2005年04月18日

iconまた謎の物体2


 証拠写真が撮れなかったので、幾許かでも、雰囲気を伝えようと、暫く振りにタブレットに取り組んだのであったけれど、相変わらず、難しいですなあ。あの下手っぴいのぴーぴきぴーの謎の物体の絵を描くのに、何と四時間半も費やした老い耄れでござい。四時間もよく頑張った、とも思うのだけれど、四時間かけてもあんなものしかできぬのか、とも言えるわけで、そう思うと、情けないことこの上なし。多少の絵心を持っているつもりであったけれど、大きに疑わしくなってきた。今暫く修練を積まねばならぬ。
 それにしても、あの物体は何だったのだろうか、と顧みるに、少なくとも、私の七十余年の人生に於いては未知のものであることだけは確かである。プロペラのないヘリコプターはないし、あのような妙な動きをする飛行機もない。そもそも音を立てずに飛ぶものなどあるのだろうか。ヘリコプターを比較した限りでは、然程小さくはなかったように思える。いや、寧ろ、かなり大きかったのではないか。ううむ。それにしても、気にかかるのは、私以外に誰も見ていないのか、ということである。不思議だ。もしかしたら、他にも見ている人がいるのに、宇宙船を見ましたぞ、などと騒ぎ立てると癲狂院に放り込まれかねない、と自重して、心の中にしまっておるのではないのか。そんなことを思う。仮に、私がもっと若かった時代、例えば、勤め人をしておった頃であれば、謎の飛行物体を見た、なぞと訴える気にはなれなかったかもしれない。マリにだけこっそりと伝え、君だけが信じてくれれば僕はそれでいいのだよ、などと、気取ったことを言ったりしてね。自分で書いておきならがら照れ臭いなんて、全く以て莫迦である。老人のしょぼしょぼした目に映るほどの大きさなのだから、多くの人が見ていて然るべきだと思うけれどね。

 あの場面を頭の中、心の中で反芻しているうちに。東から現れたヘリコプターは件の物体を追跡していたのではないか、という気がしてきた。国だか都だか、自衛隊だか警視庁だか判らないけれど、あのヘリコプターの主は、謎の物体の存在を認識しておるのかもしれない。知っていながら、公表せずに静かに追跡している。そんなことがありえるだろうか。あれこれ想像すると随分と恐ろしい話のように思えてきました。

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2005年04月17日

iconまた謎の物体


 またこんなことを書くと、最近、あのじいさんの妄想が酷いねえ、などと笑われる恐れがある。けれども、まあ、実際に見た、というか、見えたものを見なかったことにするのも、如何なものか。尤も、厄介なのは、私自身は確実に見たと思っているのだけれど、実は、それは錯覚だったり妄想だったりする可能性がある、ということである。それを防ぐには何と言っても証拠が必要なのだ。又もや後悔至極なのだけれど、写真を撮り損なった、愚かなじじいである。前回の経験が全く活かされていない。いや、全く活かされていないというのとは、少々違う。謎の物体を発見して、暫し呆然とした後、そうだ、カメラだ、と、気づきはしたのである。慌てて、愛用の青いデジカメを持ち出してきて、撮影しようとしたのであった。ところが、カメラを構えると謎の物体が見えなくなってしまうのである。カメラを目元から外して、空を直接見上げれば、そこには依然として、其奴は存在し、動いている。けれども、カメラを向けて、画面のところを見ると、あまりに小さ過ぎるのかどこにも映っていない。カメラを退けて、空を見れば、やはり、見える。埒が明かないので、当てずっぽうでカシャカシャとシャッターを押してみたけれど、あとで、マックに繋げてみたところ、何も映っていなかったのである。ううむ。無念。これでは、妄想や幻覚ではない、ということを人々に伝えようがない。
 皆様におかれましては妄想老人の幻覚だと思っていただいてかまわない。かまわないけれども、兎にも角にも、その未確認飛行物体が如何なるものだったかを記したい。
 昨十六日の午後、そうさね、二時頃だったろうか。鳥たちの囀りに耳を傾けながらぼんやりと外を眺めていたら、遠くからヘリコプターのババババという音が聞こえてきた。全く近頃は毎日低いところを飛びやがって、五月蝿くて仕様がない、と些かの立腹。小鳥たちは脅えてしまい、すっかり押し黙ってしまった。空を見上げると、そこに、ヘリコプターがある……はずだったのだが、目に見えるものは、少々姿がおかしい。薄鼠の四角い塊の下に丸みを帯びた部分がある。プロペラらしきものは見当たらない。しかも、動き方が妙である。ゆるゆると前方に進んだと思うと、時々、小首を傾げたり、後ろをちらりと振り返ったりするような仕草。如何にも謎に満ちた動き、謎に満ちた姿、しかし、音はヘリコプター。全く以て不可思議である。と、思っていたら、東側から視界にヘリコプターが入ってきた。あれあれあれあれ。こっちがヘリコプターなのか。ということは、向こうの妙な物体は音も立てずに進んでいるというのか。はて面妖な。ううむ。と、考え込むのではなく、先に記したように、慌ててデジタルカメラを取り出したのである。けれども、御報告した通り、結局、何も写せなかったのである。そは現か幻か。ううむ。私自身でさえ自信がない。ううむ。

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2005年01月12日

icon謎の物体3


 謎の物体は謎のままであって、いつまでも大きに気になる。いやはや気になることこの上ない。しかしながら、いくら考えを巡らせてももやもやするばかりで埒が明かない。同じような時間を見計らって表に出る。同じような時間に同じような場所を同じようにぶらぶらとカメラ片手に歩いたとしても、相手は七十数年間で初めて出会したものである。次に会えるのは七十数年後ではないのかねと思うのが常識というもの。しかしながら、判然としない気持ちを少しでも晴らそうと、インターネットで検索をしてみた私、幾許かの知恵がついている。ふふん。これは、少しずつとはいえ、このマックというコンピューターを使いこなせるようになってきたという証左ではなかろうか、などと調子に乗っている老いぼれが一匹。
 検索でみつかった謎の飛行物体に関するホームページを見ていてわかったことは、一度見た人は二度三度と見ることが多いようだ、ということである。つまり、もう七十数年待たずとも、私もまた出会える可能性がある、ということである。もっとも、この老体のこんこんちき、こちらの寿命が尽きる方が先である可能性もとても高い。
 兎にも角にも、ぶらりぶらりと東へ歩き、時々、振り返っては西の空を睨め付ける、そんな繰り返し。先日の遭遇は夕刻四時半の頃合いだったか。五時よりは大分手前だったように思う。阿呆のように歩いては振り返りを繰り返し、疲れてきたところで我が安普請への帰路につく。空の色を見る限り、程好く暮れてきたようだ。さあ、出でよ、円盤の君よ。さあ、さあ。少しく歩みを遅め、屡々立ち止まり、空を見上げる。暮れかかる陽光が天と地の端境にある種々の色をあれこれと変化させ、やあやあ、何とも美しい。極々短時間のうちになんと多くの光が生まれては消えることか。そうだ、円盤に乗った諸君たちも、この、瞬く光の変化を眺めるために、この星に立ち寄ったのではないか、と、ふと思う。目的地はここではなく、どこか別のところなのかもしれない、と。

冬暮景 光の乱舞 雲の間に

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2005年01月11日

icon謎の物体2


 昨日の謎の物体は一体何ものだったのだろうか。一晩考えてみたけれど、思いつくことはない。こうしてうじうじ考え回していても埒が明くはずもないので、誰かに相談してみようかとも思うのだが、こんな話を持ち出すと、あれだね、いよいよ茄子彦のやつも来るところまで来ちゃったようだね、妄想が膨らんじゃってさ、宇宙船が来たぞぉとか言って騒いでますよ、え、困ったもんじゃありませんか、などと近所で噂になるのではあるまいか、と心配になる。その一方で、本当に見たのだから、見た儘、有りの儘を訴えれば良いではないか、とも思う。正論である。だが、しかし、私の如き老耄で朦朧としているじじいと比較しては申し訳ないけれども、「それでも地球は回っている」と呟いたガリレオ・ガリレイの例だってあるのである。つまり、如何に正しいことを述べていたとしても世間に理解されぬことは往々にしてあるのだ、と。ソクラテスだって死刑を宣せられたではないか。『水戸黄門』や『大岡越前』のような時代劇、あるいは、子供向けの何とかライダーとか何とか軍団というような番組では、勧善懲悪が約束されているけれど、現実世界ではそうはいかない。嘸かし立派で高潔で有能であるはずの裁判官や警察官や弁護士のようなお偉い人々が寄り集まって頑張ったところで、冤罪を完全になくすことは不可能なのである。それが世の現実なのである。あるいは、それが人間てぇものでがす、と言うべきかもしらん。
 ガリレイやソクラテスは自説を曲げず、刑を甘んじて受けることを選択した。実に立派な話である。それに対して、何だ、このじじいは。近所や知人の口の端に上るのではないか、と怖じて、自分が見たものを正々堂々と述べることもせんというのか。情けない。ああ、情けない話である。謎の物体を見たという事実を、己が胸の内に大事に大事にしまい込んで墓穴の中まで持って行こうというのか。そんな風に思ったら、どうにもこうにも自己嫌悪感がひしひしと押し寄せてきて、堪らず、澤乃井に手を伸ばす。今日も美味い。美味いのである、澤乃井は。そして、酔いに任せて、謎の物体を見たんだぞ俺様は、と、こんな人気のないところで息巻いている次第。嫌な老人だよ、全く。

冬晴れの宙 謎の舟 銀河色

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2005年01月10日

icon謎の物体


 相も変わらず、天気が良い。徹底的な冬日和が続く。毎日毎日、早い時間から澤乃井を傾ける。こんなことになってしまうのも、澤乃井がすっきりと美味いからいけないのだ、などと、やけくその八つ当たり。昼日中から飲んだくれていたとて、誰に迷惑をかけるわけでもなし、御当人は至って良好な気分で過ごしているわけであり、八つ当たる理由は、全くない。寧ろ、ありがたい話である。現代の東京にも、美味い酒や美味い醤油、美味い蕎麦なんぞをこつこつと作っているところがあるというのは、大きに感謝すべきである。
 午後、程好くほろ酔い加減で、愛用のデジタル・カメラを持って表に出る。説明書を読むと恐ろしくいろいろなことができるようであるのだが、私の老いさらばえた頭脳では用法が記憶できず、こんなときには何か設定をいじればいいのだろうなあ、と思いながらも、吊るしのままで使っている次第。それでも、田村師匠が選んでくれたものだけあって、大変美しい写真が撮れて満足満足大満足。今日も満足、明日も満足。
 カメラを手にして、ぶらぶらぷらぷらと歩いてはシャッターを切る。構えた手元が酔いゆえにゆらりゆらりと定まらぬ。まあ、かまわない。ぴんぼけも人間様がそこに介在しているという味である、などと、戯言を呟きながら。しかし、天気は良いけれど、外は寒いね。指が悴みまさあね。ただでさえ不器用な指先がますます言うことを聞かなくなる。こんなことで悪戦苦闘したってしょうがないんですけどね。
 次第に寒さが募り、いくら何でも堪え難い段階に達したので、我がおんぼろの庵に千鳥足を向ける。美しい夕焼けになりそうだ、そんなことを思いながら、進行方向正面、西の空を見上げると、何だかわからないけれど、銀色に燦然と輝く物体がゆったりと音もなく動いている。その光があまりに激しいので、正確な形状は見て取れぬのだが、円盤型とでも言うのだろうか。そうだ、円盤型なのである。何となれば、あれは、どう考えても空飛ぶ円盤だからである。おお、おお、ついに、と思いながら、足を速め、少しでも近づこうと思う。あとになって考えれば、少しぐらい早足で歩こうとも、飛行物体に追いつくはずなどないのだけれど、その瞬間にはそれだけの知恵も回らず、すたすたすたすた、とできる限りの早足で。しかし、その目眩かす代物は、瞬きをした隙にどこかへ消えてしまった。
 あれは、あれは一体何だったんだろうか。何だったんだろうか、と疑問形で記しているが、実のところ、あれは空飛ぶ円盤、所謂、宇宙船ではないか、と強く思う。孰れにせよ、あれは世に言う未確認飛行物体であることは間違いない。だって、既知のもののなかには、外形が判然とせぬほど輝きまくっている飛行物体などありません。音のしない飛行物体だってありません。突然消えてしまう飛行物体だってありません。ああ、しまった。何たることか。私は、その時、手にデジタル・カメラを持っていたのだった。持っていたのに、あまりの出来事に我を忘れ、レンズを向けるどころか、無駄に早足で追いかけてみたりして、もう完全にばかである。しまった。しまった。ああ、いやになる。

冬日和 謎の物体 西空に
 指も悴み 脳も悴み

投稿者 nasuhiko : 17:42 | コメント (0) | トラックバック