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2005年11月12日

icon徘徊を再開


 ああ、娑婆の空気は美味いね。娑婆の空気を吸い、娑婆の光を浴び、娑婆の風に吹かれ、娑婆の落ち葉が下駄の下でかしゃかしゃと音を立てる。ああ、有り難や、有り難や。こうして、娑婆に舞い戻れて、何とも嬉しい限り。
 それにしても、大変に大変に御無沙汰をしてしまいました。耄碌じじいめ、到頭くたばりやがったか、と思われた方もいらっしゃるかもしれませんな。はは、ところがどっこい、死んではおりません。風邪が治ったつもりでいたのだけれど、その後も、何だかよろよろと蹌踉うたりすることが続き、気がついたら、入院する破目に相成っていた次第。情けないことである。入院の理由は風邪なのではなく、過労と栄養失調だという。このまま死んでしまっていたら、老衰ということになったのだろうか。ううむ、老衰とは何なのか。それにしても、この飽食の世の中に栄養失調だなんてねえ。俄には信じられない。
 幸か不幸か、兎にも角にも、こうして娑婆に戻れた訳である。少しく自重気味の生活を送らねばならないそうだ。はははは、情けない。豆腐と納豆と蕎麦、それに酒などという食生活ではいかんのだそうである。言われてみれば、尤も至極ではあるけれど、じゃあ、どうすれば良いのだろうか。
 考えてみれば、以前は、ちょこちょこと『日和見』に顔を出していましたからね。お蔭で、もっと色々な物を食べていた。女将が気を使ってくれていたのでしょうな。あれこれと野菜を食す機会なんぞも少なくなかったし、魚や肉も戴きましたな。珍しい魚が入ったのよ、だの、新潟の知り合いが山菜を送ってきてくれたからね、なんてことでね。それがですぞ、このマックというものが来てから、『日和見』に顔を出す頻度は限りなく零に近づいていき、偏食が著しく進んだのであります。そうは言っても、この機械のお蔭で、インターネットの日記を書くというような面白さを味わうことができたのは事実であるし、お若い人々の知己を得たのも事実であり、今までの漠然と過ごしていた日々に、まあ、何というのか、生き甲斐などという大袈裟なものではないけれど、日々の愉しみとでも言いますかね。そんなものができたのも、事実。そういう意味では大変有り難い。けれども、食が偏ったのだって、調子に乗ったせいで過労気味になったのだって、このマックというのがいけないのではないか、という気もする。ああ、世にこのマック無かりせば……などと、責任転嫁をしている、莫迦な耄碌じじいである。
 兎にも角にも、自重、自重、と呪文のように唱えながら、娑婆の徘徊を再開。

投稿者 nasuhiko : 2005年11月12日 16:55

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