2005年12月02日

icon茄子頭


 自重、自重、などと呟いておったら、すっかり御無沙汰になってしまった。程好くやるというのは難しいものですな。毎日毎日マックに齧り付いていてはいけない、と御指導戴いた訳で、では、少しくゆったりとした心持ちで臨まないとね。そんな風に思ったものの、毎日ではなく、一日置きなら良いのか……一日置きでは未だ忙しないというのなら、二日置き、三日置きならどうなのか……あるいは、週に一度なら……いやいや、定期的に書こうと思うと、目に見えない圧力が心の何処かに重しとなって……などなどと、考えれば考えるほど頭の中がこんがらがってしまう。それで、結局のところ、不定期に気が向いた時にのんびりやろうじゃないか、ということに決めてはみたのだけれど、そうすると、今日は未だ三日目か。そりゃ、早過ぎるな。なんてことを繰り返しているうちに、すっかり御無沙汰になってしまって、何の為に何をしているのだか判らない始末。老耄の身の上であるからして、支離滅裂なるは仕方がない。ううむ、一体、私は何を言いたいのだろうか。我ながら訳が判らない。流石はぽんこつ頭である。

 近頃は、何をしているかというと、まあ、何も変わらないのであるけれど、食べ物には注意しておりますよ。あれこれと自分で頑張って料理したりもしていますがね。けれども、中々上手くいきゃしない。元々器用な方じゃないしね。長い間人任せで生きてきた訳であるしね。七十の手習いとでも言うのだろうけれど、七十にもなるとあれですよ、新しいことを覚えるのは大変なのであります。尤も、お若い師匠連中のお蔭で、デジタルカメラやマックのことはあれこれと覚えられたけれど、それだって、相当な時間がかかっておる訳だし、実際の作業ものろくさのろくさとしている。だから何だということはないけれどね。ところで、私は何を言いたいのだろうか。我ながら訳が判らない。流石は愡け茄子頭である。

 自重生活が続いて、御酒も、それこそ舐める程度にしかやってないから、調子が出ないのである。ううむ。

 冬空に ヘリコプターの一つだけ

投稿者 nasuhiko : 17:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年11月18日

icon荒屋なれど


 入院というのは、初めての経験であった。白内障の手術をした時だって、入院はしなかった。右目をやっていただいて、眼帯をしてのそのそと電車で通って検査を受けた。十日程して落ち着いたところで、今度は左目もやっていただいた、という具合であった。初めて入院してみて、多少なりとも、今までにないものをあれこれと感じましたよ。
 一番大きいのは、幾らおんぼろでも我が家に勝るものはない、ということでありますな。病院というところは、程好く暖かく、ぼうっとしていても、ちゃんとちゃんと三度の食事が出てくる。しかも、栄養にもきちんと配慮が行き届いているのだから、有り難い。尤も、酒は出ません。出ませんよ。個室の、しかも、その中でも、特別室なるものを借りている人であれば、もしかすると、中で飲酒をすることも可能なのかもしれないけれどね。何しろ、あれですよ、寿司屋の出前とエレベーターの中で遭遇したことがあるぐらいですからな。寿司の出前が取れるぐらいなら、酒だって呑めるかもしらん。その特別な個室には電話もトイレも付いていて、来客用のソファまであるてんだから、驚きだ。いや、でも、まあ、今はそんな話ではない。そもそも、私の如き、下々の老耄には縁のない話である。
 それから、看護婦さんの有り難みも尋常ならざるものがある。まあ、私なんざ、栄養失調だの過労だのという、病気とも言えない理由で入院していた訳だから、其れ程、看護婦さんの手を煩らわせるようなこともなかったけれど、彼女たちの笑顔や優しい言葉には随分と救われたように思う。中には、あまり親切ではないように感じられるお嬢さんもおりましたけれどね、彼女たちだって、聖人君子ではない訳であるから、体調が悪かったり、機嫌が悪かったりする日があっても致し方なかろう。それに、殆どのお嬢さんは、実ににこやかな人でありましたよ。いやいや、思い出しても有り難い。頭が下がる。文句などあろう筈もない。

 暖房、食事、看護婦さん、などなどの有り難みは確かにある。けれども、それでも、この荒屋の方が良いのであります。帰ってきてみて、しみじみそう思う。何故でしょうなあ。酒が呑めるというような他愛ない理由もあるけれど、それだけではない。名状し難い何かがあるのでありますよ、我が家、というものには。みなさんだって、そうではないでしょうかねえ。

 荒屋の隙間風さえ懐かしき

投稿者 nasuhiko : 17:14 | コメント (0) | トラックバック

2005年10月02日

icon秋光

瞳に胸に 秋光の漏れ出ずる

秋光に 水の煌めく 庭仕事

昼寝の顔に 秋光の降り注ぐ

投稿者 nasuhiko : 16:42 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月30日

icon美しい、美しい青空


 朝方、寝惚けながら、ぼんやりと水遣りをする。習慣的な動作なので、何がどうと考えることもなく、だらだらずるずるとした作業である。そういう心の籠らない態度で、草花や木、大地といった、自然の種々に相対するのは申し訳ないという気もするけれど、まあ、実際、寝惚けているのだから仕方がない。私の草臥れ脳みそがしゃきっとするまで待っていたら、朝の水遣りは昼飯時になってしまうであろう。それに、すっかり目が覚めたとしたところで、私の頭ときたら、いつでももわっと靄がかかっているからね。困ったもののような、お蔭で何とか日々を送れるという意味ではありがたいような。私にはもわもわしたぐらいのおつむが丁度宜しい。
 しかし、今朝は、美しい空のお蔭で、すーっと目が覚めた。水遣りをして、一息ついて、空を見上げた時、あの青さ、透き通っているようで深い青さというものは、素晴らしいですな。何と表現するのが適当なのだろう。美しさを言葉に置き換えるのは難しい。尤も、美しさに限らず、どんなものだって、ちゃんと言葉にするのは難しいのであります。そう考えると、小説家の人々なんざ凄いですな。あることないことでっち上げて、私なんざ、ついつい引き込まれて、感動してしまう。でも、よく考えると、あれは、嘘な訳ですからね。そう思うと、不思議な気がしますよ。そんなことを言い始めたら、限りがないけれどね。小説家というものを誉めているつもりなのに、悪口みたくなってきた。そういうつもりではないのだけれど。
 その美しさを何とかせんと、写真に撮って、マックに入れてみたけれど、私が見た青さとはちょいと違う気がする。それで、あれこれとまたフォトショップというもので格闘してみたけれど、何だか、どんどん現実から遠ざかるような気がしてね。難しいものですな。そもそも、私の目がどのぐらい忠実に現実を映しているのかというと、自信がない。白内障の手術をして以来、色々な物が大変鮮やかに見えるようになった気ではいるけれど、眼ん玉に映ったものを受け止める側の脳みそがぽんこつですからねえ。ああ、現実とは何なのか。

 秋空の 深く青きを 惚け見る

投稿者 nasuhiko : 17:48 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月28日

icon写真三昧


 例によって例の如く、ぽんこつじじいがカメラを片手に界隈を徘徊する。まあ、散歩なんですけどね。世間では、私のことを徘徊老人と解していたとしてもおかしくはない。
 デジタルカメラとマックという組み合わせは凄いものである。当初、師匠連中に勧められて使い始めた時には、白状すれば、何だか、面倒くさいし、画面を見ていると目がしょぼしょぼしてくるし、こんなことなら、お金がかかったり、日数がかかったりしても、普通の紙の写真の方が余程良いのに、と思っていたものである。紙の写真を畳の上に転がって眺める方がずっと良い、とね。しかし、それはやはり、喰わず嫌いの類とでも言うのか、慣れてしまった今となっては、最早、これ以外の方法は考えられない。そもそも、今の勢いで写真を撮りまくっていたら、紙の写真だったら、早々に破産してしまうに違いない。散歩に出れば、何十枚も撮ります。時には、百枚以上も撮る日だってあるのである。
 勿論、金銭だけの問題ではない。フォトショップというもので画面をあれこれと弄るのも楽しいしね。この電線さえ写っていなければどんなに良かったことか、と思ったら、マックの中で、そこだけ切ってしまえば良いのである。当初は、このあれこれと写真を弄るのにも大変大変大変苦労したものであるけれど、今では、寧ろ、楽しみ。快楽。御機嫌。私が購入したものはフォトショップの中でもエレメンツという下っ端というか、駆け出し向けのものだそうであるから、本物のフォトショップというものを購入したらどんなに凄いことができるのだろう、と何度か思ったけれど、出来ることが凄ければ値段も凄いてんでね。十万円だか何だかということだそうである。そりゃ、要りません。要らないことに決めました。

 散歩に疲れ 見上ぐれば 赤蜻蛉

 この写真だって、元々は蜻蛉はもう少し真ん中寄りに写っていたのであります。尤も、私があれこれ弄ったものが、元のものより増しになったかどうかとなると、それはどうだか判ったものではないけれど。

投稿者 nasuhiko : 18:08 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月27日

iconハバネロ40


 田村師匠が本日も来訪下さった。今日は円嬢も御一緒である。何用かというと、円嬢が手作りのオリーブ・オイルを持ってきて下さったのである。実に有り難いことであります。
 どんな代物かというとですな、オリーブ・オイルの中に、細切りにしたハバネロと大蒜を放り込んだものだという。黄色っぽい油の中に、橙と緑のハバネロ、そして、白い大蒜。縁先で光に翳すと、これが、何とも美しい。早速、蓋を開けて匂いを嗅いでみるけれど、想像に反して、強烈な匂いはしない。それぞれに個性的な匂いの集まりの筈なんだけれどね。兎にも角にも、早速、戴きましょう、と申し上げると、昨日同様、未だ漬かってないから待ちなさい、と窘められる。ははは、七十を疾くに越したじじいが小娘に叱られておる。いや、小娘とは失言である。立派な御令嬢様を捉まへて、小娘だなんぞとは言語道断。失言、失言、撤回します。
 兎にも角にも、掌にぽたりと一滴落として舐めてみる。予想したほど辛くはないし、しかも、匂いも強くはない。これから漬かっていくうちに変わるのだろうけれどね。

 円嬢御持参の元ちとせというお嬢さんのCDを聴きながら、三人でのんびりと澤乃井を酌み交わし、ああ、何とも快適な午後ではないか。お二人は、小一時間ほどで帰られたけれど、私は、水色のCD赤いCDを取っ換え引っ換えしながら、猶も、杯を重ねる。

 新涼に 杯交わす 友在りて

投稿者 nasuhiko : 18:26 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月20日

icon厚顔野郎


 自分で自分のことを、無駄だ、無駄だ、無駄、無駄、無駄だよ、なんぞと言いながらも、猶もこうして、この、電気消費日記を書いている老耄を、厚顔野郎と呼ばずして何と呼ぶ。何というのか、狡いことを思いつくもので、人間というのは、斯様に矛盾を抱いたまま生きる存在なのである、などという、利いた風な言い訳を申し立てる。いけずうずうしい老い耄れだ。しかしながら、こんなことを書きながらも、段々と鬱々として参りますな。人の生命とは何なのか、人の価値とは何なのか、などなどと、ぼんやりと思いを巡らす。けれども、ちゃんとした結論にはちっとも辿り着けないのである。考えてみれば、有名な哲学者なんぞが、二千数百年も前からあれこれ案じてきたのに、未だに確固たる答えが出ていないような問いなのであるからして、私のように、漠然と齢を重ねてきただけのとんちんかんには、何も判る筈などないのである。こんなときに、信仰の厚い人であれば、神や仏にお縋りし、助けてもらえるのだろうけれど、生憎、私は無宗教者ですからね。縋り付くべき相手がいない。マリが側にいてくれれば、こんな気分も和らいだ筈だけれど、と思うけれど、それは無い物強請りですからね。栓無きこと。いっそ、厚顔野郎として、他人様に嫌われるほどの厚顔野郎として、図々しく生きてやるわい、となれば、それはそれで味だろうけれど、何を隠そう、私、小心者であるからして、こんなところでは、あれこれ述べ立てることは出来ても、日々の生活の中では何も出来ず、何も言えず、ああ、うじうじいじいじしているのであります。

 灯籠の窓から光り覗き見て

 現在の心境というのは、こんなところであります。世間の光が随分と遠く感じられます。

投稿者 nasuhiko : 18:49 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月15日

icon


 連想ゲーム。そんな番組が昔ありましたな。
 柿という言葉から、何を連想するかというと、まあ、勿論、第一に、熟した朱色の柿の実であります。あとは、干し柿てえものもありますな。そうそう、柿茶というものが躰に良いてんで、どなたかに勧められたこともあったね。あの、味気ないやつ。あとは、何だろう。ああ、いつぞやは、日比野くんに柿のゼリーみたようなものを頂戴した。銀座のあけぼののだったかね。上品で抑制の効いた結構なお味でしたよ。籠も渋い色合いでね。何というか、柿色の年季が入って枯れたような、きれいな色だね。あの籠は何かに使いたい。そうは言っても、その侭、埃を被って何年も放ったらかしになる、と。
 そうだ。未だありますよ。柿の葉寿司てえものがある。あれも美味いですなあ。隣の駅の地下で売っている。散歩が行き過ぎて、帰りは電車で帰ろうてんで、乗ったりすると遭遇する。すると、ついつい買ってしまいます。柿の葉で包むなんざ気が利いているね。ああいう、押し寿司の類は、何だか独特の雰囲気がありますな。未だに、京都の商店街の中の寿司屋で喰ったのを思い出しますよ。下駄みたいな板の上に乗っかって出てきてね。あれが、お店で食べた押し寿司の最初で最後。東京にもああいうお店はあるのですかね。よく判らない。
 押し寿司もうまいけれど、江戸前の寿司てえものは、これは、もう美味い。ちっちゃい頃から慣れ親しんでおるし、小食ですから、ちょいとつまみながら呑みたいてえ口の私には最適である。もっとも、店によって随分と差があるけれどね。幸い、南にずるずると下った、そう遠くはないところに、大変素晴らしい店がある。あすこは実に美味いね。ああ、最近食べてませんなあ。尤も、もう少し涼しくなってからの方が良いですな。今日辺り、大分涼しくなったけれど、どうだい、鮨でもつまみに行くかい、ってなほどではない。暑いときには寿司というのは変な気がするけれど、考えてみれば、お寿司屋さんは夏でも営業している訳であるからして、暑いからといって遠慮するのは私だけなのだろうか。
 ああ、話が逸れました。柿の話だったんだけれどね。まあ、何を書いたって良いんだけれど、自分でこうと思って書き始めても、どんどんどこどこ脇へ行っちまうっていうのは、あれですか、矢張り、私という人間が行き当たりばったりの、その場その場をうろうろするばかりの、しだらのない者だからだろうかねえ。

 青柿の落ちて潰れて鳥のもの

投稿者 nasuhiko : 19:02 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月09日

iconハバネロ37


 ハバネロの橙色に色付いた姿を発見してから、何日だろう。何だい、数えてみたら、未だ二日程ですか。はは、それしか経っていないのか。この老耄の日記を読んでおられる数少ない人々の中には、じいさんがハバネロ喰って大丈夫なのかね、血管が切れちゃったりしないだろうか、などと、期待したり心配したりていらっしゃる方もいるかもしれない。何を隠そう、未だ食しておりません。なかなかに皆さんお忙しくて、大師匠のカレー作りの予定が立たないようなのであります。また、タムゾー先生は、例の、ギグですか、プレス工場とかいうやつですな。あれが近いということでばたばたしていらっしゃる。まあ、世の中で暇なのは私のようなぽんこつじじいばかりなのである。世間の為には結構な話ですな。皆さん、お忙しい。お楽しみはじっくり待つということで。
 本日、仔細に眺めていたら、緑から変色しかけの、頭の方だけが黄色いやつがありました。やはり、小まめに観察すれば、いきなり橙色に出会すというようなことにはならないのである。雨続きで、私の観察態度が雑だったから、突然の橙色に魂消る破目になった訳ですな。こうやって、見てみると、全体がじわじわと変化していくのではなく、頭の方から変色が始まって、次第に全体の色が変わるという仕組みのようですな。私が想像していたのとは、ちょいと違う。こんな細やかな発見も嬉しいものです。今は、そんな発見をここに書きますね。それも嬉しいことなのであります。まあ、元来、そうそう外向的な方ではないから、人とあれこれ喋ったりするのは億劫だ、などと、思ったりもしていたものだけれど、家内を失い、退職し、家でぶらぶらするだけの毎日だとね、買い物にでも出ない限り、誰とも口を聞かないなんてことはざらなのであります。買い物に出たとて、「しめて七百九十八円になります」などと会計ののお嬢さんに言われるのは、会話には数えられない。そんな日が続くと、何となくちょっと喋りたいな、などという気になったりしてね。はは、情けないことを書いてしまいました。まあ、しかし、私なんぞは恵まれておりますよ。恵まれておりますとも。

静夜風 寝冷えとはそろそろお別れ

投稿者 nasuhiko : 19:28 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月03日

icon夏の抜け殻

自転車に蝉の抜け殻 夏形見

水遣りの溜まりに休む夏の蝶

夕暮れの百日紅 陽も落つるなり

投稿者 nasuhiko : 20:52 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月15日

icon空を見上げる


 八月の十五日になると、色々なことを思い出す。思い出させられるのが半分、思い出さずにはいられないのが半分。新聞を読んでも、テレビを眺めても、あれこれと触れられている。そういう報道を見て、日本の至る所で多くの人が様々な想いを巡らすことだろう。私のような年寄りは当然として、若い人たちだって、何かしら感じる筈である。感じてもらいたい。
 みんながみんなそう思うとは限らないかもしれないけれど、やはり、戦争というものはひたすら恐ろしく、ひたすら悲惨なものであり、決して繰り返してはいけないものなのである。このことを次の世代へ、次の次の世代へ、と伝えていかなければいけない。

 元来、私は記憶力が良い方ではない。しかも、年々、頭の中がこんがらがってしまうので、自分でももやもやするばかりで訳が判らないことがたくさんある。しかし、そんな私でも、しっかりと覚えているものがいくつかある。空から焼夷弾がずんずん降ってくる光景。そして、終戦後、米国軍人を初めて間近に見た時の恐怖。焼け野原を眼前にして、半ば呆然とし、半ば昂揚している自分。そんなことどもは、そりゃもう、忘れようがない。忘れようがないどころか、頭の中でどんどん増幅して、実際に見たときよりも強烈なものになってしまっているのではないか、とさえ思う。ああ、やっぱり、私の頭の中はごちゃごちゃの出鱈目なのかもしれない。何が本当のことなのか、よく判らなくなる。

 空を見上げますな。すると、青空が広がっている。この空を見上げている限りでは、ああ、今日は静かで平和な一日であるなあ、と思えるのである。しかしですよ、俄に雲がもくもくと押し寄せて、雷雨が始まることだってあるのである。事実、本日も三時頃だったか、そんな風でありました。随分激しい降りだった。それにしたって、雨なら多少の我慢をすれば済む。けれども、この長閑な青空に突如としてB29がたくさんたくさん姿を現わし、焼夷弾を雨霰と降らせたらどうしますか。どうにかしよう、どうにかしなければいけない、と思うけれど、結局、どたばたするばかりでどうにも出来ないのであります。そんなものなのである。もう戦争をしてはいけません。どんな理由があっても絶対にいけませんよ。

 夏の空 俄に曇り 降りに降る

投稿者 nasuhiko : 17:30 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月13日

icon白雨去り


 良いお湿りだというには、少々激しいものであった昨晩。どこすかと雷が鳴ったり、ね。この時期には、叩き付ける雷雨にさえ、一服の涼を感じられるものである。本日はどうかというと、晴天とは程遠いながら、何とも中途半端な空模様。暑さが緩いというだけでもありがたいと思うべきなのかもしれないけれど、雲のもわもわと同様にもわもわして気分も晴れない……と、こんなことを書いていたら、突然、昨夜にも負けぬような、猛烈な雷雨が始まった。ははあ、御天道様は、私の如き者の愚痴までお聞き及びでありましたか。御天道様の前では壁も障子も何の役にも立ちやしない、ということなのだろう。嗚呼、しかし、気持ちが良いですな。思い切り雨が降り、思い切り雷が鳴る。尤も、これが永遠に続くのでは困るのだけれど、どうせすぐに終わるだろうとわかっているから、こんな暢気なことを言っていられる。
 喜んでいるのは、私だけではない。草木も大きに喜んでいるようではありませんか。水に濡れ、正に瑞々しく輝く緑。近頃は、この緑色が地球というか、宇宙というかの、生命の象徴じゃないかいな、と思うことがある。宮脇先生の御本の影響だろうか。情けないことに未だ読み終わっていないのだけれど、素晴らしい本である。こんな枯れ枝じじいでさえ、心を打たれるのだから、感受性の豊かなお若い人々なら、感動も一入であるに違いなく、その感動を胸に、緑の森作りに励む人が増えると良いのだけれどね。NHKも深夜の再放送だなんて、けちけちしないで、夏休みの時期なんだから、お子さんでも見られるような昼間の時間帯に再放送すれば良いのである。何も野球ばかりが夏休みじゃあるまいに。

 白雨去り 瑞々しきは緑かな

投稿者 nasuhiko : 18:38 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月11日

icon打ち水


 昨日今日と、比較的暑さがやんわりとしているものの、それでも、相当なものである。まあ、夏なんだから、暑いのは当たり前と言えば当たり前なのであって、暑くなかったら夏ではない。

 植物には水が必要だから、朝方、水遣りをしますな。そして、夕方にも水遣りをする。ハバネロを始めとした草木をいたわり育てるためには、これは大切な日課である。朝夕といっても、正確に何時と決まっている訳ではない。ざっと朝方、ざっと夕刻。大事なのは日中にやってはいけないということである。このことをどこで覚えたのか。マリがやっているのを見て学んだのか、商店街の花屋のおやじに教わったのか、それとも、テレビか何かで見たのだったか。兎にも角にも、夏の昼間に水遣りをすると根腐れを起こすというようなことらしいのである。少なくとも、私はそう思い込んでいるので、日が高い間は地面がどんなに乾いていようと、水は撒きません。しかし、ですな、テレビなんぞで、打ち水で涼を取り、云々などと言っているのを見たりすると、昔々のそのまた昔によく打ち水をさせられていたなあ、ということを思い出し、打ち水をした直後の、涼しい風が流れてくる様が脳裏に浮かび、ここは一番、思いきり庭に打ち水をしようかしら、と思ってしまう。けれども、打ち水はしない。何故ならば、それは根腐れということが起きるからかもしれないからである。そんなことになったら、大変だ。夏の陽射しと高温続きでどんどん元気になってきているセニョール・ハバネロの根が腐ったりしたら、それこそ一大事である。それで、打ち水を我慢する。ううむ。何だろう。理屈では納得している筈なのだが、どうも腑に落ちない。してはいけない、と思うと、ますますしたくなるのが人情てえものでね。ああ、打ち水がしたいなあ、とつくづく思う。このままじゃ、夢にまで出てきそうですなあ。まあ、夢に出てきたって構わないんだけれどね。

 打ち水の夢に出るかな 母の顔

投稿者 nasuhiko : 21:41 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月06日

icon青空を見上げる


 間の抜けた青空が広がり、じりじりと太陽が照らす。ちょいと表に出るだけで、くらくらするほどで、帽子を被らずにいるのは危ないかもしれない。世間では疾くに夏休みになっている筈だと思うのだけれど、あれですな、不思議と、子供たちが駆け回ったり、騒いだりしている声は聞こえてこない。如何に元気な小中学生と雖も、この厳しい暑さには太刀打ちできぬということか。まあ、あとは、あの、ボーッとという霧笛みたような音と共に発表される光化学注意報の所為もあるやもしれん。あんな音で脅かされたら、親御さんたちも子供たちを外に出す訳にはいくまい。そもそも近頃の子供たちてえものは、外遊びが好きじゃないのかもしれませんしね。一時期ほどは世間でもあれこれ言われていないけれど、ゲームなんぞの室内遊技ばかりに専心しているのかもしれない。

 本日は八月六日。空を見上げても爆撃機は飛んでこない。ただ青空が広がり、太陽が照りつけ、油蝉がじいじいじいじい五月蝿く鳴いているだけである。あの八月六日の空はどんな空だったのだろうか。そんなことを思いながら、漠然と青空を見上げていたら、涙が零れました。

 油照り 涙を汗に溶かしけり

投稿者 nasuhiko : 17:30 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月02日

icon師匠、炎夏にも御機嫌


 暑い。暑いですなあ。しかし、これが夏というものなのであるし、この暑さと陽射しが、セニョール・ハバネロをを始めとする植物のあれこれを大きに育ててくれるのである。そして、その植物のお蔭で昆虫や動物が潤う訳であるからして、考えようによっては大変大変有り難いものなのである。然り乍ら、人間てえものは自分勝手な生き物であるからして、感謝よりは不満が先に立つ。暑い。実に暑い。心頭滅却すれば火もまた涼し、なんて言った人がいましたね。誰の言葉だったろうか。坊さんか何かだったろうか。立派な立派な方の有り難い有り難い言葉なのだろうけれど、此方人等、只の偏屈じじいであり、七十余年生きておるけれども、心頭滅却など出来た例がない。従って、火もまた涼しなどという心境には金輪際至れぬ訳であり、従って、暑い、暑い、暑いと愚痴を溢し続けるのである。茄子彦よ、開き直りおったな、この戯け者めが。

 扇風機を浴びながら、畳の上でひたすらごろごろしている。端から見れば弛んでいるようにみえるのだろうなあ、と思う。そして、その通り、実際、弛んでいるのである。そんな風に、半日を呆けて過ごしていたところ、ぷらりと田村師匠がやってきた。「先日、お借りした『ザ・リアル・マッコイ』があまりに御機嫌なので、一杯やろうかと思いまして」と、ははあ、この人も大分砕けて参りましたなあ。結構、結構。お貸ししたことを忘れておったけれど、多分、ソルバイさんをお借りした時のことなのでしょうな。
 早速、澤乃井を傾けながら、マッコイ・タイナーに耳を傾ける。暫く振りに聴いてみると良いですなあ。しかも、日本酒に合うときたもんだ。意外である。杯を重ね、あれこれと、実のある話、実のない話を交わし、音楽と酒に酔い痴れる。嗚呼、余は満足じゃ、であります。

 友来たり 夏日の宴 真マッコイ

 我ながら、何ともでたらめな句である。けれども、何となく、良い響きではありませんか。全く暢気な酔っ払いだよ、私てえ人間は。はは。

投稿者 nasuhiko : 19:14 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月01日

icon缶入りの蚊遣り


 いやあ、暑いですなあ。蒸し蒸し蒸し、と、実に蒸す。いくら扇風機を浴びても埒が明かなくなってきた。夏バテの様相を呈している枯れ枝じじいであります。何をする気も起きないのだけれど、水遣りだけはさぼる訳には行かない。重い腰を上げて、撒きますともさ。大量に買っておいた蚊遣りも残りが僅かになってきた。しかし、あれですな。蚊取り線香というものも不思議な商品であります。私の場合、近所の安売り薬店で購入するのであるけれど、毎日毎日使うものだから、まとめ買いといきますな。ところが、ですよ、同じ三十本を買おうとすると、箱に入っているものよりも、缶に入っているもの、つまり、蚊取り線香を燃やす容れ物付きものの方が安いのである。理不尽な話である。納得がいかない。私は中身だけが必要なのだけれど、結局、毎回、でかいかんからに入ったものを買うことになる。そりゃ安い方を買いますよ。その結果、我が家には、蚊取り線香の大きな缶だらけなのである。ぱっと見回してみただけで、五つもある。大いなる資源の無駄である。それにしても、缶が五つということは蚊取り線香百五十本ということになる。そんなに蚊遣りを焚いたかと思うと恐ろしいですな。勿論、虫にだけ効果があって、人間様には影響がないように作っているのだろうけれど、虫が苦しむものが人間の躰には悪くないという法もないだろうから、少しは人体に悪影響を及ぼすのではなかろうか、と心配になりますな。まあ、今更、この老い耄れた躰に多少のけむをぶほぶほと振りかけたところで、大事件にはならないだろうけれどね。実際のところ、蚊に刺されるのと蚊遣りのけむに燻されるのだったら、どちらを取るか、と言われれば、そりゃ、蚊遣りの方を選びますとも。だったら、ぐずぐずお言いじゃないよ、男のくせに、と、お銀さんやお竜さんのような女親分ならお言いでしょうな。いや、実に仰る通り。

 蚊遣らんと 煙に巻かれて 愚痴零す

 随分と情けない句が飛び出しました。

投稿者 nasuhiko : 17:11 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月29日

iconハバネロ30


 先日は、突然の雨で、小庭に置き去りにした蚊遣りがすっかり塗れた姿を詠んでみたりした。まあ、陸な句じゃあないのだけれどね、ぽんっと、浮かんだものは書いておきたくなるものである。その句を、眺めながら、ふと思った。セニョール・ハバネロの白い小さな花には蜂や蝶がやってくるのを見たことがない。従って、折角咲いた花であるけれども、受粉することなく、つまり、実を結ぶことなく生涯を終えてしまうのではないか、というようなことを考えていたのでありますな。数日前のことである。後先が取っ散らかって何を言っているか判然としない、如何にも、下手っぴいな文章になってしまったけれど、何をふと思ったかというと、蜂や蝶がセニョ殿の花の周りに現れないのは、私が観察しているからではないか、ということである。もう少し丁寧に述べるなら、観察するに際しては、私てえやつは大きな缶に入れた蚊取り線香を足元に置き、乾電池で動作する電気何とかという、これもまあ、一種の蚊遣りの類を腰にぶら下げているのである。勿論、これは、蚊に刺されぬようにとの用心のためのものであるけれど、考えてみれば、蚊が忌み嫌うものをば蝶や蜂が嫌がらない筈もないだろう。すると、何ですか、こういうことですか。私はハバネロの花に集まる蜂や蝶が見たいけれど、蚊には刺されたくない。刺されたくないので、蚊遣りを携行する。蜂や蝶を含む虫連中は蚊遣りの匂いが嫌いであり、従って、蚊遣りの煙が漂っている限り、セニョールの側にはやって来ない、と、こういうことなのではないかしら。もし、そうだとするとなると、私は蚊遣りの使用を諦め、つまり、蚊に刺される覚悟の上で表に出るしか、ハバネロの花に集まる虫たちを眺める術はない、ということなのであろうか。こいつは、中々に悩ましい問題でありますな。酔った頭を振り回しても少しも解決策など思いつきそうにない。明日は、覚悟を決めて、蚊に刺されながらの観察をすることにすべきだろうか。ううむ、気が進みませんなあ。

 蚊遣り持て 白き花見る孤独かな

それとも、

 蚊遣り捨て 蚊に刺されつつ和気靄々

ううむ。どうしたものやら。

投稿者 nasuhiko : 20:19 | コメント (2) | トラックバック

こんにちわ♪おじゃまします♪

私もほぼ毎日蚊にさされて、最近は虫除けスプレーを自分に吹きかけてから小庭に出るようにしています(笑)

日差しが強くなってきて思うこと...
ハバネロの足元の葉をチギリ取らなければよかった!
昼間、土に直接日があたりグッタリするヤツも出てきた。
そんな時あの足元の葉があれば...

投稿者 yuki : 2005年08月02日 17:05

 私のところでも、下の方の葉っぱを以前に切りました(yukiさんの真似をしたのであります)が、今のところ、ぐったりするようなことはありません。これは途中で一度折れてしまったせいで、背丈が低く、その分、葉っぱが横に広がっているから、意外に足元が日中でもからからになりにくいからかもしれないなどと思っておりますが、本当のことは判りません。
 何はともあれ、早く実が生ることを切に願っておる次第。

茄子彦拝

投稿者 茄子彦 : 2005年08月04日 15:22

2005年07月25日

iconハバネロ28


 虫喰いだの、地面に埋もれるだの、日光が足りないだの、土が悪いのではないか、などなどなどと、あんなに苦労していたセニョール・ハバネロのお世話であるけれど、今となっては、何だかね、良い思い出である。ぱっと見の威勢の良さというのか、そんなものは未だ足りないように思う。正直なところ、そう思いますが、虫喰いも少なくなり、花がずんずんと咲き、緑も濃くなってきている。何を文句を言うことがあろうか。はは、良い気分だよ、良い気分です。お蔭で、昨日も澤乃井を美味しく頂きました。尤も、いつだって澤乃井は美味いのだけれど。
 しかし、今日になって、ふと疑問が湧いてきたのである。花が咲いたは良いが、その後、どうなるのか。花が咲けば、お次は実が生ると相場は決まっているけれど、そこには受粉というものがある筈である。しかし、いくら観察していても、蜂や蝶がセニョ殿の白い花にやってくるところを見たことがない。蜂や蝶がやってこないのだとしたら、どうやって受粉するというのだろうか。仮に、受粉が為されなかったとすると、やはり、直に花が枯れて、それで終わり、ということになってしまうのではないだろうか。放っておいて良いのか。それとも、何か対策が必要なのか。ううむ。新たな悩みが発生しましたな。
 そんなことをぼんやりと考えながら、眺めていたら、突然、猛烈な雨が降ってきた。

 窓叩く 驟雨ばしゃばしゃ 耳に涼し

 こんな句を捻り出して、悦に入っている。大した句じゃないね。窓から外を眺めると、ハバネロくんの前に蚊遣りが置き忘れた侭ではないか。うっかりした。

 夕庭に 驟雨ばしゃばしゃ 蚊遣り濡れ

投稿者 nasuhiko : 17:38 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月23日

iconハバネロ27


 先日、小さな白い花を開いて幸福を齎してくれたセニョール・ハバネロであるが、本日、丁寧に眺めてみたところ、五つも花が咲いている。ほんの四、五日のことなのだけれど、着実に成長しておるのですなあ。自然の力というのは素晴らしいものである。感心頻り。小さな花を飽かず眺めてにたりにたりと薄笑いを浮かべる老骨。あまり良い景色とは言えない。けれども、嬉しいのである。嬉しいからついつい口元が解けてしまうのであって、如何ともし難い。誰に見られている訳でもない。良いではないか。尤も、いつだったか、夕方のニュースで見たけれど、最近は覘く技術が途轍もなく進んでいるのだそうで、いつどこで誰に覘かれていないとも限らない世の中なのだそうである。まあ、私の呆けた薄ら笑いを好んで覘く御仁もおらんだろうけれどね。女性などは安心して暮らせない、大変嫌な世の中になったものである。
 しかし、この白い花はあまり南米の気配を醸し出しておりませんな。静かで控えめな佇まいは、寧ろ、和の心を示しているようにさえ思える。こんなことを言っているけれど、私は南米に行ったこともないし、精通している訳でもない。テレビや映画で見た景色を頭の中でごちゃごちゃにして捻くり回して、勝手に想像しているだけなので、南米には、斯様な楚々とした花がたくさん咲いているのかもしれません。

 蚊遣り手に 御機嫌如何と 庭巡る

 蚊取り線香の匂いてえものも、セニョちゃんにとっては、嘸かし新鮮な香りでありましょうなあ。

投稿者 nasuhiko : 21:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月20日

icon湯呑み酒


 夕方になって、大師匠が一杯加減で御来訪。末廣の帰りだそうで、お土産として湯呑みを頂戴した。こんな老い耄れを気遣って戴くなんざ、実にありがたい話である。
 大分、酔っていらっしゃるもので、話の後先も内容もあっちこっちに取っ散らかっているけれど、その姿から存分に噺を楽しまれてきたのであろうと、ありありと推測される。羨ましい限りである。文楽を見ようと思っていたのに代演が入っていたとか、金馬が思ったよりしょぼくれていないとか、終いにゃ、のいるこいるという人たちの漫談の真似までして下さった。昼の取りは伯楽という師匠で「火焔太鼓」を掛けたという。私は伯楽という人を見た覚えがないのだけれど、立派な出来だったそうであり、そんなことを言われると、何とも羨ましくなる。上機嫌振りがね、何とも羨ましい。随分御無沙汰しておりますからね。明日にでも新宿まで出向こうじゃないか、という気になる。

 大師匠が帰られた後、マックで聴くことが出来る落語のCDのことを思い出して、伯楽さんを聴いてみようと思い立つ。ところが、あろうことか、件のCDがみつからないのである。何処へ行ってしまったのか。こんな狭い家の中で、しかも、あれこれと持ち歩くような代物じゃないのに、一体どうなっているのだろう。かれこれ半時間ほども頑張って探してみたけれど、到頭みつからない。仕方がないので、本で読みますか。火焔太鼓は志ん生の文庫本だったかね、と思いながら、目星をつけた本棚を覘いてみたのだけれど、あろうことか、志ん生の文庫本のシリーズがみつからない。一冊二冊じゃないのだから、そうそう紛れてしまう筈もないのだけれど、どうしたことだろう。釈然としない気持ちのまま、杯を重ねる。ううむ。

 探し物みつからぬまま 夏の酔い

投稿者 nasuhiko : 21:58 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月18日

iconハバネロ26


 大変暑くなった。もう梅雨明けなのではないかと思う。朝一番で水遣りをするが陽射しは非常に強い。こう暑くなると、水を撒く時間が遅くなると、根腐れを誘引したりするという意見を度々耳にしているので、真偽は判らぬものの兎にも角にも、朝と夕に水を撒く老い耄れである。それにしても、この時節、朝に水を打つのは気持ち良いものである。一日が始まるぞ、という心積もりが引き起こされるというか、ね。

 昼が近づいた頃合いに、師匠大師匠、加えて、円嬢コロリン嬢が現れる。セニョール・ハバネロが白い花を開かせたことを知り、覘きに来たのだそうな。代わる代わるに、小さな花を覗き込んでは声を上げる。女性陣なんぞは、随分と高い声で耳が痛いほどであるけれど、それほどみなさんが喜んでいるという訳であって、セニョちゃんの育て主としては、鼻が高いような、少々擽ったいような、何とも独特の嬉しさを味わわせて戴いた。育て人冥利に尽きますな。
 一段落したところで、大師匠が持参下さった上善如水を戴く。暫く振りに呑むけれど、相変わらずの味でありますな。お若い女性陣には喜ばれておる。私としては少々物足りないような気も少しだけしたけれど、いやいや、夏には、こういうすうっとした酒は結構であります。

 ハバネロの花が咲き、私自身、大変大変喜んでいたけれど、それだけでなく、あの小さな白い花が、お若い友人達を喜ばせ、こうして我が荒屋に集まって杯を交わさせる。嬉しいじゃありませんか。明日からも、頑張っていこうという心が高まる。まあ、私が頑張らずとも、夏の陽射しがあれば、ずんずんずんずん育っていくに違いないのだからして、結構毛だらけ猫灰だらけ。余は満足じゃ。少々呑み過ごしておりまする。

 白き花囲んで楽し 冷やし酒

投稿者 nasuhiko : 18:13 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月17日

iconハバネロ25


 いやあ、人間、諦めてはいけません。あざみさんのように前向きに生きるべきなのである。それで、報われることもあろうし、報われないことだってあろうけれども、兎にも角にも、前向きに生きるところから始まるのである。
 愚痴を溢し、泣き言を漏らしてばかりだったセニョール・ハバネロとの日々であるけれど、愈々、明るい光が雲間から見えてきたのである。何と、本日見てみたら、白い花が咲いている。花が咲いたら、その次は実になるのでしょう。嗚呼、素晴らしいではありませんか。花が咲いているのですよ。そして、実になるのであります。
 しみじみと観察してみると、花の候補かもしれないような、小さな蕾みたようなものも散見される。これらが全て花開いて実になるとしたら、どんなに素敵なことでありましょう。年甲斐もなく興奮して、息苦しいほどである。何だ彼んだと焦りや苛立ちを感じたりもしてきたけれど、こうやって花が咲いてみると、それらも全て良い思い出というのか、本日の感動の為の肥やしのようにさえ思えてくるから、人間てえものは調子の良い生き物でありますなあ。
 もう直に梅雨も明けるだろう。そして、毎日、強烈な陽射しがセニョ殿の上に降り注ぐであろう。そうすれば、故郷の環境に近づくだろうから、今よりも、もっともっと元気になるに違いない。そして、たくさんの実を生らせるに違いない。そして、それをみんなで収穫して、その実りを用いて、美味しくて辛い、辛くて美味しいカレーを大師匠が作ってくれるだろう。そして、カレーを食しながら、杯を酌み交わし、自然の恵みをみんなで寿ぐことになるだろう。嗚呼、素晴らしいではないか。素晴らしいではないか。

 梅雨明けよ ハバネロの花 開きおり

投稿者 nasuhiko : 16:49 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月07日

icon微温湯


 腰が痛い、膝が重い、と泣き言ばかりを書いていたら、御助言のメールを頂戴した。私の如き訳の判らぬポンコツじじいの戯言を読んで戴いた上に、御助言まで戴けるとは、何とも有り難い話である。感謝に堪えない。実に勿体ない。
 どういうことかというと、簡単に言うと風呂に入れ、ということである。これでは身も蓋もないですな。説明します。腰のちょいと上ぐらいまでお湯を張る。温度は体温より少しだけ高く、うっすらと暖かいと感じる程度。熱いのは厳禁であるとの由。そういう状態で腰まで浸かって、おでこからじんわりと汗が出てくるまで、大人しくしていなさい、ということである。見当としては二十分程。御覧の通り、実に細やかに御説明戴いたので、私のような盆暗でも労せず理解できた次第。兎にも角にも、血流が良くなるので、膝の重みはそれで解決するのではないかと思う、ということでありました。
 早速、有り難く、実行させて戴いたところ、成程、心持ち、膝の具合が良くなったように思われる。上がった後で、少々ばてたような気味があるけれど、遠くから扇風機の風に当たったら、すぐにすっと疲れが引いたようである。そのまま、畳の上にごろ寝して、三、四十分ほど、ぼんやりうつらうつらしたら、すっかり良い気分である。いやあ、これは手軽だし、気持ち良いし、良い方法を教わりました。明日からも、ちょいちょい試させて戴くことにしますか。

 風呂上がり 畳にごろ寝 扇風機

 これじゃ、風趣の欠片もない、小学生の日記みたような句だね。

投稿者 nasuhiko : 19:44 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月05日

icon名前なんぞ


 我が小庭には、植えたもの、植えないのに勝手に生えたもの、大師匠からの預かり物、と、あれこれの草花がある。御存知のように、私は、マリの遺したものを何とか育てよう、というような気持ちから庭弄りを始めたのであって、元々花や草木に格別な関心を寄せていた訳ではない。しかしながら、家内の思いが籠っているであろう草や土と接しているうちに、何とはなしにそれなりの愛着や拘りが湧いてくるから不思議である。近頃では、雨の日でも傘を差して一渡り眺め回したりして、一端の園芸家気取りである。いや、まあ、気取っている訳ではないのだけれど、結果的に、そんな風なことになる。そうやって愛でていると、ああ、今日はこの草の緑が濃いな、とか、漸く、花が咲きましたか、などなどと、それぞれの移り変わりを目や指や鼻で感じる訳である。そういう色々な感興を得られるというのは実に有り難いことであり、この自然の恵みや驚異に感謝したい気持ちになったり。そして、当然、日記に書きたくなる訳である。そこで、はたと困じ果てる。名前が判らないのである。判らないから日記に書きようがないのである。人間てえものは愚かなものである。手前で考え出した言葉というものに囚われて、名前が判らないから日記に書けない、と泣き言を言ったりしている。莫迦である。情けない。仕方がないので、庭の右奥の草に薄桃色の見たことがない花が咲いた、などと、書いてみたけれど、どうにも落ち着かない。言葉というものに毒されているのか。毒されているのでしょうな。

 一体、名前に何の意味があるのというのだろうか。こんなことでむず痒い心持ちになるなんて、なんて愚かなじじいだろう。

 万緑や 存じませぬぞ 名前なぞ

投稿者 nasuhiko : 17:44 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月02日

iconすっきりしない。


 何とも気怠い。こういう季節の境目のような時には、あれこれと不都合が生じるものですな。腰の方の痛みは、畳にタオルで解決しているような気がするものの、膝の方が宜しくない。ずきずき痛いというようなのではないのだけれど、何となく、奥の方でずうんと痛くて重い、というような具合。寒暖が揺り返したりすると、どうしてもあちこちの関節がおかしくなる。考えてみれば、七十年以上も使い続けてきたぽんこつであるからして、少しぐらいの不具合は当然、未だどうにか動いているだけでも有り難いと思え、というところが、正しい心構えなんでしょうな。理屈はそうなのだけれども、しかし、すっきりしない。身体の調子がすっきりしないと、気分もすっきりしない。
 極力冷房の世話にはならないようにするのが、身体の為であるし、無駄な資源を消費しないという意味では世界平和の為でもある。尤も、世界平和だなんて、言っているけれど、そういうことも少しは考えなくもない、という程度のものでしてね。確固たる信念を持って、あれこれしている訳ではないので、夏が本格化してくれば冷房のお世話になることだろう。まあ、兎にも角にも、今のところは、扇子と団扇と扇風機。
 すっきりしない、すっきりしない、と泣き言ばかりを繰り返しているのは、みともないばかりで何にもならんから、少しは元気が出るように、精のつく物でも喰おうではないか、と思うのだけれど、鰻や肉なぞを思い浮かべても、どうも食指が動かされない。何が食べたいかと考えると、青紫蘇と生姜を薬味にして揖保乃糸でもさらっと、というようなところかねえ。じゃなけりゃ、奴。どちらも余り力が出そうにない。と、そこで、ふいと思い付いた。大蒜を炙って喰おうじゃないか、と。
 早速、大蒜を炙って、味噌を付けてやっつけましたよ。これが、またつまみとしても抜群だね。我ながら、良いことを思い付いたものだ。へへ。美味いねえ。美味くて力が出るてんだから、有り難い喰い物だよ、大蒜てえやつは。

 熱々の大蒜頬張り 冷やし酒

投稿者 nasuhiko : 18:25 | コメント (0) | トラックバック

2005年07月01日

iconハバネロ23


 昨晩は、今年になって初めて蒲団ではなくタオルを一枚ひいて、その上に寝た。これが良かったのでしょうなあ。腰痛が治まったようである。調子に乗ってじたばたすると、またぶり返しかねないので、大人しくしているけれど、うんうん、調子が良い。調子が良いのは私だけではない。こんなに涼しくなっているのだが、どうもセニョール・ハバネロも調子が良いように見受けられる。緑の色が濃くなってきたような気がするのだけれど、気のせいだろうか。よく考えてみれば、齧られている葉っぱだって相当減ってきていますな。こういう時に、写真というのは何とも便利なものである。少し前の写真と比べて確かめてみたけれど、やっぱり、色が濃くなり、齧られている葉が減っているの。ああ、愈々、ハバネロくんの黄金時代も間近なのだろうか。嬉しいねえ。やはり、あれですな、暑さが足りないのが一番の原因だったのでしょうな。それから、根元を少し掘ったのも良かったのかもしれない。珈琲の残り滓を撒いたのだって効果がなかったとはいえまい。考えてみると、本当の原因は何だかわからない。判らないのだけれど、此方人等、農家でもなければ科学者でもないのだからして、原因が判らなくたって、かまやしない。大事なのは、セニョちゃんが元気に元気に育ち、立派な実を付けてくれる、ということなのである。すっかり浮かれて、大喜びしている老い耄れであるが、実りの日まで、未だ未だ道程は長いんでしょうなあ。それにしたって、夏間近。未来は明るそうである。今宵は、祝杯ですか。まあ、祝い事がなくたって呑むんだけれどね。祝い事があれば、一層美味いものである。

 ハバネロの 緑眩しき 梅雨晴れ間

投稿者 nasuhiko : 17:45 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月08日

iconヒラリー・ハーン


 さらりと笊を啜ってのんびりとしていたら、玄関で呼ばわる声がする。出ていってみると、女性が立っており、届け物だという。御苦労なことである。判子を渡そうとしたら、判子は結構です、とのこと。アマゾンと書かれている。ははぁ、もう届いたのかい。凄い世の中だね。ヒラリー・ハーンの『ブラームス/ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲』である。晩のテレビを見て感激し、翌朝、インターネットで探して注文する。そして、翌々日には手元に届く。何とも便利な世の中ではありませんか。これも、私のようなぽんこつをインターネットの海に乗り出させてくれた、『日和見』の女将や師匠連のお蔭である。感謝の気持ちを新たにしなくてはいけない。
 繰り返し、轟音で聴いている。これが良いのである。何とも結構。表紙の青色の背景に、肌の色も白いというより蒼いという感じで、このアルバムを見事に象徴していると感心する。素人じじいに出しゃばり口を利かせてもらうならば、こう、何というのか、この音楽はかっかっかっかっと燃え上がる炎というよりは、凍った水面が月の明りに照らし出される輝きとでも申すのか、兎に角、冷たく輝いている音楽なのである。……何だい、この気取った物謂いは。全く以て、厭らしいじじいだよ。
 素晴らしいですなあ。殊にストラヴィンスキーの協奏曲が宜しい。こんな温みのある、叙情的な作品もあったのですなあ。無知というのは恐ろしいものである。ストラヴィンスキーというのは、何となく、もっと、どがしゃかと騒々しく、金属バットで鉄の階段を叩くようなものだとばかり思い込んでいた。

 梅雨間近
  月夜に蒼き
   ヒラリー・ハーン

 少々湿り気味の夜の空気の中、どこまでも透明に響き渡るヒラちゃんの音。嗚呼、もうこんな時間か。これはいくら何でも近所迷惑ですか。

投稿者 nasuhiko : 22:01 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月25日

icon集中中


 福寿庵で天抜きと清酒。近頃じゃ、跡継ぎ息子も気が利いてきて、酒と言えば、黙って、冷で澤乃井を持ってくる。本日は、坂本くんは不在の様子。息子くんによれば、近頃は音楽熱が盛んだそうである。あれこれとCDを買い込んでは、轟音で聴いている、とのこと。尤も、轟音なのは耳が遠いせいだろうけれども。田村師匠の影響がこんなところにも出ておるのだろうか。師匠もちょくちょくここで笊を啜っておるという。友人と友人が知り合って友人の輪が広がるのは、何とも嬉しく、少々鼻が高い気すらするものである。然り乍ら、その一方で、私の知らないところで、二人の親交が厚くなってゆくのは、何だかちょいと嫉ましいというか何というか。じじいのくせに、しかも、男友達に何を嫉妬しているのやら。全く以て莫迦である。
 散歩がてらに、ぶらぶらと遠回りしながら、歩いていると、広場の草叢で、宇宙人面したちび猫を発見。ぴょこぴょこ兎みたように跳ねたりしている。変わり者だね。おーい、だの、君ぃ、だの、ちび猫くんよ、だのと呼び掛ける。いつもなら、振り返り、機嫌が良ければ、にゃあ、と返事が来るところ。しかしながら、本日は、私の声に何の反応もしてくれない。もう一度、呼んでみる、おーい、ちび公くんよ、と。しかし、この度も全くの無視。無視。無視。まあね、考えてみれば、私が声を掛けたからといって、返事をしなければならない、という義理がある訳ではないのである。何しろ、先様は余所様のお宅に飼われておる猫である。けれども、たまには蒲鉾を分け合う仲であるわけで、振り向くぐらいしてくれても良いのではないか、とも思う。兎にも角にも、一体、何をしているのか、忍び足で近づいてみた。すると、あれですよ、蜥蜴です。尻尾が切れて、尻尾は尻尾でくねくね動いている。これが世に言う蜥蜴の尻尾切りなんでしょうな。尻尾の切れた蜥蜴を見たことはあったけれど、切り立てほやほやでくねくね動いている尻尾を見るのは初めてである。思ったほど、不気味ではなく、寧ろ、不思議な感じか。しかしながら、折角の尻尾切りも、今回は奏功しなかったようである。ちび公くんは、蜥蜴本体に夢中な様子。撫ぜるように柔らかく触っては、自分が飛んで下がったり、何がしたいのか判らない。兎にも角にも、殺したり、食べたり、ということが目的ではないようである。要するに遊びなのか。しかしながら、遊ばれている方は堪ったものではないので必死に逃げようとするのだが、宇宙猫くんは、行き先を塞いでしまう。残虐なようではあるけれど、猫としての本能がさせていることだと思うと、残虐だ何だというのは人間の勝手な思い込みに過ぎぬとも言える。ううむ、難しいところですな。五、六分程、あるいは、もう少し眺めてみたけれど、集中中のちび公くんの集中振りは途切れそうになく、何となくもやもやした気持ちのまま帰途についた老い耄れである。

春の苑 猫の戯れ 胸痛し
 生まれながらのものと思えど

投稿者 nasuhiko : 19:27 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月24日

icon独り言つ


 今日もに輝く文明の利器を懐に入れて、近所をほっつき歩く。若先生の御指導通り、のんびりのんびりゆるゆるぬるぬるとね。まあ、御指導頂かなくたって、走ったりできる訳ではない。精々頑張ったところで、すたすたと早歩きという程度。しかも、それだって、小学生にすら、昔々あるところにのろまなお爺さんがおりました、と評さかねない程度の早さ、いや、遅さである。
 本日は陽射しが心地よく、緑が喜んでいるのが手に取るように判る。ところが、鳥の声はあまり聞こえない。連中は、もうちょっと涼しい方が良いのかしらん。それにしても、新緑の季節というのは嬉しいものである。限りない未来と希望に溢れている。私の如き未来などほんの僅かしか残っていない者にとってさえ、そう思えるのだから、お若い人たちの中には、この緑豊かなこの木々や草花から多くの力を得ている方だって少なくないだろう。尤も、若い頃には、存外、草花だの鳥だの自然だのってことには興味が湧かないものであるのも事実でありましょうな。実際、私だって、若い自分には目の前にあったとしても緑や花なんぞには目が向かなかったものである。それに対して、マリは草花が好きでしたよ、若い時分から。このちっっぽけな庭にあれこれ植えて育てて。今、私のような懶で、かつ、不器用な老い耄れが、ちょこちょこと庭いじりをしているのも、妻の遺志を継いでのこと……いやいや、そんな恰好の良いものではない。暇を持て余した老人が話し相手がいないので、草木や鳥や猫に話し掛けているだけのこと。

風光る 妻の遺した ジャルディネに

 気が向いた時に、草を毟り、水を撒く。たったそれだけの手間しか掛けていないのだけれど、その一手間のお蔭で、花や草をもっと好きになり、身近な存在のような、仲間のような、少しは連中の気持ちが判ったような気になる。全く以て、人間というやつは何とも手前勝手な生き物である。いやいや、人間という括りは大き過ぎる。全く以て、茄子彦というやつは何とも手前勝手な生き物である。

投稿者 nasuhiko : 20:04 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月23日

iconとうとう


 今朝も早くから起き出して、秘密兵器を脇に置き、鶯の登場を待った。待ったのである。待ったのであるけれど、現れなかった。むむむ、とうとう彼奴は去ってしまったのであろうか。そうでしょうな。そもそも、こんな春が深まっても里をうろうろしている方が変わり者なのであって、鶯と言えば、もっと春浅き時期のもの。梅に鴬なぞという物言いがあるぐらいでね。そうは思うものの、結局、録音に成功したのはあの一度きりであり、些か残念である。けれども、そういうものなのだ。そういうものなのであるよ。この国にはきりっとした四季があるのであって、それが果無さを尊んだり、時の移ろいを味わったりする心を、私らに与えてくれるのである。そう考えれば、鶯が町を去り、山に帰ったことは有り難いぐらいである。録音できたのできないだのと、みみっちいことで愚痴を溢すなんざ、全く以てみともない。そこへ直れ、貴様の如き、女々しい者は日本男児の風上には置けぬ、一刀両断にしてくりょう……と、こんな乱暴なことまで考える必要はない。それに、女々しいだなんてことを言っては、男女同権の御時世では叱られてしまいましょう。まあ、兎にも角にも、鶯くんが無事に山に帰り、また、来春、この界隈を訪うてくれることを祈念して、乾杯しようではないか。
 それにしても、天気が良いと、酒が美味い。寒い時期にきゅうっとやる酒も良いし、暑い時期のぴしゃりと冷えた酒も良い。けれども、この春のほんわかのんびりした風の中、ゆるゆると呑む酒は格別である。この世に四季があるのは有り難いし、清酒があるのも有り難い。風が吹くのも有り難いし、ぬくぬくと陽が射すのも有り難い。鶯の声が一度だけとはいえ録音できて有り難い。澤乃井に揺られて良い心持ちになてきたお蔭で、あれやこれやに、素直に感謝の気持ちを抱ける老い耄れである。
 そうそう、今日はツピツピツピツピーという鳴き声が録れましたよ。あれは四十雀だろうかね。それと、ヘリコプター。まあ、こいつには季節もへったくれもないし、風情の欠片もないけれどね。物の序でに録ってみた次第。普通に聞いても騒々しいが、マックの中でも騒々しい。味が悪いね、ヘリコプターてえやつは。

鶯と暫しの別れに 祝い酒
山の栖に 無事に帰れよ

投稿者 nasuhiko : 18:08 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月22日

iconぱっとしない


 天気優れず。鶯の声も、今日は全く聞かれない。なあに、鶯ばかりが鳥じゃあるまいし、と、秘密兵器を持って、表に出る。風が強く冷たいのに些か驚く。長閑な春の温もりに慣れてしまったせいか、身に滲みる寒さである。天気予報では晴れだと伝えていたのだが、雨雲も集まり始めている。時々、晴れ間も覘きますがね。突然、ぱらぱらと降ってきたと思ったら、すぐに止んだり。何だか纏まりのない空模様である。のろくさ歩いていたら、宇宙人面した猫が広場の隅でごそごそやっておる。やあ、だの、君、だのと声をかけても、まるで耳に入らぬ様子。
 少しく散策するけれど、こんな時には鳥たちも気がすうっとしないのだろう。聞こえてくるのは、高きを舞う鴉のかあかあいう声ばかり。録音すべきものが見当たらない。いやいや、聞き当たらない。雲間から漏れ出ずる光では少々暗く、写真を撮る気にもなれない。考えてみれば、こんなじじいが赤い録音機や青いカメラを手にして、下駄履きで近所をうろうろする図なんざ、妙でしょうな。まあ、極々御近所の皆さんは慣れておるだろうけれども、見知らぬ人が見たらびっくりするかもしれない。モダンなじいさんだね、と。いやいや、そんな訳はない。ああ、おつむの緩んでしまった可哀想なおじいさんなんだね、と。自嘲の風味で書いてみたけれど、これが世の目に映る我が姿の真実なのかもしれむ。そう思うと、情けないような、やけくそで自慢したいような。
 肌寒さ故に膝が痛み出し、早々に引き上げる。昼飯代わりに買い置きの心太を食して、ごろり。師匠にお借りしている『アリーナ』をかけて昼寝でござる。昼寝に最適、などというと、失礼かもしれないが、いやいや、この静けき美しさは、聴いて良し、寝て良し、聞き流して良し、という具合。巫山戯ているのではなく、真実、そう思うのですぞ。
 午後になって起き出してみたら、何だい、気温が上がってきているね。晴れ間も多くなったようである。けれども、こんな時間になってしまっては、鶯の鳴き声を収めようと言っても無理な相談。ぼろ庭で耳を傾けても、やはり。遠くで鴉の声がするばかり。明日があるさ、と言いたいところだけれど、明日も未だ鶯が現れるや否や。いやいや、鶯ばかりが鳥じゃない、と申し上げた筈。兎にも角にも、明朝、晴れることを祈念しつつ、杯を傾ける。それにしても、何ともぱっとしない一日であることよ。

花冷えの 雲の切れ間に 鴉のかあ

投稿者 nasuhiko : 18:44 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月21日

iconまだおりましたが……


 塵を出して戻るところ、鳴きましたよ。ホーホケキョ。おお、未だいてくれたのか、と、慌てて荒屋に戻り、秘密兵器を手にして表に出る。奴さん、また、随分と高いところで鳴いておる。ホーホケキョ。昨日、あれほど練習したのにもかかわらず、いざ鶯を目の前にしてあたふたするばかりでなかなか思うようにいかぬ。むむむむ。しかし、あれこれやっているうちに、どうにか動き出した。早速、鳴き声のする方に向けて、ぴかりと赤くてちっちゃな機械を向ける。時間が時間だけに、通勤する人々、通学する若者たちが足早に通り過ぎる。無論、ただ通り過ぎるだけでなく、茫と突っ立って高い木に向けて手を翳している老い耄れを一瞥。ああ、可哀想なじいさんだね、とでも言いたそうな眼差しである。ふん、判らん人々には判られんでも構わんわい。兎にも角にも、静かに通り過ぎてくれ給え。鶯を脅かすことなく、この機械の中に、自転車のぎーこぎーこと進む音が入り込んだりしないようにね。
 息を殺して、静かに録音。録音を始めると先様が鳴き止んでしまったり、ホーホケキョと、こう、何と言うのか、あああ、止めるとホーホケキョ、と気が合わなかったりするものの、録っては止め、あれれ、ホーホケキョ、録っては止め、と何度か繰り返す。
 さあ、兎にも角にも、マックにさしてみようではないか。おお、一杯録れておりますなあ。早速、順番に聴いてみる。これが、微妙なのである。かちゃかちゃ金属音が入っていたり、風の音らしきもの、衣擦れのような音、などなどなど、余計なものがたくさん録音されておる。勿論、鶯の声も入ってはいるのだけれど、小さい。かなり小さめである。しかしながら、一回目の挑戦としては、立派なものだ、と思おうではないか。さて、問題は、これをどうすれば良いのか、ということである。絵や写真なら、何とはなしに扱い方が判るものの、音のものはどうすれば良いのだろう。要らないところを切ったり貼ったりできるのだろうと思うものの、操作方法が如何な見当がつかぬ。今日の分は、全部捨ててしまって、明日からまた挑戦して、録音状態の良いものを用意するのが先決かとも思うけれど、明日も未だ鶯が鳴くのかどうか、それは誰にも判らぬ訳で、そうなると、この遠くで小さく聞こえる鳴き声だって、貴重なものではないか、と。もやもやと纏まらぬ考えを肴に呑み始めてしまった。明日は明日の風に任せるとして、今日のところは、これ以上余計なことはせずにホーホケキョ。

鶯の歌 雑音の間から

投稿者 nasuhiko : 18:52 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月20日

icon鶯がいるうちに……


 田村師匠が昨日訪うて下さったのは、交換音楽のためばかりではない。一番の目的は、私の呟きに応えるべく、鶯の声を録音してマックの中に入れる道具を買ってきて下さったのである。驚きました。このクロスセブンという赤くてちっちゃな代物で外界の音を録ることができ、かつ、マックに差し込むだけであれこれできるようになるのである。文明はここまで進んだのか。この小ささは、比較するなら、何でしょうな、百円ライターというもの、あれぐらいでしょうかね。いや、あれよりは大きかろう。ううむ、俄には信じ難かったのだけれど、師匠が説明がてら実演してくれたのであるからして、現実なのである。
 自分独りで同じことができるのかどうか、と、早速、本日試そうと思っていたのだが、間の悪いことに雨である。鶯が鳴く訳がない。他の鳥だって、宇宙人面した猫だって、現れる気配がない。仕方がないので、自分で、そのちっこい機械に向かって喋って、録音することに挑戦した次第。ところが、これがなかなかうまくいかない。師匠はあんなに簡単そうに扱っていたのだが、この老い耄れときたら、手先が不器用な上に脳みそまで不器用なもので、弄れば弄るほど訳がわからなくなる。情けない気持ちに襲われながらも、懲りずに、説明書と首っ引きで、かれこれ一時間ほども格闘した結果、何とか仕組みが理解できた。判ってみればどうということもないような気もするものの、暫く使わなかったら、またすっかり忘れてしまいそうな気もする。まあ、そうしたら、また格闘すればよいのである。
 いざ、録音という段。こんなちっぽけな代物に向かって独り言つ姿、傍から見れば、全く以て笑止以外の何ものでもなかろう。しかし、こういう時、うまい言葉が出ませんな。「ああ。ああ。マイクのテスト中」と、典型の中の典型ですよ。しかも、冷静に考えれば、マイクをテストしている訳ではない。録音機能をテストしているのである。まあ、そんなことはどうでも良い。そして、マックにさしてみた。すると、画面に出てきましたよ。ダブルクリックするとマックから「ああ。ああ。マイクのテスト中」としょぼくれた声が聞こえてきた。はは、馬鹿馬鹿しいけれど、何となく愉快である。三度も、己の、言ってみれば、棒読みの台詞を聞いてしまった。莫迦だね、全く。
 あとは、明日、晴れるのを待つのみ。そして、鶯の声を録音するのである。しかし、少しく心配ですな。この雨を機に、鶯がもう来なくなってしまったりしないか、と。春も大分深いもの。

春雨の間の悪き 鶯何処

投稿者 nasuhiko : 19:19 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月19日

icon交換音楽08


 田村師匠来訪。インフルエンザで寝込んでいる折に大変お世話になったことを、今頃になって、しかも、先方からお越し頂いたところで、御礼を申し上げる。全く筋の通らぬ話でお恥ずかしい限り。
「最近、ぱっとしないようですね」老耄日記を懲りずに読んで下さっておるのである。忝ない。「何だか、くさくさしましてねえ。陽気が陽気になってきたって言うのに、気が晴れませんな。どうも躰の方が本調子じゃないもので、気分も、何とはなしに沈みがちなんですよ。まあ、寧ろ、このぐらいの方が老人らしくて丁度良いぐらいかもしれませんがね」「無理してはしゃぐこともないじゃないですか。自然にしているのが一番ですよ」優しいお言葉である。不覚にも涙が出そうになった。
 考えてみれば、気が晴れないということを気にする余り、ますます気が滅入るという悪循環に落ち込んでいたことは確かである。それより何より、話し相手がいるということが、何とも有り難い。独りでいる時だって、独り言は滝のように零れ落ちるし、宇宙猫や木々や草花、鳥なんぞに向かって話し掛けたりしてはいるわけで、全く口を開かないというわけではないけれど、生身の話し相手がいるのとは大きに異なるのである。しかも、師匠は聞き上手というのか話し上手というのか、口重の老い耄れから言葉を引き出すのが大変巧い。あれこれと由無き事を遣り取りするうちに、すうっと心が晴れていくのが感じられる。感謝至極。勿論、早い時間から傾けた澤乃井が舌と心を滑らかにしてくれたことも忘れてはならない。暫く振りに、気持ち良く、心底美味しくいただけましたとも。
 師匠が本日貸して下さったのは、『アリーナ』という、水色に薄い緑を混ぜたような何とも上品な色合いの美しい紙のケースに入ったアルバムである。「心が落ち着きますよ。いい感じにリラックスできます」と仰る師匠の言葉に偽りがある筈などない。アルヴォ・ペルトという、名前すら耳にしたことのない、現代の作曲家の作品であるけれど、妙な不協和音や仕掛けなどない、淡々と静けさの中に進む音楽である。現代音楽ということで聞く前に身構えてしまった己が莫迦みたいである。いやあ、素晴らしい音楽ではないか。空気が透明になっていき、もわもわと淀んでいた気持ちなどどうでもよく思えてくる。狭量な自分がどこかに飛んでいってしまった。
 私の方からも、今回はクラシックだけれど、少しは現代的なような、同じく透明で静かな、高橋悠治のバッハをお貸しした。タムゾー先生の耳に合いますかどうか。

春の月 音降り注ぎ 心澄む

アルヴォ・ペルト: アリーナ』 高橋悠治『プレイズ・バッハ

投稿者 nasuhiko : 19:05 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月15日

icon嗚呼、情けなや、情けなや


 何だ彼んだと、流感で臥せって以来、調子が出ない。熟、当たり前の日常の有り難みを思い知る。もともと雑な性格であるのに、体力が落ちて、不断にも況して根気がない。他愛ない日常に向けての一歩が、なかなか踏み出せないのである。
 例えば、ピアノ。バッハのインベンションをあんなに毎日練習していたのにねえ。勿論、今でも、きちんと弾けるようになる日まで頑張ろうとは思っている。寿命との勝負という要素もなくはないけれど、兎にも角にも、頑張ろうと思ってはいるのである。けれども、寝込んでいた間は当然練習どころではなかったわけであり、恐らく、唯でさえ拙い技量が途轍もなく後退しているであろうことは想像に難くない。そういう想いが心の片隅にあるもので、どうにも練習を再開する気になれないのである。途轍もなく後退してしまっているであろう現実を直視したくない、というような心。莫迦だ。それで、もう少し元気が出てきてからにしようではないか、などと、自分で自分に言い訳をして、練習再開を先延ばしにしている有り様。嗚呼、情けなや。
 例えば、韓国料理。あれほど頻々と作っていた納豆と豆腐のチゲ。目の前に納豆があり、豆腐があり、大蒜があり、味噌がある。けれども、ちょいとした手間をかける気力が出ず、豆腐に醤油を足らして食すのみ。葱を刻んだり、生姜を下ろしたりする気もしない。納豆だって、パックを開けて、そのパックの中におまけで付いてきている出汁醤油と芥子を落として、ざざっと掻き回して食すのみ。器に移すことさえしないとは、何というしだらのない有り様だろうか。懐が貧しくとも、脳みそが貧しくともかまわないけれど、斯様に心が貧しいのはいけない。嗚呼、情けなや。
 近頃じゃ、酒を呑むのも、熱心ではない。相変わらず、澤乃井は美味いのだけれどね。けれども、一杯二杯呑みながら、帳面にあれこれと落書きをしたら、もう今日は店仕舞いだ、と、寝床に転がり込んでしまうのである。寝床の中で、本を読むでもなく、ラジオを聞くでもなく、ぼんやりしているうちに、眠ってしまう。こんなことでは、お酒様に申し訳が立ちやしない。嗚呼、情けなや。ホーホケキョ。

春の夢 嗚呼 情けなやと独り言つ
 明日こそはと 早寝すれども

投稿者 nasuhiko : 19:27 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月16日

icon交換音楽04


 例によって、呑み過ぎて、気持ち悪いことこの上ない。どうして、学習しないのだろうか、この老いぼれは。半世紀にも渡ってこんな思いを繰り返し、我が事ながら厭んなる。程好いところで止めるってことができないんだから、呑み助てえのは、質が悪い。その場の楽しさに飲まれて、未来を予見できないてんじゃ、猫にも劣る。尤も、猫が未来を予見しているのかどうか、わかったもんじゃないけれど。そう言えば、近頃、スパイ面した宇宙猫、ちび助くんが偵察に来ないね。
 どうにもこうにも気力が出ないので。奴だけをどうにか食す。本当だったら、お馴染みの「納豆と豆腐のチゲ」と行きたいところだが、気力が足りず、せめて湯豆腐にでも、と思いながらも気力が足りず、結局、冷えたまま。胃に優しくない。

 先日は、二人してヘレン・ウォードに終始してしまい、すっかり忘れた恰好になってしまったが、本日は、師匠が持参してくれていたCDを聴いてみている。久下惠生という人の作品。指名手配で張り出されるポスターのような、人相のあまり宜しくない髭面の顔写真がジャケットになっている。裏を見ても、やはり髭面の、戦の最中の武将たるや斯くあろうか、というような風貌である。
 さて、その中身だが、ヒョワヒョワヒョワヒョワというような電気的な音も偶に聞こえるものの、ほぼ全面的にドラムと声ばかり。一聴したときには、いやに騒々しかったり、友達がみな帰ってしまって独りぼっちになった子供の戯れのようであったり、何だかむず痒いような心持ちがするばかりだった。けれども、田苑を呑み始め、音量を上げて二周目に挑んだところ、次第に気分が高揚し始めたのであります。意外な気持ち良さ。先程、子供云々とと書いたけれど、当たらずとも遠からず。夕方の空き地で、小学生が無心に跳ね回るような、そんな盛り上がり方である。思わず、箸でぐい飲みを叩いてみたり。曲に合わせて、ドンツドン、ドンツドン、タンタタタン、と口遊んでみたり。良いねえ。こりゃ、耳で聴くものではないのだな。身体の音楽とでも言えば良いのか。酔いが進んで、思考が少しくゆらゆらしてくるときに……ドンタドドンドタドドンタ、なんて叫んでみる。久下くんよ、ご機嫌だね。タラタカタラタッタッタタ。一緒に一杯やりたいね。タンタンットン。これは今まで私の知らなかった快楽である。ドーンバッドーンドッ、ドーンバッドーンバッ。ああ、酒が美味い。久下くんよ、私はもう一杯いかしてもらいますよ。

轟音の桴が撥ぬれば脳も揺れ
 意識波打ち幽体離脱

The Complete Helen Ward on Columbia』 ヘレン・ウォードの『グディ・グディ』 久下惠生の『A Very-Disco Golden Greats of Kuge Yoshio

投稿者 nasuhiko : 18:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年02月06日

iconヒントミント


 またもや円嬢がふらりと訪れた。早い時間から早速一杯、と準備をしようとしたところ、暫くしたらアルバイトに行かねばならぬ、ということで辞退されてしまった。それ故、珍しく緑茶を挟んで相対す。
 私は肉体的にはアルコール中毒ではないつもりだが、精神的にはアル中なのかもしれない。飲酒をせずに他人様と対峙するのが頗る苦手なのである。矢鱈とあたふたして、しなくても良い失敗を重ね、動揺して、ますますあたふたする、そんな悪循環に陥るのが常。殊に、斯様なうら若き女性と対面していると、ただそれだけで鼓動が速くなり、息苦しくなる。もし仮に、この息苦しさが嵩じて、ここで心臓発作が起きてしまったら、彼女は第一発見者となってしまうわけで、そんなことになったら、警察の取り調べを受けねばならず、間違いなく、アルバイトに遅刻してしまうに違いない。そんな迷惑をかけるわけにはゆかぬではないか。しっかりしろ、耄碌心臓よ。

「これ、どうぞ」と彼女が差し出してくれたのは、銀色に輝く、金属製の薄っぺらい箱。ウィスキーの携帯用の金属製のポケット瓶みたようなものがありますな。あれと似て、少しく曲がっていて、西部を馬に乗って旅する孤高のガンマンがお尻のポケットに差し込むのに都合の良さそうな形状である。表には「Hint Mint」とある。彼女がするっと上蓋を滑らせると、中には、白い錠剤のようなものが並んでいる。彼女の勧めに従い、眼前の一粒を口に放り込むと、ほほう、すうっとする。すうっとする。看板通りのミントのお菓子である。幾久しくこんなものを食べたことがなかったので、比較と言っても怪しいものだが、今まで私が食したことがあるものと比べて、すうすうする度合いが強いようである。
「茄子彦さん、こないだのライヴんとき、ゴホゴホゴホゴホ咳してたでしょ。これ、いいのよ」
 ありがたい話である。私の如き、不機嫌そうにぶすっとしているばかりで女性にお愛想の一つも言えぬ無粋な者、そのくせ、酔っぱらうと調子に乗るような戯け者に対して、このようにお気遣い頂くとは、真に以て忝ない。にもかかわらず、素面では「どうも」とぼそぼそと呟くのが精一杯。ああ、情けない。ああ、酒が恋しい。

老咽にヒントミントの沁み亙り
 痰火を流し 涙も流る

 対面してはきちんと御礼を申せませんでしたが、たっぷり聞こし召しておる今、この場を借りて、改めて御礼を申し上げさせていただきます。重ね重ねの御配慮、実に感謝に堪えません。この御恩、一生忘れはしませんぞ。もっとも、私の一生なんざ、大して残ってはいませんけれど……。

投稿者 nasuhiko : 10:45 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月25日

iconデジタルカメラの01


 写真なんてものは、ちょいとしたスナップが撮れれば何でもいい。それ以上のものは、プロフェッショナルか、カメラが何よりの趣味という、裕福な、あるいは、機械好きな方々に任せておけばいい、そんな風に思っていたものですよ。そう言えば、高部なんぞは高校時分からラジオや写真機に凝ってましたなあ。彼の場合、凝っているだけでなく、趣味が嵩じて雑誌に原稿を書いたり、終いには、小さい会社を作って何だかんだやっておりました。学校に背広着て来てましたね。うちが貧乏で制服買う金がないから親父のお古を着てんだ、なんてことを言ってましたが、本当のところはどうだったのか。気取り屋だったからねえ。しかも、勉強している風でもないのにいつも一番取ってて、そのまま東大行っちまった。根っから頭が良かったんでしょうね。もっとも、その代わりってのも何だけれど、運動や腕っ節はからっきしでしたけれどね。返す返すも惜しい人物を亡くしました。

 文明の進歩というのは恐ろしいもので、素人でも気軽に、しかも、簡単に撮れるカメラが出てきたかと思えば、そうこうするうちに、使い捨てのカメラなんてものが出たてんで、随分、驚いたことを思い出します。写真機てえものは高級品だとばかり思っていたが、使い捨て、とはねえ、と。
 そうこうしているうちに、今じゃデジタルカメラ全盛の御時世と相成ったわけです。私の如き老耄は、しかも、写真なんぞに興味のなかった男ですから、デジタルカメラなんて言われても、彼岸のことでございましょう、てなもんでしかなかった。全然興味がありませんでした。ところが、この老耄日記ブログを始めるところから、世界が一変しました。我が家に白いコンピューターが来てねえ。へへ。木造の荒家に白い小粋なコンピューターですぞ。しかも、その前に坐っているのは、こんな干涸びた鰯のようなじじいなのであります。違和感を絵に描いたらこんな具合てなものです。猫に小判、豚に真珠、の体で、爺にマックってなもの。こいつが素晴らしい機械だったのですなあ。そして、素晴らしい機会でもあったわけです、と洒落にもならない洒落を言ってみたりして、今日は随分、躁の側に振れていますけれどね。まあ、これは、例によって、昼間から澤乃井をやっつけているからでして、ひとつ、まあ、あなた、そこのところは御免蒙ります。
 田村師匠に選んでいただいた、今や自慢の青いデジタルカメラで写真をどんどん撮って、どんどん撮って撮って、撮りまくりのこんこんちき。そして、コンピューターにコードを差し込めば、あとはあれこれ自動的にやってくれる。凄いね、どうも。大したもんだよ、世の中の進歩てえものは。いやいや、だが、そうは言っても、いくらマックが進化したところで、澤乃井には化けられめえ、てんだ。はは。

呑みぬれば 色に出でにけり 我が酔いは
  歩けますかと 人の問うまで

 どうにもばかだね、おれてえやつは。

投稿者 nasuhiko : 17:43 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月22日

icon男の料理13


 昨日のは何がいけなかったのかがわかりましたぞ。胡瓜です。いや、そんなことは食してすぐにわかった。そういうことではない。胡瓜が瓜科の植物であるのに対して、意外や意外、ズッキーニてえやつは南瓜の一種だってえじゃありませんか。いやいや、人は見掛けに因らぬもの。お見逸れいたした。金輪際、「納豆と豆腐のチゲ」には胡瓜は入れませんよ。入れませんとも。
 復讐戦ということでもないが……そもそも、誰に復讐すればよいというのか……本日もまた挑戦する。昨日の過ちを糧にして、ズッキーニを買いに行った……りはしないのである。今回の工夫は若布である。これなら失敗のしようがあるまい。もっとも、昨日だって作り始めるときには同じことを呟いていたような気がするが……。
 チョ先生の本を見ずとも手順はすっかり頭の中にある。躰が覚えている、と言いたいところだが、正直なところ、まだそれほどではない。さて、出来栄えだが、どうだい、実に素晴らしい。今までのもの以上に美味いかもしれない。おまけに海藻の類は大変躰に良いとされている。もっとも、今更、健康に多少の気遣いをしたところでどうにかなるような状況ではない。此方人等、あっちゃこっちゃにがたが来ている、薬漬けのこんこんちきの老体で御座い。豊多摩郡に生まれ、もう直に豊多摩郡に死んでゆく身の上。好きなものを好きなだけ喰って、呑んで呑んで、呑んで呑んで、呑んで呑んで、楽しくいきましょうや。はは、暢気だね。さあ、今日も田苑をいただこうじゃありませんか。

風吹けど 寒さ知らざり 炬燵酒

投稿者 nasuhiko : 17:12 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月18日

icon男の料理10


 拙者、またしても呑み過ぎた、老耄の愚人である。のそのそと午後遅く起き出して、昨日の残りの「納豆と豆腐のチゲ」を食す。一日置いても美味いですなあ。宿酔の胃にも優しい。なんと素晴らしい食べ物でありましょうか。一人で悦に入っている。今晩もまた作ろうかと考えていると、お邪魔します、と玄関から師匠の声がした。
「材料を揃えてきましたよ」そう言う師匠の横には、ややっ、うら若き女性がいらっしゃる。「こちらは円さん、美学生さんですよ。もしかしたら、『日和見』ですれちがったことぐらいあるかもしれませんね」そう言われると、何となく見覚えがあるような気がしなくもないが、何しろ、こちらの脳は老朽化著しく、記憶なんざあやふやのぐしゃぐしゃのごちゃまぜ、溶け始めた霜柱の如き有り様である。判然としない。
「茄子彦さんの話をしたら、どうしても一緒に来るって言ってついてきちゃったんですけれど、かまいませんよね」「さようですか。ろくに掃除もしておらんむさくるしいところですが、おあがりなさい」
 昨晩、電話で黴びて捨てざるを得なくなったコチュジャンの話をしたそうである。だがしかし、如何んせん、泥酔が激しく、コチュジャン云々以前に、師匠に電話をしたということ自体、全く記憶にない。面目なく、申し訳ない話である。お二人で近代美術館に「河野鷹思展」なるものを見に行ったついでに、上野を歩いて、韓国の唐辛子と黒砂糖を買ってきてくれたのである。私の嘆きが余程哀れだったのか、とひやりとしないこともない。孰れにせよ、私の如き老いぼれを気にかけていただき、実にありがたいことである。感謝無限大。
 聞けば、円嬢はお若いのに、いける口だという。早速、澤乃井をふるまう。なるほど、大した呑みっぷりである。こういうものは遺伝で決まることなのだろうけれど、それにしても立派なものである、というより、末恐ろしい、というべきか。
 美術や音楽に関して、あれこれと語り合う。この歳になって、そんな仲間を得られるなんざ、僥倖と申す外にない。今宵も、良い酔いと供に暮れてゆく。

日脚伸び 友の来りて よひの長き

投稿者 nasuhiko : 19:39 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月15日

icon交換音楽02


「いやあ、グッドマン、良かったですよ。実にいい。親分がホワイトだからですかねえ、やたらにポップに響きました、ぼくの胸には。ジャズとか、そういうくくりではなく、純粋にポップな音楽の快楽というのかな。う〜ん、言葉っていうのは難しいですね」と腰を下ろした途端に、あたふたと語り始めた師匠である。「まあまあまあ、まずは一杯」と差し出した杯をぐいと干す。いつになく気持ちの良い飲みっぷりである。
 それにしても、あれですな、自分の好きなものを他人様に、それも、好感を持っている友人に認めてもらえるというのは嬉しいものです。幾久しく忘れていたけれど、学生の自分に級友とレコードの貸し借りをした時にも同じような感慨を得ていたのでしょうな。家内に気に入ってもらえたときもほんわかとした良い気分でしたな。もっとも、先方は早いとこあっちの国へ行っちまったので、それも遠い昔のよう。
「では、今度はヘレン・ウォードを聴いてご覧なさい。若い頃には彼女の歌声に随分胸をときめかせたものです。繰り返し繰り返し聴きましてねえ。ジャズ・シンガーとしてどうなのかってことになると、どうなのか。まあ、そんなことは評論家に任せましょうや。とにかく聴いてみて下さい。
 それから、この間お借りした『ザ・ドロッパー』なんですが、もう少し借りていてかまいませんか。一回目に聴いたときには何だかわからなくて、放り出しておいたんですけれど、昨日、泥酔しながら大音量で聴いていたら、急に、ぴかっと閃いたような気がするのです。もっとも、酔いが激しかったので、細かいことなんざ思い出せないんだけれど、何だかね、ああ、すごいなあ、なんて思ったもので、もうちょっと腰を据えて聴いてみたい」
「どうぞ、どうぞ。一聴してピンと来なくても聴き込んでいるうちにどっかーんとくるものもありますからね」
 その後、グッドマンとコチュジャンを肴に随分と盛り上がりましたとも。仕舞いには、「シング・シング・シング」に合わせて、箸で皿を叩き出す始末。ああ、この歳になって、新しい友と音楽談義に花を咲かせることができるとは思いもよらなかった。

太箸で皿叩き 唄えや唄え

グッドマンの『ライヴ・アット・カーネギーホール1938』 ヘレン・ウォードの『グディ・グディ』 メデスキ、マーチン&ウッドの『ザ・ドロッパー

投稿者 nasuhiko : 18:40 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月12日

icon謎の物体3


 謎の物体は謎のままであって、いつまでも大きに気になる。いやはや気になることこの上ない。しかしながら、いくら考えを巡らせてももやもやするばかりで埒が明かない。同じような時間を見計らって表に出る。同じような時間に同じような場所を同じようにぶらぶらとカメラ片手に歩いたとしても、相手は七十数年間で初めて出会したものである。次に会えるのは七十数年後ではないのかねと思うのが常識というもの。しかしながら、判然としない気持ちを少しでも晴らそうと、インターネットで検索をしてみた私、幾許かの知恵がついている。ふふん。これは、少しずつとはいえ、このマックというコンピューターを使いこなせるようになってきたという証左ではなかろうか、などと調子に乗っている老いぼれが一匹。
 検索でみつかった謎の飛行物体に関するホームページを見ていてわかったことは、一度見た人は二度三度と見ることが多いようだ、ということである。つまり、もう七十数年待たずとも、私もまた出会える可能性がある、ということである。もっとも、この老体のこんこんちき、こちらの寿命が尽きる方が先である可能性もとても高い。
 兎にも角にも、ぶらりぶらりと東へ歩き、時々、振り返っては西の空を睨め付ける、そんな繰り返し。先日の遭遇は夕刻四時半の頃合いだったか。五時よりは大分手前だったように思う。阿呆のように歩いては振り返りを繰り返し、疲れてきたところで我が安普請への帰路につく。空の色を見る限り、程好く暮れてきたようだ。さあ、出でよ、円盤の君よ。さあ、さあ。少しく歩みを遅め、屡々立ち止まり、空を見上げる。暮れかかる陽光が天と地の端境にある種々の色をあれこれと変化させ、やあやあ、何とも美しい。極々短時間のうちになんと多くの光が生まれては消えることか。そうだ、円盤に乗った諸君たちも、この、瞬く光の変化を眺めるために、この星に立ち寄ったのではないか、と、ふと思う。目的地はここではなく、どこか別のところなのかもしれない、と。

冬暮景 光の乱舞 雲の間に

投稿者 nasuhiko : 17:10 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月11日

icon謎の物体2


 昨日の謎の物体は一体何ものだったのだろうか。一晩考えてみたけれど、思いつくことはない。こうしてうじうじ考え回していても埒が明くはずもないので、誰かに相談してみようかとも思うのだが、こんな話を持ち出すと、あれだね、いよいよ茄子彦のやつも来るところまで来ちゃったようだね、妄想が膨らんじゃってさ、宇宙船が来たぞぉとか言って騒いでますよ、え、困ったもんじゃありませんか、などと近所で噂になるのではあるまいか、と心配になる。その一方で、本当に見たのだから、見た儘、有りの儘を訴えれば良いではないか、とも思う。正論である。だが、しかし、私の如き老耄で朦朧としているじじいと比較しては申し訳ないけれども、「それでも地球は回っている」と呟いたガリレオ・ガリレイの例だってあるのである。つまり、如何に正しいことを述べていたとしても世間に理解されぬことは往々にしてあるのだ、と。ソクラテスだって死刑を宣せられたではないか。『水戸黄門』や『大岡越前』のような時代劇、あるいは、子供向けの何とかライダーとか何とか軍団というような番組では、勧善懲悪が約束されているけれど、現実世界ではそうはいかない。嘸かし立派で高潔で有能であるはずの裁判官や警察官や弁護士のようなお偉い人々が寄り集まって頑張ったところで、冤罪を完全になくすことは不可能なのである。それが世の現実なのである。あるいは、それが人間てぇものでがす、と言うべきかもしらん。
 ガリレイやソクラテスは自説を曲げず、刑を甘んじて受けることを選択した。実に立派な話である。それに対して、何だ、このじじいは。近所や知人の口の端に上るのではないか、と怖じて、自分が見たものを正々堂々と述べることもせんというのか。情けない。ああ、情けない話である。謎の物体を見たという事実を、己が胸の内に大事に大事にしまい込んで墓穴の中まで持って行こうというのか。そんな風に思ったら、どうにもこうにも自己嫌悪感がひしひしと押し寄せてきて、堪らず、澤乃井に手を伸ばす。今日も美味い。美味いのである、澤乃井は。そして、酔いに任せて、謎の物体を見たんだぞ俺様は、と、こんな人気のないところで息巻いている次第。嫌な老人だよ、全く。

冬晴れの宙 謎の舟 銀河色

投稿者 nasuhiko : 18:19 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月10日

icon謎の物体


 相も変わらず、天気が良い。徹底的な冬日和が続く。毎日毎日、早い時間から澤乃井を傾ける。こんなことになってしまうのも、澤乃井がすっきりと美味いからいけないのだ、などと、やけくその八つ当たり。昼日中から飲んだくれていたとて、誰に迷惑をかけるわけでもなし、御当人は至って良好な気分で過ごしているわけであり、八つ当たる理由は、全くない。寧ろ、ありがたい話である。現代の東京にも、美味い酒や美味い醤油、美味い蕎麦なんぞをこつこつと作っているところがあるというのは、大きに感謝すべきである。
 午後、程好くほろ酔い加減で、愛用のデジタル・カメラを持って表に出る。説明書を読むと恐ろしくいろいろなことができるようであるのだが、私の老いさらばえた頭脳では用法が記憶できず、こんなときには何か設定をいじればいいのだろうなあ、と思いながらも、吊るしのままで使っている次第。それでも、田村師匠が選んでくれたものだけあって、大変美しい写真が撮れて満足満足大満足。今日も満足、明日も満足。
 カメラを手にして、ぶらぶらぷらぷらと歩いてはシャッターを切る。構えた手元が酔いゆえにゆらりゆらりと定まらぬ。まあ、かまわない。ぴんぼけも人間様がそこに介在しているという味である、などと、戯言を呟きながら。しかし、天気は良いけれど、外は寒いね。指が悴みまさあね。ただでさえ不器用な指先がますます言うことを聞かなくなる。こんなことで悪戦苦闘したってしょうがないんですけどね。
 次第に寒さが募り、いくら何でも堪え難い段階に達したので、我がおんぼろの庵に千鳥足を向ける。美しい夕焼けになりそうだ、そんなことを思いながら、進行方向正面、西の空を見上げると、何だかわからないけれど、銀色に燦然と輝く物体がゆったりと音もなく動いている。その光があまりに激しいので、正確な形状は見て取れぬのだが、円盤型とでも言うのだろうか。そうだ、円盤型なのである。何となれば、あれは、どう考えても空飛ぶ円盤だからである。おお、おお、ついに、と思いながら、足を速め、少しでも近づこうと思う。あとになって考えれば、少しぐらい早足で歩こうとも、飛行物体に追いつくはずなどないのだけれど、その瞬間にはそれだけの知恵も回らず、すたすたすたすた、とできる限りの早足で。しかし、その目眩かす代物は、瞬きをした隙にどこかへ消えてしまった。
 あれは、あれは一体何だったんだろうか。何だったんだろうか、と疑問形で記しているが、実のところ、あれは空飛ぶ円盤、所謂、宇宙船ではないか、と強く思う。孰れにせよ、あれは世に言う未確認飛行物体であることは間違いない。だって、既知のもののなかには、外形が判然とせぬほど輝きまくっている飛行物体などありません。音のしない飛行物体だってありません。突然消えてしまう飛行物体だってありません。ああ、しまった。何たることか。私は、その時、手にデジタル・カメラを持っていたのだった。持っていたのに、あまりの出来事に我を忘れ、レンズを向けるどころか、無駄に早足で追いかけてみたりして、もう完全にばかである。しまった。しまった。ああ、いやになる。

冬日和 謎の物体 西空に
 指も悴み 脳も悴み

投稿者 nasuhiko : 17:42 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月09日

icon交換音楽01


 昼過ぎに田村師匠御来訪。早速、呑む。
「毎日毎日、天気が良くて結構なことですね」「そうですな。まあ、同じような晴れが続くと風景が変わらないような、つまり、時間が止まっているような気分になるのが難点ではありますがね」「でも、そんな日々の繰り返しの中で、ほんの少しの違いでもみつけるとうれしいじゃないですか」そんなとことんどうでもいい世間話を肴に杯を重ねる。隠居的生活の醍醐味ではある。もっとも、先様は隠居どころか、二十代半ば、これから大いに活躍しようという世代に属している。
「先日、約束したCDや本の貸し借りのことですが、ちょっと探せてもらっていいですか」と仰ると、レコードやCDがどかすか放り込んである棚のところでがさごそ始めた師匠である。私も嘗ては、相当に音楽に入れ込んでいた時期があるものの、所詮、我が家にあるものなんぞ、古ぼけたものが大半である。若い人たちの気に染むものなどあるのかしらん。そんなことを思いながら、暫く待つ。彼が手にしているのはグッドマンの『ライヴ・アット・カーネギーホール1938』である。ははあ、なるほど、こういうものをお好みか。
「今日はこれを借りてまいります。こういうのは、気になっていても、なかなか買う機会がありませんからね」「良いものを選ばれましたな。それはもう名演の中の名演ですよ。グッドマンも元気いっぱい、共演者連中もいい調子ですぞ。思い浮かべるだけで鼻歌の一つも出ようてぇ勢いです」
「私の方はこれを置いていきます。メデスキ、マーチン&ウッドっていうトリオの『ザ・ドロッパー』というアルバム。これもジャズなんですけどね。どうでしょう。まあ、あれこれ能書きをうんぬんしてもしょうがないですから、とにかく聴いてみてください。茄子彦さんが気に入るかどうかはわかりませんけれど、今時はこんなジャズもあるのかな、と」「聴かせてもらいますとも、聴かせてもらいますとも」
 未知の音楽に対する期待が、田村師匠の嗜好性に対する興味が、酔いによる過剰な血行が、少なからず、我が肋骨を押し広げ、胸を膨らませる。若き頃の、友との文通のような、そんな気分に近いだろうか。

冬晴れに響きけり ジャズの交換

グッドマンの『ライヴ・アット・カーネギーホール1938』 メデスキ、マーチン&ウッドの『ザ・ドロッパー

投稿者 nasuhiko : 18:47 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月08日

icon小さな来訪者03


 年を越してから、はじめて、例の猫がやってきた。「おめでとうございます」と声を掛けてみたが、間の抜けた面でこちらを見上げるばかりで、にゃあとも寸とも言わない。ことによると、寧ろ、先方こそ、間の抜けた面で見下ろすばかりの耄碌じじいだなあ、と思っているのかもしれない。兎にも角にも、正月である。いや、世間では正月気分は終わっているのかもしれないけれど、私にとっとてはまだまだ正月なのである。何しろ、陽の高いうちから酒を呑む毎日。「おい、猫くんよ、乾杯とはいかないだろうから、これでもつまみたまえ」と蒲鉾を千切って放り投げる。鈴廣の蒲鉾だぞよ。猫の味覚は正直だろうから、その美味さがよくわかるのだろう。がつがつがつがつ、あっという間に食べ終えてしまった。喰い終わってしまうと、先程と同じような、呆けた顔つきでこちらを見上げる。物乞いする風情ではなく、ただただぼうっと見上げている。その表情が、何とも憎からず、また一切れ、放り投げる。がつがつ。また一切れ。がつがつ。そんなことを繰り返しているうちに、蒲鉾はすっかり彼奴の腹の中に収まってしまった。まあ、良かろう。先方は、摂取した栄養分を成長に利用する。同じ呆けもの同士とはいえ、こちとら老い先短い老耄の身、滋養はぽんこつ脳みそとぽんこつ肉体を少しく維持する役にしか立たぬ。それに加えて、私には澤乃井がある。あはあはあは。
 蒲鉾がなくなってしまったので、今度は、ヤマサの竹輪である。これがまた何とも美味く、最適の肴である。「ほれほれ、猫くんよ、もう少しやってみるかい」と放り投げる。やはり、がつがつと一気に飲み込むように食す。もう一切れ、もう一切れ、と同じことの繰り返し。これで、私らは竹馬の友ならぬ竹輪の友だね、などと、苔生した駄洒落が出るようでは、そろそろお開きにするが良かろう。

喰い積みの蒲鉾分け合う 竹輪の友

投稿者 nasuhiko : 17:10 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月07日

icon恵子くん来訪11


 まだ門松を立てたままの家も少なくはないけれど、世間では正月気分はもう終わってしまったようだ。私のように、身辺に特別な変化のない人間にはわかりにくいけれども、テレビが特別番組、特別番組と騒ぎ立てなくなってきたので、そろそろ正月も終りに近づいている、というのが世間の標準的な認識なのだろう。ま、そんなことには関係なく、兎にも角にも、今日も朝から酒を呑む耄碌じじいである。

 恵子くんが亡くなったのは、十一月の初め、古市によれば、ほぼ間違いなく五日乃至は六日のことであるとの由。その一方で、彼女が我が家を訪うたのは十二月三日である。これは間違いない。一緒に写真でも撮っておけば良かったのだけれど、ない。見送った後に、夕焼けの中の公孫樹や杉の写真を何枚か撮ってはあるけれど。
 つまり、彼女は死んでから一月ほどもしてから来訪したことになる。辻褄の合わない話だ。このことに気づいてから暫くは随分と気に病んだものだったけれど、今になってみると、そんなことはどうでもいいことではないか、という気になってきた。何がどうあれ、彼女は既にこの世にはいないのだし、生前にしろ死後にしろ、彼女と杯を挟んで過ごした時間は楽しかったのだし。仮に、あれが、幽霊だの何だのであったとしても、何も不都合はない。世間の常識と多少の齟齬があるというだけのことではないか。
 この際、もう一度、遊びにきてくれはしまいか、などと、些か不謹慎なことを思う。折角だから、高部も連れてきてくれると嬉しい。高部と話したいこと……いや、話したかったことと言うべきか……はいろいろあるのだ。いやいや、それよりもマリに会いたい。マリよ、君はどうしているかね。

彼の岸の妻を想いて 冬日和

投稿者 nasuhiko : 09:04 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月06日

icon恵子くん来訪10


 皆さんは神秘的なこと、不可思議なことの存在を信じますか。超能力云々、UFO云々、ついに雪男を発見云々、などなどと、再三再四、特別番組が制作されていることを考えると、少なからぬ数の世人の関心事であることは間違いないのだろう。霊能という類の職能を売り物にする人が、未来や人様の運命を予言したり、行方不明の事件に挑戦したりもしている。私自身、チャンネルをかちゃかちゃやっていて、そんなものに出くわすと、何を言っておりますか、と思いながらも、ついつい引き込まれてしまったことがないわけではない。
 天変地異と呼ぶのが相応しいような大きな地震や台風が世界のあちこちで発生する事態を目の当たりにする昨今、自然の猛威に恐れ入るという素直な心境とともに、その名称は兎も角も、目に見えぬ力に縋りたくなるのも人情であろう。今こそ、終末思想を謳う怪しげな宗教家が活躍しやすい時代はないのではなかろうか。いやいや、話が逸れてしまいました。
 私の立場はどうかというと、どんなことでも否定はすまい、というものであります。アメリカ大統領が宇宙人と肩を組んで宇宙船の開発に勤しんでいる、などと言われると、そんな馬鹿げたことがあるものかねえ、と訝しみはするものの、否定するつもりはござんせん。ただ、矢鱈に人心を惑わしたり、人の心の弱みにつけ込んで商売をするような態度には断固として反対する。考えてみれば、我ながら、なかなかに常識的な判断ではなかろうか、と思う。
 しかし、恵子くんの一件以来、些かもやもやした神秘性に付き纏われている私でもある。些かという段階ではない。判然としない神秘に包まって、酒の酔いの溺れ、ふわふわと地に足の付かぬ、曖昧な日々を過ごしている。勿論、そればかりではないのだけれど、独りでいると、ついつい、ねえ。

紅葉つ午後 雲の果たてに消ゆる友

投稿者 nasuhiko : 09:18 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月04日

icon年賀メール


 年賀状が少ない、という呟きをここに記したら、驚くべきことに、奇特な方から年賀メールが届いた。「たまたま通りすがっただけのものですが」ということであったが、大変ありがたく思い、心の底よりに感動している。ありがとうございます。老耄の闇から綴る、この訳の判らない日記の存在意義が、この年賀メール一通によって、肯定的に認められたように、勝手に思い込むことにしよう。
 こんなものを誰が読むものか、と思い、その一方で、誰かに読んでもらいたい、とも思う。結局のところ、誰も読まなくても書くのだけれど、誰かが読んで何かを感じたりしてもらえれば、それはそれで嬉しい、というところだろうか。だが、批判のメールなど来たらどうだろう。やはり、気分が悪いだろう。けれども、実のところ、批判のメールほどありがたいものはないのではないか、とも思う。この歳にもなると、勝手な思い込みや覚え違いがあろうとも、誰にも正してもらえなくなる。いつの頃からかわからないけれど、間違いを直されなくなるのですな。あまりにも卑近で、どうでも良いことだけれど、最近のことでいえば、私はエリンギのことをエンギリと誤って覚えておりました。『日和見』で呑んでいた席で、話題が近所に新しくできたイタリアン・レストランのことになり、「近頃はエンギリなんて妙な茸もあらわれましたなあ。縁切りなんて縁起でもない」と言ったところ、みんなが顔をちょっと見合わせたので、何か妙だな、と気がついた。それまでは、「秋野菜とエリンギのパスタ」などというメニューを食しながら、これじゃまるで「飽きやすくて縁切りのパスタ」じゃありませんか、などと、馬鹿な駄洒落を独り言ち、苦笑いしたりしていたのである。冗談ではないところが、如何にも愚かな私である。
 翌日、スーパーで件の茸の名称が「エリンギ」であることを確認したときには、瞬間的にぽっと顔が熱くなる思い。このような些細なことでさえ、正してもらえないようになるのでありますぞ。私の言うこと、書くこと、何か間違ったところがござったら、是非是非是非是非、御教授いただくようお願い申し上げる次第。

春光よ 我が昏迷を 濯ぎ給え

投稿者 nasuhiko : 09:43 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月02日

icon賀状


 近年、めきめきめきめき届く賀状が減っている。こちらから元日に届くように出していたのを廃してから、それに呼応して先方から届くものも次第に減ってきた。当たり前だ。新年早々暗い話題のようだが、加えて、親類や知人に逝去する方々が一人二人、三人四人、数え上げれば胸が塞ぐが、もっともっと。つまり、減ることこそあれ、増えることはない。賀状を廃したといっても、届いたものにはこつこつと返事を書く。そんなわけで、辛うじて、繋がりが保たれている幾許かの人々が残るばかり。
 年賀状なんて制度は馬鹿馬鹿しいもの、止めるに限るよ、と、嘗てから思ってはいたものの、実際に踏み切ったのは仕事を辞めてからのことである。何だかんだいっても、社会というのは、賀状やお歳暮などといった、本質的な意味とは違ったところで続けられている儀礼的な仕組みに支えられている部分も多いのである。もっとも、本当に感謝の気持ちをもって、贈り物をする場合や新年を迎え寿ぐ気持ちを伝え合いたい、という場合だってなくはない。けれども、実際のところ、過半は形ばかりの儀礼的な意味合い以上のものではないだろう。社会の潤滑油というような言い廻しで説明する人がいるし、それが実態でもあろう。組織の一員として生きていくには潤滑油で関係を滑らかにすることも必要だ、ということだ。しかし、余生を静かにおくるばかりの、この老いぼれ、潤滑油など必要ないわい、と、そう思っていたのだが。
 兎にも角にも、賀状が減って減って減ってきた。昔は、賀状を書くだけで腱鞘炎になりかけ、それを回避できるのならば、と高級萬年筆を何本も何本も買ってみたりもしたものだ。ところが、今では僅か十数枚。うち数枚は保険会社や近所の酒屋からの、正に儀礼的に過ぎぬ素っ気ない印刷物。そんなわけで、のんびり返事を書いても、午後には終わってしまい、手持ち無沙汰なほどである。馬鹿馬鹿しいと言って廃したのに、こうなると、いやに寂しい気持ちになるのだから、愚人は困る。情けない話だなあ。

初春を寿ぐ賀状 痛し痒し

投稿者 nasuhiko : 08:31 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月01日

iconの計は


 一年の計は元旦にあり、という有名な警句だか諺だかがある。一理があるようなないような、微妙な感じではなかろうか。しかしながら、一年の初めに計画をきちんと立てることが悪いことであるわけではなかろう。実際、こういった句切れ目にでもなければ、長期的な展望をきちんと描くことなどないわけで、優れた助言と言って良いかもしれない。だが、これには、若い人たちにとって、という限定が必要だ。私を始めとする老人にとってみれば、一年という展望は些か長過ぎる。これが率直な意見である。平均寿命は延びているとはいえ、七十も超えて何年か経つ我が身、一日一日を恙なく送る、ということが、一番の目標なのである。もちろん、今年はこんなことをやってみよう、あんなこともいいな、などと思うこともあるけれど、それは全て、日々を恙なく送ってこそ、の話である。なのであるからして、敢えて考えるなら、今年の一年の計は、一日の計をきちんともって生きよう、ということになろう。そんなことを繰り返しているうちに、一年、二年、あわよくば、何年も日々を送っていければ良いではないか、と、そんな風に思う、元日、早朝。雪の照り返しが眩しい。

 昨年末に漢方薬局で飛び切りの屠蘇散をいただいたので、早速、一杯いただいている。この独特のとろりと甘い感じは、普段なら気に入らない部類のものだが、正月には一度は口にしたい味となる。不思議なものだ。父親と杯を合わせた、遠い記憶も重なってくる。下戸だった母も形だけは口をつけた。考えてみれば、家族揃って屠蘇を頂くのは、日本の家庭の最も幸せな光景の一つかもしれない。もっとも、独居では、私の言葉はあまりに虚しい、しかたないことではあるけれど。

父母の 想い出 肴に 屠蘇機嫌

投稿者 nasuhiko : 16:26 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月31日

icon暮れる


 うちの前だけ雪が残っているというのも世間の手前云々、などと思ったのが、間違いだった。竹箒でざざざざざざざざ雪を掃き散らしただけなのだが、腰は痛いし、咽も搦む。風邪の引き始めのような嫌な予感。こんな具合に、締まりのないまま、今年も暮れようとしている。
 家内が亡くなってからは、大掃除などしなくなってしまった。もっとも、していた頃だって、やいのやいの言われるから、仕方なしに手伝っていただけのことである。
 職があるわけではないので、仕事や年度の区切りなどというものもない。考えてみれば、特別な催しがあるわけではなし、年々、暮れや正月といったものの味が薄くなってきてる。年が明ければ、賀状の返事書きというものがあるけれど、それぐらいのものか。店を閉めているところが多かろうと、咽を干さぬことなきよう、食べ物の買い置きを多めにする、ということはある。万が一、訪問客がないとも断言はできないので、酒やつまみや茶菓子の類も少しは用意する。もっとも、稀に来る客は心得ていて、酒瓶をぶら下げて現れるものである。

 耄碌した頭で一年を振り返っても、何となくもこもこしていて、判然としない。齢を重ねて記憶や思考回路があやふやになることにもそれなりの意味があるのだ。つまり、思い出せない、という有り難き恩恵である。ろくなことなどあったはずがないのだから。酷い失敗をいっぱい仕出かしているに違いないのだから。毎年毎年、友人知人との別れがあるのだから。思い出せない、ということは、そういうありがたいものなのである。

 暮れはまだいいけれど、正月には寂しさが募るだろう。人付き合いは苦手な私だが、正月ばかりは誰か遊びに来ないかいな、などと思ったりもする。ああ、情けなや。結局、昼間から酒を呑むばかりと相成り、泥酔して日を過ごす。そういう今日も既に大分呑んでおります、あやふやな脳をアルコールに浸してますますあやふやにしながら。

友のなき 杯軽く 暮れ早し

投稿者 nasuhiko : 18:02 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月19日

icon恵子くん来訪03


 恵子くんの訃報に打たれ、昨晩は胸苦しくなかなか眠ることができなかった。眠るためだから、と呪文のように唱えながら、澤乃井を注いでは干し注いでは干し注いでは干し。酒の力というよりも、力尽きて、いつの間にか眠りに落ちた。
 目覚めると、訃報に圧される苦しみと宿酔の苦しみとが重なり合い、悲しさと気持ち悪さとが綯い交ぜの何とも遣る瀬のない鬱屈した気分。床の中でぐずぐずしているうちに午後になってしまった。
 のそのそと起き出して、恵子くんのこと、さらに、もっと前に亡くなってしまった良男くんのことを思い出す。どんどん負の方向に針が振れ、終いにはマリの死を悼み、涙が零れる。マリよ、マリよ。

 省みると、昨日の木澤くんへの非礼に目の前が暗くなる思い。胸の奥が痛い。私というじじいはこんなに齢を重ねても、未だに幼児並に堪え性のない困った人間だということをつくづく思い知る。動転して、電話を、それこそ、叩き切るようにしたわけであるけれど、冷静になればニハトリでもわかるように、木澤くんには全く罪はない。罪がないどころか、私の如き我儘で満足に人付き合いもできぬような老耄の人間に思い遣りの手を差し伸べてくれたのであるからして、感謝されこそすれ怒られるべきことなど何もない。申し訳ない。恥ずかしい人間だ、私は。こうして、七十年以上も生きてきたのかと考えると、それは正に生き恥の歴史ではないのか。そして、その恥ずかしさや胸苦しさ、悲しみや悼みの何もかもを少しでもいいから、念頭から引き離したいがために、酒に溺れる。何と愚かな、何と愚かな人間なのか。だが、しかし、そう思いながらも、酒を呑まずにはいられない。呑まずにはいられないのである。

悼惜の杯受けよ 枯木立

投稿者 nasuhiko : 09:15 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月11日

icon男の料理06

 自家製コチュジャンは美味かった。田苑もまた美味かった。しかし、どうも、辛さが私の許容量をはるかに凌駕していたようで、朝から激しい下痢に苦しんでいる。上も辛けりゃ下も辛い。排便毎に地獄の苦しみである。調子に乗った私が悪いのだが、反省したところで、この苦しみが減じるわけではない。従って、反省するだけ無駄というもの。
 それにしても、韓国の人々は辛さに余程強いのだなあ、と感心頻り。ふと学生時分に覚えた枕詞の一つに「からくにの」というものがあったことを思い出す。広辞苑をぱらぱら捲ってみると、ありました。ありましたとも。「唐国の」あるいは「韓国の」と表記する枕詞で「辛く」にかかるとあります。古から「韓国」と「辛く」を掛けていたなんざ、面白い話ではありますまいか。勉強になります。

 夕刻、田村師匠が新しいデジタル・カメラを持って来訪下さった。早速、自家製コチュジャンと田苑で歓待する。
「やや、これを御自分で作られたのですか。いい香りですねえ。いただきます」暫しの沈黙ののち、「辛い。何とも辛い。けれども、うまいですねえ。良い味だ。癖になりそうです」早くも額から汗が流れ落ちる。私だけではなかったのである。早速、『作ってみたい・韓国料理の本』のコチュジャンの頁を見せて説明する。唐辛子が少なかったのでざっと四分の一の目算で作ったこと、きび砂糖がなかったのでただの上白糖を使用したこと、酔っぱらって後半は分量が適当になってしまったこと、などなど。「きび砂糖というものにすれば少しく香りやまろやかさが異なるのかもしれませんが、ないものはしかたがない」「そうですね。それにしても、辛い。そして、うまい」
 たわいもないやり取りをしているうちに、またもや泥酔してしまった。そして、また朝には厠で苦しむことであろう。全くもって愚かなる哉。

味わいて 留処なきかな 韓国の 辛くに浮かれ 泣く朝ぼらけ

投稿者 nasuhiko : 00:00 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月02日

icon独り住まい2


 秋には秋の色があり、冬には冬の色がある。春には春の風が吹き、夏には夏の風が吹く。このような美しい四季を持った場所に生きられて感謝に堪えぬ。けれども、一つ、一つと季節が過ぎるたびに、寂寞とした気持ちになるのはなぜだろう。これも老いによるものだろうか。次の春を、次の夏を迎えることができるだろうか、などとは、決して思わないのだけれど。

 春や夏は雑草取りに追われたが、今の季節は、落ち葉の処理に追われる。そんな愚痴を何かのついでに零したところ、「落ち葉は放っておけば朽ちて土に返るでしょう。それが自然の姿ではありますまいか」と田村師匠が宣もうた。御意見に一理はござろうけれど、雑草や枯れ葉に覆われた庭は、何とはなしに気をくさくささせるものである。気をくさくささせる代物を片付けて、小さな庭のささやかな景観を整えたくなる気持ちも自然の一部であろう、と私は思う。それに、それなりに手間ではあるものの、落ち葉を掃き寄せる作業を、私は嫌いではない。

 柿の木が長閑な陰を落とす午後、はらりと風が吹いた。この時候、心地好いというには冷たすぎる風だったけれど、朝一番に冷水で顔を洗うような、身が締まる思いのする、透きとおった風だった。これはこれで悪くないな、と思ったのは束の間。折角掃き集めた落葉が風が通りすぎた方にばさりと散らばっている。できすぎた景色のようにも見え、そのままにしておこうかとも思ったが、結局のところ、再度、竹箒を手にしたじじいである。

突然の風の足跡 落ち葉色

投稿者 nasuhiko : 00:00 | コメント (0) | トラックバック

2004年11月30日

icon小さな来訪者02


 昨日は昼日中から相当に呑み過ごしたようである。あんな小猫が間者であるわけがない。私の脳の弛みは相当進行しているようである。日記を読み返して赤面している次第。
 悲しい気持ちになるできごとがあったせいで、近頃はついつい昼間から飲んでしまう日が続いている。これはまた愚痴か言い訳か……。昼間から酒を飲むのが悪いということはない。悲しいから、という理由で酒を飲むのが良くないのである。しかし、ぼうっとしていると、そこはかとないやり切れなさが何となく頭の天辺にのしかかってくるような気がして、気がつくと、盃を傾けている老いぼれがいる。正直に言えば、今日も既に飲み始めている。

 枯れ梅の枝の上で、雀を威嚇するように鳴いていた鵯がの声がぱたりと止んだ。どうしたことかと見回してみると、例の通りの小さな闖入者である。あんなに小さな猫であっても、小鳥たちにとっては脅威となるのだろうか。兎にも角にも、雀が去り、鵯が去り、庭の真ん中でのんびりと毛繕いをする小猫が一匹残るのみ。
 スパイだ何だと、妙な妄想に駆られた昨日だが、寛ぐその姿はなかなかに可愛らしいものである。小さな躰だが動作はすっかり一人前で、丁寧に丁寧に我が身を舐めこみ舐めこみ、お洒落に余念がない様子。身繕いが一段落したのか、柿ノ木にのぼると、手頃な枝の分かれ目にすっかり身を横たえて欠伸をする。欠伸をする。もう一度欠伸をする。どうやら眠ってしまうようである。なかなかに愛いやつよのう、とそのうつらうつらした姿を眺めながら、もう一杯。時々、薄目を開けてこちらを伺っているようだが、鳴くでもなく、動くでもなく、特に警戒しているようでもなく。
 たとえ、相手が眠りこけた小猫であろうとも、独りで飲むよりは幾許かはましではないか。

葉も落ちて 猫寝呆けおる 柿日暮れ

投稿者 nasuhiko : 00:00 | コメント (0) | トラックバック