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2005年11月18日

icon荒屋なれど


 入院というのは、初めての経験であった。白内障の手術をした時だって、入院はしなかった。右目をやっていただいて、眼帯をしてのそのそと電車で通って検査を受けた。十日程して落ち着いたところで、今度は左目もやっていただいた、という具合であった。初めて入院してみて、多少なりとも、今までにないものをあれこれと感じましたよ。
 一番大きいのは、幾らおんぼろでも我が家に勝るものはない、ということでありますな。病院というところは、程好く暖かく、ぼうっとしていても、ちゃんとちゃんと三度の食事が出てくる。しかも、栄養にもきちんと配慮が行き届いているのだから、有り難い。尤も、酒は出ません。出ませんよ。個室の、しかも、その中でも、特別室なるものを借りている人であれば、もしかすると、中で飲酒をすることも可能なのかもしれないけれどね。何しろ、あれですよ、寿司屋の出前とエレベーターの中で遭遇したことがあるぐらいですからな。寿司の出前が取れるぐらいなら、酒だって呑めるかもしらん。その特別な個室には電話もトイレも付いていて、来客用のソファまであるてんだから、驚きだ。いや、でも、まあ、今はそんな話ではない。そもそも、私の如き、下々の老耄には縁のない話である。
 それから、看護婦さんの有り難みも尋常ならざるものがある。まあ、私なんざ、栄養失調だの過労だのという、病気とも言えない理由で入院していた訳だから、其れ程、看護婦さんの手を煩らわせるようなこともなかったけれど、彼女たちの笑顔や優しい言葉には随分と救われたように思う。中には、あまり親切ではないように感じられるお嬢さんもおりましたけれどね、彼女たちだって、聖人君子ではない訳であるから、体調が悪かったり、機嫌が悪かったりする日があっても致し方なかろう。それに、殆どのお嬢さんは、実ににこやかな人でありましたよ。いやいや、思い出しても有り難い。頭が下がる。文句などあろう筈もない。

 暖房、食事、看護婦さん、などなどの有り難みは確かにある。けれども、それでも、この荒屋の方が良いのであります。帰ってきてみて、しみじみそう思う。何故でしょうなあ。酒が呑めるというような他愛ない理由もあるけれど、それだけではない。名状し難い何かがあるのでありますよ、我が家、というものには。みなさんだって、そうではないでしょうかねえ。

 荒屋の隙間風さえ懐かしき

投稿者 nasuhiko : 17:14 | コメント (0) | トラックバック

2005年11月12日

icon徘徊を再開


 ああ、娑婆の空気は美味いね。娑婆の空気を吸い、娑婆の光を浴び、娑婆の風に吹かれ、娑婆の落ち葉が下駄の下でかしゃかしゃと音を立てる。ああ、有り難や、有り難や。こうして、娑婆に舞い戻れて、何とも嬉しい限り。
 それにしても、大変に大変に御無沙汰をしてしまいました。耄碌じじいめ、到頭くたばりやがったか、と思われた方もいらっしゃるかもしれませんな。はは、ところがどっこい、死んではおりません。風邪が治ったつもりでいたのだけれど、その後も、何だかよろよろと蹌踉うたりすることが続き、気がついたら、入院する破目に相成っていた次第。情けないことである。入院の理由は風邪なのではなく、過労と栄養失調だという。このまま死んでしまっていたら、老衰ということになったのだろうか。ううむ、老衰とは何なのか。それにしても、この飽食の世の中に栄養失調だなんてねえ。俄には信じられない。
 幸か不幸か、兎にも角にも、こうして娑婆に戻れた訳である。少しく自重気味の生活を送らねばならないそうだ。はははは、情けない。豆腐と納豆と蕎麦、それに酒などという食生活ではいかんのだそうである。言われてみれば、尤も至極ではあるけれど、じゃあ、どうすれば良いのだろうか。
 考えてみれば、以前は、ちょこちょこと『日和見』に顔を出していましたからね。お蔭で、もっと色々な物を食べていた。女将が気を使ってくれていたのでしょうな。あれこれと野菜を食す機会なんぞも少なくなかったし、魚や肉も戴きましたな。珍しい魚が入ったのよ、だの、新潟の知り合いが山菜を送ってきてくれたからね、なんてことでね。それがですぞ、このマックというものが来てから、『日和見』に顔を出す頻度は限りなく零に近づいていき、偏食が著しく進んだのであります。そうは言っても、この機械のお蔭で、インターネットの日記を書くというような面白さを味わうことができたのは事実であるし、お若い人々の知己を得たのも事実であり、今までの漠然と過ごしていた日々に、まあ、何というのか、生き甲斐などという大袈裟なものではないけれど、日々の愉しみとでも言いますかね。そんなものができたのも、事実。そういう意味では大変有り難い。けれども、食が偏ったのだって、調子に乗ったせいで過労気味になったのだって、このマックというのがいけないのではないか、という気もする。ああ、世にこのマック無かりせば……などと、責任転嫁をしている、莫迦な耄碌じじいである。
 兎にも角にも、自重、自重、と呪文のように唱えながら、娑婆の徘徊を再開。

投稿者 nasuhiko : 16:55 | コメント (0) | トラックバック