とでも思っているのかもしれないけれどね。意思の疎通がうまくいかないのは仕方がない、などと思う。それにしたって、昆虫や植物に比べれば、理解し合えているような気にはなれますよ。何だい、あのハバネロてえやつは、ぼうと突っ立ているばかりで、私が、水は足りなくないかい、蟻巻に襲われていないかい、なんぞと気を使ったところで、全くの無表情。有難うでもなければ、煩いなあ放っといてくれ、でもない。それに比べたら、ちび公くんなんざ、偉いもんだ。顔を合わせば、にゃあと鳴く。蒲鉾を差し出せば、喜んでごろごろ音を立てる。嬉しいじゃありませんか。そんなことを思っていたのだけれど、蒲鉾を食べ終わった途端、何事もなかったかのように、立ち去ってしまった。冷たいねえ。まあ、それが猫てえものか。全く、これだから猫てえやつは信用がおけないよ。それに比べて、セニョールくんはいつだって、待っていてくれる。雨が降ろうが風が吹こうが、じっとそこに佇んでいる。立派なもんだ。ささ、もう一杯、水を如何ですか、と水遣りを再開する私である。

投稿者 nasuhiko : 20:36 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月18日

iconハバネロ09


 天道虫の幼虫の様子を見てみると、相変わらず、精力的に活動している。不思議なのは、他にもたくさん草木があるにも拘わらず、その草に居座っている蟻巻たちでありますな。怪獣みたいな幼虫が近づいてきてもびくともしない。生命の危機に瀕しておるということを理解できないのだろうか。数日前を思い返すと、ワタアブラムシと思しき連中は、手を近付けても、ふうふう息を吹きかけても、なかなか葉っぱから離れなかったのでありましたね。彼らには危機感というものがないのか。それとも、単に怠惰なのか。嗚呼、もしかすると、人生を達観しているなどということもあるのだろうか。だとしたら、一寸の虫にも五分の魂どころか、悟りを開いた賢者だということになる。ううむ。
 しかし、あれですな。考えてみれば、私や田村師匠は極悪人ですよ。殺生はいけない、殺生などできませぬ、などと、口にしておるけれど、生ける殺戮兵器とも言うべき天道虫の幼虫を連れてきて、自らの手を汚さずに、蟻巻を退治させようとしているのである。これが間接的な殺生以外の何ものであろうか。考えると、厭な気分になってきた。厭だね。しかし、セニョール・ハバネロを守るには致し方がないではないか、とも言える。もし、私たちが手を拱いておれば、蟻巻の軍団が寄って集って、身動きの出来ぬセニョール殿に襲いかかり、喰い尽くしてしまうのではなかろうか。そうだとすれば、また、それもそれで一つの生を見殺しにすることになりはしまいか。ああ、頭が痛い。もう私の干涸びた脳みそでは無理である。ぴゅろんしますよ。

 三時過ぎからだらだら呑んでいたら、いつの間にか、眠ってしまっていた。現実逃避して酒に溺れて寝てしまうなんざ、何ともみともない姿である。達観したワタアブラムシを少しは見習えてんだ。
 嗚呼、生命とは何なんでしょうなあ。七十余年も生きてきたって、結局、何にも判らないのである。まあ、酒の善し悪しは少しは判るようになりましたがね。其れが一体何になるのか、と問われると、返す言葉も御座居ません。一介の愚かなじじいに、無理な御質問を為さいませぬよう、平にお願い申し上げます。呑み過ぎです。もう寝ます。

投稿者 nasuhiko : 21:17 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月17日

iconハバネロ08


 本日は、虫喰い状況に大きな変化はないようである。ワタアブラムシと推測される、例のちびっこい透明の翅の虫も、セニョールへの興味を失ったのだろうか。だと良いのだけれどね。兎にも角にも、せっせと水遣りに勤しむぽんこつじじいである。
 午後になって、田村師匠がいらっしゃる。やはり、ハバネロくんの様子が気掛かりなのでありましょうなあ。こう言っては変だけれど、何となく、この一連の出来事で、私は内心盛り上がっているのであります。みんなで集まって、ああでもない、こうでもない、なんて相談したりしてね。何と言うんでしょうか。同好会とか倶楽部みたようなものの一員のような気分でね。何分、若い自分から偏屈な方だったので、そういう団体活動のようなものに加わったことがないし、加わりたいとも思っていなかったのであるけれど、意外なことに、こういうのも悪くない、という心境になっている。尤も、同好の士の集まる会と、ハバネロを巡るこの近所の人々の集まりとは、違うものだろうけれどね。それでも、何となく、楽しい。莫迦みたいな話であるけれど。

「化学薬品を使わずにアブラムシに立ち向かう方法を用意してきましたよ」と師匠がおっしゃる。「さあさあ」と先に立って庭に下りられると、鞄からタッパーウェアのようなものを出された。「ちょっと見てみて下さい」と差し出されるので、中を覘いてみると、ほほぅ、これは何だったか。大昔に見たことのある、蚰蜒のような、芋虫のような、奇態な生き物が葉っぱの上を歩いている。ミニチュア版の怪獣みたような雰囲気である。「テントウムシですよ」なるほど、そうであったか。考えてみれば、昔から、蟻巻の天敵は天道虫と決まっていたではないか。「あっちこっち探し回って、どうにか一匹だけつかまえることができました」何とも御苦労なことである。早速、セニョール・ハバネロにその天道虫の幼子を移そうかと思ったところ、本日は、肝心のアブラムシの方がいない。ということは、つまり、天道虫くんとしては、食べるものがない訳で、それでは生きていけませんな。それでは仕様がない、ということになり、蟻巻のいる葉っぱを探すことになる。本末転倒も甚だしいのだけれど、致し方ない。そうすると、我が小庭にありましたよ、蟻巻の集まっておる草が。幼虫くんをそちらに移らせると、早速、活動を開始して、行き成り齧り付いている。ううむ、怪獣みたいなのは外観だけではない。物凄い勢いで襲いかかっている。恐ろしい生き物ですな。相談した結果、この草に住まわせておいて、様子をみましょう、ということになったのである。何だか、どんどん状況がこんがらがってくるけれど、まあ、それが、現実というものである。何事も一筋縄ですすいすいとはいかないものですなあ。そんな話をしながら、師匠と一杯酌み交わす。二杯酌み交わす。三杯、四杯、と、限りがない。有り難いことに、今日も美味い酒が呑める。あるいは、酒が美味く呑める、と言うべきか。何はなくとも酒と友。嗚呼、感謝感謝で夜が更ける。

投稿者 nasuhiko : 21:00 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月16日

iconハバネロ07


 困ったことに、更に傷口が深まっている。今朝になってみたら、別の葉っぱの真ん中に穴が空いてしまっておるのです。嗚呼、何たることか。暫し茫然自失の体。ううむ、参りました。参ってばかりいても、何事も解決しないのであるからして、子細に観察する。葉っぱを一枚ずつ丹念に調べていくと、昨日発見した、透明の翅をした非常に小さい虫がいる。しかも、本日は五匹もいるのである。例によって、手を近寄せても、葉っぱを揺すぶっても、ぼうとしており、逃げる気配がない。何という怠惰な虫であろうか。しかし、其の侭放置しておく訳にはゆかぬので、せっせと猶も葉を揺すりながら、ふうふう息を吹きかけて、何とか追い払った次第。ふうふうふうふう吹き過ぎたのであろうか、相当に息切れがして、頭の中の血管が何本か切れたのではないか、という気がしてきた。そう思うと、ずきずきと小さな頭痛の波が押し寄せてきているような気になって、何だか、気持ちが悪くなってきた。朝腹から、厭な気分だね。不愉快極まりない。
 気分が優れぬので、ごろごろと寝転がって、音楽を聴く。借りっ放しになっている『アリーナ』という、雨音が心に滲むようなやつである。いやあ、セニョールのこと、虫のこと、みんな忘れて、ぼんやり過ごそう。そんな気になる。其の侭うつらうつらしていたら、玄関で呼ばわる声がした。しかも、がやがやと何人連れかの様子。果て、何事だろうか、と出てみると、いやあ、田村師匠と円嬢、加えて、是田大師匠まで見えている。このインターネットの日記を読んで、舶来唐辛子殿の身の上を案じ、今後の対策を立てようではないか、ということのようである。
 みんなでセニョール・ハバネロの様子を見学し、ああでもない、こうでもない、と相談のような世間話。田村師匠によれば、私が発見した虫は、あれこれ調べた結果、ワタアブラムシという害虫である由。私の文章を読んだだけで、よくぞそんなことまで判るものだと不思議に思う。
 立ち話も何ですから、と、部屋に戻り、例によって、一献と相成った。結局、どんどん呑んで、あれこれが有耶無耶になってしまったのだけれど、兎にも角にも、植えさせて戴いているだけで十二分に有り難いことだから、枯れようが、虫に喰われようが気になさらずに、と、大師匠に言って戴き、肩の荷が下りた気がするけれども、そんな言葉を掛けて頂いては、ますます頑張って、立派な立派なハバネロに育て上げようという、気にもなり、明日からも頑張りますともさ。はははのは、と、頭痛などどこかに吹っ飛びました。

投稿者 nasuhiko : 19:34 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月15日

iconハバネロ06


 朝から大変な衝撃を受けている。育て方が判らん、だの、気温が低過ぎる、だのと、あれこれ心配していた訳だし、勿論、今だって大きにセニョールの身を案じておるのは事実なのである。事実なのであるけれど、いやあ、抜かりました。抜かってしまった。灯台下暗し、とでも言えばいいのだろうか。ちょいと違うね。兎にも角にも、大事件である。何たることか、葉が虫に喰われているのであります。ああああ。もう、目の前が真っ暗になりましたよ。ああああ、何ということになってしまったのだろうか。熟、参りました。大被害というほどではなく、一枚の葉に一筋切れ目が入ってしまっているという程度なのだけれど、小さかろうが大きかろうが、虫に喰われてしまったという事実には変わりがない訳で、何とも申し訳ないことである。ううむ。今まで気付かなかったけれど、微に入り細を穿って、舐め回すように熟視したところ、小さい小さい黒い体に透明の翅を持った虫が葉の裏に二匹居た。見たことがある虫だけれども、何奴であるかは判らない。動作は極めて鈍い。普通の虫だったら、手を近付けただけで、飛び去るように思うのだが、こいつは、手を近付けても一向に動こうとする気配がない。仕方がないので、葉っぱを揺さぶってみたけれど、それでも動こうとしない。一体、何を考えているのだろうか。全く以て不思議だ。こんなにのんびりしていて、自然界で生き残れるのかいな、と、余計な心配をしたくなる程である。しかし、それこそ余計な心配というもの。猶も葉っぱを揺らしたり、ふうふう吹いたりして、追い払いました。どういう対策をすれば良いのだろう。薬の類は、環境にも人体にも宜しくないに決まっているのだから、やはり、地道に虫を追い払う作業をするしかないのだろうか。そうでしょうな。まあ、暫く様子を見て、今後のことを検討することにするけれど、困りましたね。
 ああ、そうだ。蚊取り線香の類を昼夜を問わず焚いておくというのはどうだろう。先の、ちっちゃい虫だって、蚊みたようなものだから、嫌がるのではないかしら。ところで、蚊取り線香を浴びせ続けた場合、肝心の唐辛子の方に悪い影響はないだろうか。人体に影響はない、ということだろうけれど、それは通常の使用方法での話であろうから、もしかすると、何らかの害がないとも限りませんな。ううむ。困った。訳が判らない。やはり、今日もぴゅろんですかねえ。ぴゅろんですねえ。取り敢えず、呑み始めますか。嗚呼、何とも、困った老い耄れである。

投稿者 nasuhiko : 16:51 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月14日

iconハバネロ05


 昨日も一昨日も寒かったけれど、本日もまた寒い。この連日の寒さは何なのだ。花冷えというには些か遅過ぎる。ううむ。兎にも角にも、気掛かりなのは、南国生まれと思しきセニョールにはこの気温は大層辛いものであるに違いない、ということである。そもそも、どういう育て方が正しいのか、ということなど、ちっとも判っていない。田村師匠によると、水をいっぱいあげて下さい、ということだったので、せっせと水遣りはしている。けれども、それだけで良いものだろうか。急にこんなに寒くなってしまって、大丈夫だろうか。何かあっては大変ですからね。
 ぼそぼそと疑問を呟いてばかりでは何も解決しない。当たり前だ。そこで、例によって、インターネットをあれこれと検索してみることにしたのであります。ところが、なかなかみつかりません。みつかるのは「ハバネロ栽培キット」というものと「暴君ハバネロ」というお菓子のことばかり。そのキットというもは、どうも大師匠から預かったセニョール殿以前の、種の状態のもののようなのですよ。それでも、何か少しは参考になることが書かれているだろう、と読んでみたものの、あまり私の理解の一助となるようなことは見当たらない。中には、素手でハバネロの実に触ると、手の皮が剥けることがある、などという、何とも恐ろしいことが書かれていたりして。本当にそんなことがあるのかねえ。尤も、そんなことを心配するためには、先ずは、実がつくまで無事に育て上げなければならないのであるけれど、その方法がみつからないのである。困った。一時間かもう少しの間、のろくさと調べていたら、目がしょぼしょぼしてきて、肩まで痛くなってきた。取り敢えず、今日のところは、引き下がるしかありませんか。
 しかし、あれですな、このセニョールくんの御来訪以来、新聞の天気予報の欄をついつい見てしまいますね。今暫く悪天候が続くようであって、だとすると、気温も上がりはしないと思われる訳で、どうしたら良いのだろうか。ううむ。こちらまで寒気がしてきた。一杯飲んで、暖かくして早く寝る方が良いかもしれない。そんなことを呟きながら、澤乃井をきゅうっとやり始めたら、テレビで「小学生将棋名人戦」の再放送が始まった。再放送とは素晴らしい仕組みですな。結構、結構。
 ううむ、それにしても、今年のお子たちも素晴らしいですなあ。合間合間に、嘗ての、優勝者、準優勝者の懐かしい姿が映されましたが。羽生先生、森内くん、それに、先崎くんもちらりと映っていましたかね。渡辺くんなんざ、ついこの間の話であるから、あまり変わっていませんな。ところで、少年羽生は、赤いベレー帽を被っていたような記憶があるのだが、本日流れた映像を見る限りでは、帽子なんざ被っていませんでしたね。尤も、老耄の朦朧とした記憶なぞ、端から当てになりませんけれどね。
 そうそう、山崎青年の解説振りも素晴らしかったですなあ。彼てえ人は、あんなに面白い人だったのか。山崎くんももっと応援してあげたいような気になってきましたよ。羽生先生、渡辺くんに続いて、三番目に応援することにしよう。ああ、そうだ。応援で思い出したけれど、私の知らない間に名人戦があって、森内名人に負けてしまっていましたね。知らなかったこととはいえ、神風を起こし損ねたことを大きに後悔するじじいである。羽生扇子に申し訳が立ちません。
 ううむ。早い時間から勢いよく呑んでいたもので、脳みそが取っ散らかってきてしまいました。こんな時はとっとと寝るに限りますな。御免下さい。

投稿者 nasuhiko : 19:51 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月13日

icon深夜の憚り


 昔から寝付きが良くない。以前は、床に就いてから、延々と本を読んでいたものだが、近頃では、すぐに腕が痛くなるし、目がしょぼしょぼしてくるし、中々、そうもいかない。長い時間の読書はこの老い耄れにはかなり難しい。そんな訳で、酔っ払った勢いで寝てしまう、という、何だかよく判らない毎日を送っている訳である。酒が好きで良かったですよ、本当に。
 昨晩は、呑み具合が丁度良かったのか、如何にもすううっと気持ち良く眠りに入れたのであります。なのだけれど、夜半に目が醒めてしまった。どのくらいの回数を頻尿というのか判らないけれど、年々、トイレが近くなっているのは確かである。近くなったって構わないのだが、深夜に激しい尿意に目を醒まされるのは嬉しくないですな。寝惚け眼を擦り乍ら厠に向かう時には、ぼうっとしているので、どうという気持ちでもないのだけれど、戻る頃にはすっかり目が醒めてしまってね。こういう時に、寝付きが悪いというのは、本当に困ったものである。翌日に何という用事がある訳でもないのだから、そのまま眠くなるまで起きていりゃあいいじゃねえか、と仰る方もいらっしゃるかもしれないけれど、それを繰り返していると、どんどんどんどん一度に眠る時間が短くなってしまうのである。酷い時には、一時間起きて、三、四時間眠り、また、目が醒めてしまうので、また、一時間なり二時間なり起きている。すると、頭がぼんやりしてきて、うつらうつら眠りに入る。けれども、また、二、三時間もすると目が醒めてしまって……というような具合になって、一日中寝ているんだか起きているんだか判然としないような、ぼうっとした毎日が続き、何も出来なくなって、佐藤さんのところに出向いて、睡眠薬を処方してもらい、やっとこ、どうにか当たり前の日常に復帰できた、というようなこともあった。
 そんな訳だから、深夜に目が醒めると、大変悩むのでありますよ。ここできゅきゅぅっと冷やで澤乃井をやっつけて、勢いで寝てしまおうかしら、なんてんでね。しかし、真夜中から呑み始めたりすると、あれこれの順番が目茶苦茶になったりして、翌日が破壊されてしまい兼ねない。それで、厠から戻って、呑むか呑むまいか、などという、傍から見ればどうでも良いことを悩む訳である。昨晩もまたうじうじと悩んだのであった。ぐずぐず悩み乍ら、何気なくテレビをつけてみたら、何と、渡辺竜王が出ていたのであす。棋士の先生連中が普通に喋ったりする姿というのは、なかなか見られませんからね。大いに楽しませてもらった。羽生先生との対戦の話題は実に良かった。手の震えの話。私のようによぼよぼになったせいで手が震える訳でもないし、アル中だという訳でもないですからな。それにしても、何だって、夜半にやっていたのかねえ。将棋愛好家の平均年齢なんざ相当高いだろうから、こんな時間には粗方寝ておりますぞ。そんな中で、尿意のお蔭で私はこの番組に出会えた訳であるからして、尿意に感謝せねばなりませんな。
 渡辺くんは、小学生名人の頃の面影を強く残しているけれど、やはり、竜王、立派な棋士、立派な大人の顔も持っていた。羽生扇子がある限り、私は羽生先生を応援するのだけれど、こんな若さであれやこれやの重圧を抱えながら精進する若き竜王も、大きに応援したい気持ちになったのである。しかも、渡辺くんは、ブログなんぞをやっているということで、謂わば、私とはブログ仲間と言ったって良い訳で、変な所から親近感を高めた老い耄れである。渡辺くんよ、羽生先生の次に頑張ってくれ給え。山崎青年や渡辺くんのような才能が次々に出現するなんざ、将棋界の未来は明るいですな。結構、結構。

投稿者 nasuhiko : 19:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月12日

iconハバネロ04


 ハバネロに水遣りをしながら、無駄なことを考える。尤も、私の場合は、年がら年中無駄なことばかりを考えているわけなので、水遣りをする時ばかりに限ったことではない。例えば、こんな具合。ハバネロって名前はハバネラと似ているなあ。ハバネラってのは、カルメンですよ。ということは、スペインかね。ぎらぎらと照りつける太陽。でも、もっともっと暑い暑い地域の方が辛い辛い唐辛子が育ちそうですな。スペイン語圏なんだろうかね。するってえと、南米か……などと、どうにも解決しそうにない、そして、万が一、解決したからといって何にもならないような、正に、愚にも付かない無駄の中の無駄をぼんやりと考えるているてえ有り様。
 大師匠からの大事な大事な預かり物である、セニョール・ハバネロを枯らしたりする訳にはいかない。当然のことながら、この小庭の中でも、特別待遇である。水遣りを欠かさぬばかりか、周囲に雑草など顔を出そうものなら、直ちに引き抜き……というところで、少々、心の中がむずむずするのであるけれど、まあ、引き抜く。引き抜かねばならぬ。だが、しかし、これは本当に雑草なのだろうか。仮に、雑草だとして、何故、私は其れを殺生せねばならぬのか。ううむ。頭が痛くなってきた。老い耄れた脳みそをきりきり無理矢理絞るものだから、また智慧熱みたようなものが出てきそうである。ああ、突然、関係ないことを思い出した。谷川さんなら、こんな時には「ぴゅろんだよぉ、君ぃ。ぴゅろん、ぴゅろーん。さあ、いいから、呑もうじゃないか」などと声高に述べ、破顔。そして、巷に繰り出して一献というところだろう。そのぴゅろんてえ合言葉が何なのか、未だに判らない。未だに判らないのだけれど、先方は帝大の文科哲学を出ている、頭脳明晰博覧強記の人物であり、学校を出て右も左も判らない私の如き者を雇い入れてくれた社長様であり、世に言う奇人ではあるものの、公私に渡って何くれとなく面倒を見て頂いた方である。何か私如きには計り知れない意味があるのだろうとは思う。余りにも頻々とその言葉を耳にしていたものだから、自分でも、思考が行き詰まった時には、ここは一つ、ぴゅろんだな、などと、訳も判らず呟いたりしていたものである。仕事を辞めて何年にもなるのに、今でも、件の台詞を思い出して呟いたりして。谷川さんはお元気だろうか。あの人のことだから、相変わらず、何処からやって来て何処へ行くのか判らない、謎の活力に満ち溢れ、今日は東へ明日は西へと飛び回っているかもしれない。しかしながら、よくよく考えれば、既に齢八十を超えていらっしゃる筈であるから、少しは腰を落ち着けて居られますかねえ。
 ところで、私は何をぴゅろんしようと決め込んだのだったか。ああ、雑草問題である。やはり、こういう時はぴゅろんして、澤乃井なんだろうね。

投稿者 nasuhiko : 19:47 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月11日

iconハバネロ03


 五月も半ばになるのだからして、次第次第に暖かくなってきている。これは全体の流れとして、感じ、考える限りは、紛う事無き事実であろう。 朝早くに目が醒める。それも、厠に行きたくなってのことであって、歳を取るに連れ頻々と尿意を催すようになったなあ、と、寝惚け眼を擦り乍ら思う。同級の連中なんぞもお仲間なんだろうね、と思いながら、その一方で、いやいや、これは私固有の問題であって、他の年寄りは然程尿意に追い捲くられたりはしていないのではないか、などとも疑ってみたりもするけれど、今はそれは問題ではないので、放ったらかしにしておく。今、問題なのは別のことである。五月半ばになり、気候が緩んできてはい乍らも、早朝ともなると、未だ未だ極めて肌寒く、中でも今日は殊更に寒く、ここで生まれ育った私は兎も角としても、恐らく、暖かい国からお越しになったと思しきハバネロ公におかれては、何が哀しゅうて斯様な寒い国へ拙者は貰われて来なければならなかったのだろうか、と己が身をお嘆きになられてはいまいか、と、それが心配である、というのが、今、現在、私の心の中で渦巻く問題なのである。しかも、いくら心配したりしたところで、相手は天。天候は、私如き老い耄れには、如何ともできるものではない。鉢植えで室内で育成しているのならいざ知らず、小庭に植えてある以上、どうすることもできるものではないのは自明であろう。しかし、ですぞ、大師匠からお預かりした客人ハバネロ殿の身の上に万々が一のことでもあったら、大師匠のみならず、師匠にも、序でに、『日和見』の面々などなどにも合わせる顔がある筈もなく、ここで腹掻っ捌いてお詫びするしかない……などというのは、全て、酔った上での勢いで書き綴っているに過ぎず、勿論、切腹したりはしないのであるけれど、それでも、やはり、ハバネロ君には、少しでも良い環境で過ごしてもらいたいと思うので、サランラップで、何とはなしに周りを囲んでみたのである。けれども、見た目も宜しくないし、そもそも幾許かの効果すら期待できそうには見えないので、すぐに片しました。郷に入りては郷に従え、の通り、ここ日本に移住してきたからには、ハバネロ氏にも覚悟していただき、日本流の、所謂、大和魂で、寒さ何ぞ何処吹く風、と、頑張って乗り切って戴きたいと、切に願うのであります。嗚呼、呑み過ぎたよ。

投稿者 nasuhiko : 17:40 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月10日

iconハバネロ02:緑派宣言


 ハバネロ様は大量に水を必要とするそうなので、せっせかせっせか水遣りをしている。尤も、あまり水を遣り過ぎても根腐れなる症状を起こす怖れあり、と、耳学問で得た知識もあり、訳が判らないながらに加減をしたりしているつもりである。元々瑞々しいハバネロ君の葉が、水を浴びて、文字通り水も滴る良き姿になり、得も言われぬ美しさを感じた今朝。その美しさにすっかり心を打たれ、嬉しくなると同時に、少しく反省したのである。おまえさん、春になってから、花だ、実だ、と、植物界の極一部分の現象ばかりに目を、心を奪われちゃあいませんか、と。省みれば、確かに、梅や桜のみならず、躑躅だ、蒲公英だ、と、そればかりでなく、名も判らない花々を、有り難く眺めては撮影したり、を繰り返している。事実、花々の姿は、干涸びた老い耄れの心を潤してくれるのであって、実に有り難い。けれども、その花の今日があるのも、それ以前の種、発芽、双葉、などなどなどなど、といった、植物の生涯の様々な過程があるからなのである。それらを象徴するのが、緑なのではないか。そんな気になって、これからは花を愛でたら、必ずや、その緑をも愛でることにしようと思う。花が咲いていなくても、我が小庭に限らず、町角や公園のあれこれの緑に注目してみようと思う。緑派宣言でありますよ。倒壊寸前の枯れ木じじいの緑派宣言なのであります。
 緑派に転じた目で、こうやって庭を眺めてみると、雑草までもが中々頑張っておることだなあ、と思えてくるから不思議である。手間なんぞ掛けなくとも、自らの生命力で逞しく生きているのですな。そんなことを思うと、また心の中で葛藤が始まってしまう。雑草とは何ぞや。何故、彼らは、軽々しく殺められねばならぬのだろうか、と。難しい問題である。私の、この老朽化した頭脳ではとてもじゃないが、どう考えれば良いものか、糸口さえ掴めない。それで、結局、こう、澤乃井に頼ることになってしまう。こんなもやもやとした心持ちで呑んでも、それでもなお美味いのだから、澤乃井は偉いやね……なんてことを独り言ちながら、緑問題、雑草問題を、あれこれと考えてみるのだけれど、素面でも判然としないものが、酔った頭でどうにかなる筈もなく、この問題は先送りにするしかないのである、と結論づけ、呑むことに専念する次第。相も変わらず、莫迦なじじいだねえ。

投稿者 nasuhiko : 16:54 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月09日

icon梅の香り


 気がついてみると、いつの間にか、梅の実が随分大きくなっている。少しだけ艶やかで、瑞々しい緑が眼に眩しく、見ているだけで鼻の奥に甘酸っぱい香りが届いてくるようである。折角だからと、近寄ってみる。おかしい。顔を寄せてみる。おかしい。鼻を寄せてみる。おかしい。鼻の穴に入らんかな、という程に梅の実に近づく。鼻の穴に入れないまでも、鼻の頭に擦れる状態にしてみても、それでも匂いがしないのである。仄かに鼻腔を擽るような芳香を期待していただけに、正に鼻白む思い。何なんだ、この梅てえやつは。人の気持ちを玩びおって。全く以て失礼な奴である。まあ、これは、誰が考えたって、八つ当たりに過ぎないのであるけれど、八つ当たりしたくもなるほど、この老い耄れは期待していたのであります。
 ううむ。梅というのは、これ程に香らないものだったのだろうか。だとすると、私の記憶の中のあの香りは一体何なのだろうか。釈然としない。梅のジュースや梅のジャムや梅のゼリーなどを食する機会が、偶に、というか、人生の中で幾度かはあったけれど、それらはみんな、梅らしい匂いを放っていたと思うのだが、私の記憶違いだろうか。勿論、老い耄れの記憶なんざ年中狂いっぱなしではあるけれど。そうそう、そう言えば、酎ハイの類にも梅の看板を背負っているものもあり、そういうものも、やはり些か甘く梅らしい匂い付けがなされている。そうだ。梅のガムや梅の飴というものもありますな。ああいうものも全て、特有の、如何にも梅らしい香りと甘味があるように思うのであるけれど、あれらは全て、企業が消費者をだまくらかすべく作り上げた、幻想の梅の香りなのだろうか。そういうものに日本中の、否さ、世界中の大衆が騙されているのだろうか。ううむ。謎である。
 それとも、私の鼻から梅の匂いだけが奪い取られてしまった、なんぞという、SF的なことがあるのでありましょうか。何とも不思議である。目の前に梅がある。触れることさえできるのに、匂いが感じられない。どうなっておるのだろう。そんなことはどうでもいいじゃありませんか。そうなのである。そんなことはどうでもいいのであるけれど、しかし、何とも、気持ちがすっきりしない。この不愉快な梅の木をば切り倒してやろうか。そんな乱暴な気持ちに、一瞬だけとはいえ、なったのでありました。嗚呼、梅の香りよ、何処に。

投稿者 nasuhiko : 17:30 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月08日

iconハバネロ


 ハバネロというものが我が庵にやって来た。昼をちょいと過ぎた頃合い、玄関で呼ばわる声がするので、のろくさと応対に出ると、師匠の御来訪である。さあさあどうぞ、と、昼日中から澤乃井で一献。
「ハバネロというのを御存知ですか」「いやいや、聞いたことがありませんな。何ですかそれは」「ぼくも今まで知らなかったんですけれど、是田さんに電話で呼ばれまして。それで教わったんですが、唐辛子なんです。唐辛子と言ってもいろいろあるそうで、中でも世界で一番辛いのが、そのハバネロというやつらしいんですよ」「なるほど。左様ですか。して、そのハバネロがどうしたんでしょうな」「是田さんのカレー好きは御存知ですよね。それで、そいつをカレーに使いたいと仰って」「はあはあ、それは結構なことですな」「それで、あのぉ、茄子彦さんの庭に植えてこい、と。唐突な話で申し訳ありません」「要するに、カレー名人是田氏が世界一辛い唐辛子を使いたい。それに当たって、先ずは育てるところから始めたいのだけれど、庭もベランダもないので、茄子彦んとこの小庭に植えてこい、と、こういうことですかね」「いや、正しくその通りです」「是田さんと言えば、田村師匠の師匠に当たる、私から見たら大師匠ですからね、そりゃ、もうその位のことは何でもありませんぞ。喜んで、このぼろ庭を提供させていただきますとも」と私が答え終わるかどうかというところで、タムゾー先生は鞄から、苗と小さなスコップを取り出して「ちょいと下駄をお借りします」と庭におりている。何とも準備の宜しいことである。どこに植えればいいでしょう、とお尋ねになるので、陽当たりの良さそうな一画を提供することにする。植え終わり、ささっと水を撒いたら、乾杯である。何に乾杯なのかは判然としない。差し詰め、ハバネロのすくすくと育つ未来の為か、あるいは、もう一歩進んで、是田大師匠がそのハバネロを使って最高のカレーを作ってくれることに、だろうか。孰れにしても、植えてみると、どんな風に育ってゆくのかが大きに楽しみになってきた。しかし、辛い辛い唐辛子なんざ、何となく、途でもなく暑い土地に育ちそうなもののように思える。そんなものが、果たして、この日本で育つのだろうか。孰れにせよ、一旦、お預かりしたからには、何処に出しても恥ずかしくないような一人前の唐辛子に育つように出来る限りのことはさせて戴く所存。頑張りますともさ。

投稿者 nasuhiko : 17:38 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月07日

icon映画鑑賞


 田村師匠と円嬢と三人で、美味しい美味しいカナディアン・クラブをちまちまと舐めながら、映画鑑賞会のようなものが始まったのでありました。その『イージー・ライダー』だけれど、私は若い頃にマリと一緒に観たことがある。恐らく、銀座だったように思う。世間で話題になっていたので、観に行ってみようか、ということになり、出向いた次第。二人とも感心することなく、観終わって、何か洋食を食べてから帰ったのだったろうか。そういうぱっとしない思い出があるのだけれど、若い御二方に、観る前からそんな話をしたのでは興醒めであること甚だしい。場合によっては、他のにしましょうか、などと、気をお回しになるかもしれない。そんなことになっては申し訳ないので、昔観たことがありますよ、というようなことだけを、曖昧にもごもご呟くように教えておいた。
 さて、映画が始まる。いやあ、しかし、こうやって、集まって観るのも良いですな。暗い中で黙ってじっと集中するのも良いけれど、わいわいお喋りしながら、そして、合間に、この妙に芳しい酒を舐めながら観るのも大変宜しい。意外な発見である。
 映画の筋に立ち入ったりすると、またごちゃごちゃしてくるから、それは放っておくけれど、いやあ、中々良い作品ではないか。いや、寧ろ、素晴らしい作品ではないか、と思う。この三十余年で、私が漸く作品に追いついて理解できるようになったということかもしれませんな。実を申せば、昔観た時には、映画の中の若者たちの生活や感覚は、とんと理解できなかったのである。当時の私は、寧ろ、イージー・ライダーのような人々に眉を顰める側に近かったのかもしれない。恐らく、未だ四十にもなっていなかったであろうに。今、考えると、とてもとても不思議なことに思えるけれどねえ。例えば、新宿辺りには、ヒッピーみたような若者たちが、うろうろするようになっていたけれど、あんな生活は私とは縁がないものだと思っていたし、ああいう文化が日本に根付くとも思っていなかったし。彼らはヒッピーとかいうものに被れているだけであって、いずれ、もうちょいと歳を取れば、髪を切って、普通の勤めに就くに違いない、と思っていたのであります。その後、実際、そうなったともそうなっていないとも、どちらとも言い難いけれどね。兎にも角にも、私としては、何だか他人事みたいに思えていたのですよ。それで、この映画が理解できなかったのだろう。あるいは、理解したくなかったのかもしれない。何しろ、何十年も前のことなので、もやもやとしていて判然としない。
 確かなことは、今回は、大きに感動した、ということである。もし、一人きりで観ていたのなら、最後のシーンでは涙が零れたかもしれない。呆気ない、一瞬の結末が、この、老い耄れて殆ど枯渇している、古びた心を大きに揺らした。ああ、こんな機会をくれた若い友人たちに感謝の杯を捧げる老い耄れであります。そうそう、カナディアン・クラブを教えてくれたことにも大きに感謝せねばなりませんな。ありがとう、若き友よ。

投稿者 nasuhiko : 20:46 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月06日

icon映画鑑賞の前に


 田村師匠が円嬢を伴って来訪。一緒に映画を見ようと思ってやってきました、とのこと。何が何だかわからない。孰れにしても、出かける用事などないし、天気が悪いので今日は庭いじりも休みである。兎にも角にも、まずは一息入れましょう、と、澤乃井を用意しようとしたところ、今日はお酒も氷も持参して参りました、と仰る。何とも準備の良いお二人である。出てきたのは、カナディアン・クラブの12年ものという代物。呑んだことがない酒を前にして興味津々。早速、いただきましょうとグラスを台所から持ってきたところ、タムゾー先生、鞄から小さな箱を出してテレビに繋ぎ始めた。何とも驚いたことに、その、精々が標準的なハードカバーの書籍ほどの大きさしかない、こう言っては何だけれど、少々安っぽいプラスチックの箱は、DVDプレイヤーなのだそうである。持ち歩けるし、便利ですよ、と宣う。成程。確かに、これなら便利なことこの上ないでしょうな。いやあ、文明というものの進化は恐ろしいものである。先の映画を見よう、という話は、つまり、その箱で鑑賞しようということなのであります。今時の人たちの感覚は何とも不思議である。そう言えば、私のマックにもDVDを見る機能が付いているということを以前教わったことがあるのを思い出したけれど、未だ嘗てそれを試したことはない。つまり、本日、このぽんこつじじいも終にDVDの世界に乗り出すのであります。
 DVDの用意もでき、先ずは乾杯。ほほぅ、カナディアン・クラブというのは、こういう味ですか。これは、何というのか、滑らかで、甘いながらもべたつかず、鼻の奥で芳しい。何とも独特の舌触りですなあ。度数もあるのに、すうっと喉を越していく。素晴らしい。七十年間、よくぞ一度も出会わずにいたものだなあ。勿体ないことをした。
「おいしいでしょう」と円嬢。「実に美味い。正直な話、驚いておりますよ」「タムゾーくんは、甘過ぎるとか言うんだけど、これがいいのよねえ」と微笑む。実際、私は、この酒が猛烈に気に入ってしまったのであります。氷がちょいと溶けてきて、ほんの少しだけ薄まった感じが、また、何とも言えず美味い。いやあ、美味いですなあ。酒の世界てえものも、熟、奥が深い。未だ未だ世の中には私の知らない名酒がごろごろしているのだろうなあ、と思うと、突然、何としても長生きしなくては、と、そいつらを片っ端から呑まねばならんのだ、と、そんな、妙なやる気が溢れてきた。莫迦である。
 一頻り、カナディアン・クラブ談義に花を咲かせた後、愈々、映画を観ることに相成ったわけですが、これが何と『イージー・ライダー』だったのであります。ですが、未だ未だ話が長くなりそうなので、本日は、ここで一旦筆を擱いて、というのか、マックを離れて、というのか、兎にも角にも、また後日。ご機嫌宜しゅうに。

投稿者 nasuhiko : 19:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月05日

icon迂闊なり


 のんびりと起き出して、今日も懲りずに、のろくさと草毟りに励む。「のろくさ」と「励む」という組み合わせは、如何にも釣り合いの取れない物言いだけれど、本当のことだからしょうがない。
 一段落して、部屋に戻り、買い置きの乾麺の蕎麦を笊でやっつける。つゆは大師匠から頂戴した、近藤醸造元というところのもの。醤油屋さんが作っているだけあって、甘くなく、すっきりした味で、するする入っていく。甘いのも良いけれど、このさらりとした味も捨て難く、愛用の逸品となってい。
 食後、茶を啜りながら、新聞を読み始めて、吃驚仰天。何と、羽生先生が朝日オープン選手権で優勝した、と書かれているではないか。神風担当の私としたことが、すっかり抜かってしまった。尤も、優勝したのだからして、それで良いのである、とも言える。いやあ、相変わらず、羽生扇子の神風は素晴らしい。まあ、実際には決勝戦があることすら気付かずにいたわけであって、私が煽ぎ出した神風のお蔭で勝ったのでないことは明白なのだが、ここは一つ、羽生扇子が起こす神風のお蔭で優勝できたのである、と勝手に思い込んでおこう。
 近年、新聞に書かれているあれやこれやは、本当に腹立たしいことが多くて嫌になる。嫌になるけれども、何となく、習慣として読んでしまう。読み終わって気分を害すぐらいなら、新聞なんざ読まなきゃいい、取らなきゃいい、と思うものの、ついつい、ね。莫迦である。お若い人々なら、おいらはインターネットで何でも調べるよ、ということで、新聞を読まない人も多いのでしょうかね。そのせいかどうか、最近、以前にも増して、新聞の勧誘が多いですな。しかも、恐そうな人が来たり、殊更、甘言を弄す人が来たり。全く以て困ったことである。
 話が逸れてしまった。まあ、毎度のことですがね。ぶつぶつと文句を呟きながらも、一通り新聞に目を通し、番組欄を眺めてみた。おおお、何たることか、迂闊なり、茄子彦よ。ああ、本日は小学生将棋名人戦の放送日だったのである。十時から正午まで。慌てて柱時計に目をやると、何だこれは……って、ああ、止まっているのか。まあ、時計なんざ見なくたって、終わっていることは判っているのですけれどね。何しろ、蕎麦を啜っていた時には、疾くに正午は過ぎておりましたからな。ううむ、それにしても残念至極。あそこから、未来の羽生先生、渡辺少年が現れるかもしれないのである。尤も、今、小学生の彼らが一人前になる頃には、此方人等が、この世にのさばっている可能性はかなり低いという現実がありますけれどね。

投稿者 nasuhiko : 20:55 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月04日

icon水てえもの2


 良次郎くん来訪。お蔭で、すっかり忘れていた水の検査の道具のことを思い出した。注文して届いていた筈であるが、さて、何処にしまったのだったか。年々記憶が曖昧あやふやになっていくのだが、中でも、この手の、ちょいとそこいらに置いた筈だが……というようなものが一番忘れ易い。尤も、こういうのは私だけでなく、同窓の連中も揃って同じようなことを言っている。だが、しかし、皆がそうだからそれで良い、というものでもないのであって、記憶なんざしっかりしているに越したことはない。いや、そうでもないか。難しいところですな。
 良次郎くんを待たせたまま、どたばたじたばた、彼方此方を引っ繰り返すのだが、中々見つからない。「探すのをやめたとき 見つかることもよくある話で」という、マリが探し物をする時によく口遊んでいた歌を思い出し、諦める方に傾きかけたとき、ひょっこりと出てきた「おいしい水検査セット」である。まるで、歌の通りであって、何だか莫迦みたいだ。こんなことなら、すぐに諦めれば良かった。そうは言っても、出てこなければ話が始まらないのも事実であって、まあ、これ幸い、と素直に喜びたい。いや、喜ぶべきなのである。
 これこれ、これですよ、とお見せすると、良次郎くんも興味津々の様子。早速、開封して、試してみることにする。いい大人……というより、明らかに老人でありますな……が二人掛かりで、嬉々として、さあ、じゃあ、一つ実験を開始してみますか、などと、燥いでいるのは、傍から眺めたら、嘸かし滑稽であったことであろうけれど、勿論、誰にも見られている訳ではないので構わない。
 まずは普通の水道水。銀紙の袋を開けて、中からプラスチックの筒が出てくる。糸が付いているので、それを引っ張ってから、ぎゅうっとへこまして、空気を追い出し、水に浸けて手を放す。そうすると、しゅうっと吸い込めるという仕組みである。押し潰すところで、何だか頼りない心持ちがして、些かすっきりしなかったけれど、やってみれば、何のことはない。
 さて、仕上がりはどうだろうかというと、水が桃色というか薄紫になるのであります。付録の帳面と比べてみると、なるほど残留塩素が0.1ほど含まれているということのようである。硬度の方も調べてみるが、こちらは50と100の間ぐらいだろうか。続いて、浄水器経由の水道水の番である。肝心なのは、こちらがどうなのかということである。さあ、残留塩素を調べますぞ。おお、おお、何たることか、驚くべきことに、水の色が全く変わらない。いや、もしかしたら、少しは変わっているのかもしれないけれど、老い耄れのしょぼくれた眼力では、変化がないとしか言い様がない。硬度の方はというと、こちらは先程と全く同じ。
 良次郎くんが、杉並の水は美味い、と言ったことが、証明されたような具合。折角だから、と、本日はジョニー・ウォーカーのスウィングをわざわざちょいと水で割って飲む。古市のハワイ旅行の土産である。尤も、彼の言葉をそのまま記せば「ワイハの土産よ」ということになる。七十過ぎたじじいが何がワイハだ、とは思うけれど、酒には罪はないし、味にも変わりはないので、ワイハ発言は水に流して、酒の方は胃の中に流して。
 次は、蒲田の水の番ですねえ、と残った「おいしい水検査セット」を抱えて帰っていた彼のこと、いずれ、検査結果を報告してくれることでありましょう。さてさて、蒲田の水の味や如何に……と呟きながら、未だにボトルを揺らしては、グラスを舐める。ずるずると呑み止められないじじいなのであります。

投稿者 nasuhiko : 20:05 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月03日

icon少しだけ派手やかな白い蝶


 のんびりとした午後の陽射しが緩やかになったころ、水遣りをしようと小庭に出た。すると、ちび猫がちりりんちりりんとどこからともなく姿を現した。「御機嫌は如何かね」と問い掛けると、にゃあとも言わずに、地べたにごろり。毛皮に包まった彼女(推定)には些か暑過ぎるのか、少々ばて気味の御様子。まあ、それにしたって、雨が降るよりは余程良かろう。さて、例によって、鈴廣の蒲鉾を分け合おうかと部屋に戻ろうかとしたところ、庭の隅の方をふらりと白い蝶が飛んでいる。何となく気になって見ていると、枯れる一歩手前といった感じの蒲公英に止まり、一休み。気に入らないのか、ふわりと舞い上がるとすぐ隣の名前の判らぬ白い花に止まる。翅をうっすらと開いたところ、先端が橙色である。普段見かけている紋白蝶とは全く違う、未だ嘗て見たことのない代物である。急いで、それでいながら、件の蝶を脅かさぬように静かに、部屋に戻り、デジカメを取ってきましたよ。ゆったりと待っていてくれるだろうか、と心配しながら近づくと、未だそこにいる。何とか内側の橙が見えるように写真が撮れれば良いのだけれど、と、すうっと、私の心持ちとしてはすうっとですね、カメラを寄せていったところ、ぽわっと舞い上がってしまった。行き先を目で追ったけれども、夕焼けと重なったところで、見失ってしまった。ううむ、何とも残念である。しょうがないから、先の白い花をアップで撮ってみたりするものの、撮り損なった蝶のことが頭から離れない。白い翅の先端だけ控えめに橙色に塗られ、奥床しくも派手やかな、和の美を体現したような姿。いやいや、こんな仰々しい形容は余計なお世話ですがね。
 部屋に戻って、『新世紀ビジュアル大辞典』で調べてみると、ツマキチョウというものであるように見受けられる。けれども、載っているのが写真ではなく絵であり、翅の外側が映っていないので、今一つ、得心がゆかぬので、猶も、インターネットで検索すると、ああ、ありましたよ。『冬鳥夏虫「長池公園ぶらぶら日記」』というところに、はっきりとした写真が載っております。そうそうこんな模様でしたよ。表側も墨絵のような品の良い色合いである。撮り損なって甚だしく気落ちしていたけれど、私の如き老い耄れが撮らずとも、こういうきちんとした写真が見られる訳で、全く以て有り難い世の中である。それにしても、あの蝶を見るのは七十余年の人生で初めてのように思うのだけれど、『新世紀ビジュアル大辞典』の「ツマキチョウ」の項には、日本全土に見られる、というような記述がある。だとすると、今まで見かけなかったのは、私の目が節穴だったからなのでありましょう。些か釈然としない、不思議な気持ちがするけれど。

投稿者 nasuhiko : 19:07 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月02日

icon謎のエラー


 ふと気がつくと、この日記を書く時というのか、保存するときというのか、兎にも角にも、エラーを伝える妙なメッセージが下の方に出ていることに気づいた。それは「Argument "=) at lib/MT/Template/Context.pm line 712.」というものである。この怪しげな呪文みたようなものを見たところで、一体何が起きているのかは、例によって、全くの珍紛漢紛。些かうんざりしながらも、勇気を奮い起こして、文字の海へ乗り出してみたのであります。件の712行目には「last if $n && $i >= $n;」と書かれている。これが何を意味するものなのか。何か書き加えたり、消したりすれば解決するのか。全く以て理解不能。不安になるばかり。太刀打ちできる余地など毛頭ないことがはっきりしたことだけが、唯一の成果である。急いで、その場を離れたじじいであります。
 実力で何とかしようなんてえことを思う権利があるのは、実力がある人だけである。私の如き、コンピューターの知識もないばかりでなく、社会常識もなく、おまけに、目がしょぼしょぼしてあれこれと読み違えたり書き違えたりするようなぽんこつが、自力で何とかしようなんざ、笑止千万。身の程知らずも甚だしい。片腹痛い思いである。そこで、先人、賢人に学ぼうと、インターネットの海を渉猟したのである。渉猟したのであるけれども、どうもうまくいきませんな。同じようなエラーが出ているというお人をたった一人発見しただけで、解決策は一切みつからない。ううむ。
 しかし、物は考えようと言うではないか。そうなのだ。近頃になってから、先のエラーのメッセージに気付いたけれども、これはもしかしたら、ずっと昔から表示されていたものかもしれないのである。ずっとずっとずっと昔から、それこそ、このブログというものを始めた時から出ていたかもしれないのである。だとしたら、今更、何をじたばたすることがあろうか。こんなものは、無視するに限りますよ。何か実害がある訳でないのだから、無視するが宜しい。そんなことを、自己暗示的に呟き、自己暗示的に書き記し、自己暗示効果を高める為に、澤乃井をがぶりといく。ううむ。こんなことで良いのだろうか。

投稿者 nasuhiko : 17:56 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月01日

icon雑草2:笹


 秋が深くなり、草が枯れて、小庭がすっかり寂しくなるまで、庭いじりというのか、雑草取りの作業は続くのである。昨年は、恐るべき勢いでその範囲と大きさを広げる笹を雑草に認定して、せっせと彼方此方を掘り返して、笹の撲滅を目指していたことを思い出す。
 笹の根はほぼ真っ直ぐに下に向かって伸びている。ずんずんずんずん掘り進んでいくと、真っ直ぐ下に延びていた根が、真横に伸びている太い根に連結しているのに出会す。ここからが大変なのである。その太い根っこは、多くの場合、かなり遠くまで広がっており、それをきちんと掘り出そうと思うのなら、我が小庭を縦断する覚悟が必要になる。そのお蔭で、昨年は毎日毎日笹の根っこを掘ってばかりいたような気がするほどである。気がするというより、事実、そうだったのですがね。それほど頑張って、笹の根っこを、それはそれは見事に、少なくとも、たっぷりと自己満足に浸れるほどには、抜いたのでありました。尤も、余りに見事に抜いてしまった為に、翌日からは、嗚呼、何とも可哀想なことをしてしまったなあ、と自責の念に駆られた程である。我が庭で笹を見るのは、当分ないだろう、と。当分という程には此方人等の寿命が長くはないだろうから、今後一生、我が小庭で笹を見ることはないのだろう、と。何だか随分と気が沈んだりしたものであった。
 そして、今、春になり、庭いじりを再開したじじいは魂消ることになる。何と、笹が顔を出しているではないか。それも、一箇所ではなく数箇所から。これは一体どういうことかと頭を捻った。隣家の笹が垣の下を潜って、こちらに進出してきた、という可能性がある。また、もう一つの可能性としては、私が撲滅していたと思い込んでいただけで、笹は未だ未だ我が家の地下に多くの根を残して、着々と成長を続けているのだ、と。ううむ、どちらも大きにありそうな話である。確かなことは、老い耄れが根絶やしにしてしまったことを後悔したのは、取り越し苦労に過ぎなかった、ということである。つまり、笹の根と私との付き合いは、今年も続いていくのである。早速、今朝から、笹の根掘りを開始したのであるけれど、彼此、三十糎程も真下に掘り進んだにも拘わらず、未だに横の太い根っこに達することがない。敵も然るもの。敵ながら天晴れ。そんな想いに打たれ、好敵手、笹の根に乾杯する私であります。笹くんよ、お互いに頑張ろうではないか、とね。

投稿者 nasuhiko : 20:11 | コメント (0) | トラックバック