2005年07月06日
名前なんぞ2
![]()
雨が降ったり止んだりして、はっきりしない。気温も中途半端なせいか、朝から膝がずんと重い感じがして厭だ。そうして、だんだん気が塞いでくるのである。早く梅雨が終わらないだろうか。うじうじしながらも、ついつい小庭に出て様子を見てみる。天候が良くない良くない、とは思うものの、最近はセニョール・ハバネロの具合は決して悪くはない。尤も、調子が良いという風でもないのだけれど、一時期の不調、苦しみ具合を考えれば、悪くないということは、私にとってもセニョちゃんにとっても、とっても素晴らしいことなのである。
しかし、昨日の話に戻るけれども、ハバネロ殿のことをあれこれ書けるのも、名前が判っているからだ、ということではありますな。名前がどうだこうだなんてことは、人間の手前勝手な御都合主義の産物で、先方の草や木は、あっしらには関係ないことでござんす、と外方を向いているに違いない。まあ、実際、草や木が名前で呼び合ったりする筈はないし、名前がなくても、彼らは育つし、花を咲かすし、子孫を遺していく訳である。
そんなことを考えながら、小庭でぼーっとしていると、ほうほう、暫く振りではないか。宇宙人面したちび公がやってきた。こちらの顔を見ると、にこりとする訳でもなく、にゃあと声を出す訳でもなく、何となく近からず遠からぬところで、一休みしている風である。手を舐めたり首をぐいと曲げて背中を舐めたり。合間にこちらの様子を窺ってみたり。「ちび公くんよ、一杯いくかい」と声を掛けるけれど、特段、返事をする気配はない。「ちび公くん」と猶も呼び掛けると、ちらりと見上げた。けれども、考えてみれば、この猫の名前が「ちび公」である筈はないのである。飼い主様が付けた、立派な名前があるに違いない。しかも、その名前にしたって、飼い主殿には意味があるかもしれないけれど、ちび公くん本人にとっては、意味はないのじゃないだろうか。まあ、他人様の家内のことだから、私がとやこう言うつもりはないけれど。
冷蔵庫から鈴廣を取り出して、ちび公くんと半分こ。ちび公くんには牛乳。私は澤乃井。こうやって、対座して一杯やるのに、確かに名前なんぞ要りませんなあ、と声を掛けるも、あれあれ、先方はじゃかじゃか喰ってじゃかじゃか飲んで、もうどこかへ去っていった後。まあ、元気なことは結構なことである。
投稿者 nasuhiko : 2005年07月06日 20:46
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://bokenasu.net/mt/mt-tb.cgi/234