2005年08月10日

icon男はつらいよ03


 昨晩は『男はつらいよ』の第二作がちゃんと放送されました。NHKてえところも、少しは気が利くようである。第二作の放送予定日に小泉の傲慢騒ぎで中止になってしまった。さて、では、全四十八作を見ようかという気になっている私は、第二作目を諦めて、第三作目を見なければならんのか、と気に病んでいたのだけれど、きちんと第二作が放送されました。はは、結構、結構。折角なら、順番通りに見たいもの。
 早い時間から呑むと、肝心の結末の辺りで、眠くなったり、酔っ払って訳が判らなくなってしまいかねないてんで、寅さんのある日は、放送が近づくまで呑み始めないことに決めました。そんなに酒を呑む時間を調整してまで、見たいのかね、と問われたならば、まあ、そんなこともないんだけどね、と答えるであろう。実際、まあ、そんなに熱心に執心している訳ではない。飽きっぽい私のことですから、最初のうちだけのことでありましょう。

 そう言えば、先日、占然菜なるものを知人から頂戴したのだけれど、これが恐ろしく美味いのである。何でも、行者大蒜というものを刻んで漬け込んだもののようなんだけれど、辛過ぎることもなく、くどくもなく、かといって、あっさりしすぎりということもなく、しっかり味はついている。そうだ。胡瓜があるから、もろきゅうみたようにしてつまみにする、と。そいでもって、澤乃井をきゅうっとやりながら、寅さんといきますか。ふふ。腰を据えて呑んで眺めるためには、今のうちにちゃちゃんと準備をしとかないといけませんな。

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2005年08月09日

icon男はつらいよ02


 折角『男はつらいよ』のシリーズを全部見てやろうではないか、という気になっていたのに、昨日は、いきなり放送がなくなってしまった。小泉という手前勝手な人間が空騒ぎしているせいである。それに乗っかって、NHKが寅さんを中止して、政局だ何だのと騒いでおる。いやいや、政治を扱うなと言っているのではない。政というのは国の未来を決める大事なものですからね、大きに放送していただきたい。けれども、ですよ。普通の放送でさんざっぱらやっているのだから、わざわざ映画の時間を侵食しないでもいいではないか、と思うのである。総合テレビで心ゆくまでやればいいではないか、とね。
 それにしても、今回の話は訳が判らない。訳が判らないので、文句を言って良いのか、声援を送れば良いのか、という判断ができません。私に言えることは、説明が足りないから何が何だか判らんのである、ということだけであります。尤も、私のような老い先の短いじじいなんざどうでもいいのである。未来に生きる筈のお若い人たちはどう思っているのだろうか。政治家の多くは私と同年配の死に損ないのじじいどもである。そんな連中に、訳の判らん理屈で国を揺さぶられてかまわんのだろうか。みなさん、もう、政治というものには失望して無関心なのだろうかね。だから、投票率だって低くなるばかりなのではないか。
 テレビではあれこれと騒いでいるけれど、何となく、国民は蚊帳の外という気がしなくもありませんな。燥いでいるのは、政治家とマスコミばかりなり、と。
 ニュースを見ても、新聞を読んでも、結局、何故、解散して大騒ぎになっているのか、というのは判然としない。小泉という人が暴言を吐いて引っ込みがつかなくなって暴走しているだけのように見えますよ。寅さんだったら、何と言うのだろう。それを言っちゃあお終いよ、と言うだろうか。御天道様が見ているぜ、と言うだろうか。あるいは、この政のお祭り騒ぎを前にして、結構毛だらけ猫灰だらけ、と言うだろうか。しかし、あれですな、寅さんてえ人は、私のような熱心ではないファンでも即座に思い出せる名言をいくつも持っておりますなあ。妙なところで感心頻り。
 さてさて、今日は無事に放送されますかねえ。

投稿者 nasuhiko : 20:32 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月07日

icon男はつらいよ


 ちょいと前から寅さんのシリーズを全作品放送するとNHKが騒いでいた。羽生先生の大事な試合の時には陸に宣伝もしないのに、こんなものは熱心に宣伝するのか、と呆れ果てている。だってそうでしょうよ。寅さんは映画館に行ったり、ビデオやDVDを買ったり借りたりすれば、誰だっていつだって観られるものなのである。それに対して、将棋の大事な試合はその日限りのもので、再放送なんぞもない。そして、次の日には結果を新聞で知らされてしまうのである。なぜ事前にもっともっと宣伝しないのか、実に解せない。NHKというところは、寅さん全作品だなんて、人気取りみたようなことばかりに熱心のようである。不祥事続きで世間から見放されているから、媚びるように人気取りをしたくなる気持ちも判らないではないけれど、羽生先生のタイトル戦を宣伝して放送する方が余程大事だということを肝に銘じてもらいたいものだ。寅さんに恨みがある訳じゃないし、テレビで何作かをぼんやり眺めた程度のもので熱心なファンとは程遠いけれど、嫌いじゃないのであるけれどね。苦言を呈させて頂く。然り乍ら、嫌いじゃないものでね、ついつい、観ましたよ、『男はつらいよ』をね。はは、結局、NHKの手口にまんまと嵌められているような気がしなくもないけれど、作品に罪はない。
 いやあ、それで、どうかというと、良いね。ああ、全く結構である。結構毛だらけ猫灰だらけって、早速、受け売りしたりして、私という人間は何と軽薄なのであろうか。いやあ、それにしても、ああいう気持ちの人は良いですな。東京と言っても、この、三多摩の手前辺りで育ったような、私のような中途半端な人間とは違って、あっちの人たちは本当に気持ちが良いね。落語の世界と繋がっているんだねえ。大きに楽しんだ。いやいや、期待していたのの何倍も何倍も楽しめました。こんなに楽しめるのは、こちらが歳を取って、心に余裕ができたからかねえ。よく判らない。今では、二作目からもずっと見続けようかな、という気になっております。全く以て暢気なじじいである。

投稿者 nasuhiko : 18:55 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月07日

icon映画鑑賞


 田村師匠と円嬢と三人で、美味しい美味しいカナディアン・クラブをちまちまと舐めながら、映画鑑賞会のようなものが始まったのでありました。その『イージー・ライダー』だけれど、私は若い頃にマリと一緒に観たことがある。恐らく、銀座だったように思う。世間で話題になっていたので、観に行ってみようか、ということになり、出向いた次第。二人とも感心することなく、観終わって、何か洋食を食べてから帰ったのだったろうか。そういうぱっとしない思い出があるのだけれど、若い御二方に、観る前からそんな話をしたのでは興醒めであること甚だしい。場合によっては、他のにしましょうか、などと、気をお回しになるかもしれない。そんなことになっては申し訳ないので、昔観たことがありますよ、というようなことだけを、曖昧にもごもご呟くように教えておいた。
 さて、映画が始まる。いやあ、しかし、こうやって、集まって観るのも良いですな。暗い中で黙ってじっと集中するのも良いけれど、わいわいお喋りしながら、そして、合間に、この妙に芳しい酒を舐めながら観るのも大変宜しい。意外な発見である。
 映画の筋に立ち入ったりすると、またごちゃごちゃしてくるから、それは放っておくけれど、いやあ、中々良い作品ではないか。いや、寧ろ、素晴らしい作品ではないか、と思う。この三十余年で、私が漸く作品に追いついて理解できるようになったということかもしれませんな。実を申せば、昔観た時には、映画の中の若者たちの生活や感覚は、とんと理解できなかったのである。当時の私は、寧ろ、イージー・ライダーのような人々に眉を顰める側に近かったのかもしれない。恐らく、未だ四十にもなっていなかったであろうに。今、考えると、とてもとても不思議なことに思えるけれどねえ。例えば、新宿辺りには、ヒッピーみたような若者たちが、うろうろするようになっていたけれど、あんな生活は私とは縁がないものだと思っていたし、ああいう文化が日本に根付くとも思っていなかったし。彼らはヒッピーとかいうものに被れているだけであって、いずれ、もうちょいと歳を取れば、髪を切って、普通の勤めに就くに違いない、と思っていたのであります。その後、実際、そうなったともそうなっていないとも、どちらとも言い難いけれどね。兎にも角にも、私としては、何だか他人事みたいに思えていたのですよ。それで、この映画が理解できなかったのだろう。あるいは、理解したくなかったのかもしれない。何しろ、何十年も前のことなので、もやもやとしていて判然としない。
 確かなことは、今回は、大きに感動した、ということである。もし、一人きりで観ていたのなら、最後のシーンでは涙が零れたかもしれない。呆気ない、一瞬の結末が、この、老い耄れて殆ど枯渇している、古びた心を大きに揺らした。ああ、こんな機会をくれた若い友人たちに感謝の杯を捧げる老い耄れであります。そうそう、カナディアン・クラブを教えてくれたことにも大きに感謝せねばなりませんな。ありがとう、若き友よ。

投稿者 nasuhiko : 20:46 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月06日

icon映画鑑賞の前に


 田村師匠が円嬢を伴って来訪。一緒に映画を見ようと思ってやってきました、とのこと。何が何だかわからない。孰れにしても、出かける用事などないし、天気が悪いので今日は庭いじりも休みである。兎にも角にも、まずは一息入れましょう、と、澤乃井を用意しようとしたところ、今日はお酒も氷も持参して参りました、と仰る。何とも準備の良いお二人である。出てきたのは、カナディアン・クラブの12年ものという代物。呑んだことがない酒を前にして興味津々。早速、いただきましょうとグラスを台所から持ってきたところ、タムゾー先生、鞄から小さな箱を出してテレビに繋ぎ始めた。何とも驚いたことに、その、精々が標準的なハードカバーの書籍ほどの大きさしかない、こう言っては何だけれど、少々安っぽいプラスチックの箱は、DVDプレイヤーなのだそうである。持ち歩けるし、便利ですよ、と宣う。成程。確かに、これなら便利なことこの上ないでしょうな。いやあ、文明というものの進化は恐ろしいものである。先の映画を見よう、という話は、つまり、その箱で鑑賞しようということなのであります。今時の人たちの感覚は何とも不思議である。そう言えば、私のマックにもDVDを見る機能が付いているということを以前教わったことがあるのを思い出したけれど、未だ嘗てそれを試したことはない。つまり、本日、このぽんこつじじいも終にDVDの世界に乗り出すのであります。
 DVDの用意もでき、先ずは乾杯。ほほぅ、カナディアン・クラブというのは、こういう味ですか。これは、何というのか、滑らかで、甘いながらもべたつかず、鼻の奥で芳しい。何とも独特の舌触りですなあ。度数もあるのに、すうっと喉を越していく。素晴らしい。七十年間、よくぞ一度も出会わずにいたものだなあ。勿体ないことをした。
「おいしいでしょう」と円嬢。「実に美味い。正直な話、驚いておりますよ」「タムゾーくんは、甘過ぎるとか言うんだけど、これがいいのよねえ」と微笑む。実際、私は、この酒が猛烈に気に入ってしまったのであります。氷がちょいと溶けてきて、ほんの少しだけ薄まった感じが、また、何とも言えず美味い。いやあ、美味いですなあ。酒の世界てえものも、熟、奥が深い。未だ未だ世の中には私の知らない名酒がごろごろしているのだろうなあ、と思うと、突然、何としても長生きしなくては、と、そいつらを片っ端から呑まねばならんのだ、と、そんな、妙なやる気が溢れてきた。莫迦である。
 一頻り、カナディアン・クラブ談義に花を咲かせた後、愈々、映画を観ることに相成ったわけですが、これが何と『イージー・ライダー』だったのであります。ですが、未だ未だ話が長くなりそうなので、本日は、ここで一旦筆を擱いて、というのか、マックを離れて、というのか、兎にも角にも、また後日。ご機嫌宜しゅうに。

投稿者 nasuhiko : 19:32 | コメント (0) | トラックバック