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2005年06月30日

icon畳の上に


 誰に言われて始めたことだったのか、あるいは、テレビか何かで見たのだったかもしれない。兎にも角にも、夏になると、蒲団を片して、畳の上に直に寝るようにしている。畳の上に大きめのタオルをひいて、枕だけを置く。上に掛けるのも、厚手の大きなタオルのようなもの一枚。こんな風にして、かれこれ四、五年になるだろうか。
 腰痛が酷かった時期が何年か続き、随分と難儀したものである。以前は、腰の下に週刊誌を丸めたものを入れて、腰を心持ち持ち上げるようにして寝ていた。その方法も誰に勧められたのか思い出せないのが情けないですな。その方法だって悪くなかったような気がするのだけれど、畳の上に直に寝るてえ方法を試してみたら、こちらの方が気持ちが良いということが判明したので、ここ数年はこれを続けている。まあ、寒くならないうちのことだけれどね。
 灼熱の後、急激に涼しくなったもので、膝と腰、右肩が少々痛み、昨日今日とすっきりとしない。それで、今晩からは畳の上に直に眠ろうという気になった。これで明日からは、腰痛が引っ込むと良いのだけれどね。

 近頃じゃ畳というのも随分減っているそうですな。先日、田村師匠がそんなことを仰っていた。今時の若者は畳より木の床を好むそうであり、畳のない家は珍しくないのだとか。まあ、師匠のお知り合いの方には少なからずモダーンな人々が多いせいなのではないか、という気がするものの、考えてみれば、畳屋なんぞも減っているような気がしてきた。床が悪いということはないけれど、畳の上にごろりと横になる味は格別である。新しい畳の匂いは抜群に良い。尤も、古びた畳の匂いだって独特の味わいがなくもない。まあ、それは贔屓目に過ぎるかもしらんけれど、悪くないものである。もしかして、世の中には未だ嘗て畳に触れたことがない、というような若人が出現したりしているのだろうか。畳を知らない日本人。売らんかな、という類の本の帯にでもなりそうですな。

 一頻り澤乃井で喉を潤したら、畳の上でごろごろするのが何よりでありますなあ。この味を知らずにいるなんて、何とも勿体ない話であります。

投稿者 nasuhiko : 20:37 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月29日

icon一転して


 昨日は暑くて暑くて、暑くて暑くて、どうなってしまうのだろうかと思ったのだが、今日になってみれば、なあに、何てことはない。ごく常識的な梅雨の終わりの風じゃありませんか。昨日が昨日だけに、何となく涼しいような、爽やかなような気さえするから、人間というのは可笑しい。それにしても、天気というやつは気紛れですなあ。
 朝までの雨があるから、水遣りは不要である。不要であるけれど、ハバネロ殿の御機嫌伺いに小庭に出る。連日の熱さが効いているのか、どうも元気な様子に見える。結構なことである。一時期はどうなってしまうのかと思ったし、今だって、未だ未だ虫喰いがたくさんあるので、そうそう楽観はできまいけれど、どんどん元気になってきたような気がしますな。これで、真夏になれば、南米と同じとは言わないまでも、それなりに日光が激しく照りつける日々が続くのであるから、セニョールくんも輝きを取り戻すのではないかと期待したい。期待しています。
 そんなことを思いながら、なおもうろうろしていたのだが、痒い。足が痒い。肘が痒い。首の後ろが痒い。何たることか、急に涼しくなったもので、虫除けのスプレーを付けるのを忘れていたのである。慌てて部屋に戻ってみてみれば、そこら中、蚊に喰われ捲っている次第。嗚呼、痒い。間抜けな私でありますなあ。虫刺されの軟膏を取り出して塗るけれども、まあ、後の祭りである。被害を少なく収めることはできようけれど、軟膏を塗ったとて痒みが立ち所に消滅する、などという訳にはいかないのである。雨模様が続いて、蚊たちも食事がなくて困っていたのであろう。そんなところに、普段なら嫌な匂いのスプレーを塗りたくって蚊取り線香を持って登場するじじいが、手ぶらで妙な匂いもさせずにのこのこと現れたものだから、しめた、とばかりに、昨日までの分まで取り戻そうとむしゃぶりついたのかもしれない。蚊というものも大変だね。私が表に出なかったら、今日も食べるものもなく、ひもじい思いをしていたのだろうか。そんなことを考えていたら、少しぐらい蚊に喰われたってかまわないような気がしてくる。まあ、実際のところ、蚊に喰われたってかまわんのだけれど、問題は痒みである。蚊が痒みを起こさぬように吸ってくれるなら、毎日いくらでも吸わせてあげるのだけれどねえ。

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2005年06月28日

iconあまりにも


 暑い。あまりにも暑い。暑い。じっとしていても暑いし、うろうろしていても暑い。しかし、未だ六月。こんな時期から冷房なんぞをつけるようではすぐに膝や腰が痛くなるのは必定なので、扇風機の風を浴びることにする。しかしですよ、その風が熱いのである。もわーっと熱い風がびやーっと吹いてくる。これではむわむわして気持ち悪いばかりだから、と、扇風機のつまみを微風から涼風に変える。それでも、未だ暑い。何糞、負けるものか、と強風にしてみる。嗚呼、けれども、未だ風は熱いのである。しかも、強い風に当たっていると、ものすごく疲れますな。風に当たるのは何とも疲れる。仕方がないので、また微風に戻してみるけれど嗚呼、これでは埒が明かない。

 年々、東京の夏は暑くなりますな。実にどうにも堪え難い。嘗て、冷房がない時代には、どうやって過ごしていたのか、と振り返ると、やはり、別にどうということもなく、暑い暑いと口にし、実際、暑い暑いと感じてはいたけれど、ばたばたと倒れてどうかなるということもなく、今日に至っている訳である。あの頃は、人間が総じて丈夫だったのかというと、まあ、多少は、今よりは丈夫だったかもしれないけれど、それほど大きな差がある訳ではなかろう。問題は人の側にあるのではない。世間が暑くなっているのではなかろうか。いやあ、暑い。あまりに暑くて考えが纏まりません。
 木々が減って家が建ちビルが建ち、舗装道路がいっぱいできて車がそこを走り回り、その家でもビルでも車でも冷房を強烈に効かせている。つまり、相応する熱を戸外に放り出しているに相違ない筈だからして、気象庁の記録ではどうなっているのかはわからないけれど、東京は絶対に以前より暑くなっているに決まっている。まあ、老い耄れてきて堪え性がなくなって、僅かな暑さでも我慢ができずに暑い暑いと愚痴を零し、暑い暑いと泣き言を漏らしているという部分がないとは言わないけれど、やはり、世間様が暑くなってきているのがいけないのである。暑い。嗚呼、暑い。

 このまま冷房をつけずに何日頑張れるだろうか。ううむ、暑い。しかし、あれだね、独居老人、熱中症で死亡、なんてことになりはしないかね。この部屋の温度は尋常ではないからね。嗚呼。何とも。

投稿者 nasuhiko : 18:45 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月27日

icon千葉さん?


 昨日のNHK杯を中途から、寝惚け眼で眺めるともなく眺めていた。些かの宿酔の気味があり、いつにも況して、ぽんこつな頭がぼわんぼわんしている。そのうちに、司会のお嬢さんが、先日の名人戦の千葉女流王将ではないか、と気づいた。NHK杯の司会もしているとは気づきませんでした。もしかして、今までも、千葉さんだったのに、この老い耄れは気づかずにいたのだろうか。そう言えば、記憶の中では、NHK杯の司会はいつまでたっても山田さんのような気でいたが、よくよく考えれば、そんなのは遠い昔のことではなかろうか。頭の中が取っ散らかっているもので、記憶がごちゃごちゃしてしまっている。もしかすると、もう何度も何度も拝見しているのに、こないだの名人戦まで、彼女の独特の味わいに気がつかなかった、とういことも、大きにありそうな話である。全く見る目がない。
 妙に親近感を持って眺めていたところ、何と、対戦者のお一方が千葉さんという棋士である。はは、まさかねえ、と思っていたのだが、秒読みに入って手が遅いと、妻としてはもっと早く指してもらいたい、などという発言をなさった。ははあ、これが御主人でありますか。おっとりとして聡明そうな顔つきの、どことなく含羞んだ風情の青年である。お似合いの夫婦でありましょう。しかし、あれですな、御主人が勝負しているのを奥方が司会しているというのも、不思議な光景ですなあ。そりゃ、秒読みになったら、早く指して、早く指して、と心中穏やかじゃないでしょう。職場結婚の中でも格別に不思議な関係なのじゃなかろうかね。
 結局、あの、洒落者の島さんに千葉青年が勝ったので、また今後も御主人の試合を奥の方が司会するという場面が見られることになる。本筋からずれた楽しみ方だとお叱りを頂戴しそうだけれど、楽しいものは楽しいのであるからして致し方がない。大いに楽しませて戴く所存。
 女流王将ということであれば、千葉ちゃんの扇子も出ているのではないか、と将棋連盟のホームページを覘いてみたけれど、ありませんな。将棋連盟てえところも、のんびりしておりますな。女流の扇子を購入しても、羽生扇子と衝突する可能性は限りなく低いだろうから、どちらを応援しようかと悩む心配はないでしょうな。けれども、はは、売っていないのじゃ、買うこと能わず。心配以前の問題である。孰れにせよ、暫くは千葉女流王将も応援していこうと思うぽんこつじじいであります。

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2005年06月26日

iconハバネロ22:続・足元


 相変わらず、どうすれば良いのかさっぱり判らないまま、セニョール・ハバネロの育成に励む老い耄れ、ここにあり。
 気が向いた時に、何か学べないだろうか、とあちらこちらを渉猟してうろうろしたり、縁側に腰掛けてあれこれと考えてみたり、実物を間近に睨め付けたりしてはいるけれど、解決策はみつからないのである。唸るばかりで埒が明かない。
 昼前に、ぷらりと福寿庵に寄り、笊と酒。坂本くんはいない。最近はいた例がないけれど、一体、何をやっているのだろう。まあ、元気なのだろうから、結構なことではある。しかし、何だね、蕎麦を啜っていても、セニョ殿のことが気になるんだから、嫌だね、どうも。まるで取り憑かれているようである。
 うじうじうじうじと考えた結果、やはり、あの、根元のところが深く埋まり過ぎているのがいけないのだ、という気になる。勿論、根拠などないが、何となく、直感として、変ではないか。土の中から葉っぱが生えてくるなんて、そんな妙な話は聞いたことがない。
 ということで、根元の土を少し掻き出して、擂鉢状に真ん中に向かって地面が下がっていくような具合にしてみた。どうだろう。これで、少しは改善するだろうか。ハバネロ殿には何としても頑張って戴きたい。
 ところで、なだらかな勾配になるように土を弄くっている時に気づいたのだけれど、団子虫ですか、あの、触るとくるくるっと丸まっちまう虫が、随分たくさんいますな。ふと疑問に思うのだけれど、あれてえやつは、葉っぱを齧ったりはしないのかね。まあ、葉の上をうろうろしているのを見たことがないから、関係ないとは思うのだけれどね。

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2005年06月25日

icon名人戦、ああ無念


 昨日は、生放送を見ながら呑み過ごしたために、案の定、深夜の結果発表まで起きていることは叶わなかった。それで、まあ、朝刊を見た訳であるが、嗚呼、羽生先生は勝てなかったのでありますなあ。私がふらふらと煽いだ扇子の起こす神風が足りなかったのかもしれん。残念だけれども、仕方がない。未だ未だ先生はお若いのだし、今後も機会は幾らでも訪れましょう。慰労会というのか、次回の成功を祈念するというのか、兎にも角にも、杯を干し、お疲れ様でしたな、と申し上げたい。先方では何のことだか判らないかもしれないだろうけれどね。こちらとしては、名人戦の名勝負に、きちんと鳧を付けたいのである。羽生先生の御健闘を労う会、というような看板を立てて酒を呑むのが何となく嬉しい、という幼稚な気持ちもなくはないけれど。

 しかし、こう暑いと気力が出ませんな。NHKは何故勝負の始まりから終わりまでを生放送しないのか、と、文句をつらつらと嫌みたらしく綴ろうかと思うのだけれど、暑さで筆が重い。喉が渇いて、ついつい澤乃井を口に運ぶ回数が増えるもので、酔いが進んで頭がもわもわしてくる。尤も、これだけ暑ければ、酒が抜けるのも早いのじゃなかろうか。いや、まあ、そんなことはどうでも良いのだけれどね。あれですよ、例えば、野球ですな。野球が悪いとは言わないけれども、毎日のようにやっておるもので、格別珍しいというものではない。なのに、である。試合が終わらなければ放送時間を延長したりしてね。一年に何百試合もあるだろうに、それでもそんなに優遇しておる。サッカーやテニスの試合だって他の番組を潰して延長したりしている訳である。然るに、将棋の、しかも、年に一度こっきりの最も権威のある名人戦でさえ、朝に一時間、夕方二時間しか、生放送をしないなんて、途でもない話ではないか。結果が知りたきゃ夜半のダイジェスト放送を見ろ、だなんて、ずうずうしいにも程がある。夕方の生放送が終わってしまい、生酔いの生枯れじじいの生煮えの心がむらむらとして、云わば、生殺しの状態。NHK、許すまじ。

 この悔しさを払拭するために、来年は、会場まで見に行ってみようか、と思ってみたりもするけれど、実際のところ、伊豆の河津町というのは如何にも遠そうであるし、出不精の枯れ木じじいが、そのような遠い地に自力で辿り着けるかどうか非常に怪しい。そんなことより、NHKが最初から最後まで責任を持って放送してくれさえすればそれで万事片が付くのである。何とかならんものか。

投稿者 nasuhiko : 18:39 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月24日

icon名人戦最後の一戦


 本日は忘れませんでしたぞ。朝の放送には間に合わなかったけれども、夕方の二時間はきちんと拝見させて戴いた。勿論、羽生扇子を振り振りの観戦である。尤も、蒸し蒸しと暑いものだから、扇子如きでは埒が明かず、途中からは扇風機の力を借り、扇子の方は涼を求めるというよりは、ただただ羽生先生を応援して神風を起こすためだけに用いたような具合である。因に、今現在も、時々、ぱたりぱたりと応援の風を送っている老い耄れである。

 あれこれの人々が次々に登場して、ああでもない、こうでもない、と説明しながら、駒を動かしては元に戻し、というのを繰り返す訳であるが、どちらが優位とも言い難い、相当にややこしい局面であるようであった。此方人等、形ばかりしか将棋を理解していないじじいであるからして、仮に、簡単な局面であったとしても理解できないことには変わりがない。暢気なものだ。兎にも角にも、有り難い解説を拝聴しながら、ほほぅ、左様ですか、成程、ううむ、などと、相槌を打つのである。そして、扇子を振るのである、少しでも、羽生先生に追い風が届くようにと。
 それにしても、司会の千葉さんというのは面白い女性ですな。聞けば、女流王将というではないか。お若いのに立派なものだ。そう言えば、数日前の夕刊の囲碁将棋の欄にインタヴュウが載っておりましたな。そうだ、そうだ、そうであった。思い出しましたよ。あの記事では、格別の印象を持たなかったけれど、今日は独特の話し振りで大きに楽しませてくれました。康光くんなんざ、それこそたじたじと言ったところか。尤も、たじたじとしながらも、それでいながら、どこか飄々とした風であり、流石は康光先生と言ったところ。好感の青年という風情。けれども、彼はこれから連続して羽生先生とタイトルを競うことになる訳であるからして、私、暫くは康光先生を敵と見做させて戴く。応援しません。

 勝負の行方はどうなるのだろう。どきどきしますな。結果は深夜のダイジェストを見ろ、なんぞと言って、番組が終わってしまったが、全くNHKともあろうものが、そんなことで良いのか。大分楽しく呑ませて戴いてますからね。かなり回ってきました。此方人等、そんな時間まで起きていられそうにないんだよ。結果はまた新聞で見ることになるのだろうか。ううむ。そして、また、朝日新聞は主催者が毎日新聞だということで、心狭く、小さい記事しか載せないのであろうか。第六戦なんざ、まるで報じられなかったですからね。酷いもんだ。日本の文化を支えようという気概がないんでしょうな。朝日も廃れたもんだ。情けない。早くも眠くなってきた。真夜中まで起きていられるだろうかねえ。無理だなあ。

投稿者 nasuhiko : 19:00 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月23日

iconハバネロ21:足元


 相も変わらず、セニョール・ハバネロの調子が宜しくない。正直に申せば、下り坂をごろりんごろりんと転がり落つるような具合に思えて仕方がない。ぱきっと折れたところに関しては諦めているし、弱り具合全体から考えれば、真っ二つに折れたことなど、重大事ではないような気がしてきている。そんなことよりも、兎にも角にも、何か対策を立てねばいかんのである。手を拱ねいているばかりの自分が実に情けない。
 ということで、例によって、インターネットの荒波を渉猟したのだけれど、あれですな、「ハバネロ」を調べると、「暴君ハバネロ」というお菓子のことばかりが出てくる。あとは、缶詰みたような育成キットとかいうもの。苗から先の話は滅多にないのでありますよ。この国でハバネロを育てようというのは意外と難しいのかもしらん。そんなことをぶつぶつと呟きながら、何時間かうろうろした結果、先日コメントを戴いてから、ちょこりちょこりと拝見させて戴いている「ゆきのブログ」さんの中に、ちょいと気になるものを発見。ゆきさんはハバネロを間引かれておる。その写真の、足元のすっきりした姿がなかなか良さそうな気がしたのである。良さそうだ、などと、偉そうなことを言っているけれど、何が何してなんてことは何も判らないのである。けれども、何となく、直感として、あの、すうっとした足元が良いのではないか、と思い込んだ次第。
 早速、我が家のセニョ殿の地面間近の枝を鋏でちょきりちょきりと刈り込んでみた。ところが、どうも、うちのはすっきりしないね。よくよく見てみると、何だか、地面の中にめり込み過ぎのように見える。地面の中から葉っぱが生えてくるような、ね。これで、おかしくないのだろうか。ううむ。不思議な図ですなあ。

投稿者 nasuhiko : 18:09 | コメント (2) | トラックバック

TBありがとうございました!

ハバネロ難しいですね。うちのハバネロは、肥料の与えすぎという初歩的な痛いミスでただいま丸坊主状態...

おたがい実を収穫できるといいですね!

投稿者 yuki : 2005年06月25日 23:34

 ハバネロてえものは、何とも気難しいもののようでありますな。こちらが毎日毎日悩んで、あれこれしているのに、少しもうまいこといきません。何とか、実が生るところまで辿り着けないものか、と祈るような心持ちです。

茄子彦拝

投稿者 茄子彦 : 2005年06月26日 18:44

2005年06月22日

icon振り仮名


 読めない漢字に出合うと読む気がなくなります、というメールを戴いた。御尤もである。私も、自分の書いたものを読み返していて、読めない漢字に出会すことがある。莫迦である。自分で書いたのに読めないなんて、一体、どうなっているのか。どうなっているのか、というと、それはマックが色々と漢字に詳しいところに原因がある。書いている時に、あれこれと変換した漢字を表示してくれるので、その中から、自分の気に入ったものを選ぶのであるけれど、その際に、そうそう、こんな漢字であったなあ、と、記憶の彼方で眠りかけていたような字、紙の上に萬年筆で書いていたらとてもじゃないが書けないような字、そんなものが、楽々と選べる訳である。例えば、蛞蝓。これはナメクジであるけれど、そう言えば、こんな漢字でしたね、と。この字を眺めているうちに、これこれ、これですよ、などという気持ちになって、採用する、というような具合である。そうすると、また、いつか読み返す時に読めなくなったりする訳ですな。だったら、簡単な文字だけにすれば良かろう、とも思うのだけれど、しかし、ややこしかろうと、読み方を忘れる可能性があろうと、使いたい漢字は使いたい。当たり前だ。けれども、他人様に読んで戴くのに、記憶の倉庫の奥深くから埃を被った漢字を引っ張り出してきたりしては不親切極まりないとも思う。ううむ。

 ううむ、ううむ、とあれこれ悩んでいたのだけれど、考えてみたら、解決方法は簡単である。振り仮名を振れば良いではないか。今までそこに思い至らなかった自分が、寧ろ、莫迦みたいである。そうしたわけで、あれこれとやってみているのですけれど、どうしても振り仮名ができません。どうなっているのだろう、と、あれこれインターネットを調べてみたけれど、わからない。ううむ。
 目がしょぼしょぼするまで齷齪してみた挙句、解決策が見つからないとなると、本当にうんざりしますなあ。目は疲れ、肩は凝り、気分は滅入る。陸なものではない。もう今日は止めにしますけれどね。骨折り損の草臥れ儲け。そんな言葉を暫く振りに思い出した。草臥れ、と書いて、くたびれ、だなんて、これも、読めない漢字の一つですよ、という方もおられるかもしれませんな。

投稿者 nasuhiko : 16:10 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月21日

icon嗚呼、名人戦


 ハバネロの様子を見に師匠がお寄りになった際に、羽生が勝ちましたねえ、と仰った。それで、名人戦の結果を知ったのである。何たることか。またもや、である。またもや名人戦を見逃してしまった。しかも、数日前のことだという。悔しいですなあ。羽生扇子を振り回して応援がしたかったのに……。実に残念である。こんな老耄の応援なんぞなくとも、羽生先生は勝たれた訳であるから、良かった、良かった、と素直に喜ぶべきところである。けれども、今回も又、私の応援が不要なのだ、ということが証明された形になる訳で、些か、不貞腐れたいような心持ちになる。心の狭いじじいだ。気持ち良く祝福できないものかねえ。
 これで三勝三敗と相成った訳であるからして、次回は、愈々決着が付くことになる。今度こそ、テレビに齧り付いて応援せねばなるまい。その為に、将棋連盟のホームページに行って、日程を調べましたとも。今月の二十四日が決戦の日である。もうあと三日しかない。忘れないようにしませんとね。私は私で忘れぬように頑張るけれども、将棋連盟とNHKももそっと宣伝してくれればその方が余程良いのだけれどね。前日や当日にしつこくコマーシャルを流したり、新聞にでかでかと広告をうったりしてくれれば、如何にぽんこつ頭の私でも見逃がしたりはしないだろうと思う。
 それにしても、何故、今回は新聞にも結果が載っていなかったのだろうか。そんなことが許されるのだろうか。将棋と言えば、日本の知の国技みたようなものじゃありませんか。その中の最高峰の名人戦に対する扱いが小さくて良い訳がない。許せない話である。朝日新聞に抗議の手紙でも送ってみようか。最近、素人にも取っ付きやすい将棋や囲碁のページができて結構なことだと思っていた矢先に、何なんでしょうな。主催が違うとかそういう問題でもあるのだろうか。だとしたら、嘆かわしいことである。ううむ。

投稿者 nasuhiko : 18:20 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月20日

iconハーンをもう一枚


 先日購入した『ブラームス/ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲』が大変素晴らしかったので、彼女の作品をもう一枚購入しましたよ。今度は『エルガー:ヴァイオリン協奏曲』であります。例によって、大きな音で繰り返し聴いているのだけれど、これが、良いのですなあ。いやあ、素晴らしい。今まで、エルガーという人の音楽をちゃんと聴いた覚えがなかったし、何とはなしに、在り来たりの、ぱっとしない作品なのではないか、というような、妙な先入観を抱いていたのである。名前や外見で人を判断してはいけない。そんなことは百も承知なのであるけれど、人間てえものはね、口と手が揃わないというか、理屈と行動が釣り合わないということが間々ある訳で……と、これは、みともない言い訳である。止したが良かろう。
 エルガーのヴァインオリン協奏曲は、厭らしくない甘味がある。じゃあ、どんなのが厭らしい甘味なんだい、と問われると、困るのだけれど、そうですな、例えば、私の趣味で言わせて頂くなら、ラフマニノフですか。ああいうのは、好きません。まあ、向こうだって、お前のようなじじいなんぞに好かれたくないよ、と申しておるでしょうけれどね。クラシックの素養があまりないので、上手に説明できないけれど、そんな風に思う。甘味が、こう、何と言うのか、すうっとしていて、平常心なのである。ああ、何が何だか判らなくなってきた。遥か彼方の小さな村に、王女様などではなく、村一番の美女といった感じの女性がおり、その慎ましやかな美に魅了され、そちらに向かって一歩一歩堅実に進んでいくような……って、何を言っているんだろうね。どんどんおかしな説明になっちまう。老人の妄想は止処がなくて嫌だね。

 しかし、まあ、何だって、こんなに若いのに熟成されておるのでしょうなあ。こんなに素晴らしいと、明日を迎えるのが不安になったりしないだろうか、と、又、例によって、余計な心配をば。

投稿者 nasuhiko : 18:06 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月19日

iconハバネロ20:哀れ


 やはり、折れたものを地面に直接植えたところで、駄目であった。折れる以前の状態にあってさえ、虫に齧られ捲っており、生気を失った状態であったのだからして、予想されていたこととはいえ、残念である。あとは、残った下半分の本体の再生を祈るばかり。

 折れて倒れて萎れた上半分の哀れ。眺めているこちらまで熟と萎れますなあ。気力が出ない。

投稿者 nasuhiko : 19:13 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月18日

iconハバネロ19:悲劇


 衝撃である。あろうことか、ハバネロがぽっきり折れてしまった。我が目を疑う。我が目を疑って、何度も何度も目を擦り、小庭をうろうろして、また目を擦る。そんなことを繰り返してみても、目に映る光景は覆らない。嗚呼、本当に折れてしまっているのである。夢であれかし、と念ずる心がどうにも虚ろである。何ということになってしまったのか。折れたところをじっくりと眺めてみると、ぱきっと勢いよく割れるようになったのではないかと見受けられる。幾らセニョールが弱っていたからといって、自ずとこのような形で倒れる筈はない。何か外部に原因があるに違いない。ううむ。何だろう。烏の悪戯だろうか。あるいは、宇宙人面したちび猫が蜥蜴を追い掛けて走り回っているうちに、セニョ殿に衝突してしまった、ということだって、あるだろうか。この小庭に誰かが入り込んだという形跡はない。ううむ。何とか頑張っていたセニョ殿に申し訳ない気持ちで一杯だが、まだ、全てを失った訳ではないのである。残された下半分の身体で、暑い暑い夏の到来まで、何とか頑張って頂き、南米に通ずる高い気温と陽射しに力を得て、元気になってもらいたい、と切に願う老い耄れであります。そうだ。折れてしまった上半分だって、地面に植えてみれば再生しないとも限らない。駄目で元々、出来るだけのことは試みなければいけない。

 午後になって、是田大師匠に報告というのか、お詫びというのか、兎にも角にも、電話を差し上げた。電話口で、はあはあ、なるほど、わかりました、と仰る。「ぼくが育てていても同じ結果になったでしょう。それに、完全に枯れてしまったわけではありませんから、これからに賭けましょうよ」というお言葉。勿論、明日からも頑張るつもりだということをもごもごとお伝えしたのだけれど、頑張る心は大きにありながら、その方法が判らないのである。全く途方に暮れますよ。取り敢えず、ハバネロくんの再起を祈念して杯を干しましたが、私の祈りは通ずるのか。そもそも、どこに向けて祈っているのか。ううむ。もう一杯、祈念の杯を重ねましょう。……更に、もう一杯……もう一杯……。

投稿者 nasuhiko : 20:39 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月17日

iconハバネロ18:無残


 嗚呼、セニョールが愈々弱ってきているように思われる。周囲の草木を見る限り、水に濡れた葉はどんなものであれ、少しは瑞々しく活き活きとした緑に見えてくるものだけれど、セニョ殿の葉はいけません。こう、何というのか、覇気がない。しょぼくれたようになっている。あちこち齧られまくっているのは相変わらず。しかし、それよりも、しょぼくれ具合が気にかかる。齧られていることよりも、やはり、日光の不足、気温の不足が元凶なのではなかろうか、と思うのだけれど、だからといって、この天候をどうにかするような超能力を持ち合わせている訳ではないので、如何ともし難い。困った、困った、と呟きながら、うろうろと歩き回るのが関の山。全く以て不甲斐なく、全く以て情けない老い耄れである。
 それにしても、ハバネロくんの葉っぱは人気がありますなあ。この小庭にあれこれとある草の中で、一番の人気者である。他にも幾らか齧られているものもあるけれど、どれもハバネロ程ではない。南米からやってきて、この地の風土に馴染めずに苦しんでいるのに、迎える土地の者どもは、外来の唐辛子の王に臆することなく、どんどんむしゃぶりついていく。この対比が何とも不思議ですなあ。そんなことに感心している場合ではないのだけれどね。
 師匠によると、今年は蟻巻が大量発生して東京の彼方此方で植物に大きな被害が出ているそうな。虫喰いの犯人が蟻巻なのか蛞蝓なのか、将又、他の者なのか、未だ判然としないものの、孰れにせよ、こんな年にやってくることになってしまったのは、セニョールくんにとっては因果な巡り合わせだとしか言い様がない。だが、しかし、私は決して諦めてはおりませんぞ。諦めてはおりませんけれど、どうすれば良いのか方策が知れず、どうにもこうにも途方に暮れているのであります。何とも滅入りますなあ。はぁ。

投稿者 nasuhiko : 19:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月16日

iconのこるものは


 貴ノ花があのような若さで亡くなって、大きにびっくりしていたのであるけれど、その後の、あの息子たちに代表される揉め事のあれこれにはつくづく驚かされますな。一体何をやっておるのだろう。

 人が亡くなったあとに何が残るのか。運が悪くなければ、お骨が残る。そして、主義、宗派などによりけりで、お墓や位牌などが残りましょう。そういう物質的なものだけではない。忘れていけないのは思い出であります。良いことも悪いこともあろうけれども、どちらかと言えば、良い思い出が多く残るもの。というより、悪い思い出は、その死と供に、もうどうでもいい過去となってしまうので、思い出すことがなくなるのではないかしら。世間一般に於てそうだとは言えないのかもしれないけれど、私に関して言うならば、そういう気がする。良い思い出は繰り返し繰り返し思い出して、ますます良い思い出として心に深く刻み付けられ、その度に新鮮なものとなる。けれど、その所為で、思い出す度にその人を失った悲しみが胸に沁み、結果的には涙することになったりして、莫迦みたいだけれど、それでも思い返さずにはいられない。思い出の良いところは、誰かの所有物たる必要がない、というところですな。例えば、私がマリの思い出を大事に胸の奥にしまっていても、他の人々だって、マリの思い出をそれぞれに抱くことができる。であるから、思い出を巡っての相続争いなんざ起きませんよ。
 思い出は何人も自由に持つことができるし、数に限りもない。ところが、人てえものは、生きて死ぬるに当たって、往々にして、某かの金品を遺す。そこが混乱の始まりですか。
 孰れにせよ、死というものは、亡くなった当人のものなのではなく、生き残った者たちのものなのか、と思わざるを得ない。それが真実なのかもしれないけれど……。

 嗚呼、汝が死は誰のもの。
 嗚呼、我が生は誰のもの。

投稿者 nasuhiko : 19:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月15日

icon若きお相撲さんたち


 ワイドショーで頻々と取り上げられるせいで、貴ノ花や二子山部屋のことを、ついついぼんやりと考えてしまう。息子たちの争い事はどちらに理があるのか、あるいは、どちらにも理がないのか、何だかわからないけれど、兎にも角にも、私の目には醜くしか映らないので、もう見たくない。なので、彼らが映ると慌ててチャンネルを変えてしまう。そして、他のことを考えようと思うのだけれど、ついつい、あれこれと貴ノ花や二子山部屋に纏るあれこれを思い返してしまうのである。

 マリとの散歩の帰りにふらりと寄る喫茶店があった。今はなくなってしまったけれど、本当に美味しい珈琲を淹れてくれるお店だったのである。また、サンドイッチやスパゲッティのようなものも美味しくて、良いお店でしたなあ。私はそこでウィンナー珈琲をよく飲みました。家内は、フレンチ・トーストとキリマンジャロだか何だかをよく頼んでいたように思う。まあ、そんなことはどうでも良い。当時は、この界隈には二子山部屋と花籠部屋があり、町中で頻繁にお相撲さんを目にしたものでありました。その喫茶店でも幾度となくお相撲さんたちを見かけたものですよ。昨日、そんなことを、突然、思い出したのであるけれど、お相撲さんたちは珈琲を飲みに来ていたというよりも、煙草を吸いに来ていたのですな。奥の隅のL字型のソファみたような席があって、そこに腰掛ける。ずうんと椅子が沈む。で、何をするかというと、壁に掛かっている絵の額の裏に手をのばし、煙草とライターを取り出して、一服始める訳であります。ははあ、若いお相撲さんたちはきっと部屋では吸わせてもらえないので、ここに来てこっそり吸っているのだろうなあ、と。大きい身体を丸めて、少しは目立たないようにしているような風情が何とも愛らしいようで。そんな光景を何度も見かけました。思い出すと懐かしいですなあ。考えてみると、中学を出てすぐに親元を離れて入門していたのだろうから、彼らは未だ未成年だったのかもしれませんな。愛らしく見えたのも尤もなことなのかもしれない。煙草なんか吸っていて、強い力士になれただろうか。その後、一人前の相撲取りになって故郷に錦を飾れたのだろうか。余計な心配なのでしょうけれどね。

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2005年06月14日

icon素麺


 蒸しますな。まあ、それが日本という国の六月なのであって、今に始まったことではない。こんなことを何十年と繰り返しているのである。恐らく、私の生まれる前だって似たようなものであった筈だから、何百年、あるいは、何千年、と、この蒸す季節がやってきているのでありましょう。
 こう蒸してくると、そろそろ素麺の季節かね、と思いますな。素麺にも色々あれど、揖保乃糸が好きな私である。というより、揖保乃糸以外には満足できる素麺に出合ったことがない。尤も、素麺食べ歩き日本縦断などということを試みた経験がある訳ではないし、第一、店屋に入ると蕎麦を頼みますからね。考えてみると、私の素麺経験なんざ高が知れている。不思議なことに、お中元にいただくのも揖保乃糸ばかりだからね。自ずと、揖保乃糸ばかりを何十年も喰い続けている。偶に、他の気取った素麺が届くようなこともありますな。そういうことが近年増えている。各地の名産の類が、日本中を飛び交っているのでありましょう。これもインターネットのお蔭だろうか。そうかもしれない。まあ、インターネットはどうでも良いのだけれど、そういう、格別の素麺といものをお贈りいただけば、揖保乃糸一筋の私とて食べてみますよ。そりゃそうだ。そして、実際、往々にして美味いのでありますな。みんな、美味い。大変美味い。けれども、麺のしこしこつるりとした感触がないのであります。その点、揖保乃糸が優れている。これは比較にならない程であります。もし、あれ以上のものがあれば、是非、お教え戴きたい。
 ところで、素麺といのは何故品書きに載らないことが多いのだろうか。夏になれば、冷や麦だの、冷やし狸だのを追加する蕎麦屋は多いし、中には、蕎麦屋の癖して冷やし中華を出すような不可思議な店さえある。けれども、素麺を出すところは存外少ないのではないか。その所為ですかね、素麺は家庭で食べるもの、という印象が強い。それに、素麺は何故か晩飯に食す気にはなれませんな。おかしな話だ。蕎麦なら良い。けれども、どうも、素麺だと宜しくない。そうそう、素麺だと酒を呑みたくならないのも不思議でありますなあ。蕎麦なら、澤乃井をきゅうっといきますか、と、極々自然の流れであるのにね。こう考えてみると、素麺てえものは、意外に頑な食べ物なのかもしれませんなあ。

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2005年06月13日

icon梅雨入りしているそうだけれど


 嗚呼、梅雨に入ってしまうのか、と嘆いていた。そして、事実、梅雨に入ったという。けれども、これが意外と降りませんな。天気予報なんざ、昔から当たらないものだったし、今だって当たらない。尤も、そんな気になるのは、外れたときのことばかり印象深いからかもしれない。考えてみると、天気予報士というのは、因果な商売ですな。当たったからといって、大して誉められることなどないのに、外れたとなると大きに非難される。しかも、商売敵の面々の予想だとて、多くの場合、大差がない訳であって、優劣が判別し難く、名を成すのは大変難しい。尤も、逆に考えれば、悪い意味での評判が立つことも余りないのかもしれませんがね。誰もが似たような勉強をして、似たような予報を出すということであれば、では、一体、私というのは何者か、と、そんな悩みを抱えたり……しないのでしょうな。
 ちょいと散歩をするだけで、今日は、大変であった。むわむわと暑いし、べとべとするし、ぐったりして公園のベンチで一休みしていたら、頭の上に、ちっちゃい虫がたくさん集まってきた。彼奴等の目的は何なのだろうか。特に、攻撃してくる風ではない。にも拘わらず、広い広い空間の中で、態々、このじじいのもやもやした頭の上に集合するのには何か意味があるに違いない。敵はちっこいちっこい虫であるし、刺してきたりする訳でもないので、恐ろしいとは思わないが、何を考えているのか判らないということは、漠然と不安を掻き立てますな。尤も、このちっこい虫たちに限らず、虫という虫、鳥という鳥、猫という猫、などなどなどなど、この世の中には何を考えているのか判らない者どもが大集合しているのである。考えてみれば、人間にしたって、何を考えているのか判然としない者がたくさんいる。例えば、古市くんなんぞは、彼此六十年以上にも及ぶ付き合いであるのに、未だに何を考えているのか理解できないことが屡々である。身近じゃないところでも、政治家の考えていることなんぞも理解できないことだらけではないか。同じ人間同士であってさえ、理解ということは事程左様に難しいものであるのだからして、ちっぽけな虫くんたちと判り合えないのは、寧ろ、当然のことであろう。放っておくに限る。放っておくに限る……とは思うものの、頭の上をふわふわゆらゆらされると気になるのですなあ。何という虫たちなのだろうか。せめて、名前だけでも名乗ってもらえないだろうか。勿論、誰一人として名乗る者などおらず、ただ、極々小さくぶううんぶううんという羽根の音がするばかり。

投稿者 nasuhiko : 18:08 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月12日

iconパン焼き器2


 昨晩は調子に乗って、三枚も焼いた。せっせとパンを入れていったとこころ、件の道具の収容枚数は三枚だったという訳である。けれども、私の胃袋の収容枚数は然程大きくない訳で、迚もじゃないが、そんなにパンばかり喰えたものではない。一枚を食べ終わり、二枚目を齧り始めたところでうんざりして、殆ど丸々二枚を残してしまった。こんな歳になっても、自分の腹の容量さえ正しく見積もれないなんざ、何ともみともない話である。それに、食べ物を残すのは気分が良くない。気分が良くないけれども、満腹以上に喰う苦しみを味わいたくもない。結局、今朝になって、庭に放り投げることになる。そうすると、どこからともなく、鳩がやって来るのですよ。椋鳥もやって来る。雀だってやって来る。連中は、パンを好きですな。バターやジャムが塗ってあってもお構いなしである。もしかしたら、その方が好きである可能性だってある。何はともあれ、無駄にならずに良かった。急いで喰い給えよ。のろくさしていると、ちび猫がやって来て、君らの安全を脅かすことになるぞよ、と、御忠告申し上げるが、まあ、ねえ、相手は鳥ですから、此方人等の気持ちなんざ、通じる風ではない。
 しかし、あれだね。暫く振りに食べるパンは意外に美味いね。バターの塩っ気と苺ジャムの甘味の組み合わせというのは良くできている。塩梅が大事だけれどね。ああ、そうだ。珈琲も買ってくれば良かった。抜かりました。それとも、紅茶かね。いや、珈琲だね。マリは珈琲を好きでしたねえ。バターを付けたパンも、お構いなしに、珈琲の中にどぼりと浸して食しておりました。最初は妙に思えたものだが、今となっては懐かしいこと限りなし。嗚呼、珈琲を買ってこよう。

投稿者 nasuhiko : 17:49 | コメント (2) | トラックバック

先日はコメントにお返事をいただきまして,恐れ入ります。
ときに,お写真もご自身でとられているのですか?
昨日のお写真,パン焼き器(きっとオーブントースターのことでしょうね)なんて見慣れているはずなのに,
こんなにおもしろいものだったかしら,と驚いてしまいました。
アングルがいいのでしょうね,とても印象深いものが多くあります。
それにしても,イマドキの“枯れ木”は,ブログを操作できたり,デジカメも駆使したりできるのですね。
感心しきりです(こういうのは年齢ではないのかもしれませんね)。
お天気よくなりますように(当地は雨が降っております)。

投稿者 むじな : 2005年06月12日 19:04

 写真も自分で撮っております。毎日毎日たくさんたくさん撮っております。

 私がこんなことをあれこれとできているのは、一にも二にも若き師匠の御指導と御助力の賜物であります。有り難い話であります。
 それから、他に理由を求めるならば、三年前の白内障の手術のお蔭でもあります。レンズを新品に交換したようなものですから、よく見える。色がきれいに見える。これは素晴らしいことです。

茄子彦拝

投稿者 茄子彦 : 2005年06月13日 18:19

2005年06月11日

iconパン焼き器


 はっきりしない天気がもう一ヶ月かそこら続くのだろうなあ、と思うと、それだけで、うんざりげんなり、嗚呼、厭な心持ちだ。しかし、この梅雨の水の恵み無かりせば、この国に生きとし生ける物は枯渇してしまうのだろう。緑の草木も、虫たちも、勿論、私たち動物も、ね。寧ろ、雨には感謝せねばならぬぐらいだ、と思い込もうとする。けれど、難しい。
 昨日、どたばたと箒で家中を引っかき回しているうちに、放ったらかしになっていた、パン焼き器を発見した。マリが亡くなってから、何とはなしに、次第にパン食生活とは疎遠になって、近頃では蕎麦や豆腐を主食のようにしている。そのせいで、どうということのない草臥れたこの器具が妙に懐かしく思える。少しく磨き上げてやったけれど、少しも新しく見えませんな。まあ、事実、古いものなのだからしょうがない。きちんと動くだろうか、と、コンセントにさしてスウィッチを入れてみたら、むううん、というような音をして赤くなりだした。まあ、こんなものは、電熱線に電気を流しているだけのようなものだろうから、そうそう壊れるものではない。こうなると、急にパンを食べたくなるのだから、私てえ人間は単純にできてますな。

 ぼんやりと生暖かくじめじめした空気の中、のこのこと近所まで買い物に出ましたよ。豆腐やら納豆やら蒲鉾やらといった、毎度馴染みのもの。獅子唐に大蒜、玉葱なんぞ。そして、そして、食パンとバターとジャムと。ふふふ。今晩はパンを喰うのであります。懐かしいですなあ。はは、いつの間にか、機嫌が良くなっている。何とも、単純な老い耄れであります。

投稿者 nasuhiko : 20:43 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月10日

icon暗い空


 雲行きが宜しくないせいか、こう、気が鬱々として塞ぎ気味である。塞ぎ気味である、などと自己分析していると、ますます塞ぎの虫が活発化して悪循環。滅入るばかり。愚痴を零していても限りがないので、何か気が晴れることをしようと思うものの、思い付くものがない。厭だねえ。
 何か気を紛らすようなものはないだろうか、と家の中をうろうろしてみるけれど、何もみつからない。そもそも、うろうろすると言ったって、この狭い家じゃ、高が知れている。本棚を覗いたり何だりかんだりするうちに、自棄糞気味に、掃除でも始めよう、という気になった。埃の積もった脳みその、埃の積もったじじいには、埃が積もった部屋が丁度良い、なんぞと嘯いて、普段は滅多に掃除などしないのだが、人間の心というものは妙なものである。長柄の箒を持ち出して、乱雑にあちらを掃き、こちらを掃き、と、やることが雑なものだから、埃が立つばかりできれいになっていくという気がしない。けれども、行き掛かり上、一通り、掃いてしまわないと気が済まないような気分になっているもので、この馬鹿げた状況、馬鹿げた振る舞いにむかむかしてきているのに、懲りずに、掃き続ける。小一時間ほどもどたばたした結果、掃除は終わったことにした。きれいになったかどうかという点については考えるのは止しておく。きれいになったところもあり、却って混乱が増したところもあり。
 一段落して気持ちよく酒が呑めるかと思っていたのに、乱暴にやっつけたせいで、心の中に波風が立ってしまい、少しも気分が優れない。一体、私は何をやっているのでしょうな。馬鹿馬鹿しくて、馬鹿馬鹿しくて、呆れてしまう。みんな、あの濁った空模様がいけないのである。八つ当たりも甚だしい。気持ちよく呑むどころか、寧ろ、自棄酒のような有り様。自分でも全く訳が判らない。

投稿者 nasuhiko : 22:06 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月09日

iconぼんやり


 日課の水遣り。セニョール・ハバネロの様子は宜しくない。覇気がなく、葉が縮こまっているし、あちらこちら穴だらけである。穴の開いていない葉を探す方が難しいぐらいである。苦しんでおるのだろうなあ、と思う。そんな姿を見ると、如何に吾輩が無力な老い耄れであるかと思い知らされ、泣きたくなる。所詮、南米の地の植物をここで育てようと思うこと自体が無理なのではないか、という気持ちが胸の奥でゆらゆらしているけれど、それを認めてしまっては、未来がなくなってしまう。未だ諦める訳にはゆかないのである。けれども、この町はもう梅雨に垂んとしている。そうなれば益々光は雲に閉ざされることになる。たっぷりと水を得られようとも、光や気温がなくて大丈夫なのだろうか。ううむ。

 明日から梅雨入りだ、などとテレビで述べていた。そうか。本日は、梅雨入り前の最後の長閑な天気なのだな。そう思ったら、この折角ののんびりとした気候をのんびりとした一日として過ごそうという気になり、午後は、陽の届くところで、だらだらと寝転がって本を読んでみたり、転た寝したり、音楽を聴いたり、転た寝したり、ニュースを見たり、転た寝したり、と、ぼんやりと過ごした。
 夕方になって、澤乃井を呑み始めたのだけれど、冷蔵庫の中につまみになるものが全く見当たらない。ない。つまみがないのは構わないけれど、明日から雨が続くのなら、今日のうちに買い物に行っておくべきだった、と後悔を一頻り。まあ、けれども、そんなことはどうでもいい。今日はこのままのんびりぼんやりしたまた過ごしたい老耄であります。

投稿者 nasuhiko : 21:52 | コメント (2) | トラックバック

あなたはどなたですか?
本当はおいくつなのですか?
とてもみずみずしい文体なものですから,
思わず疑ってしまいました(タイトルもうそつき~ですし)。
まるで兼好さんのツレツレグサみたいに,そこはかとなくて。
けれど,本来は,長く生きればこそ,
みずみずしくなっていくのかもしれませんね。
またお邪魔いたします。

投稿者 むじな : 2005年06月10日 22:02

 私のような枯れ木じじいをつかまえて「みずみずしい」だなどと仰いますか。嬉しいような、恥ずかしいような、不思議な心持ちがいたしますな。

 今後もぼつぼつと戯言を綴って参りますゆえ、お暇な時にでも、またお越し下さいますよう。

茄子彦拝

投稿者 茄子彦 : 2005年06月11日 21:04

2005年06月08日

iconヒラリー・ハーン


 さらりと笊を啜ってのんびりとしていたら、玄関で呼ばわる声がする。出ていってみると、女性が立っており、届け物だという。御苦労なことである。判子を渡そうとしたら、判子は結構です、とのこと。アマゾンと書かれている。ははぁ、もう届いたのかい。凄い世の中だね。ヒラリー・ハーンの『ブラームス/ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲』である。晩のテレビを見て感激し、翌朝、インターネットで探して注文する。そして、翌々日には手元に届く。何とも便利な世の中ではありませんか。これも、私のようなぽんこつをインターネットの海に乗り出させてくれた、『日和見』の女将や師匠連のお蔭である。感謝の気持ちを新たにしなくてはいけない。
 繰り返し、轟音で聴いている。これが良いのである。何とも結構。表紙の青色の背景に、肌の色も白いというより蒼いという感じで、このアルバムを見事に象徴していると感心する。素人じじいに出しゃばり口を利かせてもらうならば、こう、何というのか、この音楽はかっかっかっかっと燃え上がる炎というよりは、凍った水面が月の明りに照らし出される輝きとでも申すのか、兎に角、冷たく輝いている音楽なのである。……何だい、この気取った物謂いは。全く以て、厭らしいじじいだよ。
 素晴らしいですなあ。殊にストラヴィンスキーの協奏曲が宜しい。こんな温みのある、叙情的な作品もあったのですなあ。無知というのは恐ろしいものである。ストラヴィンスキーというのは、何となく、もっと、どがしゃかと騒々しく、金属バットで鉄の階段を叩くようなものだとばかり思い込んでいた。

 梅雨間近
  月夜に蒼き
   ヒラリー・ハーン

 少々湿り気味の夜の空気の中、どこまでも透明に響き渡るヒラちゃんの音。嗚呼、もうこんな時間か。これはいくら何でも近所迷惑ですか。

投稿者 nasuhiko : 22:01 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月07日

icon小さい歌


 カバレフスキーの「小さい歌」の練習を漸う始めた。一昨日のヒラリー・ハーン嬢の演奏を観たことに触発されてのことである。あんな素晴らしい演奏には天地がひっくり返ろうとも、到達できる筈もない。けれども、ああ、自分でも何か演奏してみたいなあ、という気にさせるような、演奏だったのである。下手くそだって何だって、同じ阿呆なら踊らにゃ損々、という心境とでも言おうか。勿論、ヒラリー嬢が阿呆だという訳ではないので、念の為。いや、もしかすると、彼女も阿呆かもしれない。普通じゃないからね。何というのだろうか、音楽あるいはヴァイオリンの音というものにではなく、ヴァイオリンを演奏しているという行為にのめり込んでおり、その一方で、冷ややかに演奏全体をコントロールする別のヒラリー嬢がいる、というように、見受けられた。つまり、踊る阿呆と観る阿呆の両方を一人の女性が同時に達成させているわけであって、そんなことが出来るのは、神懸かりか阿呆に決まっている。……などと言うと、また、耄碌じじいが勝手なことを言っているよ、厭だねえ、という声が何処からともなく……。
 莫迦なことを言っていると限りがないので、敬愛するヒラちゃんのことは措いておくとして、「小さい歌」である。この曲は、僅か十七小節、楽譜に付属してきた見本演奏CDでは五十秒程。頑張ればちゃんと演奏できそうな気になっているじじいである。
 本日は右手だけの練習。手本の演奏を繰り返し聴いてから、取り敢えず、先頭から八章節目までをどうにかこうにか弾いてみた。暫く振りにピアノに触れるせいか、然程、難しいとも思われないのに、指が攣りそうになる。何とも情けない話である。三十分ほど悪戦苦闘して、余力を残して、本日の練習は終了。この、余力を残す、なんざ、気が利いてますな。はは、私も伊達に歳を取っていない、存外莫迦じゃない、などと自画自賛。暢気なものであります。
 練習をしたという、ただそれだけで、妙な達成感があり、今日の澤乃井は、また、一段と美味しゅう御座居ますな。ううむ、美味い。これでマリがいてくれさえすればなあ、などと思うけれども、幾ら思ったところで栓無きこと。思うことを止めなければいけません。何だい、楽しく呑み始めたのに、あっという間に湿っぽくなってしった。それでも、今日も酒は美味い。これは大きな大きな救いであります。

投稿者 nasuhiko : 19:03 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月06日

iconペルト、それにハーン


 昨晩は田村師匠は夕方過ぎに帰られたのだけれど、直ぐに電話がかかってきて、ペルトの演奏会をNHKで放送するという。先日お貸し戴いた『アリーナ』のペルトである。
 演じられたのは「フラトレス」とうい曲。拍子木がカンカンと静かに鳴り渡り、その響きに率いられるように音楽が流れ出す。『アリーナ』は雨の滴がゆっくりと心に染み込んでくるような作品だったけれど、こちらも胸に響きました。闇に沈みかけた夕景の中、担がれた棺を先頭に、静やかに葬列が町の中を墓地に向けて進んでゆく。人々は悲しみに包まれているのだけれども、必死に涙を堪え、拍子木のリズムに合わせて歩んでゆくのである。そんな光景が思い浮かんだ。物悲しく切々とした音楽である。美しい。
 演奏が終わると、司会者たちの話が始まるのだけれど、静けさの余韻を台無しにするような、ぎいぎいぎしぎしという椅子の音。音楽番組であるにも拘わらず、何だって、あんな五月蝿い椅子を使っているのだろうか。信じ難い悪行である。何しろ、音楽をしっかり聴こうと思って、普段よりも数段音量を大きくしていたものだから、あの椅子の軋りには閉口した。早急に新しい椅子を買ってきなさい、とNHKの人々に言いたい。途でもないことである。
 次は、プロコフィエフのヴァイオリン・コンチェルトであったのだが、番組の冒頭から、頻りに若き天才ヴァイオリニストと持ち上げられていたヒラリー・ハーンという女性の演奏である。さてさて、どんなものであろうか、と身構えていたのだけれど、驚きました。驚愕。仰天。物凄い人である。解説者があれこれと燥いでいたのも御尤も。プロコフィエフのどたばたと忙しく、かつ、その中に、情感をたっぷりと唄い上げるようなところもある、素人耳にも厄介に聞こえる難曲を、いとも易々と弾き上げる姿は、冷たくさえ見えるほどの余裕振りである。硬い音、柔らかい音。激しい音、優しい音。ああ、ヴァイオリンというものはこんなに豊かな楽器立ったのか、と痺れました。いや、私はハーン嬢につくづく惚れ込みましたよ。天才少女……私から見れば少女だけれど、二十五歳だということだから、天才女性と言うべきなのだろうか。何だか、妙な響きだね。兎にも角にも、素晴らしい。音楽でこんなにぞくぞくしたのはいつ以来だろうか。思い出せない。尤も、私の記憶はもやもやしていて思い出せないことばかりですけれどね。今日の昼は何を喰ったのだったか。笊蕎麦だ。

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2005年06月05日

iconハバネロ17


 田村師匠、御来訪。
「新しい対策を考えてきましたよ」と意気揚々。さあさあ、と、促されるように、一緒に庭に出る。鞄から取り出されたのは、ビニール袋に入った土のようなもの。
「何だかわかりますか。匂いでわかりますよね」と袋を開けてくれる。「何だ。珈琲ではありませんか」「何だなんて、おっしゃいますが、これがいいらしいんです。ナメクジはコーヒーが苦手らしいんですね。それで、コーヒーの出し殻を持ってきたんです」そう言うと、さっさとハバネロの周辺に撒き始める。考えてみれば、珈琲と言えば同じ南米仲間に当たる訳ですな。だったら、相性は良いのかもしらん。相性は兎も角も、天然のものなのだから、珈琲の滓が土壌に悪いということもなかろう。いやいや、その手のことは全て師匠が調べておいでのはず。此方人等のような、頭の昏い人間の心配は無用である。そんなことより、私は酒の用意でもした方が良い。用意と言ったって、ぐい呑みを出すぐらいのものである。肴は何かあっただろうか。奴も切れておるし、蒲鉾も切れている。おいおい、何にもない家だね、おまえさん……って、自分の家ながら情けない。くどくど探そうにも冷蔵庫の中がすかすかである。漬け物しか見当たらない。尤も、師匠も私もつまみなんざなくたってどうってことがないって口ですからね。まま、いいか。酒さえあればね。なんて具合で。
 一仕事終えて上がってきた師匠と、セニョールの明るい将来を祈念して乾杯。どうなることでしょうなあ。師匠はというと、然程心配していない御様子。暑くなりさえすれば、元気になるんじゃないですか、と。そうであって欲しいものである。本当にそうであって欲しいものである。

 珈琲の豆に囲まれ、珈琲の香りに包まれ、ハバネロくんは、今宵は遠い故郷南米の夢を見るのでありましょうか。

投稿者 nasuhiko : 17:41 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月04日

iconじじいの助けなど要らぬ


 またまた私がぼんやりしている間に名人戦が行われていたのである。三面の記事を見て、初めてそのことを知るという有り様。これでは応援ができる訳がない。私が普段から何くれとなく注意深い人間であれば、勿論、羽生先生の試合を見逃したりする筈などない。けれども、ご承知の通り、私は非常に雑な人間なのである。その上、非常に記憶が曖昧な人間なのである。名人戦の予定を知ったとすれば、紙に記しておくだろうけれども、直にその紙自体を失してしまい、更には、記録したことさえ忘れてしまうであろうから、そもそも、記録などしていないに等しい、というような具合。そのような老耄の者なのである。威張れた話ではないことは、いくら、頭の捩子がゆるゆるに緩んでいる老い耄れだとて、判っております。判っておるけれども、それでも言いたい。将棋協会よ、NHKよ、こんなぽんこつじじいでさえ、見逃さないように、もっともっと派手に派手に宣伝をしてくれ給えよ、と。将棋界で一番大事なタイトルなのではないのかね。それなのに、人知れず、こっそり行うなんざ、酷い話だ。君らの不宣伝の所為で、私はまた今回も羽生扇子を振り回し、神風を吹かす機会を失ってしまったのである……と、思ったのだが、嗚呼、羽生先生は勝利しておられるのである。結構、結構。素晴らしいことである。でも、ですよ……じゃあ、私の神風はどうなのだ、ということが疑問に思われてきてすまう。つまり、私が羽生扇子を振り回して起こす神風など不要、ということだろうか。はは、左様で御座るか。じじいの助けなどなくとも、羽生善治は負けたりせんのである、と。まあ、そうなんでしょうな。そうでしょう。そうでしょうとも。そうでなければいけない。将棋界を背負って立つ人間が、何処の馬の骨とも判らぬぽんこつじじいの力を借りて勝っているなどということは、決してあってはならぬことである。けれども、けれどもですよ。万々が一、お互いの力が五分と五分、どちらも後に一歩も引かぬ、という状況でもあったらば、その時には、私の扇子の起こす風の力の弱々しい後押しだって無駄にはなりますまい。紙一重の僅差の勝負の折なぞには、ね。

 お助け無用。実に結構。けれども、私は今後も勝手に神風を起こし続ける所存であります。何はともあれ、まずは、祝勝の乾杯といきますか。おめでとうございます。嗚呼、勝利の美酒とは良く言ったもの。今日も澤乃井は美味いや。

投稿者 nasuhiko : 17:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月03日

iconハバネロ16


 うかうかしている間に、セニョール・ハバネロの虫喰われ状況が随分と悪化してしまっているのを発見。私という人間はどうしてこうも集中できない性質なのであろうか。我ながら実に情けない。貴ノ花のことが頭から離れなくなっている所為で、ついつい庭への配慮が疎かになってしまった。こんな莫迦な者に何十年も付き合ってくれたマリには感謝せねばなりませんな。しかし、今頃、こんなことに気付いても遅いのである。孝行したい時に妻はなし。ああ、遅きに失するにも程がある。けれども、気づかないよりは増しなのだよ、と自己弁護。全く以て莫迦なじじいである。

 ううむ。それにしても、悩みは尽きませんなあ。齧られて失われた分を補うべく、もっともっと栄養を与えるべきなのだろうか。然れども、滋養豊かなればこそ、蛞蝓だか蟻巻だか何だかが、セニョ殿に齧りつく訳であるから、寧ろ、養分を与えないようにした方が良いのかもしれない、などとも思う。けれども、仮に、それで虫喰いが収まったとしても、今度は栄養失調で倒れてしまうという懸念が生じることは必定である。それでは本末転倒。どうするのが良いのだろう。
 悩みはそればかりではない。ここのところ、すかっと快晴という日がない。このままずるずると梅雨入りしてしまいそうではないか。南米出身のハバネロくんのこと、たっぷりとした光と高い気温を必要とするに決まっている。地球の裏側に位置する、この日本という国で、梅雨なる季節をどう乗り切るのか。心配である。実に心配である。
 しかし、そもそもの話、東京でハバネロを育てよう、という考え自体に無理があったのではないか、という気がしなくもない。だからと言って、乗り掛かった舟、飛び降りる気にはなれませんな。無理なところから始まっているにせよ、現に、齧られたりしながらも、この小さく侘びしい庭で、どうにかこうにか頑張っているのである。ここで私が諦める訳にはいかないのである。諦める訳にはいかないと思う心は強くあれども、知恵がない。情けない。こういうときに知恵がないのは実に悲しいものであります。

 知恵のない、愚かな老い耄れは、悩みを紛らすべく、結局、澤乃井に縋るのであります。尤も、悩みなんざなくても、呑むんですけれどね。ああ。

投稿者 nasuhiko : 17:43 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月02日

iconさようなら、貴ノ花03


 何となく貴ノ花のことが気にかかる。近年、この、何というか、くよくよ病が悪くなる一方で、何かあると、すぐにくよくよくよくよしてきて、そのくよくよが、頭からというのか、心からというのか、どうにもこうにも離れなくってしまう。貴ノ花とちゃんとした面識があるわけではない。小さい頃に少年花田を見掛けただけなのにね。何故だか、くよくよ、とね。そこで、ふと閃いた。ここでうじうじしていても埒が明かない。いっそのこと青山葬儀所へ行ってみようか、と、えっちらおっちら家を出たじじいである。引っ越した先の部屋は新橋の辺りだったのだから、宝仙寺でやってくれれば、御近所の人たちにも喜ばれるだろうにね、私だってその方が有り難いよ、などとぶつぶつ呟きながら、どうにかこうにか駅まで辿り着いたのだが、駅に流れ込む人の群れを見て、たじろいだ。態々、電車を乗り継いで、真っ赤な他人である老い耄れが、斎場に顔を出すのは如何なものだろうか。そんな気がし始めた。券売機の前で暫し逡巡したが、やはり、参列するのは止すことにした。冷静になって考えてみれば、私なんざまるでお呼びでないのである。頭の捩子が緩んでいると、訳の判らない衝動に従って行動してしまうことが、間々ある。情けないことである。
 折角、出掛けるつもりで駅まで来たのだから、と、末廣でも冷やかそうかとも思ったけれど、黒尽で寄席てえのもどうかねえ。嫌だねえ、陰気なじじいが来ているよ、などと、板の上からからかわれたりしかねない、と不安になり、それも中止。ぶらぶら歩きながら、開けたばかりで未だ客のいない福寿庵へ。
「あれ、これからお葬式ですか。親父とは関係ない筋ですかね」などと息子くんが尋ねる。此方人等、黒尽ですからね。誰の目にもそれらしく映るし、そもそも、誰の目にもそれらしく映るということが、喪服の一つの役割でもあるのであり、致し方ないところ。うむ、だの、いや、だの、と、ぼんやりと答えていたら、「貴ノ花が亡くなりましたねえ。自分は、初代若乃花……あのぉ、昔の二子山親方ですね……の息子さんと、野球チームで一緒だったことがあるんですよ」などと宣う。若乃花の息子さんですか。ううむ、誰のことなんだろうか。先代の若乃花にはお嬢さんがいらっしゃって、二代目の若乃花を婿にもらったのだったかしら。あやふやな記憶を掘り返してみるが、判然としない。酔いも手伝い、曖昧に曖昧を積み上げ、頭の中は渾沌。それにしても、私という人間は、昼前から、喪服に身を包み、蕎麦屋で抜きに澤乃井ときたもんだ。一体、何をやっておるのだろうか。

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2005年06月01日

iconさようなら、貴ノ花02


 五十五歳は死ぬには些か若い。そうだけれども、勿論、世の中にはもっと若くして亡くなる人もいる訳であり、絶対に若い、とも言い切れない。そういう屁理屈を頭の中で捻くり回したりしてみても、結局、貴ノ花の死が、また、他のあらゆる人々の死が、どうにかなるわけではないし、その価値や意味がどうにかなるわけではない。当たり前だ。けれども、何とも遣る瀬無い心持ちがするのであります。少年花田を見掛けたことがあるだけで、話したことがある訳ではないし、熱心に欠かさず応援したという程の相撲好きだという訳でもない。ただ、御近所さんとして何となく親しみを覚えていたに過ぎないのである。しかも、偉くなってからはなかなか見掛けることはなかったし、この近所から引っ越してしまってからあとは出会うことは皆無になった。それでも、ワイドショーやニュースで貴ノ花のあれこれを振り返り見るに連れ、益々残念な気持ちが高まってきて、剰え、息子たちの会見の姿には涙してしまった。年が寄ると涙腺の閉まりが悪くなって困りますなあ。誰に見られる訳でもないのだからして、みともないということもないのだけれど、それでも、どういうわけだか少々気恥ずかしい。不思議なものだ。
 息子たちを見ていたら、突然、大昔のことをまた一つ思い出しましたよ。誰の優勝祝いだったのかは判然としないのだけれど、兎に角、二子山部屋で千秋楽のあとに祝いがあった。こんな時には鏡を抜いて振る舞い酒ですよ。こういうところが日本の素晴らしい慣習の一つですな。流石は伝統技能相撲である。あれあれ、話が逸れてしまった。二子山部屋は細い道が重なり合ったようなところにあって、周辺が人でごった返していたのですよ。後ろの方にいて中が良く見えない、ということで、二人の息子たちの、多分、お兄さんの方が、ブロック塀の上に腰掛けて騒いでいた。子供と言っても少々立派な体格をしていたもので、そのブロック塀が崩れてしまって大騒ぎ。てんやわんや。それから、どうなったのか、誰か怪我人でも出たのだったか、という辺りは、さっぱり思い出せない。調子に乗って呑んでいたせいかもしれないけれど、どうやっても思い出せない。あるいは、騒ぎになったところで、引き上げてきてしまったのかもしれないけれど、ううむ、どうだったかしら。こうやって、色々な思い出が記憶の中で曖昧に溶けていってしまうのですなあ。困ったことである。けれども、同時に、悲しいことや辛いこと恥ずかしいことを忘れられ、そのお蔭で何とか日々暮らせるってものでもあり、難しいですなあ。

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