2005年10月03日

icon杉の木が家の中に


 本日の昼は蕎麦。例の五色蕎麦の中の梅をつるっとやっつけたのだけれど、上品で美味いね。控え目な梅の香りが、正直な感じがして良いですな。付いてくるつゆもさらっとしていて結構であります。蕎麦と梅ですからね、身体にも良いに決まっている。尤も、今更、多少の健康のあれこれを云々するような歳ではないけれどね。
 食後にだらだらと寝転がりながら、テレビを眺める。腹くちく、横になっており、見るともなく見ている訳で、まあ、このままぼんやり昼寝に入ってしまう、というところ。ところが、本日は、少々興味を引かれることが報じられていて、目を閉じずにいた。台風の被害の話である。ただ、残念なことに、半分寝惚け気味であり、しかも、そのまま眠ってしまったが為に、目が覚めた今、話のあれこれの詳細が取っ散らかって混乱すること甚だしき有り様。こんな訳の判らない状況で何かを書こうというのが図々しいのだけれど、そもそも、私のぽんこつおつむなんざ、一年中、大混乱の渦であるからして、それにもう一息勢いが付いたという程度だとも言えるかもしれない。ううむ、愚図愚図と余計な言い訳をしている内に、言い訳自体が混乱してきましたよ。全く以て莫迦である。
 兎にも角にも、颱風の被害があったのだけれど、その中で、御主人が亡くなって悲しまれている御夫人と令息令嬢がいらっしゃったのですが、その御家庭の愛猫が、二十幾日振りに助けられた話なぞがありました。それは御主人が可愛がっていらっしゃった猫だという。ブラウン管のこちら側で眺めている老耄も、何だかしんみりしてしまいましたよ。
 その御家族に限らず、大切な人を失い、家は壊れ、道は壊れ、生活が……というより、生きる世界が滅茶苦茶になってしまった様子には、正に言葉が出ない。声が出ない。息が止まるような気がした。そんな中で、寝惚け頭の私の印象に、最も強く残ったのは、政府の指示により杉の木をたくさん植えていた結果、その杉が災害を大きくしてしまったというようなところでありました。以前に宮脇先生の御本を読んだ時には何となくしか理解していなかったことが一気に判ったような気がしましたよ。お上に方向づけられた杉の植林ではなく、自然の森なら災害から守ってくれる筈だったのでありましょう、と。国は宮脇先生の元を訪ねて、日本の木々をどのように育てていくのが良いのか、相談に行くべきでありましょう。国会議員や官僚連中の腰が重いというのなら、それぞれの区や村や何や彼やの自治体が先生に学ぶべきであります。近頃、颱風や地震が頻発しているように思われませんか。だとしたら、急いで、宮脇先生に弟子入りしてですな、本来あるべき森を育てなければならない。自治体だ何だと言っている場合ではありません。私もまた先生の御著書を拝読させて頂き、老化著しい頭に鞭打ち、少しでも学ばなければいかん。いや、本当です。本当ですよ。

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2005年09月22日

icon失礼ですが、どちらへ? 2


 昨日の続きですから、昨日の分を読んでいない方は、昨日の分を先に読まれるが宜しかろうと思います。

 若いお巡りさんが、私のメモ書きを毟り取るようにして、走り去って、その場には、私と年輩のお巡りさんが残された形。「悪く思わないで下さい。まだ若いもので、一所懸命なんですよ」などと仰る。つまり、先の若い人の振る舞いは、同業者の目から見ても、些か無礼だということなのだろう。「私らも仕事ですからね。御協力下さい」とね。漸く、一息ついて、こちらも、はあ、だの、そうですか、などと相槌を打つぐらいのことはできるようになった。「何事ですか」と尋ねると、「いや、何、通常の警備なんですけれどね」とお茶を濁すような口振り。そうこうするうちに、若造くんが駆け戻り、「確認取れましたーっ」と怒鳴る。こんな近いところで、そんな大声を出さんでも良かろうに、と思うほどの声であった。先程のメモを返してくれるのは良いけれど、無言でね。しかも、握り締めて走ったからか、よれよれになっている。此方も、少し落ち着いてきたから、これ見よがしに、よれよれのメモを丁寧に伸ばしたりして見せたが、意に介する風ではない。「御協力ありがとうございました」と年輩の方が、形ばかりの、いやに気の抜けた敬礼をしてみせた。少なからず、気分を害しているもので、「もう行っても宜しいのですな」と嫌みったらしく確認すると、年輩殿は首肯くも、若造くんがいけない。「こういうところに下駄履きなんかで来るから、お互いに手間くっちまうんだよ」というようなことを聞こえよがしに呟きおった。かーっと、頭に血が上ったけれど、何しろ、内心では、ぼーっとしていたせいで下駄履きのまま電車に乗ってしまった、という思いがあるもので、何も言葉が出てこない。ぶつけようのない憤りを胸に、エレベーターに向かう以外に、私に何ができただろうか。

 辿り着いた知人宅で入り口での出来事を話すと、先方、「何が疑われたのかねえ」と大笑い。私の顔を見て「悪人面でもないのにね」と重ねて大笑い。大笑が一段落したところで、説明してくれたところによると、何でも、このマンションの中には後藤田官房長官の事務所だか何だかがあるとかで、年中、厳しい警護が敷かれている、とのこと。「しかし、うちに来る人間で警備のお巡りさんに疑われたのは、君が初めてだよ」と猶も大笑い。私はただただ憮然とするばかり。

 後藤田正晴さんと私との、縁とも言えぬ縁というのはこんな次第であります。結局、私は後藤田さんにお会いしたことどころか、間近く見たこともない訳で、先方にとっては、私なんぞ存在しないも同じですな。兎にも角にも、御冥福をお祈り申し上げる。それにしても、あの若造お巡りさんは、今はどうしているのかねえ。

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2005年09月21日

icon失礼ですが、どちらへ?


 後藤田正晴さんが亡くなられたそうである。私よりも、大分、御年配であるから、ここはやはり天寿を全うされた、と表現するのが適切であろう。兎にも角にも、御冥福を祈る。知人である訳ではないし、ここであれこれ語るほどの何かを知っている訳ではないけれど、ふと昔々のちょっとした出来事を思い出したので、書いておこうと思う。全く縁がなかった、ということでもないのですな。尤も、縁があった、ということではないけれど。

 かれこれ二十年以上も前のことだと思うけれど、とある友人宅を訪ねようと、飯田橋にあるマンションに出向いた時のことである。盛夏という程ではなかったけれど、未だ未だ秋の気配は見えてこないというような時節であったと思う。休日のこととて、開襟シャツ一枚。勤め人時代のことだから、地味な濃いグレーのズボンか何かだったであろう。まあ、珍しい服装ではない。しかし、暑さでぼうっとしていたせいか、あるいは、日頃からぼうっとしている頭のせいか、その日は、下駄履きの侭のこのこと遠路をやって来てしまったのである。下駄履きの人なんざざらにいた時代の名残り……というぐらいの時代のことであるから、まあ、下駄履きはそうそう珍しくはなかった、と思う。けれども、以前にも書いたかもしれないけれど、私としては、電車で出掛けるような折には、しかも、それが洋装の折には、靴を着用するように心掛けていたのだから、何故、その日に限って、下駄履きのまま電車に乗り込んでしまったのか、不明である。やはり、ぼうっとしていたのでありましょう。
 それで、地図を片手に、神楽坂からちょいと折れて、目的の大きなマンションの入り口附近に辿り着いて、やれやれ、と一息ついたところ、左右から、警察官がすーっと寄ってきたのである。そして、私の両脇に立ち、年輩の方のお巡りさんが「失礼ですが、どちらへおいでですか」と問い掛ける。悪いことをしている訳ではないし、疚しいことなどなかったのだけれど、如何んせん、警察というものに縁がなかったところの突然の出来事、あわあわあわあわしてしまってですな、あの、だの、その、だの、ともぐもぐ口籠るばかり。すると、その姿を見た未だ二十代ではないかと思われるような若い方のお巡りさんが「身分を証明できるものを持ってないの」と、居丈高に問い質す口振り。私はますます狼狽して、あたふたするばかりで声が出ない。そこで、手に持っていた地図と知人の住所電話をメモした紙を見せたのであります。すると、若いお巡りさんはメモを毟り取るようにして、小走りにその場を離れたのである。

 ちょいと、長くなったので、続きは明日にでも書くことにします。

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2005年09月19日

icon無駄というもの


 昨日は、こんな文で締め括りましたよ。

これからは、私は自然派として生き、マックなんぞも捨ててしまい、カメラなんぞも投げ出して……。

こんなことを書いた私であるけれど、結局、また、本日も、こうして、貴重な電気を消費している。私のこんな落書きみたようなものなんざ、余の役になど立つ筈もなく、資源の無駄遣い以外の何ものでもない。昨日は、真剣にそう思っていたのだし、今だって、そう思っている。昨晩、占然菜をつまみに澤乃井をちまちまと舐めながら、あれこれと考えた。ぽんこつの故障気味の頭を捻って考えて、多少なりとも思うところがありました。
 何が無駄か、と考えると、そうですな、つまみを喰うなんざ無駄である。つまみがなくたって、澤乃井てえものは大変美味しいのですからね。しかし、もう一歩進んで考えると、そもそも酒を呑んでいるということ自体が無駄である。呑まなくたって、何も困る訳ではない。そうやって考えると、あれですな、酒に限らず、食事だって全部無駄ではないか、とね。だって、そうでしょう。私なんざ、もう殆ど用済みの人間でしてね。社会のお役には立っておりませんよ。これは卑下して言っている訳ではなく、本当のことであります。確かに、全くの零だとは申し上げないけれど、限りなく、貢献度は無に近い。そう考えると、物を食べるのも、水を飲むのも無駄だということになる。つまり、生きていること自体が無駄だということになる。じゃあ、とっとと死にやがれ、ということになるのだけれど、そうするとそうしたで、後の始末に手間がかかる訳だし、きっと税金なども使って頂く仕儀にもなりそうであるし、あれこれと余所様のお手を煩わすことにもなるだろう。するってえと、死なない程度に細々と辛うじて生きている、というのが、一番世の為になるのかもしれない、などと思う。ううむ。なかなか難しい結論になりました。まあ、そんな結論になったと言いながら、先ずは貴重な紙資源と植物性のインクを無駄に消費して帳面に日記を書き、続いて電気を無駄に消費しながらマックを使ってここのブログに清書しておる訳である。私、自己矛盾を抱えつつ綴る老耄であります。ああ。

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2005年09月12日

icon偏り


 昨日は、衆議院選挙であった。開票が始まって大体の流れが見えたところで書くことにしよう、などと思いましてね。まあ、夕方から澤乃井をぺろりぺろりとやりながら、テレビを眺めたり、新聞を眺めたり、庭を眺めたり、空を眺めたり、通りすがった宇宙人面した猫を眺めたりして、時間を潰す。そうしたところ、早い時間から少々呑み過ぎました。莫迦てえものは、なかなか治らない。開票が始まった八時にはかなりの酩酊。予想もしなかった結果に眼ん球が飛び出るほどに仰天していたのも束の間。いつの間にか、眠ってしまっていた。
 この日記なんざ、大勢の人が読んでいる訳ではないし、そもそも内容だって手前勝手な戯言ばかりですからね、休んだって、この世から消えてなくなったところで、誰も困る訳ではない。然り乍ら、此方人等、老い耄れておりますからね、休んだりすると、おや、じいさま、とうとう死んじまったか、と慌てて葬儀の手配などなさる方もあるやもしれぬのでね。毎日書くと決めたからには、毎日書かなければいけない。まあ、そうは言っても、いい加減な私のことですから、今までにも休んだし、今後だって休んでしまうことも、間々ありましょうけれど。

 あれほど世間を騒がせている風であったし、みなさん、今度ばかりは選挙に行くものだと思っていたけれど、蓋を開けてみれば、それほどでもないね。七〇パーセントにも満たないてんだからね。大したこたない。事前の報道なんぞの加熱振りから、八〇パーセントを越えたりしてね、などと、思ったりもしたのだけれど、結局、メディアの空騒ぎであったのか。
 それにしても、恐ろしい結果ですなあ。まあ、私のような老い先の短いものにとっては、選挙の結果がどう転ぼうと、まあ、せいぜいが十年も我慢すれば良いことだけれど、お若い人は、この後、半世紀以上も生きる訳であるからして、重要な筈である。筈なんであるけれどね。若人はどう感じているのだろうか。
 私なんぞは、あまりに極端に一方が勝つと恐ろしいですよ。小泉という人をヒットラー以上だなどと、誰か言ってましたな。一方的な勝利となるとね、またそんなことが脳裏を掠める。民主党が一方的に勝ったとしても、同じように感じたでしょうけれどね。そもそも、小泉自民党を絶賛したり、強く推したりしている人など、お見掛けしない。ということは、まあ、他よりはましだから、という理由でこんな結果になってしまったのでしょうかねえ。結局、選挙の結果を本当に喜んでいるのは、小泉くん、一人なのではないかしら。偏向日本よ、何処へ行く、とそんなことを言ってみたくなる。

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2005年08月31日

icon全くどうでも良いのだけれど


 ふらふらと散歩をする。いつもは公園だとか川だとか、比較的自然の多い方へ多い方へと足が向くものであるけれど、今日は、どういう風の吹き回しか、通りの方へ出てみようという気になった。そうすると、やはり、目に映るものは、異なりますな。当たり前である。ビルと道路と人、人、人、おまけにもひとつ、人。しかも、人々は急いでいる。のんびりしているのは、二人組の小学生の女の子たちと私ぐらいのものである。見慣れた光景ではあるけれどね、それでも、味気ないですな。尤も、私だとて、勤めていた頃には、御同様、齷齪齷齪していたのでありましょう。自分ではそんなつもりは少しもなかったけれど、きっと傍から見れば、忙しそうに見えたのではなかろうかと思う。
 そんなことを思いながら歩いていると、殊更にのんびりした人が現れた。黒い半ズボンに水色のTシャツ。Tシャツの胸には蝶々が描かれている。足元はと言えば、素足に黒いゴム草履である。のんびりと、というよりも、どちらかと言えば、へらへらと、という風に、私の前方を歩いている。幾つぐらいだろうかねえ。三十代か。四十代位だろうか。若くはない。けれども、じじいという程には老けている風でもなく。私よりも歩みが遅いその御仁、通り沿いの店に吸い込まれていった。一体、何処に入ったのだろう、と覘いてみると、お仏壇の何とかという、有名な仏具店なのである。驚きませんか。半ズボンにTシャツ、草履履きで仏具店ですよ。一昔か二昔か、あるいは、もっと前の流行りだったかもしらんけれど、よく「TPOを弁える」などというような物謂いが流行りましたな。それを思い出した。今の時代は、そんなことは関係ないのかもしれないけれど、仏具店にあの服装のへらへらした人物というのは、何とも似合わない。硝子張りの店の前を通りしなに覘いてみると、制服を着たきちんとした女性と対座して腰掛け、何だか説明を聞いているようであった。硝子にへばり付いて覘いているてえ訳にもいかないので、先へ進んだけれど、あまりに気になったので、決心して、Uターンして戻ってみたのであります。そうしたところ、丁度、出てきましたよ。入り口まで女性に見送られてね。件の男性、店の前で、包みを開き、「へえ、こんな仕上がりなんだなあ」などと呟き、手に取って見ているのが、何と位牌なのである。真っ黒という風でもないから、紫檀か何かだろうかね。引っ繰り返したりして、一頻り眺めたと思ったら、元の包みにざざっと包んで、元来た方に歩き始めたのでありました。鼻歌交じりにですよ。ううむ。胸の奥がこそばゆい。いけないということはないけれど、何とも不思議な光景である。時代なんですかねえ。それとも、あの人だけが、ちょいと変わった人なのか。何だか、一気に半世紀も歳を取ってしまったような気のする午後でありました。

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2005年08月09日

icon男はつらいよ02


 折角『男はつらいよ』のシリーズを全部見てやろうではないか、という気になっていたのに、昨日は、いきなり放送がなくなってしまった。小泉という手前勝手な人間が空騒ぎしているせいである。それに乗っかって、NHKが寅さんを中止して、政局だ何だのと騒いでおる。いやいや、政治を扱うなと言っているのではない。政というのは国の未来を決める大事なものですからね、大きに放送していただきたい。けれども、ですよ。普通の放送でさんざっぱらやっているのだから、わざわざ映画の時間を侵食しないでもいいではないか、と思うのである。総合テレビで心ゆくまでやればいいではないか、とね。
 それにしても、今回の話は訳が判らない。訳が判らないので、文句を言って良いのか、声援を送れば良いのか、という判断ができません。私に言えることは、説明が足りないから何が何だか判らんのである、ということだけであります。尤も、私のような老い先の短いじじいなんざどうでもいいのである。未来に生きる筈のお若い人たちはどう思っているのだろうか。政治家の多くは私と同年配の死に損ないのじじいどもである。そんな連中に、訳の判らん理屈で国を揺さぶられてかまわんのだろうか。みなさん、もう、政治というものには失望して無関心なのだろうかね。だから、投票率だって低くなるばかりなのではないか。
 テレビではあれこれと騒いでいるけれど、何となく、国民は蚊帳の外という気がしなくもありませんな。燥いでいるのは、政治家とマスコミばかりなり、と。
 ニュースを見ても、新聞を読んでも、結局、何故、解散して大騒ぎになっているのか、というのは判然としない。小泉という人が暴言を吐いて引っ込みがつかなくなって暴走しているだけのように見えますよ。寅さんだったら、何と言うのだろう。それを言っちゃあお終いよ、と言うだろうか。御天道様が見ているぜ、と言うだろうか。あるいは、この政のお祭り騒ぎを前にして、結構毛だらけ猫灰だらけ、と言うだろうか。しかし、あれですな、寅さんてえ人は、私のような熱心ではないファンでも即座に思い出せる名言をいくつも持っておりますなあ。妙なところで感心頻り。
 さてさて、今日は無事に放送されますかねえ。

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2005年07月08日

icon途でもない


 イギリスで大変な事件が起きた。四十名に近い方々の命が失われ、七百名余りが負傷しているという。歳の所為か、こういう事件を耳にし、目にすると、震えが来る。何をしていたという訳ではなく、普通に暮らしていたのに、突然、命が奪われたり、怪我をさせられたり。途でもない話である。
 イギリスでなくて、他の国、例えば、日本であってもおかしくないのではないか、と思えてくる。テロリズムというのは恐ろしいものである。しかし、考えてみれば、戦時中にはこの国でも同じようなものであったとも言える。戦争というのは、そうやって何でもない人々が当たり前のように殺されていくことなのである。イラクやアフガニスタンでもたくさんの何でもない人々が当たり前のように殺されたのだろうし、朝鮮や越南でも何でもない人々が当たり前のように殺されたのだろう。広島や長崎でも何でもない人々がなくたくさんたくさん当たり前のように殺されたのである。それが戦争というものなのでありますよ。お国や思想家の人々は、色々と理屈を振り翳すものだけれど、戦争ということになれば、結局、普通の人々が当たり前のように殺されるのである。殺されるだけでなく、略奪されたり、陵辱されたり、凡そ人が人として決してやってはいけないようなことが当たり前のように行われるようになるのである。恐ろしいことである。全く以て人間というものは狂っている。どうしてこんなことになってしまったのだろう。楽しく明るく日々を送り、多少の軋轢があろうとも、譲り合いの精神で乗り越えれば良いではないか。大方の人は同じように思っているのではないかと思う。けれども、威張って武張った人が戦争を始めてしまう。

 あれこれ思い悩みながら、早い時間から呑み始めたもので、すっかり酔いが回ってきた。兎にも角にも、亡くなられた方々の御冥福を祈り、また、この世から、あらゆる戦争やテロや、そのような恐ろしいことがなくなるように、祈願する次第であります。普段は無宗教の老い耄れであるけれど、こういう時には、世界中のあらゆる神という神にお願い申し上げる。

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2005年06月02日

iconさようなら、貴ノ花03


 何となく貴ノ花のことが気にかかる。近年、この、何というか、くよくよ病が悪くなる一方で、何かあると、すぐにくよくよくよくよしてきて、そのくよくよが、頭からというのか、心からというのか、どうにもこうにも離れなくってしまう。貴ノ花とちゃんとした面識があるわけではない。小さい頃に少年花田を見掛けただけなのにね。何故だか、くよくよ、とね。そこで、ふと閃いた。ここでうじうじしていても埒が明かない。いっそのこと青山葬儀所へ行ってみようか、と、えっちらおっちら家を出たじじいである。引っ越した先の部屋は新橋の辺りだったのだから、宝仙寺でやってくれれば、御近所の人たちにも喜ばれるだろうにね、私だってその方が有り難いよ、などとぶつぶつ呟きながら、どうにかこうにか駅まで辿り着いたのだが、駅に流れ込む人の群れを見て、たじろいだ。態々、電車を乗り継いで、真っ赤な他人である老い耄れが、斎場に顔を出すのは如何なものだろうか。そんな気がし始めた。券売機の前で暫し逡巡したが、やはり、参列するのは止すことにした。冷静になって考えてみれば、私なんざまるでお呼びでないのである。頭の捩子が緩んでいると、訳の判らない衝動に従って行動してしまうことが、間々ある。情けないことである。
 折角、出掛けるつもりで駅まで来たのだから、と、末廣でも冷やかそうかとも思ったけれど、黒尽で寄席てえのもどうかねえ。嫌だねえ、陰気なじじいが来ているよ、などと、板の上からからかわれたりしかねない、と不安になり、それも中止。ぶらぶら歩きながら、開けたばかりで未だ客のいない福寿庵へ。
「あれ、これからお葬式ですか。親父とは関係ない筋ですかね」などと息子くんが尋ねる。此方人等、黒尽ですからね。誰の目にもそれらしく映るし、そもそも、誰の目にもそれらしく映るということが、喪服の一つの役割でもあるのであり、致し方ないところ。うむ、だの、いや、だの、と、ぼんやりと答えていたら、「貴ノ花が亡くなりましたねえ。自分は、初代若乃花……あのぉ、昔の二子山親方ですね……の息子さんと、野球チームで一緒だったことがあるんですよ」などと宣う。若乃花の息子さんですか。ううむ、誰のことなんだろうか。先代の若乃花にはお嬢さんがいらっしゃって、二代目の若乃花を婿にもらったのだったかしら。あやふやな記憶を掘り返してみるが、判然としない。酔いも手伝い、曖昧に曖昧を積み上げ、頭の中は渾沌。それにしても、私という人間は、昼前から、喪服に身を包み、蕎麦屋で抜きに澤乃井ときたもんだ。一体、何をやっておるのだろうか。

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2005年06月01日

iconさようなら、貴ノ花02


 五十五歳は死ぬには些か若い。そうだけれども、勿論、世の中にはもっと若くして亡くなる人もいる訳であり、絶対に若い、とも言い切れない。そういう屁理屈を頭の中で捻くり回したりしてみても、結局、貴ノ花の死が、また、他のあらゆる人々の死が、どうにかなるわけではないし、その価値や意味がどうにかなるわけではない。当たり前だ。けれども、何とも遣る瀬無い心持ちがするのであります。少年花田を見掛けたことがあるだけで、話したことがある訳ではないし、熱心に欠かさず応援したという程の相撲好きだという訳でもない。ただ、御近所さんとして何となく親しみを覚えていたに過ぎないのである。しかも、偉くなってからはなかなか見掛けることはなかったし、この近所から引っ越してしまってからあとは出会うことは皆無になった。それでも、ワイドショーやニュースで貴ノ花のあれこれを振り返り見るに連れ、益々残念な気持ちが高まってきて、剰え、息子たちの会見の姿には涙してしまった。年が寄ると涙腺の閉まりが悪くなって困りますなあ。誰に見られる訳でもないのだからして、みともないということもないのだけれど、それでも、どういうわけだか少々気恥ずかしい。不思議なものだ。
 息子たちを見ていたら、突然、大昔のことをまた一つ思い出しましたよ。誰の優勝祝いだったのかは判然としないのだけれど、兎に角、二子山部屋で千秋楽のあとに祝いがあった。こんな時には鏡を抜いて振る舞い酒ですよ。こういうところが日本の素晴らしい慣習の一つですな。流石は伝統技能相撲である。あれあれ、話が逸れてしまった。二子山部屋は細い道が重なり合ったようなところにあって、周辺が人でごった返していたのですよ。後ろの方にいて中が良く見えない、ということで、二人の息子たちの、多分、お兄さんの方が、ブロック塀の上に腰掛けて騒いでいた。子供と言っても少々立派な体格をしていたもので、そのブロック塀が崩れてしまって大騒ぎ。てんやわんや。それから、どうなったのか、誰か怪我人でも出たのだったか、という辺りは、さっぱり思い出せない。調子に乗って呑んでいたせいかもしれないけれど、どうやっても思い出せない。あるいは、騒ぎになったところで、引き上げてきてしまったのかもしれないけれど、ううむ、どうだったかしら。こうやって、色々な思い出が記憶の中で曖昧に溶けていってしまうのですなあ。困ったことである。けれども、同時に、悲しいことや辛いこと恥ずかしいことを忘れられ、そのお蔭で何とか日々暮らせるってものでもあり、難しいですなあ。

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2005年05月31日

iconさようなら、貴ノ花


 貴ノ花が亡くなられたという。昨日の雨は、天の零した涙の粒だったのか。未だ五十五歳という若さである。残念でありますなあ。
 然程相撲に熱狂したことはなく、通り一遍の、当たり前の知識、当たり前の興味しか持ち合わせていない私であるが、貴ノ花だけはちょいと特別な気持ちで見ていたのである。というのも、その昔、この御近所には二子山部屋と花籠部屋があり、お相撲さんを町中で見掛けることも少なくない、相撲の町だった時代があるのである。色々なお相撲さんがおりましたな。総じて、大きくてふっくらとして、何となく愛嬌があるのだけれど、非常に接近して見ると、やはり、一種独特の迫力があって、屡々びっくりさせられたものである。
 貴ノ花が未だ貴ノ花ではなく一少年花田であり、中学に上がるか上がらないかというぐらいだっただろうか、マリと近所を散歩していた際に「ほら、あの子が若乃花の弟なのよ」と教わったことがある。お遣いだったのだろうかねえ。近所にやって来ていたオート三輪の八百屋さんに何か買いに来ていたのである。お節介なおばさんが、「あんた、こんなとこで買い物したりするのかい」と声を掛けたら、照れ臭そうに「はい」と一言だけ答えて、走って帰っていく姿を思い出す。この一件から、私は、花田少年に非常に親しみを覚えるようになったのであります。
 マリが何処で知識を得たのかは判らない。けれども、彼女もテレビ中継は観ていたようであるし、何だ彼んだ言っても相撲というものが今と違って、国民的な人気を誇っていたように思える。あの若乃花の弟というだけで、花田少年は御近所では既に有名な存在だったのかもしれない。あれから何年経ったのだろう。四十年とちょっとかね。角界に名を残す大変立派な成績を収め、前代未聞の人気を誇っただけでなく、二人の息子たちを横綱に育て上げた五十五歳。未だ未だこれから色々な未来が待っている筈だったろうに。私のような役立たずのぽんこつがのらくらと生き延び、彼のような立派な若者が世を去っていく。不平等なものである。尤も、人の生の価値なんざ、長さで計れるものではありません。五十五年と一口に言っても、ぎゅうぎゅうに実の詰まった、しっかりとした五十五年であったに違いない。ううむ、こんな物謂いは何の慰めにもなりませんかね。
 兎にも角にも、御冥福を祈る次第。

投稿者 nasuhiko : 15:42 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月27日

iconもはや戦前である?


 驚いたことにミンダナオ島で二人の日本兵が発見されたという。しかも、更に四十人ほどの日本兵が残っているのではないか、とも言われている。今年は、2005年、最早二十一世紀である。元号だって平成だ。つまり、彼らがお仕えした天皇陛下はもういないわけであります。驚愕した。他に何と言って良いのやら、言葉が思い浮びませんな。語るべきことは山程もあるのに、何と言って良いのか判らぬとは、全く、私の老い耄れた脳みそは役立たずだね。これが、澤乃井のことだの、ハバネロのことだのであれば、あれこれと下らぬ文言を無責任に放り出せるのだけれど、こんな
出来事の前では何とも無力なじじいである。

 私自身は戦争に行った訳ではないし、家族の中に戦場に出向いた者はいないし、命を落としたものもいない。東北に疎開させられ、東京者だというだけで多少苛められたりはしたけれど、今になって思えば、立派な社会勉強の一つだったと思える。友達に連れられて畑の西瓜を盗んで食べたときの美味しかったこと、美味しかったこと。いやいや、何とも申し訳ないことをした、と大人としては反省しているものの、良い思い出でもあるのであります。
 こちらに戻ってきたときには、ぼろ家は焼けてしまっていたけれど、辺りを見回してみれば、私の家族が取り立てて不幸だという訳ではないことは、子供の目にも明らかだったのであり、寧ろ、もっともっと辛い目に合われている方がたくさんいた筈である。

 あれから、六十年。昭和三十年頃には最早戦後ではない、と言い囃されたものであった。あの当時、「最早戦後ではない」とどれだけの人が実感していたのかはよく判らないけれど、平成の世、この二十一世紀も五年目になろうという今、殆どの人は今を戦後だなどとは思っていないであろう。私だとて、そうである。戦後どころか、小泉首相の乱暴な外交の所為で、最早戦前なのではないかと危惧することはあっても、いつの間にか戦後だなんて思わなくなっていた。けれども、この間の戦争、ミンダナオ島では未だ終わっていなかったのですなあ。彼らにとってのこの六十年は一体どんなものだったのでだろうか。いくら想像してみようとしても、私の頭の中は空っぽの侭である。兎にも角にも、日本政府には責任ある態度で彼らをきちんと迎えてもらいたいものである。

 今日のような日には、今一度、言っておきたい。もう絶対に戦争をしてはいけません。

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2005年05月04日

icon水てえもの2


 良次郎くん来訪。お蔭で、すっかり忘れていた水の検査の道具のことを思い出した。注文して届いていた筈であるが、さて、何処にしまったのだったか。年々記憶が曖昧あやふやになっていくのだが、中でも、この手の、ちょいとそこいらに置いた筈だが……というようなものが一番忘れ易い。尤も、こういうのは私だけでなく、同窓の連中も揃って同じようなことを言っている。だが、しかし、皆がそうだからそれで良い、というものでもないのであって、記憶なんざしっかりしているに越したことはない。いや、そうでもないか。難しいところですな。
 良次郎くんを待たせたまま、どたばたじたばた、彼方此方を引っ繰り返すのだが、中々見つからない。「探すのをやめたとき 見つかることもよくある話で」という、マリが探し物をする時によく口遊んでいた歌を思い出し、諦める方に傾きかけたとき、ひょっこりと出てきた「おいしい水検査セット」である。まるで、歌の通りであって、何だか莫迦みたいだ。こんなことなら、すぐに諦めれば良かった。そうは言っても、出てこなければ話が始まらないのも事実であって、まあ、これ幸い、と素直に喜びたい。いや、喜ぶべきなのである。
 これこれ、これですよ、とお見せすると、良次郎くんも興味津々の様子。早速、開封して、試してみることにする。いい大人……というより、明らかに老人でありますな……が二人掛かりで、嬉々として、さあ、じゃあ、一つ実験を開始してみますか、などと、燥いでいるのは、傍から眺めたら、嘸かし滑稽であったことであろうけれど、勿論、誰にも見られている訳ではないので構わない。
 まずは普通の水道水。銀紙の袋を開けて、中からプラスチックの筒が出てくる。糸が付いているので、それを引っ張ってから、ぎゅうっとへこまして、空気を追い出し、水に浸けて手を放す。そうすると、しゅうっと吸い込めるという仕組みである。押し潰すところで、何だか頼りない心持ちがして、些かすっきりしなかったけれど、やってみれば、何のことはない。
 さて、仕上がりはどうだろうかというと、水が桃色というか薄紫になるのであります。付録の帳面と比べてみると、なるほど残留塩素が0.1ほど含まれているということのようである。硬度の方も調べてみるが、こちらは50と100の間ぐらいだろうか。続いて、浄水器経由の水道水の番である。肝心なのは、こちらがどうなのかということである。さあ、残留塩素を調べますぞ。おお、おお、何たることか、驚くべきことに、水の色が全く変わらない。いや、もしかしたら、少しは変わっているのかもしれないけれど、老い耄れのしょぼくれた眼力では、変化がないとしか言い様がない。硬度の方はというと、こちらは先程と全く同じ。
 良次郎くんが、杉並の水は美味い、と言ったことが、証明されたような具合。折角だから、と、本日はジョニー・ウォーカーのスウィングをわざわざちょいと水で割って飲む。古市のハワイ旅行の土産である。尤も、彼の言葉をそのまま記せば「ワイハの土産よ」ということになる。七十過ぎたじじいが何がワイハだ、とは思うけれど、酒には罪はないし、味にも変わりはないので、ワイハ発言は水に流して、酒の方は胃の中に流して。
 次は、蒲田の水の番ですねえ、と残った「おいしい水検査セット」を抱えて帰っていた彼のこと、いずれ、検査結果を報告してくれることでありましょう。さてさて、蒲田の水の味や如何に……と呟きながら、未だにボトルを揺らしては、グラスを舐める。ずるずると呑み止められないじじいなのであります。

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2005年03月23日

icon東京に大地震が来ないのは


 先日の九州での大地震は、専門家も予想だにしないものだったと言う。では、専門家は神戸や新潟や北海道での大きな地震を予想したのか、というと、正確に予想などしていないわけで、結局、地震というものはまさに天変地異、人知の及ばぬものなのだ、ということなのか。
 そろそろ東京に大きな地震が来てもおかしくない、というような、遠回しとは言え、かなり警告色の強い発言をする人々がおりますな。実際、科学的に、とか、統計的に、ということでは、そうなのでありましょう。私のような科学音痴の頓珍漢には判る筈もない話。なのであるけれど、近所の工事現場を眺めていて、ふと、老い耄れた頭に閃いたことがある。東京てえところは、年がら年中工事をしているところ。税金を無駄遣いしたくてしょうがない連中が年度末になるとあっちこっちの道路を掘っ繰り返し始める。税金が誰のもので何に使われるべきか、というような論議は、お若い人々にお任せするとして、三月が近づくと街道から小道まであちらこちらの道という道が工事の穴ぼこだらけになるのは、東京に長い人なら誰でも知っていることでありましょう。
 よぼよぼと覚束ない足取りで散歩していると、目の前にはまた工事現場である。作業服に身を包んだ人が棒を振り振り脇に立っていて、ああだこうだと指図したり、気が良い人だと、すみませんねえ、と頭を下げてきたり。兎にも角にも、歩行者は板切れの上を歩かされたり、黄色と黒の策みたようなもので区切られた狭いところを歩かされたり。自動車は迂回させられたり。全ての工事に意味がないとは言わないけれど、全ての工事に意味があるとも思えない。工事現場に指し掛かる度に、何だか釈然としない気持ちが起こるのを禁じえない老い耄れじじいである。
 ところが、今朝、夢の中で突然の閃きが与えられたのである。私の目に随分年長に見えたのだから、恐らく、百歳は優に超えているだろうと思われる白髪で白髭を伸ばした、がりがりの老人が、杖を振り回しながら、教えてくれたのである。御老人曰く、君のような若造にはわからんかもしらんが、東京に大地震が来ないのは、年中、工事をしておるからなのだぞ。あの、一見無駄な工事の度に、地中に鬱屈したエネルギーを少しずつ放出しておるから、大地震を起こすほどのエネルギーが溜まることがないのである、と言う。本当だろうか。そんな筈はないとは思うものの、万々が一本当だとしたら、地震の専門家に教えてあげた方が良いのではないだろうか。だが、伝えるにしたって、まさか、夢の中で痩せこけた白髭の老人に教わったのだよ、と言うわけにもいかないだろう。ううむ、どうしたものだろう。

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2005年03月22日

icon神風の行方


 この日曜の朝、いよいよNHK杯の決勝であった。早々に起き出して、洗顔などなどの雑事をとっとと済ませ、放送が始まる前から、羽生扇子を片手に、テレビの前で畏まっていた次第。ここ一番で今までにも況して強烈な神風で後押ししようと準備万端。澤乃井で口を清め、試合開始を待つ。あれこれじたばたあたふたしたところで、私が指すわけではないのだけれど、気分としては、臨戦態勢。そして、始まったのであります。ここはイタリアじゃないからね。時間通りに始まるのですよ。
 羽生先生は相変わらずの構え。対する山崎さっぱり青年は些か緊張の面持ちと見えた。淡々と進む中、山崎青年の手が重い。ああ、ほれ、ごらんよ、これも我が扇子の起こす神風の威力さね。青年、時間の消費が甚だ早い。これでは中盤以降は全て一分将棋になってしまいますな。大丈夫なのかね、と相手方のこととはいえ、少々心配になるほどである。孰れにせよ、この老い耄れが振る扇子の神風に押され、羽生先生の優位は揺るぎない。結構、結構、さて、一休み、と緩めた手を杯に伸ばす。と、何だ。何なんですか。え、地震とな。あれ、あれ、あれ。
 あとは皆さん御存知の通り。NHK杯の放送などどこかに吹っ飛んでしまったのである。大事件が起きれば、将棋如きが何ものぞ、と、そう仰るのは御尤も。私も引き下がりましょう、本日ばかりは。羽生先生の優勝相成ったのか、成らぬのか。そんなことは心配していない。優勝したに決まっておりますからな。
 それにしても、日本のあちらこちらで地震が起きる。被害に遭われた方々には何とも申し上げようもないし、お助けするだけの財力もない。何かお手伝いする体力は、勿論、ない。陰ながら、目に見えぬ声援を送るばかりの枯木である。頑張って生きていれば、良いことも悪いことも色々とあるものです。気を落とさずに、次の良いことに向けて、何とか頑張って頂きたい。今は、羽生先生の応援を一休みして、被災者の皆さんに向けて力風をお送りしますぞ。

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2005年03月13日

icon神風は吹き続ける


 今朝のNHK杯を御覧になった方も少なくないでしょうな。勿論、朝から羽生扇子を持ち出してきて、暑くもないのに煽ぎましたとも。ぱたぱた煽いで、おお、と呟き、ぱたぱた煽いで、天晴れ、と声をかけ、ぱたぱた煽いで、勝利を寿ぎました。羽生扇子の起こす神風は相変わらずであります。
 対戦相手は森内くん。四月からの名人戦の前哨戦だとも言えるわけで、ここで勝ったのはいつにも況して結構なことじゃござんせんか。そんなこと言ってもね、君ぃ、早指しでは参考にならんよ、と仰る方もおりましょうが、勝負だって、人間がやる以上、実力だけではなく、気も重要な要素でしょう。勝った方は気分良く試合に臨める。負けた方は何となく嫌な心持ちがする。そんなものではないでしょうかね。
 解説しているのが、先崎くんというのも面白いところですな。NHKもなかなか人選に優れておると言えましょう。この顔ぶれを見れば、小学生時代の勝負を思い出さない訳がない。ここに村山くんがいれば、益々結構なことだったんでしょうけれど、こればかりはNHKがいくら策を練ろうとも、天に勝つ手管はないわけで、仕方がない。残念なことですけれどね。
 考えてみれば、出発点ではかなり接近していた四人のその後がこんな形で対比されると、何とも切ない気持ちになります。羽生先生は七冠の時代に迫る勢いの上り調子で名人位に挑戦する。受けて立つのが森内名人。その二人が戦っているのを先崎くんは解説するばかり。中倉さんという美人が相手なんだから悪くないよ、なんてことを思う人もいないとは限りませんけれどね。将棋指しの本望はやはり将棋を指すことにあるはず。初手で角の頭の歩を突いたりするような奇抜な着想を持っていた頃の若々しさはなく、外見同様将棋にも少々贅肉がついて、切れがなくなっているのではないか、などと懸念される、近頃の先崎くん。尤も、素人が……しかも、老い耄れのこんこんちきの素人が……何を言おうと栓無きことではあるし、実際、私はずぶの、いやいや、ずぶずぶの素人ですからね。全く以て失礼千万な枯木じじいだ。
 先崎くんが羽生、森内両君に大きく遅れを取っていることに、人生の機微を見る人もいるかもしれない。けれども、私にはそうは見えない。それは偏に村山くんがここにいないことに起因するのであります。村山くんがここにいたら、どうだったろうか。そんなことを思ってみたとてどうにもならないのは明白なのだけれど、それでも、そう思わざるを得ない。この四人は、小学生時代からそれぞれの個性が互いに引き立て合って、極めて印象的でしたからね。テレビで眺めるだけのど素人の私の心の中にも、くっきり像が残っている。

 さてさて、来週は、いよいよ決勝である。如何にも賢そうな顔をした少年、山崎六段との対戦。熱戦で楽しませてもらいたいものだが、孰れにしても、最後には、我輩の振り回す羽生扇子から巻き起こる神風のお蔭で、羽生先生の勝利に終わるのでありますよ。

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2005年02月28日

icon水てえもの


 近所のコンビニエンス・ストアで水が売られている。近所の自動販売機でも水が売られている。今では少しも珍しくない光景である。買われたことがある人も少なくないであろう。何しろ、国内外の数多のメーカーから発売されていて、あれだけたくさんの種類があるのであるからして、それは紛うことなく、それを買わんと欲する人がいるのだ、という証左である。実を言えば、私はあの手の水を買ったことがない。水を買うだなんて、ねえ。あの手の水を購入することには、どうしても抵抗がありますな。だって、水ですよ、水。蛇口を捻ればじゃーと出てくる、あの水。勿論、少なからず……いやいや、大きに中身は違うってことは百も承知。けれども、水は水ではありませんか。スナックなんかで、ボトルを入れて水割りを呑もうと思えば、ミネラル・ウォーターなるものを売りつけられる、ということは大昔からありましたとも。けれども、それとこれとは話が違う。コンビニで水を買う人々が、皆、家に帰って、あれで水割りを作る、なんてことはありそうにない。勿論、中には、水割りを作る人だっているでしょうけれどね。ああ、そんな話じゃないんだね。
 こんなことを言い出したのは何故かというと、我が家を訪れた知人が、上がり込んだ途端に、「水ください、水、水」と水道水をコップ一杯勢いよく一気に飲み干し、「ああ、ここいらの水はうまいね」と言ったことに端を発する。その知人は、蒲田に住んでいるのだけれど、蒲田の水はまずくてかなわん、けれども、水を買う気にはならない、仕方なしに、浄水器をあれこれ試してみているけれど、なかなか気に入るものがない、と、そんなことを言う。
 白状すれば、我が家の水道にだって、簡易な浄水器が取り付けてあるのである。つまり、ここいらの水だって、昔ほどうまくもなければ安全でもない、と、私自身が思っているという証拠。それでも、良次郎くんは美味い、と言う。ううむ。

 彼が帰ったあと、澤乃井をちびちびやりながら、あれこれ考える。今でも、東京にだって美味い水があって、だからこそ、澤乃井のような美味い酒ができるのだ。うちの水も、昔に比べれば化学臭い匂いがするような気がするけれど、もしかすると、それは錯覚なのかしらん。何とか調べる手立てはないか、と頭を捻る。蒲田から水を汲んできてもらって、飲み比べでもしようか。で、その足で、澤乃井の膝元、青梅の方に出向いて、そこいらの水と飲み比べて、なんて。
 そもそも、水の美味さとは何なんだろうか、と思い、インターネットを検索する。面白いものを発見しましたよ。おいしい水検査セット。良いじゃないですか。早速、注文させてもらいました。これで、私のような、素人にもすっきりとわかる結果が出ることになりましょう。楽しくなってきましたなあ。

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2005年02月27日

icon羽生先生の扇子


 ひょいと覗いた将棋連盟のホームページで、季節外れの羽生先生の扇子を購入したのは、暮れのことだったろうか。こういうちょっとした小物を手に入れただけで、今まで以上にタイトル戦の勝敗が気になったりするのだから不思議なものだ。本当は渡辺明くん竜王獲得を祝って扇子を買おうと思ったのに、残念ながら未だ発売になっていなかったのである。渉猟するうちに、羽生扇子を買うことになり、延いては、あれこれの場面で彼を応援する気持ちになっている。応援するからには、勝ってもらいたい、と思う。そう思うと、新聞やらインターネットで結果を見るのも少しはどきどきするようになってくるから面白い。最近の戦績はどうかというと、これが素晴らしく良いのである。いやあ、扇子を買った甲斐があるってもの。嘗ての、七冠の頃の勢い程かどうかわからぬけれど、今、羽生先生には激しい追い風が吹いているのは間違いない。その追い風はどこからやってくるのか。それは、勿論、この荒屋で私が扇子を必死に煽いで起こしているものなのである。いや、そんな訳はないのだけれど、そんなことを思いたくなるのが人情というものではありませんか。羽生よ、頑張れ、頑張れ、羽生よ、と、ぱたぱたと煽いでは一杯。扇子から零れるうっすらとした香りが澤乃井の香りと相俟って、良い心持ちの酔い心持ち。こんなことで御機嫌になれるなんざ、簡単で、安上がりな脳みそだね。はは。

 さて、と、暫く振りに、将棋連盟のホームページを覗いてみる。おお、何たることか、渡辺明の第十七期竜王位扇子がもう発売になっているではないか。これは、買うべきか否か。もし、仮に購入したとすると、私は羽生善治、渡辺明のどちらを応援すべきなのか。二人とも応援してあげたまえよ、と仰いますか。御尤も。御尤もなのであるけれど、じゃあ、その二人が対戦する時にはどうすれば良いのだろう。ううむ、若貴の優勝決定戦のときにも、同じように悩んだのを思い出した。あのときは、お兄ちゃんの方を応援したけれどねえ。何故だったかは思い出せないけれど。

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2005年02月21日

icon超高級味噌2


 木澤くんから電話がある。ぼそぼそとくぐもった感じで、どうにも声に覇気がない。尤も、老人が声ばかり景気良いってのも、あまり感心しないけれども。
「先日の味噌のことなんだけれどね」力のない声が続く。「どうもね、あれでね」「あれと言われても何だかよくわからんよ」「うん、それが、恥ずかしい話なんだけれど、どうもね、あれは、言ってみれば、詐欺というか何というのか」と穏やかでない方向に話が流れてゆく。気落ちしているところを、間の手で何とか盛り上げながら、全貌を聞き出した。
 翌日、息子夫婦にも御裾分けてんで、木澤くん、呼びつけたわけである。どうだ、超高級味噌は美味いだろう、美味いに決まっておる、と鼻息荒く、自慢したりして……って、こんなことは私の推測だけれども、きっとそうに違いない。息子夫婦も、父さん、ありがとう、なんて言って、喜んで帰っていったに違いない。何とも長閑な家庭の図である。ところが、小一時間もした頃合いに、件の息子から電話がかかってきた。あれは詐欺紛いのインチキ商法に間違いない、と、えらい剣幕で、何であんなに高い味噌を買ったんだ、と説教されてしまったようである。味噌を御裾分けして説教されるというのもどうかとは思うのだけれど、きつく言わないと、これから先も、同じようなのがどんどん来るから気をつけなければいかん、と釘を刺すために、心を鬼にしての説教である、ということのような。息子くんによれば、一度、訪問販売の怪しげなのに引っかかると、引っかかった人の名簿というのが作られて、同業者の間で売買されるようになるそうなのである。何とも物騒な世の中である。
 なぜ、彼の超高級味噌がインチキ商法だということになったか。息子くんが、日本一の味噌ならインターネットに能書きか何かが載っているだろうてんで、調べてみたのだある。ところが、まともな情報がみつからず、結局、行き当たったところには、その味噌屋は、中身云々は兎も角としても値段は非常識極まりないもので、決して勝っては駄目だ、というような忠告めいたことが書かれていたそうである。この不景気な御時世に、超高級味噌の訪問販売をやっている業者が何軒もあるそうだ。それというのも、味噌は食品だということで、クーリング・オフが効かないから、っていうんだから、連中も気が利いている。悪知恵を誉めてはいかんのだろうけれど、うまいところを突いておりますな。信州から来ました、なんて、純朴そうな顔をして、訪れたそうだけれど、心の中では舌を出していたにちがいない。
 中身は大丈夫だろう、と木澤くんがぼそぼそと呟いていたけれど、何となく、もやもやするので、あの味噌は全部捨ててしまった。いやあ、それにしても、何とも厭な世の中になってしまったものでありますなあ。

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2005年02月15日

icon若者よ


 天気が良いのに、今一つ、調子が上がらず、だらだらずるずると、茶を飲みながら、チャンネルをがしゃがしゃがしゃがしゃ切り替えていた。もっとも、今時のチャンネルは、リモコンで遠く離れ、音もなく。ありがたいような、でも、少々物足りない気がしなくもない。老人の懐古趣味か。厭だねえ。
 午前中の番組のあれこれを眺め、昼に笊を一枚やっつけて、午後の番組のあれこれ。笊をやっつけるに当たって、澤乃井を持ち出す。好い気なもんだ。それにしても、平日の昼間の番組てえものは、私のような引退後の老耄じじばば以外に、誰が見るのだろう。主婦のみなさん、冬休みの学生さん、引き籠もりの諸君、といったところが主立ったところだろうか。この時間帯の主力、ワイドショーというもの、ワイドと称されるだけあって、取り扱う話題は中々に幅が広い。やれ芸能、やれスポーツ、やれ犯罪、やれ政治、やれ料理、やれファッション、何でもござれ。中でも近頃は政治の話題が多うござんすな。つまり、それだけ、国民の関心が集まっているってことなのだろう。誰に聞いたって、今の日本はいつにも況して不景気でいつにも況して物騒なわけで、政治家諸君よ何とかしてくれよ、と思うのは当然と言えば当然のことであろう。そもそも、その為にいるのだろうよ、と。ところが、どうしたわけか、彼らはなかなか庶民の期待に応えてくれない。寧ろ、心情を逆撫でするようなことを仕出かすことが多々ある。何とも不思議な話ではないか。

 ここに来て、じわじわと世の中がきな臭くなってきたとお感じの方も少なくないだろう。まさか、行き成り戦争が始まるということもあるまいけれど、一歩ずつ一歩ずつ、恐ろしい方向へ押し出されているような気がしてならない。戦争の悲惨さ、若い人たちは本当に理解しているのだろうか。心配になりますな。政治家の若返りは結構だけれど、日本という船を危なっかしい方向へ向けている連中は、戦争がどんなに恐ろしいものかわかっているのだろうか、と非常に不安である。終戦時、小泉くんは三歳。戦争の何たるかを理解できるような年齢ではなかった。安倍くんや石破くんなんざ、まだ生まれてもいないわけで、知る由もないのか。しかし、彼らの親はたっぷりと戦争というものを味わったはずである。ならば、息子たちに、二度とこのようなことが起こらないようにしなければいけない、と強く語り継がなかったのだろうか。そんなことがあるとしたら、親の顔が見たい。あ、親の顔、見たことがあるな。それにしても、三人とも二世議員だとは……。

 若者よ、戦争は恐ろしい。若者よ、戦争は悲惨だ。若者よ、若者よ、自分の命も他人の命も軽んじてはなりませぬぞ。

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2005年02月09日

icon吊るされた札


 首都大東京を守るために……なんてことを、先日、書きましたが、そういう大きなものではなくとも、みな人それぞれに守るべきものがありましょう。有体に、家庭や体裁、地位、そんなものを守らなくてはならない、守らないでどうする、と思っておられる方は少なくないでしょうな。実際、私も家内と暮らしておりました頃には、彼女を守らねばならん、と思っていましたよ。殊に若い時分なんぞには、必要以上に肩肘張って、余計な摩擦を発生させてしまったりしたことすらあるのであります。
 そんな大仰なことではなくとも、もう少しささやかなれど、守らなければならない、というものもあります。女性も見ておられるかもしれないところで、こんな幾分尾籠な話を書くのもなにですが、立小便というもの、あれは、最近はめっきり見かけなくなりましたが、以前は、多かったですな。昔は日本人の民度が低かったのでしょうか、見かけることは意外に多かった。当時は、立小便は立派な犯罪であるからして警官にみつかれば逮捕されるのだ、などと話題になったりしたものです。つまり、それほど茶飯のことだったのでしょう。長い板塀があったりすれば、そこには「小便するな」という文言と共に鳥居の絵が書かれた札が吊るされていたりしたもの。札の効果はどれほどあったのかは定かではありません。友人が、あまり堂々と大きな札を下げてやがるから、こちらも堂々と札にかけてやったよ、などと、自慢とも取れるようなおかしな発言をしていたのを覚えています。「君ぃ、小便なんてものはねえ、人が人として生きている限り、必要にして不可欠な、自然現象なんだよ。英語では『ネイチヤア・コオルズ・ミイ』と言うぐらいでね」こんなことを言って、数人で連れ立ってしている連中もいた。当時の学生なんざ、勉強はしたけれども、あまり品は良くありませんでしたな。もっとも、今の学生だって、上品だてえ風にも見えないけれど。
 何故、突然こんな話を持ち出したかというと、面白いものに出会したからです。散歩がてらカメラを手にして、近所をうろうろして、たまには遠出してみようと、普段よりも足を伸ばして裏道をあれこれ散策していたら、みつけました。懐かしい、焦げ茶色の長い板塀の家がありました。昔は、こんな家がたくさんあったものだよ、などと呟きつつ、歩いていくと、長い長い板塀の中ほどのところに、札が下げてありました。

小便無用
貴様は犬か

 こんな文言です。墨で黒々と立派な筆運びであります。その札も、板塀同様相当に古びている。何十年も雨風と立小便の攻撃を浴びながら今日まで頑張ってきたのでしょうなあ。そんなことを考えていたら、何ともおかしくなって、道の真ん中で吹き出してしまいました。「貴様は犬か」。名文句じゃありませんか。

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2005年01月23日

iconボクボク3


 木澤くんから電話があり、昨年末の名簿の出所が判明した、とのこと。
「そんなことがわかったからって、今さらどうにもなるものかね、ってところだよね。引っかかる人は引っかかり、引っかからない人は引っかからなかったってことにはかわりない」そんな冷めたようなことを言っている。
「誰か引っかかった人がいるのかねえ」「どうだろうね。仮に引っかかったとしても、小額だったら、なかなか言い出さないんじゃないかなあ。みんな、いい歳してもなかなか面子家が多いからねえ」尤もな意見である。私が引っかかっていたとしても、多少の額だったら、あちらこちらに吹聴することなく泣き寝入りしてしまうかもしれない。逆に、古市のような奴なら、大騒ぎして、それをねたに、あちらこちらの呑み屋で燥ぐのだろうな。いやいや、しっかりものの古市がオレオレ詐欺なんぞに引っかかるものか。
 木澤くんが教えてくれたところによると、戸原んとこの孫が名簿を持ち出したそうである。あの、近所でも有名なばかたれである。学校に行くでもなく、定職に就くでもなく、昼日中からぷらぷらしているばかりの、かばたれだが、詐欺の片棒を担ぐほどの度量はない。要するに、こういうことのようなのだ。遊ぶ金欲しさに、筋の悪い金融とちょっとつきあってしまった。どうせ元金なんざ大した額ではなく、気楽に借りてしまったのだろうけれど、町金特有の訳のわからない計算で借財は雪達磨式に増えていき、どうにもならなくなってしまった、と。そこで、先方が、借金をちゃらにしてやるから、親戚一同の所番地から職業まで、何でもかんでも情報を持ってこい、と唆したそうである。我々の同窓会名簿も渡して、おまけに、知っている限りの情報を伝えたそうな。全く馬鹿げた話である。ある日、突然、親戚一同にオレオレ詐欺の電話がかかり、その直後に、我々、同窓の面々に同じような電話が相次いだもので、ぴんと来て、戸原が問い詰めたら、ばか孫は、あっさり白状したそうである。そんな根性だから、ちょっと恐い輩に脅されれば、ほいほい名簿を渡してしまったのだろう。

 被害額は全国で二百億を超えている、などと報道されている。同窓会の名簿は、ばか孫の借金をちゃらにするだけの価値があったのだろうか。その成果のほどは、当の町金に尋ねてみるしかないわけだけれど、勿論、尋ねたところで、知らぬ存ぜぬで何も教えてくれる筈はない。

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2005年01月19日

icon町並


 居間の蛍光灯が切れてしまった。電球てえやつは何故こうも頻繁に切れてしまうのだろうか。電球会社はもっと耐久性のある製品を開発すべきであろう。しかしながら、耐久性の高い電球を売ったら、交換の需要は激減してしまう。それじゃ商売上がったりか。あれこれと技術の進んだこの世の中で、電球の切れる頻度は、寧ろ、昔よりも多くなったような気さえする。企業努力が足りないどころか、適当な期限が過ぎたら切れるような、時限爆弾的な電球を販売しているのではないか、と、勘繰りたくならなくもない。強ち冗談でもありませんぞ。
 近所の電気屋さんに電話して、交換に来てもらう。蛍光灯は一本切れると次々に切れるので、まだ点灯するものまでまとめて新しいものに替えてしまうようにしている。電気屋の長男坊……と言っても、彼もいつの間にやら五十ほどにはなろうとしているだろう……は丸いのを大小二本ずつ、長いのを八本、風呂場の特別長いのを一本、担いでやってきた。毎度のことなので、細かい説明などせずとも準備万端整えて御登場。ちゃっちゃか作業を始めた彼だが、突然、大きな声をあげる。「あれえ、マックじゃないですか。お、デジカメなんかもありますねえ。しばらく来ないうちに進んじゃったなあ。びっくりですよ」そんなことを宣ふておる。へへ、ちと鼻が高くなろうてえもの。
 気分が良いので調子に乗って、仕事が片付いたところで一杯勧めると、奴さんも嫌いな口じゃないから、ほいほい乗ってくる。杯を重ねるに連れて愚痴が増えてくるのは世の常か。「新宿辺りに量販店があれこれできてから、商品の売り上げは激減しましたよ。近頃じゃ、それに加えてインターネットですよ。ますます売り上げが落ちてまさぁ。このままじゃ、うちも長くはないね。嫌な世の中ですよ。草葉の陰で親父が泣きます。はは」などと自嘲的な科白が出てくる始末。
 振り返ってみると、この町の商店も随分と様変わりをしている。豆腐屋や蕎麦屋に和菓子屋、風呂屋や本屋にレコード屋、酒屋や自転車屋に煙草屋、と、消えてしまった店を数え上げれば限りがない。これが自由競争社会というものなのだろうとは思うけれど、寂しさを禁じ得ない。「ねえ」と声を掛けようと思ったところ、電気屋の長男坊は良い調子で既に鼾をかいている。

 雲の多い夜空を見上げる。あそこに見えるぼんやりした街灯が切れたときには、誰が交換しているのだろうね。

投稿者 nasuhiko : 19:10 | コメント (0) | トラックバック

2004年12月30日

icon下手の横好き

というほどの熱意はないのだけれど、将棋を眺めるのが好きである。やるのではなく見るのが好きなのだ。ルールを知らないわけではない。いやいや、勿論、知っておりますとも。小学生自分にはよく将棋をやったものである。中学に入ってから、ぱったり止してしまった。何か特別な原因があったのかどうか、思い出せない。
 テレビでの放送は気がつけば見るようにしている。NHK杯は決着が早いので大好きである。老人がぶつぶつと何事か呟きながら嬉々として眺めている様は、さぞかし異様に映ることだろう。しかも、私は限りなくど素人なのである。画面に向かって、「おおっ」「なんと」「ふうむ」「いやはや」などと独り言ちてはいるものの、全く勝手な解釈をしているだけで、実際の盤面上での趨勢や指し手の好悪には殆ど関係ない。解説者の説明を聞いて、なるほどなあ、と漠然とは思うのだけれど、その理解さえ合っているのかどうか心許ない。それでも御当人は楽しいのだから、将棋の魅力というのは不思議なものだ。いや、私の脳みそのぼけ具合が不思議なのだと言うべきかもしれないが。
 名人戦などのビッグ・タイトルも面白くなくもない。ただ、あまりに長期戦なので、見ていて疲れてしまうのである。二時間もすると、手持ち無沙汰に耐え切れず、呑み始めてしまう。で、結局、勝負が盛り上がる頃にはうとうとしてしまっている。馬鹿げた話である。
 そんなものよりも、面白いのは、将棋の日の催し、お遊び的な大会である。あれこれと手を変え品を変え、普通では有り得ないような場面もたくさん現出し、楽しませてくれる。しかし、それよりもさらに面白いのは小学生名人戦である。小学生と侮るなかれ、見かけと中味は大違い。彼らの指す将棋は子供の遊びなんぞではなく、未来の名人への一歩なのである。そうは言っても、小学生であるからして、喜びも悲しみも正直に表情に出るのが良いところ。親ばか気味な家族の声援もご愛嬌。
 記憶に明確に残っているのは、やはり羽生少年のことである。頭に赤いベレー帽か何かを被って、ちょいと傾いたような姿。今と変わらないと言えば変わらない。がっちりした森内少年と対照的だったから余計に印象深かったんだろう。羽生少年に次いではっきりと覚えているのは渡辺明少年である。小学生の時の同級生の誰かに似ているような気がする、些かぷっくりとした頬がとても愛らしかった。その渡辺明が早くも竜王という大きなタイトルを手中にした。奪った相手が小学生名人戦の先輩森内だったのも何かの縁かもしれない。渡辺明竜王を記念したものが何か売っていないかと将棋連盟のホームページを覗いたけれど、さすがにまだ用意されてはいないようである。あれこれ見回して、羽生先生の紺染の小振りの扇子を注文した。もう扇子の季節はとっくに終わってしまいましたけれどねえ。

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2004年12月26日

iconボクボク2


 木澤くんから電話がある。
「君んとこに、オレオレ詐欺みたいな妙な電話がなかったかな」ありゃありゃありゃ「なにゆえ、それを知っているんだい。まだ誰にも話してないんだよ」それにブログのことは同級生の連中には伏せてある。
「いや、なにね。うちにも怪しげな電話がかかってきたんだよ。もっとも、電話に出たのは息子なんだがね。夜になって、古市や白島から電話があったのさ、うちにオレオレ詐欺の電話がかかってきた、テレビで見たのとおんなじだって、さ。連中、すっかり盛り上がっていますよ。まるで、自分がニュースに登場したような気分でいるんじゃないか。まあ、とにもかくにも、そんなことがあって、どうも、同窓会の名簿を使ってかけているんじゃないかって話になってね。君のところはどうかな、と思ってね」
「かかってきましたよ。かかってきましたとも。騙されるというより、最初はわけがわからなかったけれど、何しろ、うちには孫どころか、こどももいないんだからさ、騙されようがない。百歩譲って騙されたとしても、自由になる金なんざ、ありませんよ。はっはっは」「何はともあれ、被害に遭ったやつはいないようで、何よりだ」
「ところで、高部の妹、恵子くんの件だけれどね。亡くなったのは十一月の初めだっていうのは間違いないのかい」「古市はそう言っていたけれどね。気になるなら、自分で電話してみたらどうだい。ぼくはちょっと他にも電話してみるから、じゃ、また」

 それにしても、年の瀬になると犯罪が増えるというのは本当なのだろうか。何とかして金を手に入れねば、年を越せない、という逼迫した状況に追い込まれているのか。それとも、クリスマスだ、忘年会だ、と浮かれている人々の心の隙を突こうとしてのことだろうか。私の場合、『日和見』の忘年会があるだけで、暮れだからといって特別な催しがあるわけではない。
 まだ若かった頃には、クリスマスにはシンガーズ・アンリミテッドの名盤『Christmas』をかけて、マリと二人で六本木のクローバーのミルフィーユを食したものである。数年前、ふと、クローバーを覗いてみたことがあったが、既に、メニューからは消えてしまっていた。マリと過ごした大切な想い出が磨り減ってしまったような、悲しい気持ちになったのを思い出す。
 今夜は、暫く振りに『Christmas』をかけて、キャンティの赤を開けた。私はいったい何に乾杯すればよいのだろうか。

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2004年12月25日

iconボクボク

 静かな午後だった。それを破ったのは一本の電話である。二時頃だったろうか。「はい、惚山でございますが」と型通りの文言で迎えると、受話器の向こうから泣き声が聞こえる。引き摺るようにしゃくり上げる合間に「ボクだよ、ボクだよ」と訴えかける。そうは言っても、私に向かって「ボクだよ」などと名乗る知り合いはおらぬわけで、何が何だかちっとも訳が判らない。と、突然、別の人物が出た。「○○保険の柿元と申します。実は、お孫さんが事故を起こされまして、ただいま、現場にかけつけたところでおございます。しかたがないことですが、大変動転なさっていらっしゃってですね、この電話番号を聞き出すのがやっと、というような状態なのです」「はあ、何だかわかりませんが、それは大変でございましょう」と状況が飲み込めないまま相槌を打つ。「それでですね、双方ともに怪我は大したことないのですが、先方のベンツが大破しまして、補償問題、弁償問題ということになっているわけです。お孫さんが自分では払えないし、親御さんには知られたくない、ということで、そちら様に連絡させていただいているわけなんですよ」
 いくら私が耄碌じじいであるにせよ、漸く理解できた。何たることか、これは世に言うオレオレ詐欺なるものに違いない。何しろ、私どもには子どもがいないわけで、当然、孫などいるわけがない。騙そうとされているのかとわかったら、頭にかーっと血が上って、自分でも顔が赤らんでいるであろうことがわかるほど、老いて硬直気味の血管が切れてしまうのではないかと懸念されるほど。だが、一呼吸して冷静に考えてみれば、こんな面白い機会はなかなかあるものではないわけで、騙されている振りをしてもう暫く相手をしてやろう、という気になった。あわよくば、尻尾を捕まえて警察の捜査の手助けになるようなことでも聞き出せないか、と気分はすっかり俄探偵である。
「不幸中の幸いと申しますか、むしろ、運がよろしい。怪我は擦り傷程度ですしね、何しろ、先様が大変寛大でいらっしゃる。ベンツの修理代さえ出してくれれば、すぐに示談で済ませくださるとおっしゃっています。警察介入となりますと、取調室で事情聴取はありますし、軽傷とはいえ過失傷害などもろもろの罪に問われて、場合によっては交通刑務所に入れられてしまう危険性だってあるのですが、お孫さんがまだお若く、将来があるだろう、ということで、示談で済ませてくれる、というのです。ありがたい話ではないですか」「いやあ、それは、ありがたい話ですなあ」「そうでしょう。そうでしょう。それでですね、早速、修理代を振り込んでいただきたいのです。××銀行の大宮支店、口座番号は××××、名義は××××です。振込金額は四百五十万円です。きちんとメモしてください」と畳み掛ける口調である。「いいですか、繰り返しますよ」と銀行名や口座番号を告げる。「はあ、はあ、メモはしましましたけれど、銀行で振り込むときにわからないことなどあると困りますから、そちら様の連絡先を教えて下さい」「いやいや、出先ですから、そちらから連絡はつきません。大事なのは、メモしたところにすみやかに四百五十万円を振り込んでいただくことです。わかりますね。お孫さんが警察に連れていかれてもいいんですか」と語調が強くなる。苦しくなると高圧的に出てくるわけだな。テレビで見た通りの展開に思わず笑いが込み上げ、我慢していたら咳き込んでしまった。老人のひぃひぃといったしわぶきの音に驚いたのか。「大丈夫ですか」と問い掛けてくる。「とにかく急いで銀行に行って下さい」如何にも焦っている様子が窺える。溢れ出てくる笑いを堪えながら「あのお、すみませんが、もう一度、ボクに電話を代わってもらえんでしょうか」すると、また半泣きの若者の声で「おじいちゃん、ボクだよ、ボクだよ。お願いだから、早くお金を振り込んでよ」と訴えかける。そろそろぼけ老人の本領を発揮することにしますか。「あのお、お宅様はどちらのボクさんですか。それにしても、今日も寒うございますなあ。ボクさん、こういう日は腰がどうもね、痛みますな」そんな昏迷著しい返答をしていると、電話の向こうではごにょごにょと相談が始まったようであった。程なく、電話は一方的に切られた。
 意外にあっさりした結末に些か物足りなささえ感じた被害者予備軍の私である。

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2004年12月12日

icon603

 私の如きじじいともなれば、衣食にかかる費用など大したことはない。住に関しても、相続時に切り売りせざるを得なかったとはいえ親の土地を受け継いだものがあるので、贅沢をしようなどと思わなければ、さして費用がかかるわけではない。もちろん、仙人ではないのだから、霞を喰って生きるというわけにはいかないのは事実であるからして、当然、毎日毎日に幾許かの掛かりが入り用ではあるけれど。

 公僕という言葉は近頃では滅多に聞かれなくなったように思う。主に公務員をさすのだろうけれど、議員職なども公僕の一部であろう。そもそも議員というのは何かというと、国民の代表に過ぎぬ。忙しい人々の代わりに、じゃあ、私が喜んで働かせていただきましょう、というような、美しい心の持ち主がなるべきものなのである。そして、選ばれたからには、選んでくれた人々の意に背くことなく、国民の利益、国家の利益を損なうことなく、せっせせっせと働くべきものなのである。そうなのであるが、近頃は目茶苦茶な世の中になっていて、公の僕である議員どもが踏ん反り返って、自分の利益や勘違いを中心に国家を運営しようとしているばかりである。一体、この国はどうなっているのか。なぜ、人々は懲りずにあんな連中に投票してしまうのか。馬鹿である。

 私は妄想逞しいぼけぼけのほげほげのじじいであるが、小泉という奴は私以上に妄想に取り憑かれているようである。理解不能の言動を繰り返すばかり。日本という国の首相であるのに、他所の国(米国ですな)には媚び諂うくせに、自国民には厳しく手酷い仕打ち。痛みを伴う改革というけれど、痛みを味わうのは我々下々の者ばかり。公僕の皆々様には手厚い保護が付いて回る。年末のボーナスの額を新聞で読んで愕然とした。今回の小泉のボーナスで、私なら優に四年は暮らせますぜ、右や左の旦那様。国民の迷惑になるようなことばかりやっていてあれほどのボーナスを貰えるのなら、このじじいも国会議員なるものになればよかった。若い頃には、国会議員なんてぇものは、腹黒い欲ぼけした爺様たちがなる、恥ずかしむべき職業だとばかり思っていたもので、避けて通ってしまった。勿体ないことをした。

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2004年11月24日

iconみなさまは覚えておられますか

 老いては子に従え、というのは竜樹の言葉だったろうか。これは、なかなかに見事な、ある意味での真実である。老人の智慧や感覚だって大きに役立つこともあろうけれど、飽くまでも、脇役であるべきであろう。世界を、老人を中心に回すようになってはいけない。青壮年世代が、よちよち歩きの次世代、あるいは、未だ生まれてもいない次の次の世代のために齷齪するのが正しい。

 日本の政治家は老いぼれた狸爺ばかり、こいつらを一掃して、若い者たちに任せなければ、この国に未来はない、と思っていたものである、ついこの間までは。
 実際、古狸どもが姿を消し、小泉純一郎が親玉になったときには、今までよりは少しはましになるだろう、という期待をほんの少しは持ったものである。けれども、今日の有り様を見る限り、この船頭は酷い。あまりに酷い。彼奴の行動は私のようなじじいの目には途轍もなく奇異に映り、どうにもこうにも理解不能である。何故、ブッシュの手下となるのか。何故、国民の意見に耳を傾けようとはせずにブッシュの小手先として嬉々としてイラクに派兵するのか。しかも、マスコミの手緩いこと手緩いこと手緩いこと。最早彼らは批評性の断片すら持ち合わせていないようである。標準語も満足に話せぬくせしてタレント気取りでちゃらちゃらしているアナウンサーどもがその代表か。胸糞悪い。

 平和ぼけという言葉が適切なのか。兎にも角にも、この世の中から戦争の恐怖、悪夢という類の記憶を持った人間がどんどんどんどん減少していっている。日本というのは、戦争という項目に関しては、善きにつけ悪しきにつけおっかなびっくりでしかモノの言えない国家だったのだ。それが、どうだ。近頃じゃ、軍事関連の法案なんぞも有耶無耶の裡にゴーである。

 ここは一つ、老いては子に従え、などと引っ込まずに、私らのような戦争を味わった古狸世代が、そんなことで良いのか、ばか息子、ばか娘どもよ、と声を大にして訴えなくてはいけない。そんな気のする今日この頃。

 みなさまは覚えておられますか、この間の戦争を。頭の上を焼夷弾がびゅびゅーっと飛んで、この辺りだって、すっかり焼け野原になっちまった戦争を。

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